お祭り
35 お祭り
急に涼しくなって、駆け足で秋がやってきた。
南の馬児島に行っていたから、そんな風に感じるのかもしれないけど、ただ確実に秋の気配を感じる。
俺とリトは、十王台の夜刀神社に戻ってきていた。
木々は、まだしっかり緑の葉っぱを身に着けていて、紅葉はまだまだ先のようだけど、日差しは暑すぎず、程よい温度になった。
俺とリトは、参道の石畳にちょっとだけできる陽だまりに寝そべって、日向ぼっこをしている。
馬児島への旅では色々あったけど、帰ってきたら平穏を感じる。
気兼ねなく、のびのびゴロゴロできた。
初めてこの神社に来た時は、鬱蒼としていて不気味に感じたけど、今は夜笑さんが隅々までしっかり手入れしていて綺麗になっている。
夜刀爺さんと夜雲が傾いていた鳥居もなおしてくれた。
木々に覆われ見えなかった空に、何故か隙間ができて光が射すようになった・・・。
寝そべって空を見上げている俺の眼に、何かが映る。
木の枝に、何かが座っていた。
猿だ―――!
籠を背負っていて、木の枝葉を摘んでいる。
「おちゃる!」
俺と同じように、陽だまりで寝そべっているリトが、猿を呼ぶ。
「はっ!」
猿は、木から飛び降りるとリトの前で跪坐した。
「もう良いにょ。ご苦労にょ」
リトは、寝そべったまま猿を労う。
この猿は、猿と(えんと)だ。
今は、新猿王を名乗っている。
もう一匹、降りてきた。
こっちは、猿飛だ。
猿の一族のナンバー2である。
何故ここにいるのだろう?
「何で、君たちがここに?」
「リト様に、剪定を命じられたのだ」
新猿王は、俺を睨みつけるような眼で見る。
小柄な猿だが、優秀なのだろう。
俺は優秀ですって顔をしている。
「そうだったんだ。ありがとう」
「お前に礼を言われる覚えはない」
猿王は、更に凄んだ。
感じ悪いな。
「だいぶ良くなったにょ」
日の射すようになった空を見上げながら、リトはにんまりと笑った。
「もう用済みにょ。帰っていいにょ」
リトは、猿王と猿飛に言う。
言い方が、酷すぎる。
「リト、遠い所から来て、こんなに綺麗にしてもらったのに、その言い方は酷いだろう」
「そうかにょ・・・じゃぁ―――」
リトは、リトなりに考えて言葉を紡ぐ。
「大儀だったにょ」
リトは、寝そべったまま後ろを振り返って言う。
なんと横柄な・・・。
「ありがたきお言葉。では、これにて失礼いたします」
そう言って、猿王と猿飛は消えた。
とても素早い。
木々の上を、飛んで行く音が去って行く。
「もうちょっと感謝してもいいと思うけど・・・」
「最大限に感謝してるにょ」
リトは、面倒くさそうに答えて寝返りを打つ。
そして、何かを思い出したように立ち上がった。
「お出かけ(おでけけ)するにょ」
十王台の住宅街を抜けて、商店街にやってきた。
リトと2匹で来るのは久しぶりだ。
最近は、夜笑さんに連れられて来ることが多かった。
横道にそれて、石でできた建物の2階へ昇る。
コーヒーの苦い香りがしてきた。
カフェ&バー 路
カシンの経営する店だ。
リトが、入口の扉をガリガリと引っ掻くと、中から扉が開いた。
「あら、リト様! それにシロさんも」
戸を開けてくれたのは、馬児島で出会った雪女のユキさんだ。
浴衣にエプロン姿・・・。
何をしているのだろう?
「こんにちは、カシンは?」
俺は、店の中に入れてもらいながら訊ねた。
「今日は、お休みです。最近忙しいみたいで―――」
「へぇー、で、ユキさんは何しているの?」
俺とリトは、いつものカウンター席に飛び乗った。
「私は、このお店で働かせてもらっているの。一度、都会で生活してみたかったのです」
ユキさんは、はにかんだ笑みを見せた。
お客さんは、奥のテーブル席に一人だけのようだ。
「なるほどねー」
俺は、奥のテーブル席の客に注視した。
物に遮られてよく見えない。
「お祭りやるにょ。カシンにも言っといてにょ」
リトは、唐突に言う。
なんだそれ!?
「お祭りがあるんですか! 行きたいです」
「にゅん。お店出してほしいにょ」
いや、まて・・・。
初めて聞いたぞ。
「なるほど、わかりました。カシンさんが来たら伝えておきます」
あのボロ神社でお祭りだと!
「リト! そんな勝手にできないだろう。夜笑さんにまず言わないと・・・」
「ヤエがやりたがっていたにょ」
えー、そうなの?
