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霊峰筑波

17 霊峰筑波




 夜笑さんの運転するバイクは、凄まじいスピードで高速道路を疾走する。

 とても景色を楽しめるような状況ではない。

 箱から身を乗り出せば、強烈な風に吹き飛ばされそうになったし、息もできないし目も開けていられない。


 俺とリトは、黒い箱の中で轟音に耳をふさいで、ただ時がたつのを待っていた。

 そのうちに、揺れが心地よかったのか、俺とリトは眠りに落ちる。

 バイクの音が幾分静かになり、振動が少なくなった。


 環境の変化に敏感な俺は、目を覚ました。

 なんだろう?

 着いたのかな?


 バイクが止まったようだ。

 黒い箱の蓋が開けられ、ヘルメットとゴーグルを外した夜笑さんが覗き込む。


「大丈夫ですか? 気分が悪かったりしませんか?」


「にゅー、何も見えなくてつまらなかったにょー」


 リトも起きていた。


「もう少し走ったら高速を降りますから、そうしたら素晴らしい景色が見れますよ」


 夜笑さんは、俺とリトを荷台の箱から出してくれた。


「ここどこにょー?」


 周りには、車がいっぱい停車している。


「東京抜けて、茨城県に入ったところです。ここで少し休憩しましょう」


 夜笑さんは、俺とリトを抱っこしてお店の方へ歩き出した。

 どうやらここは、高速道路の休憩所のようだ。

 夜笑さんは、サービスエリアと言っている。


「気分転換に、お店の中を見てみましょう。私から離れないでくださいね」


 夜笑さんは、そう言って俺たちをお店の前で降ろしてくれた。

 ずっと縮こまっていたから、俺とリトは同時に伸びをする。

 人がいっぱいいる。


 何だかわくわくする。

 俺とリトは、夜笑さんの後についてお店の中を散策した。


 若い女の人や、小さな子どもが俺たちを見つけると、手を振ったり指をさして喜んでいる。

 俺たち、珍しいのかな?


「これ何にょー? 変な匂いするにょー」


 リトが土産物が並べられた棚の前で、鼻をひくつかせる。


「ああ、それは納豆ですね。この辺りの名物ですが、猫さんは食べられないと思います」


「にゅー、食べ物かにょ!? 食べ物の匂いじゃないにょ!」


「フフ、美味しいのですよ。人間には・・・」


「ねぇ、夜笑さん。僕らの食べられるもの無いのかな? お腹が・・・」


 そう、俺は腹が減っている。


「ここにはなさそうですねー。非常食でニャウニュールを持ってきているので、お外であげますね」


 さすが夜笑さん!


「もう外行くにょー、ニャウニュール食べるにょー」


 リトも、すっかりその気になっている。

 俺たちは、店を出て隅の方で夜笑さんの用意してくれたニャウニュールを食べた。

 水筒も用意してくれて、至れり尽くせりだ。


 水筒の内蓋に水が注がれると、俺とリトは奪い合うようにして顔を突っ込んだ。

 水だった。

 欲していたのは、実は水だった。


 食事がすむと、俺とリトはバイクの荷台の箱に入れられ、夜笑さんのバイクは再び高速道路を走り出す。

 振動も爆音も気にならなかった。


 お腹がいっぱいで、俺たちはすぐに寝た。

 猫ってね。だいたい寝てるの。




「リト様、シロさん! 起きてください」


 むー、何だ?

 俺は、爆睡していたが、夜笑さんに起こされた。


「着いたの?」


 箱のふたは開けられていて、ヘルメットを被ったままの夜笑さんの笑顔が見えた。


「見てください。あれが霊峰筑波です!」


 夜笑さんの嬉々とした声に、俺は飛び起きて箱から身を乗り出した。

 おお―――、何じゃこれは―――

 そこには全周緑の大地が広がり、目の前にそびえ立つ大きな山が、まるで巨大な壁のようであった。


「おい、リト! 見てみろよすごい景色だぞ!」


 俺は、足元で腹を出して寝ているリトに声をかけた。


「うるさいにょー、黙るにょー」


 リトは・・・。

 起きない。

 もういいコイツは・・・。


「すごい景色だね夜笑さん!」


 俺は、夜笑さんと感動を分かち合うことにした。


「ええ、わたくしたちこの辺りの出身の者は、この山を見ることが何よりの喜びです。帰ってきたと感じます」


 そう言って、夜笑さんはバイクに跨ったまま感慨深げに筑波の山を見上げている。

 二つの頂を持ち、なだらかに広がる裾の姿は、独特で神聖さを感じさせた。

 霊峰筑波・・・。


 俺は、何だかとても得をしたような気持ちになった。

 足元で眠るリトに目をやる。


 ざまみろ・・・。

 そう思ってしまう俺の心は、小さいな・・・。




 バイクは、緑の田園に囲まれた道をしばらく走っていたが、夕方近くになると勾配のある山道に変わった。


 そのころにはリトも起きていて、移り変わる森林の景色を楽しんでいた。

 バイクは、そんな森林の中にある施設の敷地へ入って行った。


 どこに行くんだろう?

