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南国の異変

26 南国の異変




「何てことしてくれたんですか!!」


 夜笑さんの興奮は冷めない。

 ここは、カシンが営むカフェ&バーみち

 田力我聞の襲撃があったあの夜の、翌朝である。


「私が不在の時に、敵を神社におびき寄せるなんて!」


 夜笑さんは、今は男の姿のカシンに詰め寄った。


「リト様に、もしものことがあったら、どうしてくれるんですか!」


 黒髪を後ろで束ねた長身のカシンは、ただひたすら謝罪している。


「本当に、申し訳ありませんでした」


 青年カシンは、余計な事は言わず姿勢よく頭を下げるのだった。

 俺たちは、右からリト、俺、夜笑さん、スーの順番でカウンターの椅子に座っている。

 スーも、夜笑さんと事情を聞いて憤慨し、ついてきたのだが・・・。

 今は、大人しく無塩ナッツの盛り合わせをついばんでいた。


「お詫びと致しまして、今日のご飲食は―――」


「そんな事は、どうでもいいのです!」


 カシンの詫びを、夜笑さんが制す。


「聞けば、あなたには余裕があったそうじゃないですか! なぜリト様を危険にさらしたのですか!?」


「いえ、余裕など微塵も・・・」


「いいえ、あなたには容易く勝てた相手だったのでしょう。リト様を巻き込んだ理由は何なのです!」


「ん―――、あ、スーさん!そう言えば―――」


「答えなさい!!」


 夜笑さんが、拳でカウンターのテーブルを叩いた。

 店全体が揺れる。

 俺の目の前に置かれたニャウニュールの入った器が、カタカタと揺れている。


 俺は、それを眺めながら姿勢を正していた。

 とても食べられない。

 隣のリトは、何を気にすることもなくテーブルの上で、ニャウニュールに舌鼓を打っている。


「私は・・・。常に万全を用意いたします」


 夜笑さんがしゃべりだすのを制すように、カシンが切りだした。


「余裕があったと言われれば、確かにありました。なぜなら、余裕がない戦いは絶対に避けますから・・・」


 カシンが、夜笑さんに冷酒の入ったグラスを差し出した。

 夜笑さんは、受け取るなり一気に飲み干す。


「私は、石橋を叩きながら這って渡る性分です。万が一にも敗北の可能性がある争いは致しません」


 カシンは、新しいグラスに酒を注ぎながら続ける。


「やり方として、不快に思われるかもしれませんが、リト様を巻き込んだのは、あのお方と袂を別った事を証明するためでした」


 青年カシンは、冷酒を夜笑さんに差し出す。

 夜笑さんは、それに口をつけながら青年カシンを睨みつけた。


「私一人で、あのお方の刺客を退け、それを言葉であかしても信じてはもらえないでしょう。厭らしいとは思いますが、リト様の前で刺客の存在をあかす必要がありました」


 青年カシンは、俺たち一人ひとりに視線を配る。


「それに、この街中で田力我聞と闘えば、一般の方に犠牲を出してしまったかもしれません。今思えば、他にいくらでも方法はあったと思いますが、不意打ちを受け、咄嗟の判断だったのです」


