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さようならと初めまして

22 さようならと初めまして





やたら長い高級車は、麓に降りるとすぐ高速道路に乗った。

 振り返って、見納めに築葉山を見ておこうと思ったけど、その雄姿は闇に染まって黒い壁にしか見えなかった。

 高速道路をしばらく走って、やっとリトとスーが口を開いた。


「もうよろしいのではないでしょうか?」


 スーが車内の天井を見上げながら言う。


「にゅん」


 何?

 天井がどうした?

 俺も天井を見上げた。


「さすがにもう帰ったでしょう」


 スーは飛び上がって天井をつつく。


「え? 何かいたの?」


「にゅん。つけられてたにょ」


「え! 気付かなかった」


 そういえば、キャンプ場を出るとき音がしたけど・・・。

 お猿さんが、屋根にいたのか!


「なんでそんな事を・・・」


「今頃、猿山は大騒ぎにょ」


「何かあった?」


 俺がそう訊ねると、リトとスーは白い目で俺を見る。


「シロさんには、ちゃんと説明してあげた方が良いのではないでしょうか」


 スーが、リトに進言する。

 是非そうして欲しい。

 今日一日、何が何だかわからない。


「リトたちが、山を登って降りてきた。これは、おちゃるたちには大事件だったにょ」


「あの群れのナンバー3,ナンバー2が倒されたうえ、猿王のいる頂にまで登られたのですから、若い猿たちは騒いでいるでしょう」


「若い猿たちなんて、みんな夜笑さんに怯えて何もできなかったじゃないか」


 思い出すと滑稽だ。


「群れなんて、そんなものですよ。特に猿ならなおさら・・・」


 スーも残念そうな顔をする。


「我々を無傷で帰したばかりか、群れを欺いた猿王は、今頃責められているでしょう」


「猿王が、何故?」


 俺は、猿王とのやり取りを思い出した。

 簡単な会話で終わってしまって、俺はそれに不満をこぼしたっけ・・・。


「おちゃるは、ウソをついたにょ」


「ウソ?」


「リト様が、あの者について訊ねたとき 知らぬ と答えました」


 確かにそうだった。

 それが、どうしてウソなのだろうか?


「おちゃるは、知っているにょ」


「猿王ほどの方です。リト様があの者について訊ねたとき、本当に知らなければ、少しは考えたでしょう。あの者とは何か? どうこたえるのが良いか?」


「でも、猿王はすぐに答えたにょ」


 いやいや、それぐらいで・・・。


「実際、あの者は現れて猿王と対峙しているはずです。その時もきっと群れは大騒ぎになったことでしょう」


 そうだ、その後リトは災いがどうとか言っていた。

 あれこそ意味不明だ。


「災いと言うのは?」


「リトたちのことにょ」


 どういうこと?

 俺は首をかしげて、スーを見る。


「猿角と猿飛をたおして山を頂まで登ったのです。災いです」


「そりゃそうだろうけど。それだけ?」


「あの者についても知っているにょ。若いおちゃるたちは、不安でいっぱいにょ」


「・・・それから、リト様は・・・知らないという答えで良いのか猿王に確認しました。猿王はそれで良いと・・・」


 そうだった。

 その後、今生の別れになるって、猿王が言っていた。


「猿王もわかっていた。覚悟していたのでしょう」


 何をだろう?


「これで、猿王の時代も終わるのでしょう」


 リトとスーは、黙って窓の外に目を向ける。

 説明されても、いまいち釈然としない。


「でさ、結局あの者ってだれなのさ?」


 聞いても答えてくれなさそうだけど・・・。


「それは・・・」


 スーは、言いかけて口をつぐんだ。


「黄泉の怪物かいぶちゅ、昔リトたちと闘って、倒しきれずに封印したにょ・・・」


 リトが、窓の外を眺めながら答えた。


「タイガがんじゃったにょ・・・」


 タイガと言うのは、俺にどこか似ている勇敢な雄猫のことだ。


「今、あちこちで起きている不穏な事象は、あの者の半身が封印から逃れて引き起こしているのです」


「あの者って名前なの?」


 みんなそう言うけど、名前ないのか?

 ちょっと場の空気を乱す質問かもしれないけど、聞いてみた。


「あの者は、穢れ、あの者の名など口にするのも汚らわしい」


 スーは、不快感を露わにした。

 いつも穏やかなスーにしては珍しい。


邪界鬼じゃかいきにょ」


「リト様!」


 スーがリトをたしなめる。

 運転席の夜雲も、驚いて後ろを振り返って見ていた。

 え、そんなに良くないこと?