 小さな建物の前で、夜笑さんはバイクを停めた。


「ちょっとここで待っていてください」


 夜笑さんは、そう言って目の前の建物の中に入って行った。


「すみません。遅くなりました。本日予約しております神園かみぞのです」


 夜笑さんと、中にいる人のやり取りが聞こえる。


「はい。神園夜笑です・・・。はい。よろしくお願いします」


 夜笑さんが、小走りで戻ってきた。


「夜笑さん。ここはどこ?」


「ここは、キャンプ場です。コテージを予約しておきました。今日はもう遅いので、ここに泊まります」


「キャンプ?」


 確か、野宿の事だよな・・・。


「敷地は広いですし、猫さんも一緒に泊まれるキャンプ場なんです」


 俺たちを乗せたバイクは、敷地の奥まった場所まで移動した。

 小さな小屋がいくつも並んでいる。


「あ、ここですね」


 夜笑さんは、小屋の前にバイクを停めると、俺たちを荷台の箱から出してくれた。


「じゃぁ私は荷を下ろしたり、ご飯の仕度をしますから、シロさんとリト様は遊んできてください」


 俺たちは、野に解き放たれた。


「にょ―――!!」


 リトが、叫びながら走り出した。


「ま、まって―――」


 俺も慌ててリトを追いかける。

 広い芝生の広場があって、走りたい放題だ。


 キャンプ・・・。

 楽しい!!




 俺とリトが遊び疲れて、夜笑さんの待つ小屋に戻るころには、すっかり日も落ちていて辺りは薄暗くなっていた。


「夜笑さんー、ただいまー」


「お帰りなさい。楽しめましたか?」


 小屋の前で、夜笑さんはタンクトップに短パン姿で火を起こしていた。


「にゅー、良い匂いするにょー」


 火の周りに、木の枝で串刺しにされた魚が焙られている。


「お二人が眠っている間に、鮎とイワナを買っておきました。今日の晩御飯です」


 おおー!!

 俺もリトも、感嘆の声をあげた。

 鮎だって! イワナだって!!


 何年ぶりだ!?

 味すら覚えていない。

魚が焼けると、俺とリトは我も忘れて食らいついた。


 本能剥き出しで、かじりつく。

 味? 

 ・・・わかりません。


 俺たちが正気に戻ったのは、2匹の魚を食らいつくした後だった。

 嗚呼、美味しかった。

 俺は、遠くを見ながら余韻に浸った。


「お、いたいた! セクシーなお姉さん!」


 暗闇から、男の声がした。

 数人の気配が、闇の中から近づいてくる。


「一人で寂しいでしょう? 俺たちのところへ来なよ」


 金髪で、首から肩に西洋の入れ墨をした男が現れた。

 夜笑さんをいやらしい目で見ている。

 ほら、言わんことない。


 ムチムチの服着たり、露出の多い服を着たりするから・・・。

 俺は、毛を逆立てて男を威嚇した。

 俺が、追い払ってやる!


「うほー、色っぽいねー」


 後ろからさらに3人、同じような格好をした男たちが現れる。

 俺は、そいつらも威嚇した。

 男たちは、魚をかじっている夜笑さんを取り囲んだ。


 あれ、おかしい!

 俺の威嚇が効かない!!

 男の一人が、夜笑さんの手を掴んで無理やりに立たせた。


「ちょっと、やめてください!」


 夜笑さんが、不快感をあらわに言う。


「やぁー、可愛い声ー。もっと聞きたいー」


 他の男が、はやしたてた。

 夜笑さんの目が険しく男たちを睨む。


「面倒くさいなぁー、もう」


 夜笑さんは、掌を広げた。

 爪が長く伸び、何やら液体が滴る。


「夜笑、待つにょ」


 お腹をポンポンと叩きながら、リトが夜笑さんを制す。


「美味しいご飯のお礼に、リトが片付けるにょ」


 リトは、首をコキコキならしながら立ち上がる。


「リト様!」


 夜笑さんは、嬉しそうに笑った。


「おい!そいつを放せ!」


 また新たに、男の声が闇の中から放たれた。


「ああ、誰だテメー? 横取りするきかぁ?」


 夜笑さんの手を掴んでいる男が、闇の中の男に凄む。

 闇の中から、角刈りでタンクトップ姿の筋肉質な男が現れた。


夜雲やくもさん!!」


 夜笑さんが、男の姿を見るなり驚きの声をあげる。


「水臭いじゃないか夜笑、こっちに来るなら連絡ぐらい入れろよ」


 夜雲と呼ばれた男は、夜笑の手を掴んでいる男の前まで来ると、目にもとまらぬ速さでその男をねじ伏せた。


「おい、何してんだコラ!!」


 他の男たちが、気色ばむ。


「おい、こいつら連れてけ」


 夜雲が、闇の中にそう声をかけると、闇の中からいかつい男たちが5人、ぞろぞろと姿を見せる。


「わぁ、みんな!」


 どうやら、みんな夜笑さんの知り合いらしい。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! あんたたちの知り合いだったなんて、知らなかったんだ」