「不意打ちなど、白々しい。それを予見して我々に助力を申し出たのでしょう?」


 一瞬、何の事かわからなかったけど、昨日の朝、夜刀神社の修理中、少女カシンが差し入れを持ってきたときに、そのような話しをしていたような・・・。


「まぁ、良いでしょう。カシンさん、今後二度と、このような事は無いようにお願い致します」


「恐れ入ります。肝に銘じます」


 青年カシンは、深々と夜笑さんに頭を下げ、リトに向き直るとまた頭を下げた。


「ミルクの水割り、おくれにょ」


 ニャウニュールを食べつくしたリトが言った。


「ええと、薄める必要は無いと思うので、ミルクでよろしいでしょうか?」


 青年カシンが丁重に訊ねるが、それにリトは答えない。




 しばらくぎこちない雰囲気が続いたが、スーがナッツの器を空にすると状況が少し変わった。

 青年カシンは、きっかけを待っていたのかもしれない。

 カシンが、スーの器を下げようとしたとき、思い出したように切りだした。


「ああ、スーさん。そう言えば、お国が大変な事になっているようですが、大丈夫なのですか?」


 スーは、首を傾げてカシンを見る。


「スーさんは、馬児島まごしまにお住まいでしたよね?」


「ええ、そうですけど・・・それが何か?」


 スーは、キョトンとしている。

 カシンは、カウンターから出て、店の奥にある大きなテレビの電源を入れた。


「あら、スーさん馬児島からいらしたの?」


 夜笑さんが、驚いたようにスーに声をかける。

 なんだか、不安になるな・・・。

 スーも、不安げな表情を見せる。

 テレビの画面が映ると、そこには雪の積もる北国の景色が映し出された。


「おや、どこでしょう? 見覚えがあるような・・・」


 スーは、テレビの近くに飛んで行って、繁々と画面を見る。


「馬児島ですよ」


 青年カシンが、残念そうに告げる。


「えええええ」


 スーは、驚愕の叫び声をあげた。


「ど、どういうことですかこれは!!」


 慌てふためくスーの姿に、俺は困惑する。

 何が起きているの?

 俺は、そっと夜笑さんに訊いた。


「馬児島は、この国の一番南にあって、普段は暖かい土地なのですが、今は異常気象で夏なのに雪が降っているのです」


 夜笑さんは、心配そうにテレビの画面を見つめる。

 海の中に大きな山があって、雪の積もったその山の頂から煙が上がっていた。


「何てことだ! 梅島うめしまに雪が積もるなんて!!」


 スーは、店中を飛び回って混乱している様子が見て取れた。


「ああ、こうしちゃいられない! リト様! こんな時に申し訳ないのですが、私、帰らせていただきます」


 リトは、ミルクを舐める顔をあげた。

 リトも状況が飲み込めていない様子で、キョトンとしている。


「にゅん?」


 カシンが店の扉を開けると、スーは慌てて飛び出していった。


「だ、大丈夫かな?」


 俺は、隣の夜笑さんに訊ねる。


「心配ですね・・・」


 夜笑さんは、立ち上がると窓ガラス越しに南の空を見上げた。

 青年カシンが、カウンターに戻ってきた。


「実は、これも あのお方が関わっているようでして・・・」


 カシンは、スーの座っていた場所を片付けながら言う。


「もっと早く教えてあげたかったのですが・・・」


 みんな、黙り込んでしまった。

 リトが、いつの間にかテレビの近くに移動している。

 テーブル席のソファーにちょこんと座って、テレビを見上げていた。


「助けにいくにょ!」


 突然、リトが思いついたように言う。

 夜笑さんがカウンターの席を離れ、リトのいるソファーに座った。

 カシンも、それについて行く。

 俺だけカウンターにいるのも変だから、俺もソファーに移動する。


「遠いですよ・・・」


 夜笑さんは、リトの頭と背を撫でる。

 無理だと、諦めさせているように見えた。


「行きますか?」


 ソファーの後ろに立つカシンが訊いた。

 みんな、カシンを振り返って見た。

 カシンは、ポケットからスマホを取り出し画面を指で擦っている。


「今からですと、夕方か夜には着けるでしょう」


「どうやって行くのです?」


 夜笑さんが、驚いて訊ねる。


「とりあえず、飛行機になります。空港までは車になりますが、そちらも手配可能です」


 カシンは、さらりと言う。


「いくにょ!」


 リトは、テレビの画面を見上げたまま言った。


「かしこまりました」


 そう言ってカシンは、スマホの画面を擦る。


「・・・皆様のお席、確保致しました。1時間後に車でお迎えに上がりますので、お支度をお済ませの上、夜刀神社でお待ちください」


 カシンは、そう告げて深々とお辞儀した。




 夜刀神社のお社の中で、リトは首に巻いているピンク色の包から、中身を出して荷物の確認をしている。

 スルメが2切れ、煮干しが2本、100円玉3つ・・・。


「ないにょ、ないにょ!」


 何かが無いらしい。

 座布団をひっくり返したり、床板の節穴から床下を覗いたりして騒いでいる。


「どうしたの?」


 俺は、準備するものなんて何もない。

 リトが何を探しているのか見当もつかないけど、手伝ってやるか・・・。


「あれにょ! あれがないにょ!」


「あれじゃわからん」


「こなって、こうなってるにょ」


 リトは、両手で大きな円を描く。

 どうやら失くした物は、円形か球状の物らしい。


「色は?」


「ミドリにょ」


「何だそれ?」


「大事なものにょ! タエコにもらったにょ」


 タエコかぁ、リトの前の飼い主だな・・・。

 何だろう? 円形で緑色で大事な物・・・ん?


