Ⅷ
8月31日、午後19時。
河川敷に集合してから、僕らはペットボトルロケットを河川敷に設置した。
あれから3日間、僕らは幾つものペットボトルに改良を重ね、ついにこの夜を迎えた。
ちなみに名前は『レイド4号』――火野さんのセンス溢れるネーミング、その4代目だ。
リハーサル通りにいけば高度120メートルまで上がるハズだ。今回限りなら限界まで圧力を高めたって構わない。
けれど考え出すと不安は尽きない。
突風が吹いたらどうしよう。
僕が圧力調整をミスしたら。
「これで上手く行くのでしょうか」
「上手くいかないとね」
「そうですね……清水君、今さらなのですけど、本当に有難う御座いました」
「へっ?」
そう言えばそうだった。事の発端は彼女の『魔法』とやらを叶えるためだ。
けれど僕はこの課題に夢中になっていた気がする。彼女の為にという訳じゃなくて、この目で確かめてみたいという気持ちの方が強いような。
「まだ終わってないよ。それに……楽しかったからさ。うん、僕も楽しんでるから」
キコキコと自転車の空気入れを上下させ、ペットボトルへとエアーを入れる。
ペイロードと呼ばれる積荷は火野さんが用意した黄色い琥珀。
ロケットのボディには特殊なインクでペイントが施されていて、『騎乗』を意味するルーン文字が大きく記されている。
時刻は20時15分。
打ち上げ時に空気圧がピークとなるよう、微調整を繰り返して行く。
火野さんは先ほどから琥珀を両手で握り、何やら呪文めいた言葉を呟いている。ギリギリまで魔力を込めたいのだそうだ。
やがて時間が少しずつ進み、残り時間はあと3分。
セット完了。準備万端。
あとは時間通りに僕が右手のスイッチを握るだけだ。
時計の針が1つ、また1つと進む。その動きはとてもゆっくりで、そのまま止まりそうに思えるほどだった。
「行くよ、火野さん」
「はい!」
残り30秒。
残り20秒。
残り10秒。
残り……3、2、1――――
「発射!!」
独特の噴出音を奏で、円筒形をしたボトルが勢いよく天へと上る。
けれど眺める僕たちは、心臓も時間も止まってしまいそうだった。届いて欲しい。辿り着いて欲しい。あの高さまでどうかお願いだから。
本当に魔法というものが存在するなら、このロケットをまっすぐに運んで欲しい。そしてペイロードを目標地点へと届けて欲しい。
ひょっとすると、彼女たち魔術師はそんな願いを糧にしているのだろうか。
長いあいだ亡き姉の遺志を継ごうと一人で頑張った彼女。
たった一週間手伝っただけで僕がこんなにも強く願うのだから、あの子の胸は何度張り裂けそうだったか分からない。
だから、お願いだから。
そうして目を瞑りそうになった瞬間、夜空に一際鮮やかな光が奔った。
これまで見た様な、か弱い青白さとは全く違う力強い閃光が。
稲妻とも異なる眩しいほどの輝きが。
虚空に浮かぶのは四方を結ぶ×の文字、そして円形。
クッキリとした現れた文字は火花を散らし、夜空を駆け巡っていく。
次いで現れたのは、赤や黄といった色をした花火のような瞬きだった。
これまで見たどんな花火よりも大きく沢山の光。
それはいつ終わるとも知れないほど連続して空を埋め尽くしていく。
けれど身体に響くような爆発音はなく、ただ静かに、眩しいくらいな光の渦が次々と広がっては消え、広がっては消え。
――そうして最後に浮かび上がったのは、僕でも読み解けるアルファベットの文字だった。
『 Happy Birthday dear my Sister 』
それは星をもかき消すように、満天の夜空へと広がっていく。
「火野さん、お姉さんの地図、16歳の誕生日って」
視線を向けて僕の声は途切れてしまう。
彼女は溢れ落ちる涙に負けないように、大きな瞳をしっかりと開いて空に向けていた。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ……!」
ふり絞るような声はやがて嗚咽となり、空の光が消えてからもずっと、彼女は肩を震わせていた。