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愚神(ぐしん)

36 愚神ぐしん




 主神である夜刀神がやってきた。

 いつも酔っぱらっていて、口の悪いつるつる頭のお爺さんだけど・・・。

 神様です。

 蛇一族を従える神様らしいのだ。

 見た目じゃ、そうは見えないけどね。


 そんな神様が、自身の分社であるこの夜刀神社にやってきた。

 本来なら、歓迎されるはずなんだけど、何故かみんな迷惑そう。

 まぁ、口は悪いし態度も悪いけど・・・でも、この間は鳥居をなおしてくれたし、あのときはみんなで仲良く作業したけど、今日は何故だろう?


「なんだよ、まだ全然仕度できてねぇじゃねーか!」


 夜刀爺さんは、辺りを見渡しながら舌打ちをした。


「お神酒もありゃしねぇー」


「ほら、それだ」


 夜雲が蔑むような目で、主神を見やる。


「にゅー、ヤト何しに来たにょー?」


 リトが毅然と訊ねた。


「は! おめーが呼んだんだろうが」


 夜刀爺さんがそう言うと、冷たい視線がリトに注がれた。 


「にゅー、呼んでないにょ。お祭りやるって言っただけにょ」


 うーん。

 確かにカシンさんのお店でそう言っていた。

 でも、呼んだのと同じだな。


「まぁ、良いじゃねーか。爺さんにも手伝ってもらって、派手にやろうぜ!」


 夜雲が夜摩の肩を抱いて、カッカッカと笑った。


「ええ、棟梁もきてくれたし、今年は大盛り上がりですぜ!」


 夜摩はそう言って、千代さんが用意したおはぎを夜刀爺さんに差し出した。


「は、あまいもんなんざ酒のつまみになんねぇんだよ」


 夜刀爺さんは、悪態をつきながらもおはぎを受け取り口に運んだ。


「お、うめぇなこれ!」


 夜刀爺さんは、おはぎの味に感銘を受けたようで、むさぼるように食べ始めた。


「我が一族の伝統の味にございます」


 千代さんは、そう言って小さく頭を垂れた。


「フン、いつもコソコソ隠れているねぇーちゃんが、どういう風のふきまわしでぇ」


 夜刀爺さんは、千代さんをぎょろりと睨む。

 千代さんは、微笑した。

 優しい微笑だった。

 慈しむような、母や姉のような・・・慈愛に満ちた笑みだった。

 知らんけど。


「こんにちは」


 恐る恐るといった感じで声をかけてきたのは、近くにある家電量販店に務める加藤さんだ。

 加藤 里う(りう) ちょっと変わった名前だって夜笑さんが言ってたな。

 この加藤さん。細身だが出るとこ出ていて美しい体形をしているのだが、実は格闘技をしていて人間の雌なのにめちゃくちゃ強いのだ。


 お店が強盗に入られたけど、強盗を殺しそうになって警察に連れていかれたこともあった。

 まだ仕事中なのだろうな。

 スーツ姿で、迫り出した胸にお店で付けている名札を付けていた。


「里うちゃん! どうしたの?」


 夜笑さんが加藤さんの傍に駆け寄る。


「いや、それこっちが訊きたいよ。何しているの?」


 加藤さんは、周囲にいる面々を恐る恐る見まわしながら訊ねる。


「お祭りをするのよ!」


 夜笑さんは、加藤さんの手を取って嬉しそうに言う。


「おお! すごい! 初めてじゃない、この神社でお祭りなんて―――」


 加藤さんも喜んだ。

 加藤さんが生まれてからは、きっと初めてのお祭りになるのだろうけど・・・。


「うんうん。きっと初めてのお祭りだと思う」


 夜笑さんは、加藤さんに調子を合わせる。

 少し前に久しぶりの祭りって言っていたけど、あまり正直に言うと年齢がバレちゃうからね。


「すごいねー。私にも何か手伝わせて!」


「ありがとうー、でもお仕事中じゃ・・・」


「うむ。たしかに・・・」


