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海にょー

11 海にょー




 縦浜市を抜け縦須賀市に入ると、トンネルが多くなる。

 そのトンネルを抜けると、潮の香が飛び込んできた。


「海にょーーーー」


 潮風に吹かれながら、左手に広がる海を見つけリトははしゃいだ。

 そこは、港町縦須賀の港である。

 たくさんの軍艦が、停泊していた。


「チロー、あそこにクジラがいるにょー。繋がれてるにょー」


 リトは、岸壁に係留されている黒い物を指さして騒いだ。


「違うよ。あれは潜水艦って言うんだ。水に潜れる船なんだよ」


「にゅー、すいせんかんにょー。すごいにょー」


「セン・スイ・カンね」


 俺は、訂正しながら見えている景色を楽しんだ。

 懐かしい景色だ。


 十王台に辿り着く前は、この街にいたんだ。

 少しずつ北上しながら、十王台で落ち着いた。

 ずいぶん昔の事で、すっかり忘れていた。


「いやぁー、早いですねー。やっと追いついた」


 市街地の信号で停まっていると、スーが空から降りてきてバイクの荷台に停まった。


「にゅー、なんでスーまで乗るにょ!」


 スーは、さも当然のように俺とリトがいる箱の中に入って来る。


「飛んで行くのだって大変なんですから」


「あら、駐車場にいた鳩さんね」


 夜笑さんがスーに気付いて訊いた。


「ご挨拶が遅れました。わたくし、スーと申します。お見知りおきを」


「こちらこそ。夜笑です。よろしくお願いします」


 夜笑さんは、振り返って背中越しに挨拶した。

 バイクの荷台に取り付けられた黒いボックスは、猫2匹と鳩1匹でぎゅうぎゅうだ。


「狭いにょー」


 リトは、後ろ足でスーを踏みつける。


「痛い痛い、やめてください」


 リトは、スーの上に乗っかって足場にした。


「にゅー、これで良いにょ。良く見えるにょ」


 視界が高くなって、リトはご満悦だ。


「ううぅ、苦しい」


 スーが、苦悶の表情でうめく。

 再びバイクが走り出す。


 市街地を抜けると、左側の景色は海が続いた。

 縦浜でも海は見えるけど、こんなに近くで見るのは久しぶりだ。


「リト様は、海がお好きなんですね」


 風の中で夜笑さんが叫んだ。


「もう少ししたら海水浴場があるので、そこで休憩しましょう」


 夜笑さんの提案に、リトが元気よく了承した。

 海岸沿いを走ってい行くと、小さな港に出た。

 さらに進むと、どこまでも続く長い砂浜が現れる。


 大きな波が押し寄せては砕け、砂浜に消えていく。

 リトは箱から顔を出して、その様子を飽きもせずに見ている。

 俺とスーは、心地よくなってうとうとしていた。


「もうすぐですからね」


 夜笑さんが、振り返って叫んだ。


「わかったにょー」


 そう返事をして、リトはにんまりと笑った。

 リトは、ずいぶんと楽しんでいる。

 見た目通り無邪気なチビ猫だ。





 道路わきにお洒落なお店がちらほらと現れて、水着を着た人間たちが浮き輪やら、大きな傘を持って歩いている。


 砂浜からは、軽快な音楽や人々のはしゃぐ声が聞こえてきていた。

 楽しそうな雰囲気に、リトはソワソワしているが、道路わきの壁が邪魔して海岸の様子は見えない。


「にゅー、見えないにょー」


 リトは箱から身を乗り出して、何とか壁の向こうを見ようと試みている。


「はい、お待たせしました。二浦にうら海岸ですよ」


 夜笑さんは、道路わきの駐輪場でバイクを停めた。

 夜笑さんがバイクを降りて、俺たちを箱から出してくれようとしたけれど、リトは待ちきれずに飛び出していた。


「リト様ー。遠くに行かないでくださいねー」


 夜笑さんは、走り去るリトの背に叫ぶと、食べる物を探してくると言い残して海とは反対側に消えていった。

 海は、初めてじゃないけどね。


 何だろう。

 心が騒ぐのは、猫のさがなのか。

 俺もリトを追いかけて走り出した。


 海だ!


