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90度よーそろー

34 90度よーそろー




 暖かい光だった。

 母の胎内にいるような―――

 覚えてないけど・・・。


 光が収まると、そこには穏やかな海があった。

 海は、嘘みたいに静まり返り、鏡のような海面をフェリーが疾走して行く。

 空は晴れ渡り、まるで何事もなかったと言わんばかりの静けさであった。

 荒ぶる悪棲あくるも、龍になった夜笑さんもいなかった。


「夜笑さん!!」


 俺は、慌てて周囲を見渡したけど、海面には長く続くフェリーの白い航跡があるだけで何もない。

 傍には、ユキさんとリトがいる。

 リトは後ろ足で首を掻いていて、ユキさんは俯いて立っていた。

 カシンは、口にくわえていた短刀を腰の鞘にしまう。


「にゅー、そろそろお腹がすいたにょ」


 リトが、思い出したように言う。


「夜笑さんは!?」


 俺は、誰ともなく訊いた。

 答える者はない。 


「夜笑は良くやったにょ。ご飯にするにょ」


 リトは、船内への扉をガリガリと引っ掻いている。

 誰かに、開けろと言っているのだろう。


「ご飯どころじゃないだろう! 夜笑さんは・・・」


 俺は、リトを怒鳴ったけど・・・言葉に詰まってしまった。


「すぐ帰ってくるにょ。心配しすぎにょ」


 リトはあきれ顔で言う。

 何を呑気に・・・。

 リトは、仕方なさそうにフェリーの左後方を指した。

 見ても海と空しかない。


「あ、あれ!」


 ユキさんが何かを見つけて、両手で口を覆う。

 小さな点が空に・・・いや、点よりは大きいか・・・。


 あ・・・。


 それが何か気付いた時、俺は安堵して座り込んでしまった。

 夜笑さんだ。

 白いワンピースの裾が広がって、風になびいている。

 左手で何かにつかまって、右手を振っていた。


「良かった・・・」


 カシンは、船尾の手すりまで駆けて行って手を振り返す。


「みんなー」


 夜笑さんの声が聞こえてきた。

 夜笑さんは、小さな鳥につかまって空を飛んでいる。

 小さな鳥は、必死で翼を羽ばたかせていた。

 その鳥の足には、銀色に輝く金属の飾りが付いている。


 鳩のスーだ。


 ハフハフ言いながら、羽根をバタつかせている。

 フェリーの後甲板直上まで来ると、夜笑さんはスーの足を放して飛び降りた。

 ワンピースの裾がめくれ上がり、慌てて押さえようとした夜笑さんは、着地に失敗し尻餅をつく。


「あいたた・・・服装には気を付けないと」


 夜笑さんは、尻をさすりながら立ち上がる。


「おかえり―――」


 カシンは、夜笑さんに抱きついた。


「ただいまー」


 夜笑さんの白いワンピースはびしょびしょで、胸の下着が透けている。


「これで隠して」


 カシンは、どこから出したのか黒い風呂敷を夜笑さんの肩にかけた。

 空から、フラフラと鳩のスーが降りて来る。


「スーさん! ありがとう」


 夜笑さんは、スーを両手で受け止めた。


「もー、翼がもげそうです」


 スーは、夜笑さんの掌の中で口を開けて白目をむいている。

 良くこの小さな翼で、人間をぶら下げて飛べるものだと俺は感心した。


「でも、どうしてスーがここに?」


 俺は、夜笑さんの足元で訊ねた。

 スーが夜笑さんの掌から、顔だけ下に向けて答える。


「やー、シロさん。行き違いのすれ違いですよー、まったく」


 やれやれと言った顔で、スーは続ける。


「雪振る馬児島に到着するも、何がどうなっているのか・・・方々を聞いて回っていたら、突然雪が止んで晴れ渡るじゃありませんか!」


 ああ、俺たちがユキさんに出会ったころだな。


「海岸近くでカシンさんの会社の方と出会いまして、事の経緯を聞いた次第です。みなさんにお礼をと思いましたが、すでにフェリーで帰ったと聞いて追いかけてきたのです」


 それは、行ったり来たりと大変だったんだなぁ―――


「お陰で助かりました。ありがとう。スーさん」


 夜笑さんは、そう言って自分の掌の中にいる鳩の頭に口づけをした。


「いやー、もー、そんなー」


 スーは、めちゃくちゃ照れて喜んでいる。


「悪棲にやられちゃったんじゃないかと、心配したんだから」


 カシンが、夜笑さんの髪を (これもどこから出したのか)黒いタオルで拭きながら訊

く。


「悪棲は、私を敵視していませんでした」


 夜笑さんは、遠い目を海の彼方に向けて語った。


「悪棲は、フェリーに悪しき者の存在を感じ追いかけていたのです。私が悪棲の体に巻きついて説明したら、納得してくれたのですが・・・その時、突然冷たい何かが私たちの上に落ちてきて、私は気を失ってしまったようなのです」