 加藤さんは、仕事中にこの神社が何やら騒がしいと客から聞いて、様子を見に来たそうだ。


「あ、宣伝しましょう!」


 加藤さんは、何やら閃いたようだ。

 簡単な挨拶をして走り去って行った。


「盛り上がってきたなぁ」


 走り去る加藤さんの背を眺めながら、夜雲が言った。


「ええ、こんなこと久しぶり・・・」


 夜笑さんは、何かを思い出すかのように眼を閉じた。

 きっと、過去にはこのような事が何度かあったのだろう。

 大勢近所の住民が訪れて、秋の豊作を祈願したり、収穫を祝ったりしたんだろうな。


「あのぅ・・・」


 ずっと目立たなかったけど、お社のお掃除をしていたユキさんが、申し訳なさそうに夜笑さんに声をかける。

 俺は気付いていたけどね。実は蛇一族の夜雲と夜摩はこのユキさんをチラチラと気にかけていた。

 夜雲が小声で夜摩に話しているのをちょっと聞いちゃったんだけど・・・。


 すげぇのがいるなぁ。

 て、言ってた。

 警戒しているよね。

 ユキさん。可愛いのに、何を恐れるんだろう?

 そのユキさんが、お社の痛みが激しいことを指摘してきたのだ。


「うむぅ。確かにそうなんだ。祭りをやるにしても、社がこれじゃみっともねぇ」


 夜雲は、顎を摘まんで考え込んだ。


「それと、御神体だと思うのですが御鏡がずいぶんと傷ついていて・・・」


 ユキさんは、お社の戸を開けると、大事そうに鏡を布に包んで持ってきた。


「ん? これが御神体なのか?」


 夜雲は、不思議そうにユキさんの差し出す鏡に眼を落す。


「これ、リトが毛繕いするときに使っている鏡だよ」


 俺は、言ってしまってから後悔した。

 何故なら、俺とリトが白い目で交互に見られることになったからだ。

 やってはいけないことだったらしい。 


「元々は、地元の方から奉納いただきました金の盃に、夜刀神社本社の泉の水を満たし、それを御神体としていたのです・・・」


 そこまで聞いて、夜雲は御神体が今ここにない理由を察したらしい。


「―――そりゃ、この小さなお社には高価すぎたな。不届き物に盗まれたってか」 


「ええ、それでどなたか参拝された方が、代わりに鏡を置いてくださったのかと思います」


「神職の常駐していない小さなお社だからなぁ、仕方あるまい」


「はい。金ですから、当時ですら相当な金額になったでしょう」


 夜笑さんが無念そうに俯くと、それに異を唱える声が上がった。


「いや、そんなに大した値は付かなかったぜ!」


 声の主は、夜刀爺さんだ。

 顎に手を当て、頭をひねっている。

 金額を思い出しているようだ・・・。

 周囲が、不穏な空気に包まれる。


「おい、爺さん・・・売ったのか?」


 夜雲は、鬼の形相で夜刀爺さんに詰め寄る。


「あ、何だよ・・・売ったわ! 何が悪い」


 夜刀爺さんも、額に皺を寄せて凄んだ。

 今にも掴みかからんとする2人のそばで、夜笑さんが力なくその場に座り込んだ。

 眼を見開いて、信じられないものを見るように夜刀神やとのかみを見つめている。


「ああん。何だその眼は!」


 夜刀爺さんは、夜笑さんを見下ろして凄む。

 夜笑さんは、大きく見開かれた眼からはばかることなく、ボロボロと涙をこぼした。


「おい、爺さん。あんたがどんなに偉かろうと、やっちゃいけねぇ事があんだろう」


 夜雲は、左手で夜刀爺さんの胸倉を掴むと、右手を大きく振りかぶった。

 夜雲の拳が夜刀爺さんの顔面をとらえるその瞬間、夜刀爺さんは夜雲の右手首を指2本で挟み、夜雲を投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた夜雲の体は、鳥居の方まで飛ばされ石畳に叩きつけられる。