知らなかった。
「それと、夜刀爺さんにも言わないと・・・夜刀爺さんの神社なんだし」
「にゅー、そうかにょ」
少し考えるふうをして、リトはカウンターの椅子から飛び降りた。
スタスタと、店の奥に向かう。
「ヤトー、お祭りやるにょー。良いかにょ?」
店の奥のテーブル客に、リトが話しかける。
俺もついて行くと、そこにいたのはコップの液体を舐めるように飲んでいる髪の毛のない老人だった。
夜刀爺さんだ。
ここにいたのか・・・。
いや、カシンを嫌っていたようだったのに、来るんだ・・・。
「ああん。祭りだぁ!? 勝手にやれよ」
夜刀爺さんは、眼を細めて面倒くさそうに悪態をつく。
「ありがにょー」
昼間っから酒飲んでるのか・・・。
俺は、汚い物でも見るような目で夜刀爺さんをみた。
軽蔑の眼差しだ。
「なんだよ! 文句あっか」
凄まれた・・・。
「はい、お待たせしました」
ユキさんが、夜刀じいさんにコーヒーを持ってきた。
「おう」
夜刀爺さんは、コーヒーを受け取ると口をすぼめてそれをすする。
『さっき飲んでいたの、お水ですよ』
俺の心にユキさんの声が聞こえた。
ユキさんの妖術で、念話だ。
リトにも、夜刀爺さんにも聞こえていない。
『そうなんだ。夜刀爺さんお酒以外も飲むんだ』
『近くに行きつけの居酒屋さんがあるみたいで、そこが開くまでの時間つぶしのようです』
『なるほど』
「ごちゃごちゃうるせーな! あっちでやれよ」
夜刀爺さんに言われて、俺とユキさんは顔を見合わせた。
『あれ! 聞こえてるの?』
『そうかもしれません』
俺は、慌ててリトを見た。
もしかしたら、リトにも聞こえているのかもしれない。
しかし、リトの姿はすでに近くにはなかった。
店の入口の扉の前で、扉をガリガリと引っ掻いている。
「もう帰るにょー」
「はーい。今開けますー」
駆けだすユキさんの後を俺も追う。
店を出る前に、もう一度だけ夜刀爺さんを見た。
『おじゃましました』
夜刀爺さんに心の中で言ったつもりだったけど、夜刀爺さんからの反応はなく、代わりにユキさんから反応があった。
『またいらしてください。お待ちしています』
それから2日ほど経ったかな。
夜刀神社に来客があった。
お昼になるちょっと前か・・・そろそろご飯を探しに行こうと思っていた頃だった。
ピーピーピーと音を鳴らしながら、荷物をいっぱい乗せた白いトラックが、バックで参道に入ってきた。
「よう、シロ! リト様はいるかい?」
そう言いながらトラックから降りてきたのは、蛇王と呼ばれる蛇族の夜雲だ。
青色の煙菅服姿で、蛇のイラストが描かれた黒いキャップを被っている。
「兄貴ぃ、荷物降ろしちゃいますぜ」
助手席から降りてきたのは、一見男の子みたいな女子で、夜雲と同じ格好をしていた。
夜摩だ。
「どうしたの? 凄い荷物だけど」
俺は、荷台を眺めながら訊ねた。
パイプやら、白い布、赤い布、なんだろうこれ?
「出店だよ。祭りやるんだろう?」
「ヤクモー、よく来たにょ」
お社から、リトが飛び出してきた。
「リト様、お待たせいたしました。早速ですが、鳥居から先の参道脇に店作りますね」
「にゅん。それ、邪魔だったら切っちゃって良いにょ」
リトが、鳥居を指さす。
「ダメだろ切っちゃ!」
俺は、リトをたしなめた。
夜雲は苦笑いをしている。
「おい、夜摩! 鳥居からお社の間に3つずつ組んでくれ」
夜雲は、夜摩に指示を出しながら、自分もトラックの荷台から荷を降ろしていった。
「夜雲さん! もう来ていたのですねー」
参道を走る足音と共に、夜笑さんの声がした。
「おー夜笑、善は急げってやつよ」
カッカッカと夜雲は笑った。
「ヤエー、お祭りにょー」
リトが巫女装束の夜笑さんの胸に飛びついて、そのまま白衣の袂に潜り込んだ。
「楽しみですねリト様! この神社でお祭りだなんて、何年ぶりかしら」
感慨深げに、夜笑さんは夜雲らの仕事を見守った。
「リト様ー、夜笑さーん」
参道の入口辺りから声がした。
この声は、少女カシンだ。
見ると、破けたジーンズにパーカー姿で金髪の少女が走って来る。
今は少女の姿だが、喫茶店で働いているときは青年の男性姿で、長距離移動などはお爺さんの姿になる。
カシンコジとかいう忍者か妖術師だからしい。
その後ろに、この間お店で働いていた雪女のユキさんがいた。
今日は浴衣ではなく、橙色の小袖姿だ。