 夜雲にねじ伏せられていた男が、冷や汗を垂らしながら必死に弁解する。

 それに答える者は誰もいない。

 夜雲の連れの男たちは、無言で夜笑さんに絡んだ男たちを連れていく。


 勘弁してくれとか、助けてくれという声が、だんだんと遠ざかっていった。

 そして、夜雲だけが残った。


「どうしてわかったの? 私がここにいるって・・・」


夜刀神様やとのかみさまから連絡があったんだよ。そんで、ここの管理人からももしやと知らせがあってな」


 夜雲は、火の周りにいる俺とリトに目を向ける。


「何だ、猫飼ってんのか?」


「いえ、こちらはリト様とシロさんです。リト様は、物凄いお力を持った妖猫ようびょう様なのです」


「へぇー・・・」


 夜雲は不思議そうな顔をして、しばらくリトを見つめていた。


「ん!?」


 その夜雲の顔がこわばる。


「お、あ・・・」


 夜雲は、口を開けて驚愕の表情でガクガクと震え出した。


「あ、あなた様は・・・」


 夜雲は、震えながらリトの前に膝をついた。


「も、もしや・・・あなた様は・・・」


 夜雲の額には、球のような汗が滲みだしている。


「苦しゅうないにょ、夜笑を助けてくれて、ありがにょ」


 リトは、尻をついて腹を叩いた。


「ポンポンいっぱいにょー。食後の運動できなかたにょー」


「し、しばし、失礼いたします」


 夜雲は、突然立ち上がると夜笑さんの手を掴んでその場を離れた。

 聞き耳をたてると、どうやら夜笑さんが叱られているようだった。


「お前、何やってんだ―――」


「何!! 喰っただと!!」


 夜雲の声だけが、時折聞こえる。


「あのお方が、誰だか知っているのか!」


 夜笑さんの悲鳴にも似た驚きの声がする。


「夜刀神様は、ご存じなのか!」


「お前は、なんてことを・・・」


 静かになった。

 闇の中から、項垂れて肩を落とす夜雲と夜笑が戻ってきた。

 夜雲は、リトの前まで来ると仰々しく両膝をつき、その後ろで夜笑さんも両膝をつく。


「リト様、我が妹分である夜笑のこれまでの非礼、誠に申し訳ありませんでした」


 夜雲は、両手と額を地面につけて謝罪した。

 夜笑さんも、それにならって平伏する。

 夜笑さんから鼻をすする音がする。


 いったい、何がどうなっているのか・・・。

 しっかり考えたいのに、夜笑さんの胸の谷間が気になって考えられない。

 あの中に入りたい・・・。


「夜笑は、リトのお友達にょ。色々助けてくれるにょ」


「さ、さように御座いますか・・・」


「リトは、夜笑が大好きにょ。泣かせないでほしいにょ」


 リトがそう言うと、夜雲の後ろで平伏する夜笑さんが声をあげて泣きだした。


「リトさまぁぁ―――わだくしもぉ―――だいしゅきです―――」


 若干取り乱し気味の夜笑さんを、夜雲のが立たせてまた離れた場所に連れて行く。

 夜笑さんの泣き声が、遠くからずっと聞こえている。


 しばらくして、夜雲だけ戻ってきた。

 リトの前で跪坐きざする。


「リト様、夜笑はあなた様を大変に慕っているようでございます。願わくば、夜笑をこのままお傍に置いていただきとう存じます」


 リトは、夜雲を睨みつける。


「くどいにょ・・・」


「失礼しました。夜刀神様にはわたくしの方から・・・」


「いらないにょ。ヤトも知ってるにょ。このままでいいにょ」


 リトは、大欠伸をする。

 このやり取りに飽きたらしい。


 その後、夜雲らはリトにこの地での助力を誓い去って行った。

 夜笑さんは、真っ赤に泣きはらした目でリトに抱きついて離れない。

 寝ているときもリトを抱き続け、寝言でずっとリトの名を呼び続けていた。


 リト・・・。

 いったい何者なんだろう・・・こいつは?

 俺は、夜笑さんの胸の中で口を開けて眠っている小さなキジトラ猫を見つめた。





 

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