「待て待て、お前、大きな丸い物って言うけど、大きかったら包に入らないじゃないか!」


「にゅ・・・」


 リトは、眉間に皺を寄せて考える。


「小さかったかもしれないにょ・・・」


「お前の包の中で、そんな物一回も見たことないぞ」


 再びリトは考える。


「にゅー、最近ひろったかもしれないにょ」


「なんだよ。タエコにもらったんじゃないの?」


「にゅー、違うかもしれないにょ」


 ん?

 あ、そういえばリトが何か拾っていたな・・・。


 あ! 気付いた。

 わかった。

 俺は、リトが探している物に気付いてがっかりした。


「お前が探しているのは、これだろう?」


 俺は、部屋の隅に転がっている丸い鏡をどけた。

 その下に、緑色のビー玉が転がっている。

 ちょっと前に、リトがニタニタ笑いながら隠しているのを見た。


「にょー、それにょーあったにょー」


 リトは、大事そうにそのビー玉を首の包にしまう。


「いや、それ持って行って何に使うんだよ」


「備えが大事にょ・・・」


 リトが、頭の悪い子を見るような目で俺を見る。

 やめろ・・・。

 鏡を見ろ。


「失礼いたします。お迎えに参りました。お支度はお済でしょうか?」


 聞きなれない女の声だ。

 外をみると、スーツ姿の若い女の人が立っている。

 俺に気づくと、軽く会釈した。


 誰だ?


「私は、カシン様にお仕えしております望月千代もちづきちよと申します」


 千代と名乗った女の人は、深々とお辞儀する。

 年齢は、加藤さんより少し上だろうか?

 20代半ば・・・髪は乱れなくまとめられていて、銀ぶちの眼鏡をかけている。

 俺とリトは、一緒にお社を出た。


「この前は、ご苦労だったにょ」


 リトが言う。

 何の事?


「いえ、造作もないことで」


 千代は、俺たちの少し前を歩き、車まで先導する。

 鳥居の下を通るとき、千代が踵を返して一礼した。

 眼鏡のレンズが、一瞬きらりと光る。


 その時、その伏し目がちな目を見て俺は気付いた。

 あの人だ・・・。

 田力我聞にトドメを刺した人だ。


 千代と目が合う。

 千代は、微笑した。

 俺は、慌てて目をそらす。


 気付いてはいけないことだった・・・。

 気付きたくなかった―――。

 俺は、緊張で硬くなった体を引きずるように参道の先に停めてある黒い車に向かう。




 車の前にたどり着くと、千代が後部座席の扉を開けた。

 車は、前に夜雲に乗せてもらった高級車によく似ていて、色は黒だった。

 後部座席から、老紳士が降りてきた。


 え、誰?


 白髪で細身、上下黒のスーツを着ていて。手には杖を持っていた。


「やぁ、お二人ともお待たせいたしました。どうぞ奥へ・・・」


 しわがれた声で、老人は言う。

 杖を持つ老人の肘を、千代がそっと支えている。


「そろそろご飯の時間にょ・・・」


 リトがそう言いながら車に乗り込む。

 さっき食べたばかりだけど・・・。

 俺は、緊張で言葉にできない。


「中に準備させております。さぁ、シロさんもどうぞお乗りください」


 老人に乗車を促される。

 嫌だ・・・乗りたくない。

 俺の本能が、拒否している。


「フフフ、シロさん。御安心なさい。私ですよ。カシンです」


 老人が言う。

 え?


「カシン?」


 俺は、老人を足から頭までじっくり見た。

 どう見たってお爺さんだ。

 顔の皺や。肌質も老人で間違いない。


 俺の緊張は解けた。

 しかし、混乱している。

 もう何が何だか・・・。


 俺たちを乗せた黒い高級車は、ゆっくりと動き出し夜刀神社を出発した。




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