「聞いたよー、お祭りするんでしょう―――手伝わせて―――」
少女カシンは、可愛らしく胸元で手を組んでお願いのポーズをする。
後ろでユキさんが頭を垂れた。
「助かりますー、いくつかお店だすので、準備を手伝っていただけると、助かります」
夜笑さんは、にっこりと笑って2人に頭を下げた。
「ねー、お祭りっていつやるの?」
俺は、夜笑さんの足元から訊ねた。
「えーと・・・。いつでしょう?」
夜笑さんは、困った顔をして胸元のリトに訊ねる。
リトは、夜笑さんの白衣の袂から顔だけ出した。
「すぐやるにょー、準備できたらやるにょー」
マジか・・・。
みんな同じことを思ったのだろう。
同じような顔をしていた。
みんなでワイワイしながら、参道を挟んで小さな小屋を組み立てていく。
出店と言うらしい。
俺は、作業を手伝うつもりでいたのだけれど、リトがじゃれてくるから、仕方なくリトの相手をしている。
「皆さん。休憩にしませんか?」
いつもの黒いスーツ姿に、黒い眼鏡の千代さんが、大きな包を持って現れた。
「お、ありがてぇ。腹が減っていたんだ―――で、あんたは?」
夜雲は、千代さんの顔をまじまじと見る。
「私は、カシン様にお仕えしています望月千代と申します」
千代さんは、包を手近な出店の机の上に置いて深々と頭を下げた。
「ねぇー、開けて良い?」
夜摩が訊ねる。
女の子みたいな言い様だった。
いや、女の子なんだけど・・・。
包の中には、ウ〇コみたいな黒い物と茶色いウ〇コみたいな物がいっぱい入っていた。
こんな物食べるのか・・・。
俺は、衝撃を受けた。
「お、おはぎか! しゃれてるねー」
「わー、美味しそうー」
夜雲と夜笑さんが感嘆の声をあげる。
正気か!
正気なのか!?
みんな、それを掴んで口に運んでいる。
「ふわー、美味しいぃ」
いつも男の子みたいな喋り方をする夜摩が、出店の机に座って女の子みたいな顔をして食べている。
嬉しそうにモグモグする姿は可愛い。
だがしかし、口にしているものがおぞましい。
「み、みんな・・・大丈夫なの・・・」
俺は、恐る恐る訊ねる。
「え? 何が?」
カシンが、首をかしげて俺を見下ろした。
「ウ〇コ食べて、平気なの?」
俺は、訊いてはいけないことを訊いているような気がして、躊躇いつつ訊ねる。
「は! ひどーい」
カシンは眉をつりあげて、睨みつけるような馬鹿にするような顔で俺を見た。
何故、そんな目で俺を見る?
周りを見渡すと、夜笑さんも夜雲も夜摩もあきれ顔で俺を見ていた。
何!?
俺、変な事言った?
「アハハハ、チロはポンコツだから知らないにょ」
そう言って、リトが俺に飛びかかってきた。
俺の頭を抱えてかじろうとする。
「な、なんなんだよー」
俺は、ポンコツ呼ばわりされて腹が立ったが、確かに人間がウ〇コを食べるとは知らなかった。
「シロさん。これは、おはぎと言ってご飯にあんこで包んだ食べ物なのです。こっちの茶色いのは、おいなりですね」
え! いや、食べているんだから食べ物なんだろうけど、何故その見た目?
「食べてみますか?」
夜笑さんが、しゃがみ込むと黒い方を少しだけちぎって俺に差し出した。
俺は、不安になってリトの方を見る。
リトは、口の周りに黒い物をつけてすでにモグモグしていた。
俺は、恐る恐るそれを舐めた。
甘い!
めちゃくちゃ甘い!!
「甘いよ。美味しくない」
「フフ、そうですね。猫さんには、少し甘すぎますね」
夜笑さんは、にっこりと微笑んだ。
俺の口には合わないけど、アレではないようだ。
「お子ちゃまなチロ君には、これをあげよう」
カシンが、何やらビニールの袋を切った。
その瞬間、周囲にとても素晴らしい香りが広がる。
イカだ! スルメだ! アタリメだ!
カシンが屈んで俺の口元にそれを差し出した時、何者かがそれを奪った。
リトだ・・・。
スルメをくわえて唸り声をあげている。
「お前、おはぎ食べてたじゃないか―――」
「はいはい。まだあるから、喧嘩しないで」
カシンが、俺の口にスルメをくわえさせてくれた。
美味しい。
「よぉー、祭りだってなぁ」
しわがれた声の主は、夜刀爺さんだ。
紺色のニッカポッカに同色の半纏を着て、禿げ頭に手拭いを巻きつけている。
夜刀爺さんは、手に持っている一升瓶を口に運んで、ぶはぁっと臭い息を吐いた。
みんなは、黙りこくっている。
面倒くさいのが来た。
そんな雰囲気だった。




