表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/76

豪華客船クイーン・ヒミコ

30 豪華客船クイーン・ヒミコ




 すっかり夏の色を取り戻した馬児島は、暑かった。

 少しぐらい雪が降ってくれても、良いんじゃないかと思ってしまうほど、重い熱気が充満している。

 観光客であろうホテルの宿泊客の中には、雪の馬児島も悪くなかったと言っている人もいた。


 昨日の夜、酔っぱらって帰ってきた女性陣は、皆連れ立ってお風呂に行った。

 そして、今朝またお風呂に行ったのである。

 さらに、もうすぐ出かけると言うのに、また皆でお風呂!


 何を考えているのだろう?

 体の油は無くなってしまうし、匂いも無くなってしまう。

 絶対、体に悪い。


 俺は、何度も止めたけど聞き入れる者など誰もいない。

 俺は、あきれて何も言えなくなった。

 そんなことしているから、出発の時刻には慌ただしく、あれ忘れたこれ忘れたとなかなか全員が集まらなかった。


 黒山ホテルのロビーにて、千代さんが機嫌の悪そうな顔で皆がそろうのを待っている。

 俺も、その隣でイライラしていた。


「ごめんごめん―――お待たせー」


 最後に来たのは、ひざ下から破れて無くなっているジーンズ姿の少女カシンだった。

 それを見て、千代さんのこめかみに青筋が浮き出る。


「カシン様・・・お召し物が違うようです」


「え・・・?」


 カシンは、自分の装いを確かめる。


「ああ! そうだった。ゴメ―――ン」


 少女カシンは、慌ててトイレに走って行く。

 何故トイレ?

