祭りの後
37 祭りの後
絶対に、忘れないからなぁ――
俺が、夜刀爺さんから解放されたのは、東の空が白み始めた明け方だ。
散々愚痴を聞かされ、何故か途中で説教され・・・。
店を出たとき、雀が鳴いていた。
遠くで、鶏が鳴いているのも聞こえる。
長い夜だった・・・。
俺は、アイツらを寝ずに待っていた。
夜刀神社の境内で、俺はアイツら4人が来るのを待っていた。
日が昇り、人間たちが活動を始める時刻になったのだろう。
アイツらは、何食わぬ顔でやってきて、俺の顔を見るなりバツの悪そうな苦笑をする。
「何が可笑しい! お前らそこに並べぇぇ」
俺は、横一列に俺をハメた奴らを整列させた。
左から夜雲、夜摩、少女カシン、ユキさんの順だ。
「シロちゃん。いったん寝ましょう! 眼が血走っているよ」
少女カシンが、俺の怒りを逆なでする。
「誰のせいだ! 俺の眼が血走っているのは―――眠いからじゃない! 怒っているからだ!!」
俺は、罪人どもを怒鳴りつけた。
こいつらは、自分たちの罪を認識していない・・・。
『ごめんね。シロさん・・・』
ユキさんが、念話で謝罪してきた。
俺は、無視する。
「いや、シロ。お前に説明しなかったのは悪かったが、お前にしか―――」
夜雲が白々しく言い訳を始めたが、俺はそれを許さない。認めない!
「黙れ! 言い訳する前に言う事があるだろう! なんだそれは!!」
しばらくの沈黙の後、少女カシンとユキさんが同時に頭を下げた。
「ごめんなさい。シロさん。許してください」
金髪と銀髪の頭頂部をじっくりと見た後、俺は夜雲と夜摩を睨みつける。
「ゴメン」
夜雲が夜摩の頭を押しながら、にこやかに言う。
「だめだぁぁ、やりなおせぇぇ」
夜雲の謝罪は、謝罪ではない。
口先だけで言っているだけだ。
そんなので、俺の怒りが収まる訳がない。
コイツの根性を叩きなおしてやる。
そう思っていると、背後の社の扉が勢いよく開いた。
何事かと振りかえると、拳を振り上げ飛びかかってくるリトがいた。
「うるさいにょぉぉぉ」
強い衝撃を受けて、俺は吹っ飛ばされた。
夜雲の顔が、通り過ぎていく・・・。
びっくりした表情をしていた。
夜摩の口を開けて何かを言おうとしている顔が、遠ざかって行く。
太い朱色の柱―――鳥居だ。
凄く遠くに飛んで行く・・・。
ピーヒャラ、ピーヒャラ
うるさいなぁ。
笛の音やら太鼓の音で、俺は目を覚ました。
ここは、お社の中か・・・。
光が薄い。
夜なのか?
あいたた・・・。
頭が、痛い。
俺はふらつきながらも立ち上がり、お社の戸を開けた。
え・・・。
何だここは!?
目の前には、夜なのに大勢の人がいて、煌々と提灯やら出店の看板やらが光り輝き、隅で笛や太鼓の祭囃子が奏でられている。
死んだのか・・・俺?
「お、チロちゃん起きた!」
浴衣姿の少女カシンが、駆け寄って来た。
金髪を結い上げ、キツネのお面を斜にかけている。
「良く寝てたねぇ。お祭り始まったところだよ」
少女カシンは、俺を抱き上げた。
カシンが俺を抱っこするなんて珍しい。
感触は悪くないが・・・。
少女カシンは、俺を抱っこしたまま境内を歩いて回る。
「凄い人出でしょうー。里うさんがねぇ、いっぱいチラシ配ってくれたんだって」
出店から良い匂いがした。イカを焼いている。
「お、シロ! 一本食ってくか?」
出店でイカを焼いていたのは、夜雲だった。
「いやぁ、何だか頭が痛くて・・・後でいただくよ」
俺は、そう答えた。
何でだろう・・・頭が、ぐぁんぐぁんしている。
「はーい、いらしゃいー。豪華景品の当たるくじ引きだよー」
祭り会場に不自然な、スーツ姿の女性が声を張り上げている。
ああ、加藤さんだ。
出店が、小さな電気屋さんになっている。
掃除機に液晶テレビ・・・くじ引きの隣で、家電も売っていた。
しっかりしている。
「ごめんなさーい。氷交換しますので、少々お待ちください」
かき氷屋さんだ。
ユキさんが、かき氷を削る機械に新しい氷を準備している。
うってつけの配置だな。
金魚すくいもある。
金魚ってお魚なんだけど、美味しそうに見えないんだよね。
その金魚すくい屋さんに、ポイを持って接客している女の子。
小柄で可愛らしい。でも、浴衣の胸にふくらみがある。
誰だろう・・・。
俺の疑問に少女カシンが答える。
「夜摩ちゃんよ。可愛いけど、しゃべると雰囲気ぶっ壊れるから、あまりしゃべるなって夜雲さんに言われたらしいよ」
夜摩か!
