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土竜のドリュウ

12 土竜もぐらのドリュウ




 頭を揺すられて目を覚ました。

 辺りは真っ暗だったけど、俺の瞳孔は夜バージョンになっていて良く見えた。

 俺の頭を、チャちゃんが踏みつけている。


「来たぞ」


 チャちゃんは、それだけ言ってどこかへ行ってしまった。

 来たって・・・。


 しばらく何の事かわからなかったけど、ここへ来た目的を思い出して、俺は慌てて夜笑さんとリトを起こした。

 夜笑さんは、ツルちゃんから借りた浴衣の帯をほどくと同時に、神隠しにあったかのように消え去った。


 そして、何事もなかったかのように黒いピチピチの服を着て現れる。


「すごいね。その特技」


 俺は、寝る前にも見たから知っているけど、便利な能力だ。

 夜笑さんは、服を脱ぐと同時に小さな蛇に変身し、着る服に潜り込んで人の姿に戻るのだ。

 それで、着替えが完了。


「チャちゃんが起こしてくれたんだ。どこにいったんだろう」


 俺は、チャちゃんに一言お礼を言おうとその姿を探したけれども、どこにもいなかった。


「お休みになっているのでしょう。もうだいぶお爺さんのようでしたから」


 夜笑さんは、まだ寝ぼけて立ったまま寝ているリトを抱き上げて、縁側から外に出た。

 まん丸の月が出ている。


「ええ、何やら気配を感じます。今にも襲い掛かってきそうな冷たい気配を・・・」


 俺たちは、夜笑さんのバイクに乗り込むと、昼間見た畑へと向かった。





 畑に着くと、俺もその存在の気配に気付いた。

 地面が、細かく振動しているのである。


 本当なら、小さな虫たちや夜行性の動物たちの鳴き声などが、聞こえてきてもいいはずなのに、何も聞こえない。

 ただ、地面が気味悪く唸っている。


 何かいる!

 でも、どこにもその姿は見えなかった。


「スーちゃん。空から見つけるにょ」


 リトは、スーに指示する。


「いえ、そうしたいんですけど、私夜はあまり見えないんですよ」


 スーの言い訳を、リトは沈黙で否定する。


「わかりました。期待しないでくださいよ」


 スーは、渋々空に飛びたった。


「いったい、どこにいるんだろう」


 気配はするのに、見当たらない。

 夜目の利く猫の俺に見つけられないなんて・・・。


「下です!」


 夜笑さんが、地面に手を当ててそう叫んだ。

 その時だった。


 前方の塚から、何か大きなものが飛び出してきた。

 月に照らされ、その存在が露わになる。


「にゅー、おっきいにょー」


 大きな振動とともに、その物体は大地に落ちてきた。


「美味しそうな、猫がいるぜ・・・」


 そいつは、不敵な笑みを浮かべて鼻をひくつかせている。

 土竜もぐらだ!


 それも、前にリトがやっつけたヒグマよりも大きい。

 巨大な土竜もぐらだ!

 こいつが、畑を荒らしていたんだ。


「ふふふふ、若い人間の雌もいる・・・。旨そうだぜ」


 巨大な土竜は、大きな前足を打ち合わせて歓喜した。

 土竜の前足は、打ち合わされるたび金属のような硬い音がする。


「あなたは、何者なのです? 見たところ只の土竜ではないようです」


 夜笑さんは、前に歩み出て誰何すいかした。


「ん? お前・・・。人間ではないな。人間の匂いに紛れて、美味しそうな蛇の匂いがするぜ」


「私は、夜刀神が率いる蛇一族の夜笑」


「ほほっほー。夜刀神の名を出すとは・・・」


 巨大な土竜は、二本の足で立ち上がり俺たちを見下ろす

「俺様は、土竜族もぐらぞくの長ドリュウ。土竜神もぐらしんドリュウ様だ!」


 ドリュウと名乗った土竜は、高らかに笑った。


「戯言を、そのような神の名を聞いたことがありません!」


 夜笑さんは、少し怒っている様子だ。


「軽々しく、神を名乗るでない」


 夜笑さんは、冷ややかに言う。


「人間にも劣る自称神の一族が偉そうに・・・。まぁよい。我が供物として来たのであろう? 有難く頂戴するぜ!」


 ドリュウは、そう叫ぶと近くの塚に飛び込んだ。

 その姿は、あっという間に消えた。

 畑のあちこちで、大きな振動が動き回っている。


 あいつ1匹なのか?