 さらに何故かカシンは、男性用のトイレに入って行った。

 トイレの扉が閉まりきる前に、扉が開いて杖を突いたスーツ姿の老人が出てきた。


「お待たせしました。では、行きましょう」


 老人カシンは、何事もなかったように俺たちに会釈して通り過ぎていく。

 その後を、千代さんが追従する。


「あ、あの・・・どなたですか?」


 何が起きているのか全くわからない。と言った表情で、朝顔柄の浴衣を着たユキが傍らの夜笑さんに訊ねた。


「この方、カシンさんですよ・・・カシンさんて、果心居士かしんこじなのです。知っています? 果心居士」


 夜笑さんは、歩きながら小声でユキの問いに答えた。


「へぇー、すごーい」


 ユキは、小声で感嘆の声をあげる。

 どうやらユキも果心居士を知ってはいるようだ。


 ホテルのロビーを出ると、正面の車回しに黒塗りの長い車が停まっていた。

 後部座席が、部屋みたいになっている最近よく乗る車だ。

 俺たちは、千代さんに促され乗車するとすでに老人カシンが乗っていた。


「良いお湯でしたな」


 老人カシンは、優しい笑みで俺たちを向かえる。


「また、機会があったらみんなで来たいですね」


 白いワンピース姿の夜笑さんが言う。

 そのワンピースの胸元から、リトが顔を出した。


「にゅん。また行きたいにょ」


「フフ、リト様はシロさんと違ってお風呂がお好きなんですね」


 夜笑さんは、胸元のリトの頭を撫でる。


「チロは、ばっちいにょ。車の中に入れない方が良いにょ」


「お前―――、何でそんな事言うんだよ!」


 リトは、蔑むような目で俺を見る。


「大丈夫ですよ。ちゃんと綺麗にしていますもんね」


 ユキが、そう言って俺を抱き上げ膝の上に乗せてくれた。

 車が、動き出した。

 ホテルの従業員たちが、手を振っている。

 ユキが俺を抱き上げて、何故か俺の手を振った。


「また来ますねー」


 ユキが、俺の頭の後ろでまるで俺が言っているかのように言う。

 何故そんなことするのか、理解不能だ。

 でも、俺はされるがままにさせていた。




 馬児島の市街地を抜けると、梅島の見える海岸沿いの道に出た。

 梅島は、今日もモクモクと噴煙をあげている。


「お、見えてきましたぞ」


 優雅にワイングラスを傾けながら、老人カシンが前方の何かを指した。

 最初は、何だかわからなかった。

 街の一部に見えた。

 横に長い大きな建物だと思った。


 しかし、近づくにつれそれが何だか俺にも理解できるようになっていく。

 それは、大きな建物のようであったけど、海に浮いていたし、大きな煙突から薄っすらと煙も昇っていた。


 船だ。

 とてもとても大きな船だった。

 いや、大きな船は見たことはあるんだよ。

 港町の近くに住んでいるし、軍港も近くにあるし・・・。


 でも、こんなに近くで見るのは初めてだった。

 車が岸壁に到着し車の外に出ると、俺は目前の巨大な船を見上げた。

 それは、びっくりするぐらい巨大で、俺の視界の全てが船だった。

 威圧的で、神々しくもある。


大往路だいおうじ様、お待ちしておりました」


 そう声をかけてきたのは、白い制服を着たおじいさんとおじさんの間ぐらいの男の人だった。


「クイーン・ヒミコ船長の佐藤でございます」


「やぁ、急に無理を言ってすまないね」


 老人カシンは、杖を左手に持ち替えると右手を差し出し、船長と握手を交わした。


「本船は、あと1時間ほどで出港いたします。ご乗船頂き、船内をご案内させていただきたいと思います」


「ああ、そうだね。まぁ、そうだ。こちらが望月くんだ。細事は彼女にまかせている」


 老人カシンは、簡単に千代さんを船長に紹介し、自分は俺たちの所に戻ってきた。


「ささ、行きましょう」


 俺たちは、老人カシンに連れられて船内に入るための階段を登り始めた。

 俺は、ユキに抱っこされていたけど、ふと気になってユキの肩越しに後ろを振り返った。

 俺たちの乗ってきた車の後ろに、黒塗りの車が一台停まって、黒いスーツ姿の男が二人降りてきた。


 小夜さんがあっちだこっちだと指をさして、何やら指示している。

 誰だろうあの人たち?

 俺たちの乗ってきた車から、男たちが荷物を取り出す。

 白い制服の人たちもやってきて、黒いスーツの人たちから荷物を受け取っていた。


 お手伝いの人たちか・・・。

 俺は、船に注意を戻した。

 他の事に気を取られているうちに、乗船してしまっていた。




 船は、外から見ても巨大であったが、中から見ても巨大だ。

 杖を付きながら先を行く老人カシンが、船内の施設を案内してくれた。

 船内には、ご飯を食べる所やお風呂、プールまであった。

 お店や、劇場、映画館もある。


 この船が、ひとつの街になっているのだ。

 夜笑さんや、ユキが何かを見る度に感嘆の声をあげている。

 俺は、びっくりしすぎて何も言えない。

 開けっ放しになっていた口からよだれが垂れてきて、ようやく正気を取り戻した。


 これが、海に浮いているなんて・・・。

 本当かな?

 全然揺れないし、地面の上に乗っているんではないだろうか?

 俺は、本気でそう思い始めていた。


 しかし、しばらくするとそれが勘違いであることに気付かされる。

 何だかアナウンスが流れ、大きな汽笛が鳴った。

 少し揺れた。


 俺たちは、老人カシンに連れられて外が見える場所に出た。

 デッキと言うらしい。

 ああ、陸が離れていく・・・。

 動いているわ・・・本当に。


 そして、巨大な船は洋上を走り出した。

 動揺なんてまったくないけど、確かに動いていて船が引く白い波が見えるし、進行方向から風を感じる。


「ちょっと失礼」


 傍にいた老人カシンが、少し離れたところにいる千代さんに気付いて、俺たちから離れた。

 夜笑さんとユキは、おっかなびっくりで海面と陸岸の景色を見ている。


 ん?


 カシンは後姿であったが、千代さんの顔が見えた。

 何か紙をカシンに見せているようだが、無言でいる。

 違う・・・無言ではない。

 口を動かさずに喋っている。


 ちらっとカシンの方を見たり、頷いたりしている千代さんの様子は、無言では不自然だ。

 千代さんと目が合いそうになり、俺は慌てて視線をずらした。

 顔まで動かすと、気付いていることがバレる。

 そんな気がした。


 まずい。


 千代さんの注意が、俺に向いている。

 感づかれる。

 アホな猫のフリをしないと・・・。

 何か・・・何か無いか・・・。


 俺は、顔を動かさずにカシンや千代さんの方を向いているけど、視線は合わせずに何かを探した。

 見つからない―――。

 やむを得ない。


 俺は、ゆっくりとカシンたちに向かって歩き始めた。

 歩きながら、俺が興味を引いたと思わせそうなものを探す。

 何か、何か・・・。

 何もない!

