老人会の会合
39 老人会の会合
「チーローちゃーん」
俺が鶴姫と話している最中に、黒の短パンにダボダボのチェック柄のシャツ姿の少女カシンと、チェック柄の短いスカートに白いニットを着たユキさんがやってきた。
カシンはともかく、ユキさんの洋装に驚いた。
「珍しいね。ユキさんの洋服姿」
和装のユキさんしか見たことなかったから(水着を除く)、ちょっと新鮮だった。
どっちも似合っているけどね。
「カシンさんにお借りしたのです。あまり服を持ってきていなくて・・・」
ユキさんは、少し恥ずかしそうな顔をした。
長けの短いスカートを気にしている。
「ありがとうね。お鶴さん!」
少女カシンは、鶴姫の膝の上にいた俺を抱き上げる。
「あんたのその顔で、お鶴さんなんて呼ばれると腹が立つね」
鶴姫は、不快そうに鼻を鳴らす。
「アハハ、中身は一緒なんだから、今更気にしないで」
カシンと鶴姫は、知り合いなのだな。
きっと、俺の様子を見るように鶴姫に頼んでくれたのは、カシンなのだろう。
俺は、少女カシンと鶴姫の顔を見比べる。
孫とお婆ちゃん・・・にしか見えないが、口には出さなかった。
「ずいぶんと早かったじゃないか、もう少しかかると思ったけどね」
「ユキちゃんが本気出したら、あっという間だったよ。ユキちゃん。見ただけで影走り倒しちゃうんだもん」
カシンにそう言われて、ユキさんは照れくさそうにモジモジした。
「そいつはすごいねぇ、何をしたんだい」
「はい、心臓を凍らせたのです。生き物って、心臓が凍ってしまったら動けないでしょう」
ユキさんは、恐ろしいことをさらりと言った。
動けないどころか、即死だろう。
「そ、そんなことができるのかい・・・さすが雪女だね」
鶴姫も、ちょっと引いている。
「チッ、まだいたか」
鶴姫が、参道の入口らへんを見て舌打ちをした。
参道の入口に、真っ黒い靄がかかっているように見える。
大勢の影走りが現れたのだ。
いや、違う。
影走りが、徐々に大きくなって鳥居と同じくらいの背丈になった。
大勢ではなく、巨大な影走りだ。
「どうやら、あれが親玉のようだね」
鶴姫は、黒鷹に煙草を用意させると美味しそうに煙を吸い込んだ。
「ユキちゃん! パパっと心臓、凍らせちゃって」
「うーん・・・ちょっと大きすぎるかなぁ」
ユキさんは、首をひねって影走りを観察する。
「ここは、あたしが請け負ったんだ。あたしに任しときな」
そう言って鶴姫は、黒鷹に目を向ける。
「太刀だ・・・」
黒鷹に鶴姫は命じる。
黒鷹は黙って頷くと、踵を返して走り出した。
参道の入り口の方へ走って行く。
どこへ行くんだ?
そっちには、巨大な影走りがいるのに・・・。
黒鷹を眼で追っていると、巨大な影走りを嫌でも見なければならない。
影走りの表面が、もぞもぞとうごめいている。
ああ、そう言う事か・・・。
気付いて、俺は気持ちが悪くなった。
1体の巨大な影走りなのではなく、大勢の影走りが集合して1体の影走りを形成しているのだ。
その影走りの股の下を、黒鷹は躊躇することなく走り抜けていく。
肝が据わっているというか、大胆な男だな・・・。
黒鷹は、神社の前の道に停めてある黒い車のトランクを開けると、中から大きな刀を取り出した。
体の大きな黒鷹が持っても、その刀は大きい。
黒鷹は、大きな太刀を抱え持つと、今来た道を引き返してきた。
影走りの股の下を通るとき、影走りの腕が黒鷹に襲い掛かかる。
しかし、そんなこと気にも留めず、黒鷹は走りながらそれをかわした。
黒鷹は、鶴姫の元にたどり着くと、膝をついて恭しく太刀を掲げる。
鶴姫は、無言で縁台を降りると太刀を受け取りった。
すかさず抜刀し、鞘を黒鷹に投げ渡す。
大きな刀だ。
刃渡りだけで鶴姫の背丈ほどあり、身幅も掌ほどある。
その巨大な太刀を、鶴姫は肩に担いで歩き出した。
くわえていた煙草をペッと吐き捨てると、鶴姫は走り出す。
後ろから追従する黒鷹が、鶴姫の捨てた吸殻を拾いあげ、懐中から取り出した携帯灰皿に収めた。
鶴姫は、鳥居の柱に向かって突進する。
ぶつかる!
