Ⅳ
「清水くん、こちらです」
翌日の夜、約束の時間に河川敷へ向かうと黒ローブの火野さんが待っていた。
「ごめん、待たせたかな」
「いえ。今から結界を張りますので、この円の中に入ってください」
言われて足元を見ると、土を引っ掻いたようなサークルが1つ。彼女が何事かを静かに呟くと、ほんの少しだけ青白い光が地面に浮かんだ気がする。
「範囲はこの円の十倍ほど。ここより外に出なければ、音や姿が周りには見えません」
とのこと。
「さて、早速ですが……この地図を見て欲しいのです。1年ほど掛かりましたが、その殆どは解読済みです」
彼女が手元に広げたのは、A4サイズの地図だった。
小高い丘の合間に流れる大きな川が1つ。特徴的な地形は間違いなくこの周辺を示している。その中心はいま僕たちが立っている場所だ。
地図には×印と○印が大きく重なるように線が描かれている。それ以外にも至るところに見慣れない文字が描かれているが、何を表現しているのかは全く分からない。
「これはルーン文字で描かれた魔法陣です」
「ルーン?」
「古代ゲルマンで用いられた文字です。その歴史は古代ローマ字よりも古く、これを呪術的に加工することで魔術を現すことが出来るのです。古典的ではありますが、上手く扱えれば応用が効きます」
「な、なるほど……」
聞いたこともない単語が現れて混乱してしまう。
「×を結ぶ各ポイントには、それぞれ四元素に該当する地・水・火・風の文字があり、現地には既に私が紋を刻んでいます。〇の場所には木々が植えられていて、こちらも既に準備済み。あとは、この中心点のみとなるのですが……」
「火野さん。その、紋を刻むっていうのは?」
「ルーンを刻んだ宝石を埋めるのです」
「宝石」
「魔術的な反応も見られましたので、そこは問題ありません。ですがやはり、最後のピースが埋まらないのです」
彼女の話を脳内整理するに、地図どおりにアイテム(?)を設置できたけれども、肝心の中心地には何も反応が無いという事だろうか。
「なにか気になることはありますか……?」
そう聞かれても分からない。彼女が1年かけて解読したものを、素人の僕が見てもさっぱりだ。
「えっと、結構新しい用紙に書かれてるみたいだけど」
「えぇ」
「これを作った人にヒントを聞いてみる、とか?」
「それが出来れば良いのですが……残念ながら不可能です」
そりゃあそうか。そんな事が出来たらとっくに聞いていることだろう。
「この地図は、姉が私に遺してくれたものなのです。ですがその姉は、もう亡くなっていますから」
「え……」
「飛行機事故です。魔術師と言っても身体は生身の人間ですから、そういう事もありますね」
彼女の口調はとても穏やかだった。達観しているようにさえ見えるほどに。
けれど僕へと向けられたその視線は、先ほどよりも力強いものだった。
「私たち魔術師は16歳の誕生日までに、与えられた魔法を1つ完成させなければなりません」
「完成?」
「16歳にもなって魔法を完成できなければ、才能がないと言う事です。魔術の世界から離れ、ごく普通の生活を営むこととなります」
「……」
「姉が遺したこの魔法は、言わば試験のようなものです。1週間後の8月31日、午後8時31分、そのタイミングでのみ発動する魔法陣。それまでに私は、この最後の謎を解く必要があるのです」