「くぅおぉぉぉのぉぉ」


 夜雲は、歯をきしませながら立ち上がった。


蛇王じゃおう 転人印加てんじんいんか


 夜雲がそう叫ぶと、夜雲の体がひと回りもふた回りも大きくなり、着ていた煙菅服の腕と胸、太腿が散り散りに破れる。

 夜雲の固有技で、本来の姿である大蛇の力を人間の姿で使えるようになるのだ。


「上等だ小童こわっぱ! 遊んでやるわ!」


 夜刀爺さんは、腕を振り回しながら鳥居の方へ歩いていく。

 夜刀神 対 蛇王

 その戦いが、始まろうとした時だ。

 少女カシンとユキさんに支えられながら、夜笑さんが立ち上がった。


 パシッ


 小さな音だ。

 でも、境内中に鳴り響いた。

 夜笑さんが、夜刀神の頬を平手で打ったのだ。

 夜刀爺さんは、無言で自分を平手打ちした夜笑さんを見つめている。


「夜刀様。今日は・・・お帰り下さい」


 声にならない声だった。

 小さな声で、涙声で・・・。

 でも、聞こえた。


 夜刀爺さんは、何も言わず歩き始めた。

 蛇王転人印加の技で、いつもより大きな夜雲の前も、何も言わず過ぎていった。

 参道を歩いて小さくなっていく夜刀神の背は、寂しげに見えたが本当のところはわからない。




 しばらく、みんな無言で仕事をした。

 少女カシンとユキさんは、夜笑さんに寄り添ってお社の縁台に腰かけている。

 変な空気になっちゃった。

 こんな時、リトはどうしているかっていうと・・・。


 寝てます。


 高イビキで、夜笑さんの胸元に潜り込んで、白衣の袂から顔だけ出して寝てます。

 良く寝れるよな。こんな時に・・・。

 危うく、一族の神 対 一族の王 の戦いになるところだったのだ。

 俺は、何かできることもないので、ユキさんのお尻の傍にいる。

 たまにユキさんが背を掻いてくれた。


「貧しい人が、持って行ったのだと・・・勝手に思い込んでいました。盗みは良くないことだけれど、それでも食べることに困っている方が持って行ったのであれば、それは仕方がないと思っておりました」


 夜笑さんが、まっすぐ正面を見据えたまま語り始めた。


「何年も・・・ずっとそう思っていました。それが、よりによって祭神が自身の依代である御神体を売り飛ばすなんて・・・」


 少女カシンも、ユキさんも何も言わなかった。


「もう・・・何が何だか・・・」


 俯いて、膝の上の袴を握りしめる夜笑さんの手が震えている。


「もう、やめちまえよ!」


 少し離れたところにいた夜雲が叫んだ。


「御神体もねぇーんだ。こんな神社やめちまえよ」


「あ、兄貴―――いくらなんでもそれは・・・」


 夜雲の袖を掴んで、夜摩が諌める。

 突然、夜笑さんが立ち上がった。


「そうします!」


 え・・・!?

 夜笑さんは、夜雲の顔を見る。

 意を決した顔だった。


「祭神を変更いたします!」


 そう宣言した夜笑さんは、歩き出すと祭りの仕度を再開した。


「このお祭りは、祭神変更の祭りです!」


「ちょ、ちょっと夜笑さん―――いったん落ち着こうよぉ」


 少女カシンが、夜笑さんにまとわりついて説得する。


「夜刀神様もさ、おいたがすぎたと思うけど、たかが物じゃない―――」


 カシンの失言を、夜笑さんは聞き逃さなかった。

 獲物を見るような鋭い眼差しを、カシンに向ける。


「す、すみません・・・」


 少女カシンは、小さく頭を垂れて夜笑さんから離れる。


「鏡と言えば、天照大御神あまてらすおおみかみだな・・・丁度良いから天照大御神にしたらどうだ」


 真面目な顔で、夜雲が言った。


『こんな事で、神様変えてしまって良いのでしょうか?』


 ユキさんが、念話で俺に訊いてきた。


『わからないよ・・・俺、神様なんて知らないし』


 俺には、難しすぎるんだよ。


「新しい祭神については、近隣の神社に相談してみます」


 何だか話しが変な方向に進みだしたけど、祭りの準備は着々と勧められ、日没にてこの日の作業は終了した。




 その日の夜だ。

 俺とリトはお社の中で寝ていたのだけれど、小さな声で俺を呼ぶ声に目を覚ました。

 お社の外で、誰かが俺を呼んでるの。


 こえぇぇー

 何!?

 誰!

