襲撃
25 襲撃
ずっと傾いていた鳥居もまっすぐになって、ひっくり返っていた賽銭箱も元の位置に戻った。
荒れ果てた感が、少しだけ和らいだかな。
「まぁ、今日の所はこの辺にしておくか」
夜刀爺さんが、作業の終了を告げる。
「お社をもうちょっとましにしてぇなぁー」
自分たちの作業を確認しながら夜雲が言う。
「充分だろう。猫2匹が寝てるだけだ」
「いやいや、リト様の寝所がこれじゃ格好がつかねーぜ」
「おい、ここは、俺の神社だ! 夜刀神社! 勘違いすんじゃねぇ」
夜刀爺さんが、眉を寄せ口をへの字に曲げて夜雲に詰め寄る。
「だったらフラフラしてねーで、ここにいろよ」
夜雲も動じない。
「ここは、夜笑にまかせているんだ」
「だったら、でかい顔すんな」
「なんだてめぇー、親に向かって!」
「誰が親だ!」
喧嘩が始まる・・・。
「もう、みっともないから止めてください」
夜笑さんが、仲裁する。
もうこのやり取り、ずーっとやってきたんだろうな。
「では、リト様。我々はこれにていったん失礼いたします」
夜雲はリトの前に出ると、深々と頭を下げた。
後ろについている夜摩も帽子をとって頭を下げた。
あれ・・・。
帽子を脱ぐと、夜摩の顔と髪形が露わになる。
うなじに届くかと言うぐらいの、少し赤味がかった髪がふわりとこぼれる。
この子、女の子だ。
俺は、確信した。
だって、目が2つあって鼻と口がある。
「君は、女の子だったんだね」
俺は、つい好奇心で言ってしまった。
発見って、面白い。
「あたぼうよ! 男に見えるか?」
夜摩が、不服そうに言う。
そのしゃべり方だよ。
おかしいの。
「ははは、男みたいだろうこいつ」
夜雲は、夜摩の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら笑った。
「あ、兄貴! やめてくだしー」
顔を赤らめ抵抗する姿が、可愛らしい。
「近いうちに、今度はお社を直しに戻りますので・・・」
夜雲は、またリトに一礼した。
「夜笑を、よろしくお願いいたします」
「にゅん」
リトは、夜笑さんの白衣の袂から顔だけを出し頷いた。
そうして、夜雲と夜摩は筑波に向け去って行った。
夜刀爺さんも、あばよと言ってどこか行った。
騒々しい朝だったけど、神社は少しだけ神社ぽくなったし・・・。
何より楽しかった。
その夜だ。
俺とリトは、お社の中で座布団に身を寄せて寝ていた。
ふと、リトが起きる。
「ん? どうしたの? おしっこ?」
俺はリトに訊ねる。
返事は無い。
リトは、真剣な眼差しで扉を見ていた。
何も言わず、リトは扉を開けて外に出ていく。
どうしたんだろう?
様子がいつもと違うので、俺もリトの後を追った。
お社の前に何かいる。
賽銭箱の前で、何者かが膝をついて頭を垂れていた。
「さっそく、厄介ごとかにょ・・・」
リトが、跪坐する人物に訊ねた。
「ごめんねぇー、さっそくで」
その人物は、顔をあげると舌を出しておどけて見せた。
少女カシンである。
上下に黒い着物を着ている。
忍び装束か・・・。
忍刀を背中にぶら下げて、頭巾は外しているけど忍者の姿だ。
「夕方から変なのに付きまとわれていてー、ほら、あのお方裏切っちゃったから」
カシンは、救いを求めて来たと言うが、何だか余裕を感じる。
「あ、来た! あいつよ・・・」
カシンは、立ち上がると参道を振り返った。
何もいないけど・・・。
夜目の利く猫の俺でも、何も見えない。
ん?