 畑の土の中に、何匹もいるような気がする。


「夜刀神様を自称神などと・・・。許せない!」


 夜笑さんは、今まで見たこともないぐらい険しい顔をして、畑の土を睨みつけていた。


「リト様、ここは、私にお任せを・・・。私があの者を地中から引きずりだします」


 夜笑さんはそう言って走り出すと、突然消えた。

 ドリュウが飛び込んでできた穴に、小さな蛇が潜り込んでいく。


「ヤエー、がんばるにょー」


 リトは、蛇となった夜笑さんが入って行った穴に顔を入れて叫んだ。


「にゅー、大きな穴にょー。何も見えないにょー」


 リトは、穴に顔を突っ込んだまま感心している。


「おい、危ないぞ」


 俺も、ちょっと怖かったけどリトの後ろから穴を覗き込んだ。

 獣の叫び声が聞こえた。

 わわわ、怖い。


「リト様ー。どうかしましたかー?」


 上空からスーが叫ぶ。

 どうやら、下で何が起きたかスーにはあまり見えていないようだ。


「なんでもないにょー。スーちゃんは目を瞑って飛んでれば良いにょー」


 リトが叫び返す。


「わかりましたー。どうせ、たいして見えないので目を瞑りますー」


 上空のスーが答える。

 従う必要があるのか?


 地中では、激しい攻防が繰り広げられているようだ。

 大きな衝撃が、あちらこちらで繰り返し起こる。

 ふと、リトが畑の中ほどに歩き始めた。


「おい、どこいくんだ? どこから出てくるか分からないから、危ないぞ」


 俺は、辺りを警戒しながらリトの後ろを追いて行く。


「土竜叩きにょ」


 リトは、そう言って楽しそうに笑った。


「夜笑さん大丈夫かな?」


 地中で起こっていることが何もわからない。

 俺は、だんだん不安になってきた。


「ここにするかにょ」


 リトは、畑の真ん中ぐらいの塚の前で立ち止まった。


「ヤエー、ここにょー。ここに来るにょー」


 リトは、地面に向かって叫ぶと同時に後ろ足で地面を何度か踏みつけた。

 踏みつける度に、動物園のゾウが目の前を歩いているかのような大きな振動が起きる。

 畑の四方八方からしていた衝撃や咆哮が、突然一直線に畑の中央に向かって来た。


「くるにょ!」


 リトは、塚の上に駆けあがった。


「あぶないって!」


 俺が止めようとしたとき、リトの足元の塚が爆発した。

 巨大なドリュウが、地表に飛び出してきたのだ。

 その衝撃で、リトは空中に放り出される。


 空中に飛び上がるドリュウを追うように、大きな口を開けた大蛇夜笑さんが穴から飛び出した。


「ガウガウのぉぉぉぉぉぉ」


 空に飛ばされたリトは、両手で何かを掴み取るとそれを振り上げて力をためる。


「スーパー、スペシャルー、ラッキー、ハッピー」


 宙を上昇していたリト、ドリュウ、夜笑さんがピタリと静止した。


だん!!」


 リトは、叫びながら何かをドリュウに向けて放った。

 それは、一条の光となってドリュウの顔面に直撃する。

 ドリュウは、苦悶の叫びをあげながら落下した。


 その下には、口を開けてドリュウを追う夜笑さんがいる。

 激しい衝撃と共に、土埃が舞い上がり、俺は目をかばって何も見えなくなった。


 いったい何が・・・。


 しばらくして、風に埃が流されると、畑の真ん中にうずくまるドリュウと、その下敷きになって気絶している夜笑さんの姿が見えた。

 夜笑さんは、口を開けたまま舌を出して完全に伸びている。


「夜笑さん!」


 俺は、慌てて夜笑さんのもとに走った。

 その途中で、何かを踏んだ。

 気色の悪い感触で、俺は踏んだ物に目を落とす。


 あ!

 俺が踏んだそれは、真っ黒になった鳩だった。


「お、おい?」


 死んでいるのだろうと思いながら、俺はその亡骸を抱き起こす。


「ひ、ひどすぎる・・・」


 黒こげのカラスのような鳩が、かすれる声でしゃべった。

 おお!

 生きている!


「私を・・・投げつけるなんて・・・」


 真っ黒に焦げたこの鳩は、あの時上空にいたスーだった。


「コンビ技にょ! スーちゃんよくやったにょ」


 上空からかっこよく着地したリトが、背中でスーを讃える。


「め、迷惑です・・・」


 スーは、涙目で言った。

 そうだろう。お前、こんな苦労をずっとしてきたんだなぁ。


 俺は、スーを抱きしめた。


「くそー、何をしやがったー」


 え!

 俺は、声のした背後を慌てて振り向く。


 ドリュウが立った!

 ドリュウがぁぁぁ、立ったぁぁぁ。


 おいーーー。

 ドリュウ、無事じゃないか!


「ふん。しぶといにょ」


 リトは、不敵に笑う。


「笑ってる場合か! こっちの被害の方が大きいじゃないか!」


「大丈夫にょ。あの技で仕留めるにょ」


 リトは、両腕を広げ胸を張り、気を溜めた。


「はぁぁぁぁぁ」


 気の放出と共に、リトはドリュウに飛びかかる。


「超本気ぃぃぃぃ」


 あ、この技は!

