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Gift  作者: 政宗あきら
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 夏休みも残りわずかとなり、僕は日中を友人との勉強会に充て、夜を川沿いで彼女と過ごした。


 けれど2日、3日経ってもヒントは一向に見えなかった。既に解明済という各ポイントも回ってみたけれどノーヒント。彼女の顔には日に日に焦りが浮かんでいった。


「う~ん、何かないかなぁ……」


 彼女に遺されたという地図と睨めっこしてみても、僕に分かるというのは『地図』という事実だけ。ルーン文字なんて全く読めないし、ただ時間だけが過ぎていった。


「火野さん、例えばなんだけれどさ」

「なんでしょう?」

「この魔法陣って完成したらどんな風になるの?」


 このパズルを解くためのヒントをほんの少しでも得られれば。何がヒントになるかも分からないから、少しでも情報が欲しかった。


「……実は、私にもそれは分かっていません」

「そっかぁ」

「邪悪な魔法、例えばこの辺り一帯を火の海にするですとか、そういったものでは無いはずです」

「まぁそんな卒業試験はないよね、多分」

「あの姉が作った魔法陣です。きっと想像もつかない物とは思いますが、危険なものではないかと」

「その、お姉さんってどんな人だったの?」


 それはほんの素朴な疑問だった。口からポロっと出たような。

 けれど彼女の横顔は、ふっと寂し気に色を失った。


「あっいや言いたくないならいいんだ。ゴメン、無神経なこと聞いて」

「いえ。私も意図的にこの話題を避けていた節があります。ですがこの数日間も協力いただいて、そう疑問を覚えるのは当然でしょう。清水君、少しだけ、聞いてくださいますか?」

「う、うん。僕でよければ」


 視線だけをこちらを向けて、彼女は言葉を続ける。


「姉はとても優秀な方でした。私なんかとは比較にならない、才能にあふれた、将来を嘱望された魔術師。そして私の親代わりとしても」

「親代わり……?」

「はい。両親は私の幼い頃に亡くなっていましたので。歳の離れた姉が私の面倒をずっと見ていてくれていました」


 そう語る彼女の口調は、あくまでも淡々としている。何も感じるところがないのか、或いは何かを押し殺しているのか。


「そんな姉に憧れ、魔術を志すのは私にとっても自然なことでした。けれど私には才能がなかった。姉が小さい頃に習得した術の1つも行使できない。ですが姉は根気よく、私へと手ほどきをしてくれました」


 話を聞くうち、彼女が本当に魔術師なのかどうか、なんて疑問はこの際どうでも良いように思えた。設定というには凝り過ぎているし、彼女の言葉は取り繕ったものでもない。僕はただ頷くようにして、彼女の話に耳を傾けた。


「ロンドンに向かったのも、魔術師としての才が認められてのもの。私もちょうど高校に入る頃でしたから、これを機に姉は魔術院で更なる研鑽を積み、私は日本で一人の生活を始めようと」


 思い出されたのは、入学した頃に見かけた彼女の表情。


「エンジントラブルによる墜落事故です。いくら能力の高い魔術師とは言え、肉体は生身の人間ですから」


 きっと、あの頃の彼女は憔悴しきっていたのだろう。

 誰とも話さず、視線も前を向かず。とても辛い時期だったろう事は容易に想像できる。


「旅立つ前、姉は私に課題を残してくれました。16歳までにこの魔法を完成させられるなら、まだ諦めなくて良いと。それがこの地図です。才能がないのは嫌というほど理解していますが、せめて最後まで足掻いてみたいのです」


 彼女の願いは痛いほど伝わってきた。

 いや、理解できるような痛みではないのだろう。僕は今までにそんな強い想いも、辛い想いもしたことがない。


「そしてもう1つ、私は貴方に隠し事をしていました」

「僕に?」

「はい。この魔術が完成した時、どの様な事が起きるかは分かっていません。場合によっては貴方の記憶を封じなければいけない……それを、私は黙っていました」


 今度はハッキリと僕を見据えて告げた。

 暗くて顔はよく見えないけれど、その言葉が少しだけ震えているのが分かる。


「貴方を利用しようとしたのです。ですが、貴方はここまで付き合ってくれた。お詫びの言葉もありません」

「へ? いや、なんで?」

「ここから先はやはり、私一人で完成させます。もう巻き込む訳にはいきません」


 これから先は一人でやるから、と。

 それは明確な拒絶を伴う言葉だった。そして、僕は心にポッカリと穴が開くのを感じた。


「今まで有難う御座いました。どうかこれまでの事は、他言無用でお願いします」

「え、正直、ヤだなぁ」

「はい?」

「あっ他言無用がイヤなんじゃなくて。折角ここまでやって、途中で抜けるっていうのがさ」

「……」

「どうせ利用するならさ、最後まで利用しちゃおうよ。まぁ僕もアテなんか無いけど」


 不思議なことに、受けたショックとは裏腹にスラスラと言葉が出てきた。なんで僕はこんなに必死で食いついているんだろうか。


「しかし、それでは」

「手伝わせて欲しいんだ。本当にヤバイものなら後で記憶を封じてくれても良いし。あ、もちろん他言は無用で」


 それでも尚、彼女は迷っているようだったが、


「それにまだ目途とか全然立ってなくない? 火野さん一人で本当に大丈夫?」

「ぐぬ、それは」


 その一言が決め手となって、彼女はようやく首を縦に振った。


「私もよく頑固だと言われましたが、清水君も相当に頑固なのですね」

「それはどうも」

「では、他言無用で。あと4日間、よろしくお願いしますね」


 やっと緩んだ彼女の表情。

 僕らは軽い握手をしてから、何かヒントはないかとシャベルで地面を掘ったり埋めたりしていった。

 握手のときに何かしら魔法をかけられたりして……と少し考えてはみたけれど、特に何もなかったと思う。多分。

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