 砂浜を青い海めがけて走っていくと、海の方からびしょびしょで瘦せ細ったチビ猫がよろよろと歩いてくる。


「誰だ、お前!」


「しょっぱいにょー」


 リトだった。

 いきなり海水を被ったようだ。

 ずぶ濡れで、普段より痩せて見えるリトは、貧相だった。


「なんだお前、いきなり海に飛び込んだのか(笑)」


「ちがうにょー、いきなり海が覆いかぶさってきたにょー」


 表現が大袈裟で、笑える。

 リトが体を震わせて、体についた海水を飛ばした。

 ワンコのように上手にできなが、三割ほど元のリトに戻った。


 砂浜には、多くの人間たちがいた。

 寝っ転がったり、球遊びをしたり砂を盛って何かを作ったりしている。

 まだ水が冷たいのか、海に入っている人はほとんどいない。


 俺とリトは、波打ち際で波にじゃれて遊んだ。

 リトは、無邪気にキャーキャー言って楽しそうだ。

 スーは、濡れた砂をつついて何かを捕食している。


「リト様ー。ごはん、買ってきましたよー」


 遠くで夜笑さんが、叫びながら手を振っていた。

 バイクを停めたあたりだ。


「ごはんにするにょ」


 俺たちは、遊ぶのをやめて夜笑さんの元へ駆け戻った。


「あら、リト様! 海に入ったのですか?」


 夜笑さんは、若干まだ濡れているリトに気づいて訊ねる。


「こいつ、いきなり海に突っ込んでいって波に巻かれたんだ」


 俺は、濡れそぼってよろよろ歩いているリトの姿を思い出して、笑ってしまった。


「まぁー、乾いたらシオシオになって痒くなりますよ」


 夜笑さんは、食事の入った袋を俺の前に置くと、リトのうなじを摘まんで持ち上げた。


「真水で洗ってあげましょう」


「にゅん」


 リトは、うなじを摘ままれた状態でどこかに連れてかれた。

 いつになく雑な扱いで、リトは不服そうに項垂れているように見えた。




 食事は、夜笑さんが近所の魚屋さんで買ってきてくれた地魚だった。


「ごめんなさい。スーさんは何を召し上がるのかわからなくて・・・」


「いえいえ、私の食事はどこにでもありますからお気になさらず」


 スーは、誰かが落としたのであろうパンをつついている。

 俺とリトは、コンクリートの壁によじ登って海を見ながらお魚を食べた。

 海を見ながら食べるお魚は、格別だった。


「そうそう、夜笑さん。私、見た目が普通の鳩なものですから、度々リト様に捕食されそうになるのです。何か、他の鳩と区別できるようにアイディアを頂けませんでしょうか」


 スーは、バイクに寄りかかりながら缶ジュースを飲んでいる夜笑さんに訊ねた。


「た、確かに美味しそうですものね」


 夜笑さんがそう言ってにっこり微笑むと、スーは身震いした。

 美しい人間の姿をしているが、本当は大蛇であることを思い出したのだろう。


「リト様みたいに首に何かを着けるかー」


 夜笑さんは、首をひねって思案する。


「足にリングのようなものを、着けている鳩さんを見たことがあります」


「おお、確かに! 私も見たことがあります!」


「これはどうでしょう」


 夜笑さんは、バイクのカギに取り付けられていたキーホルダーを外した。


「スーさん。こちらに来ていただけますか」


 夜笑さんに呼ばれて、スーは夜笑さんの太腿の上に乗った。


「こうして、こうしてと・・・」


 夜笑さんは、キーホルダーから何かを外してスーの左足に取り付ける。

 さっきから、通り過ぎる人間の雄たちが俺たちを舐めるように見ていく。

 目立っているのだろうか・・・。


 あ、夜笑さんか!

 バイクに寄りかかって、ムチムチの黒い服着て、モデルさんみたいだもんね。


「はい、できました。これでどうでしょう」


「おおおー、カッコいいです。ありがとうございます」


 スーはご機嫌で、俺とリトがいる壁の上に飛んできた。


「見てください。これがお洒落と言うものです」


 スーは、自慢気に足に取り付けられたキーホルダーの飾りを見せた。

 それはドクロの飾りで、金属で出来ているようだ。

 細い鎖で、スーの左足にくくりつけられている。


「何故、ドクロ?」


 俺は、夜笑さんに目を向けた。

 夜笑さんは、ただにっこりと微笑む。


 バイクに、黒いムチムチの服、そしてドクロ・・・。

 夜笑さんの趣味がよくわからない。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 夜笑さんに促され、俺たちはバイクの荷台の箱に乗り込んだ。

 バイクが動き出すと、リトは名残惜しそうに海を眺めている。

 そこからは、海沿いのくねくねした道を走った。


 砂浜は終わり、ギザギザの黒い岩だらけの海になっていた。

 登ったり下ったりを繰り返し、小さな集落を抜けて小さな漁港を過ぎると、大きな風車が現れた。


「でっかい扇風機にょー」


 本当だ。空にそびえるでっかい扇風機だ!