俺は、思わず痛い顔をした。
でも、鶴姫はぶつからない。
巨大な太刀を肩に担いだまま、鶴姫は垂直に鳥居の柱を駆け登った。
そんなこと無理でしょう。
俺は、呆気にとられる。
鶴姫は、鳥居のてっぺんである笠木まで駆けあがると、勢いそのまま影走りの頭上めがけて飛び出した。
下から、影走りの両腕が鶴姫を捕まえようと迫り来る。
「おおぉぉぉ―――りぃぃぃやぁぁ―――」
雄叫びと共に、鶴姫は大太刀を振り下ろした。
そのまま、線を描くようにまっすぐに地面まで降りる。
鶴姫が着地すると同時に、影走りは真っ二つになって参道の両脇に倒れた。
2つに別れた大きな黒い塊から、わらわらと小さな塊が飛び出してくる。
大きな影走りを作っていた小さな影走りたちだ。
生き残りが、鶴姫に襲い掛かる。
鶴姫は、大太刀を水平に構えると、影走りたちをまとめて薙ぎ払った。
逃げようと背を向ける影走りにも、鶴姫は容赦なく返す刀で切り捨てる。
あっという間に、参道には何もいなくなった。
大太刀を肩に担ぐと、鶴姫はにやりと笑った。
夜、俺は鶴姫の車に乗せられて、鶴姫の行きつけと言うお店に連れてこられた。
十王台の商店街から、少し離れた住宅街の隅にその店はあった。
ずいぶんと古い建物で、木造だが外壁は黒く焦げている。
黒鷹が、暖簾をどけて入口の扉を開ける。
「お待ちしておりました」
緑色の着物を着た女が、深々と頭を垂れた。
鶴姫は、女には眼もくれず店の奥へと入って行く。
調理場で作業をしている強面の職人が、ぎょろりと鶴姫を見た。
「よう、奥の座敷は空いているかい?」
鶴姫がそう訊ねると、職人は黙って頷いた。
その職人の眼が、鶴姫の後に続く俺に向けられる。
こわい・・・俺、入っても良いのだろうか?
俺は、ずんずん先に進む鶴姫に置いて行かれないように、小走りでついて行く。
奥の部屋の前に、割烹着を来た老女がいた。
膝をついて、襖を開ける。
「いらっしゃい。元気そうだね」
老女は、そう言って鶴姫を向かえる。
「ああ、お前も元気そうだね」
鶴姫は、そう言って目を細める。
部屋には長い机があって、窓からは中庭が見えた。
まだ青い、紅葉が植えられている。
「後から2,3人来るはずだ」
鶴姫は、お茶の用意をしている老女に言った。
女は、了承して出ていく。
「まぁ、楽にしな」
鶴姫は俺にそう言って、自分は中庭の見える窓際に座った。
「たいした庭じゃないだろう? でもね、この庭は絵画のように昔から変わらないのさ」
鶴姫が、庭を見ながら言った。
俺に言ったのかな?