 俺は、恐る恐る格子状の戸から外を見た。


「シロ、俺だ。夜雲だ・・・ちょっと出て来いよ」


 俺は、安心すると同時に訝しく思う。

 いったい何事だ・・・。


「な、何なの?」


 俺は、リトを起こさないようにそっと扉を開けて外に出た。


「寝ていたところ悪いけど、ちょっと付き合え」


 夜雲は、そう言うなり俺のうなじを掴んで抱き上げる。

 やだ!

 男になんて抱っこされたくない!

 俺は、必死にもがいて逃れようとしたけど、さすが蛇王・・・逃げられない。

 夜雲は、俺をしっかりと抱え込み走り出した。


「どこいくの!」


 俺は、不安でいっぱいになった。

 どこに連れていかれるのだろう?

 何をされるんだろう?

 夜雲は、答えない。


 でも、目的の場所にはすぐについた。

 商店街にあるカシンのお店だ。

 看板の明かりは消されていたが、店の中には明かりがついていて、中に誰かがいるようだ。


「いらっしゃいませ・・・」


 お店の戸を開けると、黒髪を後ろで束ねた長身の男が言った。

 カシンだ。

 お店にいるときは、男前の青年の姿になる。

 昼間に会った可愛らしい少女カシンと、同一人物なのだから不思議だ。

 店に入ると、カウンターの席に夜摩がいた。


 その隣に、小さな老人がいる。

 背を丸め、項垂れる姿に、一見誰だかわからなかったが、髪の毛のないその人物は、紛れもなく夜刀爺さんだ。


「まぁ、こういうわけだ。話しを聞いてやってくれるか・・・」


 夜雲はそう言うが、どういう訳だ? 

 知らんし・・・。


「夜刀様、シロちゃん来てくれたよ・・・」


 夜刀爺さんの隣に座っている夜摩が、なだめるように老人に言う。

 シロちゃん?

 いや、俺が何?


「すまねぇなぁ・・・わざわざ来てもらって・・・」


 いつになく、しんみりとした口調で夜刀爺さんが語り始めた。

 夜雲は、夜摩と夜刀爺さんの間の机上に俺を置く。

 嫌だよ。なぜ俺をここに置く!

 俺は、夜雲を睨みつけて抗議する。


「俺は・・・屑だ。屑神だ――」


 知らんし! いや、そうだけど。


「いつもそうだ・・・娘泣かして、親代わりなって・・・」


 ぶつぶつ語る夜刀爺さんを前に、俺はカウンターの中に助けを求めた。

 ユキさんは、エプロンを外しながら俺と目が合うと、申し訳なさそうに眼を伏せた。

 青年カシンは、煙草に火をつけて天井に向かって煙を吐く。


 おい! 俺に何を――

 俺は、後ろにいるはずの夜雲を振りかえる。

 あれ!?

 居ない―――


「夜摩!」


 俺は、夜雲は、どこに行ったのかと隣に座っている夜摩に―――

 いねぇーよ! 


「シロ!」


「はい!」


 夜刀爺さんに名を呼ばれ、反射的に返事をしてしまった。


「おめぇーだけだ。俺の事わかってくれるのは―――」


 夜刀爺さんは、涙を溜めた眼で俺を見る。

 知らねぇから! そんな目で俺を見るな・・・。


「お疲れさまでしたぁ」


 小さな声で、気付かれないとでも思ったのか?

 短い銀髪を撫でながら、ユキさんが店を出て行こうとする。


『ちょっと――』


 俺は念じる。


『ごめんね』


 ユキさんからの念話は、それで終わった。

 バタンっと店の扉が閉まり、店には俺と夜刀爺さんと青年カシン・・・。

 お前、どこ行ったんだぁぁぁ


 いつの間にか、カシンの姿も無くなっていた。

 さっき煙草吸っていたはずなのに―――

 さすが忍者だ・・・。

 感心している場合じゃない。


「俺は、どうしたら良い? なぁ、シロ教えてくれ」


 夜刀爺さんが、俺の手を掴む。

 放せ! 俺の手を放せ!

 俺は、手を振りほどことする。が、無理だ。


「祭神の変更なんて、したっていいのよ。神なんて、誰でも良いの!」


 夜刀爺さんは、コップの酒に口をつけカウンターに少々力強くコップを置く。


「俺だって、愛されたいんだよぉぉぉぉ」


 夜刀爺さんは、机に伏せて泣きだした。

 手を・・・放せ・・・。

 そうやって、夜は更けていった。




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