 木の床と、寝そべって座る椅子しかない。


「どうしましたシロさん?」


 とうとう千代さんに声をかけられてしまった。

 千代さんに眼を向ける。

 探るような目で見ている。

 眼鏡の奥の眼が・・・怖い。


「うん・・・何だか・・・気持ちが悪い・・・」


 俺は、正直に言った。

 いや、正しくはこの違和感に気持ちが落ち着かないのだが・・・。


「あら、船酔いでしょうか?」


 千代さんが、屈みこんで俺の顔を覗き込んだ。


「な、何それ?」


「船は初めてですかな?」


 老人カシンに訊かれて、俺は考えた。

 どうだったか・・・覚えていない。


「うーん。たぶん初めてだと思う」 


「少し、部屋で休みましょう」


 千代さんは、俺の事を抱き上げて夜笑さんとユキを呼んだ。


「シロさんの気分が優れないようです。皆さんは大丈夫ですか?」


「私は大丈夫です」


 夜笑さんはさらりと答えるが、ユキはモジモジしている。


「ユキさんもお気分が?」


 千代さんが訊くと、ユキは頷いた。


「お部屋にご案内します。少し休みましょう」




 

 俺たちは、千代さんに連れられて客室に案内された。

 きっといい部屋なのであろう。

 昨日停まった黒山ホテルの部屋と同じような感じで、豪華な作りになっていた。


 テーブルやベッドも高級感があるし、窓からは大海原が一望できる。

 でも、今はそんな事はどうでもよかった。


 生き延びた。

 ユキさんに救われた。

 うまく誤魔化せたのではないだろうか。


 俺だけが気分悪いと言っていても、すぐには部屋に案内されなかったかもしれない。

 そのうち、気付かれたかもしれない。

 今、千代さんから離れられたことが、幸いであった。


 さて・・・、誰かに打ち明けたい。

 誰かに相談したいが、誰が良いだろう。

 今、この部屋にいるのは、夜笑さん、リト、ユキだ。


 夜笑さんは、顔に出そうだなぁ。

 リトは、問題外だし・・・。

 俺は、ユキに眼を向けた。


 ユキは、ベッドに腰をかけて俺を見ていた。

 あれ・・・もしかして・・・。

 いや、まさかね。

 俺の様子に気付いて、助け舟を出してくれた・・・何てことはないよね。


『大丈夫ですよ。千代さんには気付かれませんでした』


 ユキの声がして、俺は慌ててユキを見た。


『千代さんがさっき話していたのは―――』


 ユキが俺に語り掛けているが、ユキの口は動いていない。

 どういうことだ?

 声は聞こえるけど・・・。


『念話です。シロさんの心に語りかけています』


 え?

 何それ! そんな事できるの!?


『フフ、これでも私、妖怪ですから』


 俺は、同室の夜笑さんを見た。

 夜笑さんは、もう一つのベッドでリトと戯れている。

 夜笑さんとリトには、俺とユキが話していることが聞こえている様子はない。


『私とシロさん以外には聞こえません』


 そ、そうなんだ。

 じゃぁ、さっき俺が困っていた時の事、知っているんだね?


『ええ、千代さんがカシンさんに話ていた事も、少しだけ聞いていました』


 そうなんだ。じゃぁ、千代さんも同じ念話が使えるんだ。


『いえ、千代さんは使えないようです。千代さんは口を閉じたまま話す忍者の技ですね』


 そうか、とにかく助かった。

 ありがとう。ユキ。


『いえ、それで先ほど千代さんが話していたことですが・・・』


 聞こえたの?


『断片的にですが・・・どうやらこの船に良からぬ方が乗り込んでいるようです』


 良からぬ方?


『ええ、話しぶりから、千代さんやカシンさんにとって友好的な方ではないようです』


 どうして俺たちに隠すんだろう?


『わかりません。でも、隠すという事は、気付いていないフリをしたのは懸命だったと思います』


 うん。動物の感だね。

 リトや夜笑さんには、言わない方が良いよね?


『ええ、もうしばらく様子を見ましょう』


 うん。そうだね。

 本当にありがとう。ユキ、いやユキさん。


『どういたしまして。私のこの能力も、しばらくは内緒にしてくださいね。そのほうが良いと思います』


 わかった。

 俺は、強大な味方を得た。

 今まで呼び捨てだったけど、これからは尊敬の念を込めさん付けで呼ばせてもらおう。

 そして、会ったばかりで警戒していたけど、急速にユキさんの事が大好きになった。


『やだシロさん。恥ずかしい・・・でも嬉しいです』


 あ、聞こえちゃうんだ・・・。

 心の声、だだもれ―――。

 恥ずかしい―――!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