いつもと別人みたいで、見違えた。
鳥居の近くに、巫女装束の夜笑さんがいた。
訪れる人に、頭を垂れて挨拶をしている。
時折、ハンカチで目頭を押さえていた。
「今日ぐらい、仕事を忘れて浴衣を着たらって言ったんだけど・・・」
俺と少女カシンは、しばらく夜笑さんの事を見つめていた。
嬉しいんだね。
大勢の人が来てくれて・・・。
そう言えば、アイツはどこにいるんだろう?
俺は、周囲を見渡してアイツの姿を探した。
この人混みで、あのチビを探すのは大変だ。
「リト様、探しているの?」
カシンに訊かれ、俺は頷く。
「あそこだよ」
カシンは、抱っこしている俺の顔をお社の方へ向ける。
あ、いた。
リトは、お社の屋根の上でイカをかじっていた。
あれ?
「屋根が・・・」
屋根に違和感を覚えた。
いつもと少し変わっている気がする。
「ああ、夜雲さんと夜摩ちゃんでなおしてくれたんだよ。トタン板じゃかっこ悪いって、木の板を張り替えてくれたの。まだ途中らしいけど・・・あとで瓦を乗せるんですって」
そっか、雨が降るとうるさかったんだ。ありがたい。
そう言えば、寝てるときトントンカンカンうるせえなと、思ったような気がする。
あ、思い出した。
「神様、変わったんだよね?」
俺は、少女カシンの顔を見上げて訊ねた。
「ううん。変わっていないよ。君のおかげかな・・・」
そう言って、カシンはお社に向かって歩き出した。
カシンは、お社の扉を開けて天井を見上げる。
「ちょっと暗いな。見えるかな?」
カシンは眼を細め、俺に天井を見るように促す。
俺は、カシンの腕から飛び降りてカシンが見上げる天井を見つめた。
暗いけど、俺は猫だから見えるよ・・・。
天井の梁の上に、注連縄が張られ、ガラスのコップが置かれている。
コップには、紙垂が貼られ、それが御神体であることはすぐに分かった。
でも、何故コップ?
「普通の、どこにでもあるコップだよね・・・」
「うん。夜刀神様が、昨日、君とお酒を飲んでいたコップだよ」
少女カシンは、俺の頭をひと撫でするとそっと抱き上げた。
「ありがとうね」
カシンがそう言って、俺の額に口づけをする。
俺は、お礼を言われるようなことは何もしていないけど・・・。
お社を出ると、賽銭箱の前に夜笑さんが立っていた。
少女カシンは、夜笑さんの前に立つと無言で俺を差し出す。
夜笑さんは、カシンから俺を受け取ると、俺の事をぎゅって抱きしめた。
ちょっと苦しい・・・。
夜笑さんは、俺を抱きしめたままその場にうずくまる。
しっかりと抱きしめられて、俺は苦しかった。
柔らかくて、暖かくて、もう少し力を抜いてくれると良い感じなのだが・・・。
俺は、苦しいと訴えるため夜笑さんの顔を見た。
夜笑さんは、泣いていた。
声も出さずに、静かに泣いていた。
俺は、夜笑さんの腕の中から逃れたかったけど諦めた。
泣いている理由は、よくわからないけど・・・。
仕方がない。
祭りの後の静けさって、独特だよね。
夜雲が指示をしながら出店のテントを片付けているんだけど、静かなんだ。
それはこっちだ! とか。
おいおい、違うだろーとか。
声を張り上げて指示しているんだけど、静かなんだ。
ううん。音の話じゃないんだね。
みんなの顔が寂しそうで、静かなんだ。
粗方片付けが終わると、境内にみんなが輪になって集まったよ。
各々、自分の好きな飲み物を持って・・・。
夜笑さんは日本酒、カシンはワイン、俺とリトは小さな器にミルクを入れてもらった。
「よし、みんな飲み物は持ったか?」
夜雲が、自分の缶ビールを夜摩から受け取ると、プシュって蓋を開ける。
「では、乾杯の前にこの祭りの主催者から一言いただくか―――」
夜雲が、夜笑さんに目配せをする。
夜笑さんは、微笑して応じる。
「みなさん。この度は、何十年ぶりかになるこの祭事を行うにあたり、御尽力いただきましたこと―――」
ダメだ・・・。
そこまで言って、夜笑さんは号泣してしまった。
何とか言葉を続けようとするも、涙が止まらない。
「わかった。もう、もう充分だ」
夜雲も、もらい泣きしそうになって天を見上げる。
少女カシンや、ユキさん、夜摩と加藤さんも、嗚咽にむせぶ夜笑さんの姿に目頭を押さえた。
「最後に、これだけは言わせてくれ」
夜雲が、俺のことを見る。
「シロ、ありがとう」
みんなが、涙声で俺に感謝を述べた。
何で?
まったくわからん・・・。
「乾杯―――」
夜雲の静かな発声で、盃が掲げられた。