 俺は、急激に安堵した。


 この技は、きっとリトの最強奥義。


千手観音菩薩拳せんじゅかんにょんぼしゃちゅけんにょぉぉぉぉ」


 リトは雄叫びをあげながら、超高速の連撃をドリュウに放つ。

 その拳が、ドリュウの顔面を捕らえようとしたとき、その瞬間!

 何故かリトの体が空中で停まった。


「にゅーー」


 一番不思議そうな顔をしているのが、リトであった。


「なんでとまちゃたにょー」


 リトの体は、ドリュウの顔面の直前で宙に浮いて停まっている。

 ブーンって、羽虫のような音をたてて停まっているのである。

 そうこうしているうちに、リトの体は、徐々に浮き始めた。


「にょーーー。浮いてきちゃったにょーー」


「何やってんだよ! 早くやめろそれ」


 ありえないでしょう。

 猫が、手を羽ばたかせて飛んでいるのである。


「にょーーーおたすけにょーーー」


 リトの体は、どんどん高く昇っていく。


「おいーーー、戻ってこーーーい」


 俺は、空に向かって叫んでいる。

 リトの姿は、夜空に飲まれて見えなくなた。


「おのれチビ猫ーー、ゆるさんぞーー」


 ドリュウが体勢をたてなおして、俺に向かって正対している。


「え、ちがうぞ! 俺じゃない!」


 やばい! ドリュウが俺とリトを勘違いしている。

 あ、こいつも目が利かないんだ。

 鼻をひくつかせて、匂いで判別しているんだ。


 俺とリト、匂い違うよね?

 俺より、若干リトの方が良い匂いでしょう!


「お前は、ゆるさんぞぉぉぉ」


 ドリュウは、硬い前足を何度も叩き合わせ始めた。


「俺じゃない! あっちあっち」


 俺は、リトの消えていった空を指した。

 しかし、ドリュウには見えていないのだろう。




 

 ドリュウは両腕を前に突き出して叫んだ。


「俺様の最強技、ドリュウ、ドリル、ドライバーを食らうがいい!」


 ドリュウは、ドリルのように回転しながら俺とスーに向かってきた。

 ドリュウの最強技、勝手に訳してDDD。

 絶体絶命だ!


 俺は、傷ついたスーを抱きしめて、その時を覚悟した。


 しかし、その時は訪れない。

 俺は、不思議に思って目を開けた。

 目の前に、半量ほど液体の入った瓶が見える。


 ん?

 その瓶を、藍色の半纏を着た無毛の人間が持っていて、俺たちの前に背を向けて立っていた。


「あ、あなたは・・・」


 その人は、夜笑さんの主神夜刀神様であった。

 夜刀爺さんだ!

 なんと夜刀爺さんは、ドリュウのDDDを左手1本で受け止めている。


「やい土竜もぐら、俺の娘に何してくれてんだ。あぁぁん」


 夜刀爺さんは、片手でドリュウを抑えたまま、右手の酒をあおった。


「貴様、夜刀神か!?」


 ドリュウは、何とか夜刀爺さんの腕から逃れようと試みるも、全く動けないでいる。


「おめぇ、最近神の名乗りをあげてるらしいじゃないか」


 夜刀爺さんは、ぶはぁと酒臭い息を吐いた。


「おめぇが神だって言うなら、俺の祟りを受けてみな。神様なら耐えられるだろう」


 そう言って夜刀爺さんは、酒瓶をあおって口に含んだ。

 その口に含んだ酒を、ブハァっとドリュウに吹きかける。

 霧状の、何故か薄っすら紫がかった酒がドリュウの全身を包み込む。


「蛇の毒なめんなよ」


 夜刀爺さんは、そう言って左手をドリュウから離した。

 そのとたん、ドリュウは激しく苦しみだした。


「そいつはな、体の表面から体内に侵入して、全身に激痛をもたらすってしろもんだ」


 ドリュウは、地べたを転げまわりながらもだえ苦しんでいる。


「名付けて、毒素霧状どくそむじょう


 夜刀爺さんは、また酒をあおってドリュウを見下ろした。


「今日で神様なんてやめちまいな。おめぇが思うほど、めでてぇもんじゃねぇのさ」


 ドリュウは地を転がりながら、何度も頷いた。


「もう懲りたかい? 大人しく元いた場所に帰るんだ。良いな?」


 夜刀爺さんが、ドリュウに問いかけると、ドリュウは涙を流しながら頷いた。

 夜刀爺さんは、両手を大きく広げると激しく掌を打ち合わせた。


雲散霧消うんさんむしょう


 不思議な事に、あれだけ苦しんでいたドリュウが、何事もなかったようにケロっとしている。


「あ、ありがとうございます」


 ドリュウは、手をついて夜刀爺さん礼を述べる。


「じゃぁな。達者で暮らせよ」


 夜刀爺さんは、踵を返すとその場から去って行った。


「ありがとう。夜刀爺さんーー」


 俺は、去り行く老人の背に礼を言った。 

 夜刀爺さんは、歩みを止め背中越しに言う。


「夜笑の事、頼んだぜ」


 そして、夜闇に消えていった。





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