何かが、フラフラと落ちてくる。
白い紙・・・白い紙がいくつも、空から降ってきた。
それが突然燃え上がり、あたりが昼中のように明るくなった。
燃えている紙は、ふわふわと宙を漂っている。
「フフフ、ここで良いのかい? 果心居士」
あちこちで、同じ声が輻輳して聞こえた。
いつからそこにいたのか、大勢の人間が社を取り囲んでいる。
皆一様にこげ茶色の忍び装束を着ていて、全部同じ顔・・・。
癖のある長い髪に、切り傷のような細い目、似ているのではない。
皆、同じ顔だ。
いつの間にか頭巾で顔を隠したカシンが、そろりと背の刀を抜いた。
「目ざわりだ・・・」
カシンはそう呟くと、消えた。
瞬く間に、お社を取り囲んでいた大勢の忍者が消え、辺りにまっぷたつになった人型の紙片が散る。
「ん―――、さすがだ」
参道の鳥居の方から、その声は聞こえた。
こげ茶色の忍び装束の、あの顔が闇の中から現れる。
「そこの仔猫ちゃんが、あのお方のおっしゃっていた上玉か・・・」
茶色の男は、リトを見て不敵な笑みを浮かべた。
「果心居士、お前の後であの仔猫も踏みつぶしてやろう・・・」
「笑止」
言うと同時に、カシンは消えた。
そして、茶色の男の背後に現れたかと思えば、一瞬でその男を一刀両断にする。
真っ二つにされた男の体は、ヒラヒラと不自然な動きで倒れていくが、地に着いたのは人型の紙片であった。
「田力我聞、そのお方に手を出すな・・・」
カシンは、背中の鞘に刀を収めながら言う。
俺は、傍らに何者かの気配を感じぞっとした。
いつの間にか、あの男が隣にいるのである。
そして、俺とリトの体は細い糸でぐるぐる巻きにされ拘束されていた。
「にゅー、動けないにょー」
呑気な声で、リトは軒床の上に転がりながら言う。
「この糸は、何をやったって切れないぜ」
田力我聞と呼ばれた男は、卑屈な笑みを浮かべてカシンを見やる。
「つまらないことを・・・」
カシンは、両腕を組み仁王立ちで田力我聞を見据える。
「そう、それで良い」
田力我聞は、懐から紙の束を取り出すと宙に放り投げた。
瞬く間に、大勢の田力我聞が現れる。
「永い付き合いだったな、果心居士。さらばだ!」
大勢の田力我聞が、一斉にカシンに切りかかった。
カシンは腕を組んだまま、微動だにしない。
俺が見ている前で、カシンの体が何度も何度も田力我聞たちに切られた。
惨たらしい光景だった。
「カシ―――ン―――」
俺は、叫んだ。
でも、何もできない。
田力我聞たちが、切るのをやめるとカシンの体がゆっくりと膝をつく。
「そんなに切り刻んでしまったら、薪にもできまい」
少し離れたところから、カシンの可愛らしい声がした。
俺は、安堵して笑ってしまった。
地に倒れようとするカシンの体は、木片となってバラバラと石畳の上に落ちる。
カシンは、参道の入り口付近にいた。
いつの間に、あんな遠くへ・・・。
「おのれ、カシン!!」
田力我聞は、懐から紙の束を取り出すと、自らの分身を更に増やしてカシンへと切りかかって行った。
「フフフ、お前が驚くべき事は、私ではない」
カシンは、迫りくる田力我聞たちに諭すよう優しく言う。
田力我聞たちは、立ち止まって振り返った。
俺と目が合う。
別に俺は、何もしてないよ・・・。
田力我聞は、それぞれ驚愕の表情を浮かべていた。
「何故だ―――」
悲鳴にも近い叫びが、輻輳する。
「にゅー、ちぎれちゃったにょー」
リトが、立ち上がっていた。
リトの足元に、細い糸が細切れになって落ちている。
「フフ、さすがリト様」
カシンが言った。
頭巾で表情は見えなかったけど、目が笑っているように見えた。
リトは、ぴょこんとお社から飛び降りる。
「ドリュー!」
リトは、叫びながら足で地面を何度か叩いた。
「はーい。お呼びでしょうか!?」
参道の石畳の脇にある小さな穴から、小さな土竜が顔を出す。
「DDDにょ!」
リトは、参道の入口を指してドリュウに命じる。
「かしこまりましたぁぁぁぁあああああ」
ドリュウは、言いながら穴から飛び出すと、どんどん巨大化してリトの示す方向へDDDで突っ込んでいった。
大勢の田力我聞たちが、高速で回転するドリュウの大きな爪でかき消されていく。
「はじめまして、ドリュウさん。カシンです」
カシンは、ドリュウのDDDを上に飛び退いてかわす。
ドリュウは、参道の入り口付近でDDDを止めて、石畳の上に這いつくばった。
「どうも~~~、よろしく~~~。ちょっと頑張りすぎました~~~目が回ってます~」
そう言う事らしい。
参道の途中、鳥居の付近に田力我聞が一人倒れていた。
カシンさんは、田力我聞の傍らに立つ。
「おのれぇぇ、覚えておけ次は必ず―――」
そう語る田力我聞をカシンが制す。
「次はない。さらばだ」
カシンは、田力我聞に背を向ける。
田力我聞はよろよろと立ち上がると、カシンの背に掴みかかろうとした。
「トドメ」
カシンが、ぼそりとそう言うと何かが頭上から降りてきて、田力我聞が前のめりに倒れた。
倒れた田力我聞の傍らに、黒い人影が跪坐している。
「良い。下がれ」
カシンがまた呟くと、その人影は消えた。
カシンは、振り向きもせずに俺たちの方へ歩んでくる。
頭巾を取り、長い金髪がふわりと落ちる。
カシンは、その髪をかき上げ頭を振った。
美しい少女カシンがそこにいる。
しかし、俺は少し怖かった。




