Ⅶ
「智也、4日以内に石ころを高さ100メートルまでぶち上げる方法を教えてください」
「お前ホントに大丈夫か?」
翌日の昼、僕は友人宅に着くなり相談を持ち掛けた。
確かに暑さは厳しいけれど、多分、正気だと思いたい。
「何か良いアイデアないかな」
「そうだなぁ……ドローンとか? 10万もあれば大丈夫じゃないか」
「うん、別の方法があると嬉しい」
何だかんだと話に付き合ってくれる智也は、ひょっとしなくても良いヤツなんだろう。突拍子のない話題だというのに、理数系に特化した頭脳をフル回転させて色々なアイデアを出してくれる。
「まぁ現実的なのはロケットかな。飛距離を考えるとモデル・ロケットが手堅い」
「モデル・ロケット?」
「実際に飛ばせる模型ロケットさ。大型ならコンポジット推進剤、小型なら黒色火薬を燃料にして飛ばすんだ」
「こ、こんぽじ」
「コンポジット推進剤。ていうか清水、ロケットの仕組みとか分かっているか?」
分かっているわけが無いのであって、智也は懇切丁寧にその解説をしてくれた。
曰く、理科で習ったような作用反作用の原理を用いて、物体を推進力で飛ばすものを指すらしい。固体燃料、液体燃料、その他いろいろな燃料があるそうだが、要は爆発的な量のガスを後方に噴出してぶっ飛んでいく仕組みなのだと。
「小型のモデルロケットなら黒色火薬を使う。初心者向けでも軽く100メートルは飛ばせるんじゃないか」
「おお! 石とかも運べるのかな」
「先端部分にペイロード、つまり積荷を載せるタイプもあるから大丈夫だろう。ただ問題があってだな……」
「問題?」
「購入できる店も限られているし、何より発射には役所への届出申請が必要なんだ。4日以内ってなると厳しいんじゃないか」
「それじゃあダメか……」
何か他に良い方法はないだろうか。
確実にピンポイントで真っ直ぐ宝石を高く打ち上げる方法。
鉄塔を組む、投石器を使う、他にも考えてはみたもののどれも現実的では無かった。
「なぁ智也、ロケットって他にもないかな」
「他にって?」
「法の網をくぐるじゃないけど、別に申請とか必要ない、でも値段もお手頃な」
う~ん、と両手を顔にあてて唸る智也。チクタク、チクタクと頭の中が高速回転しているのが目に見えるようだ。
「…………1つあるな」
「本当か!?」
「やっぱりロケットだ。それもペットボトルの。水と高圧力の空気を注入して栓を開けると勢いよく水が噴射され、その勢いで飛ばす仕組みだ」
「それってどれくらい飛ぶんだ」
「まぁ60メートルくらいはいけるだろうけど……工夫次第かなぁ」
「工夫?」
「100メートル飛ばしたって記事も見たことはある。なるべく大きくて、高圧力に耐えられて、かつ軽量な容器。あとは水じゃなくて炭酸水を使うと良い、なんて話もあったな」
「それだ、それでイケるんじゃないか!」
やっと現れた一筋の希望。というかこれで無理ならお手上げとさえ思えるほどだ。
「まぁ色々と試して見なよ。あと4日だっけ?」
「そうだな、ちょっと試してみるよ」
「あと薄々思ってたんだけどさ、清水」
「うん?」
「お前、女できた?」
「…………うん?」
「いや、違うなら良いんだけどな。もし違わないなら、水くせぇこと言わねえから紹介しろよって」
「…………うん?」
「まぁ頑張ってくれ」
そう、腑に落ちないようなことを言い出した智也は、僕が返事をする時間もないまま勉強会を終了させた。
◇
「ペットボトル・ロケット、ですか?」
「道具自体はすぐに揃ってさ。なんとか間に合ったから、今日のうちに試しておこうと思って」
「……こういうものがあるのですね。初めて知りました」
色々な情報をネットで漁り、僕はその日の内に1つのロケットを作ってみた。きっと一度では上手くいかないだろうから、少しでも早く試そうと河川敷へと持って来たのだ。
「ところで、火野さんの下の名前って聞いてもいい?」
「私ですか? 火野カナタ、ですが」
「じゃあこのロケットはカナタ1号。どうかな」
「え」
何だかちょっと不機嫌そうになった気もするので、2号からは別の名前にしようと思う。
「と、とりあえず名前は置いておいて……このペットボトルに水と空気を入れて、噴射する勢いで飛ばす仕組みなんだ」
自転車用の空気入れをコキコキと上下させながら、僕は智也から聞いた受け売りをそのまま話した。
「この、羽も意味があるのでしょうか?」
「姿勢制御用っていうか、まっすぐ飛ぶような工夫かな」
「なるほどぉ」
興味津々な様子の火野さん。ひょっとすると好奇心自体が強い子なのかも知れない。
「さて、これで空気は一杯かな」
「高さはどうやって測りましょう? 他のポイントに合わせた高さ……約100メートルも飛んだのか」
「それも準備しているんだ。軽いワイヤーをこのロケットに結んで、10メートル単位でマーキングすれば」
「なるほどぉ」
「じゃぁ発射しよう。少し離れていてね」
二人とも十分な距離を取ってから、僕は右手にスイッチを構えた。グリップをギュッと握ればペットボトルの栓が外れ、水と空気が勢いよく飛び出す仕組みだ。
「じゃあいくよー!」
「はい!」
「3、2、1……発射!!」
独特の噴出音を奏で円筒形をしたボトルが勢いよく打ちあがる。
思っていたよりも順調というか、一瞬にして姿が小さくなっていく。
やがて力尽きたロケットは空中で速度を無くし、元来た道を戻るようにして地面へと落下した。
「凄い、本当のロケットですね!」
火野さんは初めてみたペットボトル・ロケットの打ち上げに少し興奮している様子だった。というのは僕も同じで、勢いよく飛んでいく姿は正直、心が沸き立つ気持ちになる。
ただ問題は2つ残った。
高度100メートルまでには飛距離が半分ほど足りないし、飛ぶ角度も少しずれている。
「う~ん、まだまだ改良しないといけないみたい」
「そうなんですか?」
「高さもそうだし、角度もちょっと甘い。水と空気の割り合いとか、重心を安定させる重りとか……もうちょっと試してみないと」
これを4日後の20時31分まで。
「いや、まだ4日もあるってことだね」
「そうですね。それに、私も少しアイデアがあります」
「アイデア?」
「はい。このロケットにルーンを刻めば、更なる加速が望めるかも知れません。試しても良いでしょうか?」
そう言われては断る理由もなく、彼女は万年筆みたいな道具でペットボトルへと古代文字を刻み込んだ。僕は早速、空気入れを上下させてロケットの燃料を注入していく。
その後わずかな文字がキズとなったのか、空気に耐え切れずカナタ1号はあえなく爆発。僕と火野さんは二人揃って水浸しとなってしまった。