「じゃかい・・・」


 俺がその名を口に出そうとすると―――


「やめなさい!」


 スーはそう叫んで、俺の頬を叩いた。

 俺はびっくりしてスーを見る。


「軽々しく口にして良い名ではないのです! リト様あなたもです!」


 すごい剣幕だった。

 スーがそんなに怒るなんて・・・。


「ごめん・・・」


 俺は、スーに頭を下げた。


「いえ、私こそ叩いてしまいました。申し訳ありません」


「チロがいけないにょ! リトだっていつも忘れてるのに、たまたま思い出して口から出ちゃったにょ」


 自分の名前さえ忘れちゃうんだから、そうなのだろう・・・。


「何かいただきましょう」


 そう言って、スーは冷蔵庫をあさりはじめた。


「お、ニャウニュールがありますよー。おおー、ナッツ類もありますねー」


 しかし、どれも包装されていて開けるのに難儀した。


「お前、何でさっきの人降ろしちゃったんだよ!」


 俺たちが乗る直前に、お世話係の人をリトが降ろしてしまったのが裏目に出た。


「にゅー、ニャウニュール食べたいにょー」


 リトがニャウニュールを無理にかみ切ろうとして、中身が飛び散った。


「うわ! 止めろ!」


 天井にまで飛んでいる。


「一度、サービスエリアに入ります。どうかそれまでお待ちを!」


 夜雲が後ろの騒ぎに気付いてそう言った。


「待てないにょー」


 リトが、サバの缶詰を殴りつける。

 サバ缶が爆発した。


「うわ――やめろ――」


 俺は叫んだ。

 車内は、ニャウニュール、サバ缶の中身が飛び散って大変な事になっている。

 運転席の夜雲も、悲痛な叫び声をあげていた。




 街も寝静まるころ、俺たちを乗せた白い高級車は十王台の住宅街を抜け、夜刀神社の鳥居の前で停まった。


「お疲れさまでした」


 夜雲が運転席から出て、後部座席のドアを開けた。

 その瞬間、夜雲は異臭に顔をしかめる。

 俺もスーも体中にサバやらニャウニュールやらが付着してベトベトだ。


 サービスエリアには寄らなかった。

 もう時すでに遅し・・・であったためだ。

 リトは、自分の体を舐めまわしながらご満悦。


「水浴びしなきゃ・・・」


 俺は、車から飛び降りる。


「私も、そうさせていただきます」


 スーもびちょびちょで、飛べない体になっていた。

 俺とスーは、夜雲の労をねぎらい参道を歩き始めた。


「夜笑に聞いてはいましたが、結構傷んでいますなぁ」


 夜雲は、傾いた鳥居を見て呟いた。


「じゃぁ、俺はこれで失礼します」


 最後に車から降りてきたリトに、夜雲は別れを告げる。


「にゅん。大儀だったにょ」


 リトが夜雲の労をねぎらった。

 夜雲は、改めて後部座席の惨状を見渡す。


「まぁ、ええ・・・」


 夜雲は、大儀を認めた。

 いや、これからがむしろ大儀となる。




 数日後、珍客が夜刀神社に現れた。

 昼中に、参道で日向ぼっこをしている俺とリトの前に、そいつは突然現れた。

 石畳の上で寝そべるリトの傍らで、1匹の猿が手をついて坐礼する。


「リト様、先日お目にかかりました 猿と にございます。本日は、ご報告に参上いたしました」


 リトは寝そべったまま伸びをする。

 猿と とはたしか、若い猿たちの中で唯一名前を持つまとめ役だったか・・・。


「猿王様が亡くなりました」


 猿とは、頭を垂れてそう言った。

 リトは、寝そべったまま 猿と を睨む。


「そうかにょ・・・。で、新しい猿王は誰になったのかにょ」


 リトは起き上がって、猿と の前に立つ。


「私めにございます。今後は、猿と 改め猿王とお呼びください」


 俺は、激しい衝撃を受けた。

 寝そべっている場合じゃないのだろうけど、びっくりしすぎて起き上がれない。


「猿王は、何故死んだのかにょ?」


 リトは、新猿王を舐めるように見た。


「猿飛が殺害しました。よって、私めが猿飛を倒し、前猿王に変わって新たな猿王となりました」


「わかったにょ」


「前猿王様は、亡くなる前にリト様に従うよう申されておりました。私めが率います猿一族は今後、リト様に忠する所存にございます」


「にゅん」


「それと、永くわだかまりのあった蛇一族とも、今後は手を取り合いリト様のお役にたてればと、考えております」


「良い心がけにょ」


 リトは、伸びをして欠伸した。


「では、失礼いたします。ご用あれば、いつでもお呼びくだされ」


 そう言い残し、新猿王は消えた。

 凄いことになった。

 あの 猿と が、猿飛を倒し新猿王になるとは・・・。


 猿王――


 こうなること、自分が殺される事がわかっていたのか・・・。

 恐ろしくも、寂しくもある猿の世界。

 若い 猿と が新猿王となり、猿の世界もきっと変わる事だろう。


 リトは、とぼとぼとお社の中に入って行った。

 俺は、後を追わなかった。

 きっと、一人になりたいんじゃないかと思って・・・。




 

 

 

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