 みんな一斉にユキさんを見た。

 ユキさんは、甲板の上に膝を揃えて座り指を付いて頭を垂れた。 


「大変申し訳ございませんでした・・・」


 謝罪するユキさんに、夜笑さんは首をかしげながらも言葉を続けた。


「気絶して海底へと沈んでいく私を、悪棲は海面まですくい上げてくれたのです」


「あいつ、良い奴だったんだ・・・なんか、いっぱい攻撃しちゃった」


 カシンは、夜笑さんの髪を拭いていたタオルで自分の髪も拭いた。


「そこで、私は暖かい光に包まれて眼を覚ましました」


 ああ、火球が振ってきた時だな。


「その時、悪棲と語り合い。悪棲は納得して深海へと去って行ったのです」


「悪棲、怒っていなかったの? 火炎大旋風ぶつけたり、氷の塊ぶつけたりしちゃったけど・・・」


「ええ、まったく・・・」


「みなさん! ご無事ですか?」


 千代さんが、やってきた。


「船内の様子はどう?」


「ケガ人が大勢出ております。ですが、重症者や死人は出ていません」


 あれだけ揺れれば、仕方ないなぁ。


「悪棲や、夜笑さんを見た人は?」


「乗客は、窓のないホールに集められていたので見た人はいないはずです。乗組員は、大勢が見てしまい・・・」


「わかった。それは私が何とかしましょう」


 カシンは千代さんからの報告を受けると、髪を拭きながら船内へと歩き出した。


「みんな部屋に戻って休んでいて、なるべく部屋から出ないように・・・」


 カシンは、千代さんを従えて去って行った。

 うまく行くと良いけど・・・。


「ヤエー、お腹すいたにょー」


 リトが夜笑さんの足にすり寄って、猫なで声をあげる。


「お腹すいたじゃないだろう」


 俺は、リトの頭めがけ猫フックを仕掛けるも、簡単にかわされた。


「お前のせいで、カシンは怪我しちゃったんだぞ!」


「にゅー、リトは何もしてないにょ」


「思いっきり殴ったじゃないか」


「殴ってないにょ。ちょっと押しただけにょ」


 ちょっと押しただけなのか・・・そうかもしれない。

 コイツの馬鹿力だと、そうなのかもしれない。


「まぁーまぁー、みんな無事だったのですから、良いではないですか」


 夜笑さんは、そう言ってスーを床に降ろしてリトを抱き上げる。


「スー、ありがとう。夜笑さんを助けてくれて」


 俺は、心からの感謝を伝えた。

 良い所で現れてくれた。


「いえいえ、間に合ってよかったですよ」


 スーは、照れくさそうに笑う。

 ん?

 何か匂う・・・。

 俺は、スーに鼻を近づけて匂いを嗅いだ。


「ちょ、ちょっと何をするんですか失礼な!」


 スーは飛び上がって、膝まずくユキさんの頭に乗った。


「スー、何だか焦げ臭いよ」


 スーの体は、何故か焦げ臭かった。


「え、ああー、スーパーダッシュで飛んできたから、羽根が少し焦げちゃったかもしれませんね」


 いやいや、焦げないだろう・・・。

 俺は訝しがったけど・・・そういえば、ドリュウと闘ったときも、スーは焦げ臭かった。

 焦げやすいのか、スーの羽根は・・・。


 焦げると言えば、あの火球は何だったんだろう・・・。

 俺は、もう一度スーに目を向ける。

 あの火球は、スーだったのだろうか?


「さあ、お部屋に行きましょう。お風呂に入ってご飯をいただきましょう」


 俺たちは、夜笑さんに促され船内へと向かった。

 スーに火球の事を訊ねようと思ったのに、聞きそびれてしまった。




 しばらくすると、フェリーの傍に軍艦のような船がやってきて、船内は騒がしくなった。

 船内放送から察するに、海上保安庁なる人たちが来て、ケガ人の輸送が行われるらしい。

 俺と夜笑さんとユキさんは同じ部屋にいて、簡単な食事を終えたところだった。

 リトもいた。ベッドの上でイビキをかいている。


 ドアをノックする音がして、夜笑さんが応対に出た。

 俺も後ろからついてって、何事かと様子を窺う。


「お休みのところ申し訳ない」


 老人カシンだった。


「あらカシンさん。お爺さんになったのですね」


「ええ、この姿の方が人に指図しやすいですから・・・」


 老人カシンは、言いにくそうに話しを続ける。


「実は、私も船を降りることになりまして・・・東都入港までご一緒したかったのですが・・・」


「怪我をしているから?」


 俺は訊ねた。


「ええ、もちろんそれもありますが、愛さんがまた何やら企てているようですので、急ぎかえって情報収集をせねばなりません」


 愛さんとは、邪界鬼の半身だ。

 綺麗な女の人の姿をしていた。


「わかりました。色々とありがとうございました。カシンさんもお体をお自愛ください」


「ありがとうございます。すぐお会いできると思いますが、それまでユキさんをよろしくお願いいたします」


 老人カシンは、部屋の奥にいるユキさんを気にかける。


「わかりました」


 夜笑さんは、承諾して部屋の奥に声をかけた。

 ユキさんが、慌てて俺たちのところへやってきた。


「入港したら、すぐにお会いできると思いますが、それまで夜笑さんと一緒にいてください」


 老人カシンは優しい口調でそう言って、ユキさんの頭を撫でた。


「何から何まで、ありがとうございました」


 ユキは、老人カシンに抱きついて謝辞を述べる。


「おやおや、今は老人ですぞ」


「中身が一緒なのはわかっています」


 では、と老人カシンは去って行った。

 フェリーは、大急ぎで東都に向かっていて、予定より半日早く入港するようだ。

 帰ったらゆっくりしたいな。

 ドタバタで、少し疲れた。 





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