それとも、独り言・・・。
「お連れ様がいらしたよ」
先ほどの老女が、ビールと小鉢を持って現れた。
その後ろから、誰かの気配がする。
「ああ、そいつには冷酒を出してやってくれ、洋物は飲まねぇのさ」
鶴姫は、老女の後ろにいる人物を顎で指して言う。
老女が出ていくと、代わりに入ってきたのは、禿げ頭の爺さんである。
二ポッカに半纏姿で、首にタオルを巻いていた。
夜刀爺さんだ。
「あ、私にもビールをお願いします」
夜刀爺さんの背後に、もう一人の気配がある。
その人物も、夜刀爺さんに続いて座敷に入ってきた。
「やぁ、お鶴さん。昼間は見事だったね」
黒いスーツ姿の老人が、刀で切る仕草をしながら現れた。
老人カシンだ。
夜刀爺さんは奥に座って、老人カシンは手前に座った。
鶴姫は、机を背もたれにして窓の外を見ている。
何だ・・・この取り合わせは・・・。
いつもは若い女性に囲まれて賑やかなのだが、今日のこの雰囲気は何なんだ。
婆さんが1人、爺さんが2人、猫が1匹・・・。
お通夜のような会合が始まった。
3人ともほとんど話さないで、肴をつまんで酒を飲んでいる。
俺は、イカそうめんなる物をもらった。
美味である。
「おい、疫病神! あんたの思う所を聞きたい。これからどうなる」
静かな所に、突然鶴姫が口を開いた。
「誰が疫病神だ! 夜刀神様だ。言い間違えんな」
夜刀爺さんが、コップの冷酒を舐めながら鶴姫を睨みつける。
鶴姫と老人カシンは、無言で夜刀爺さんを凝視した。
「知らねぇーよ! なるように何だろう!」
2人の視線に耐えきれなくなったのか、夜刀爺さんは吐き捨てた。
「なるようにはなるんだろうさ、神から見ればねぇ」
鶴姫は、頬杖をついて夜刀爺さんの方へ身を乗り出す。
「この際ですから、お互いの立場を忘れて情報を出し合いませんか?」
空いたグラスに、手酌でビールを注ぎながら老人カシンが言う。
「ああ、それが良い。で、あんたは何を出す?」
鶴姫は、煙草に火をつけた。
あれ・・・そう言えば、黒鷹はどうしたのだろう?
「良いでしょう。私からは、西に反旗の狼煙あり」
一度、グラスのビールに口をつけてから、老人カシンが言った。
「そうかい。じゃぁ、あたしは百鬼夜行・・・」
鶴姫がそう言うと、ずっと穏やかな顔をしていた老人カシンが、眉間に皺を寄せた。
「さて、あんたの番だ・・・」
鶴姫は、夜刀爺さんの方へ向き直る。
老人カシンも、姿勢を正して夜刀爺さんの発言を待った。
「チッ、ん―――」
夜刀爺さんは、舌打ちをして熟考している。
いや、言いにくいことをどう切りだすか思案しているのかもしれない。
「黄泉・・・」
夜刀爺さんは、絞るように呟いた。
「はぁー? 何だって?」
鶴姫は、夜刀爺さんのほうに身を乗り出し耳を向ける。
「黄泉の黒猫―――」
夜刀爺さんは、早口で言った。
「なんだいそりゃ? 意味が分からん」
鶴姫は、不服そうに夜刀爺さんを睨んだ。
「終わりだ。以上、俺は帰るぜ!」
夜刀爺さんは、コップの酒を飲み干すと立ち上がった。
「待ちな! どういう意味だい!?」
鶴姫が凄い剣幕で、夜刀爺さんを引き留める。
夜刀爺さんは、引き留める鶴姫の手を振り払い慌ただしく出て行った。
「くぅそぉー、あの疫病神めぇ」
鶴姫は、悔しそうに唇を噛んだ。
老人カシンは、姿勢を正したまま考え込んでいる様子だった。
「どうだい? 何か思い当たる節はあるかい?」
鶴姫は、元の席に座ると煙草に火をつけた。
「ありません。ありませんが・・・」
そう言って、老人カシンは俺に目を向けた。
鶴姫も、俺を見る。
いや、待て!
俺は、白猫だ・・・。