 俺もその大きさに圧倒された。


「あれは、扇風機じゃありませんよ」


 スーが呆れたように言った。


「風力発電です。風を利用して電気を作っているのです」


「へぇー」


 俺とリトは、どうでもよさそうに相槌を打つ。


「空を飛んでいるとき、気を付けないと大変なんです! ぶつかったら痛いですからね」


「へぇー」


 俺は、一応相槌を打ったが、リトはもう反応さえしなかった。


「見るにょ!」


 リトが前方を指した。

 そこには、広大な畑が広がっていて何やら緑色の野菜が所せましに植えられていた。


「全部ミドリにょー」


 それは、目に優しい美しい光景だった。

 遠くに海が広がっているのであろう。

 空は広く、混じりけのない純粋な青で、農作物のミドリがよく映えた。


「この辺りです」


 スーが荷台の箱から飛び上がって、現場へと誘導を始めた。

 夜笑さんは、西へと飛んで行くスーを見上げながら、バイクを走らせる。

 しばらくすると、スーは空から降りてきて路肩に停められている白いトラックの上に停まった。


 夜笑さんは、そのトラックの後ろにバイクを停める。

 辺り一面は、緑色の絨毯を敷き詰めたような畑であった。

 そのあちこちに、夜笑さんの背丈ほどの小山がいくつもそびえ立っている。


「ここです。酷いものでしょう」


 スーは、トラックの屋根から辺りを見渡す。

 俺とリトも、トラックの屋根に飛び乗った。


「あらー可愛い猫ちゃんだこと!」


 声の主は、この畑の持ち主だろうか、近くで作業をしていたおばぁさんだ。


「これは、何なのでしょうか」


 夜笑さんが、おばぁさんに近づいて声をかける。


「いやぁ、たまったもんじゃないよぉ。土竜もぐらにしちゃでかい塚だしね。蛇は穴なんて掘らないし」


「はい。掘りません」


「え?」


 おばぁさんは、一瞬虚をつかれた様子であった。


「作物は駄目になるし、掘られた穴は埋めなきゃならないし、困ったもんだよ」


 おばぁさんは、畑を眺めながら溜息をつく。


「夜に荒らされるのですよね?」


「そうなんだぁ。見回りはしてるんだけども、一晩中見張っとく訳にもいかないしねぇ」


 夜笑さんが、俺とリトに目を向けた。

 俺は、黙って頷く。


「私にお手伝いさせてください。今晩、見張らせて頂いても構いませんか?」


 夜笑さんの提案に、おばぁさんは驚く。


「ええ! 気持ちは有難いけど、こんな綺麗なお嬢さんに、そんなことさせられないわ」


「大丈夫です! 私、夜行性なんです」


 夜笑さんの申し出に、おばぁさんは少々驚いた様子であったが、快く承諾してくれた。

 とは言え、夜までは時間があるので、俺たちはそのおばぁさんのお家で休ませてもらえることになった。




 おばぁさんのお家は、畑から少し離れたところにあったが、お城みたいな大きなお家だった。

 おばぁさんの名前は、佐藤ツルコと言うらしい。

 ツルちゃんと呼ぶように強制された。


 縁側に、大きな茶トラの猫がお昼寝していた。

 このお家で飼っている猫らしい。

 名前は、チャらしい。


 おばぁさんがチャちゃんと呼んでいた。

 見たところだいぶ歳をとっているようだ。

 俺とリトは、このチャちゃんに挨拶をしようと近づいた。


「今日、お世話になるにょ」


 最初に、リトが話しかけた。

 チャちゃんは、薄目を開けてちらっと見ただけで、また寝てしまった。


「最初から住んでるからって、調子にのるなにょ!」


 何故かリトがチャちゃんに凄む。


「何で喧嘩ふっかけんだよ」


 俺は、リトをたしなめる。


「ごめんな。チャちゃん。今日はよろしくね」


 チャちゃんは、薄っすらと目を開けてまた眠った。

 夕方、ツルちゃんはご馳走を用意してくれた。


 地元で獲れる魚らしい。

 タイやイカや、アジにカニ。

 チャちゃんは、こんな良いもの毎日食べているのか!


 ちょっと羨ましかった。

 ご飯が終わると、俺とリト夜笑さんはお布団の上で一緒に寝た。

 お布団いいなぁ。


 このまま朝が来ると良いのに・・・。



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