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Gift  作者: 政宗あきら
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 洋館の中は流石に人が住んでいるだけあり、外から見たような廃墟といった様相ではなかった。まぁ古い建物だからホコリとかは多いんだろうけれど。あと蜘蛛の巣なんかも所々に見えるけれど、あまり人様の家をジロジロと見るものでもないだろう。


 案内された先にはロビーがあり、火野さんがテキパキとお茶を淹れているが、僕には少し気になる事があった。


 彼女以外に人のいる気配がないのだ。

 僕も男子高校生なわけで、こんな時間に家にお邪魔するのは良いんだろうかとか考えてしまう。ていうか本当ならこう、女の子の家にお呼ばれするのって、もう少し甘酸っぱいものをイメージしていたのだけれど。


「では改めてお聞きしますが、口封じが発動した際はどの様な感覚だったのでしょう?」


 そう机を挟んで座る彼女の瞳はらんらんと輝いている。期待に満ちた眼差しと言って良い。


「身体を電流が走ったりですとか? 五体を貫く衝撃があったりですとか?」

「いや……期待を裏切るようで悪いんだけど、そこまで強い感じじゃないというか」

「ではどの様なものでしょう?」

「う~ん……上手く言えないけれど、なんとなく言えないっていうか、その」

「肉体を制御するというよりは意識に働きかける感じでしょうか。なるほど、確かにあの魔術であれば辻褄が合いますね」


 ふむふむと頷きながら一人で納得する火野さん。ここはあれだ。適当に話を合わせておくのが得策な気がする。 


「ていうか火野さん、魔女とかって言ってたけど」

「えぇ。私は火野家の魔術を継ぐ者。ここで日々研鑽を重ね、術式を探求しているのです」

「まぁそうだとして……僕とかに言っていいの?」


 小説やゲームなんかで『魔法使い』という単語は見聞きした事がある。彼女にそういう()()があるのだとして、そんなペラペラと人に話して良いものなのだろうか。


「基本はダメなのですが、私には口封じの魔術が使えると分かりましたので」


 なるほどそういう設定なのか。


「それに、貴方が禁を破って周囲に吹聴した所で信じる人はそういないでしょう。魔術師である私が自分で言うのもなんですが」

「いや僕も信じてないけど……」

「はい?」

「あっ違う違う。何だか凄すぎて信じられないなって」

「それでは貴方に、改めて魔術をお見せしましょう。さぁ右手を出して下さい」


 彼女の双眸がギラリと光る。

 これはあれだ、うっかり彼女の地雷を踏んでしまったやつだ。大人しく話を合わせてちゃっちゃとお暇する事にしよう。


「簡単な術式なので効果は限定的ですが」


 昼間と同じように差し出すと、彼女は小さい手で僕の手を握る。

 そしてシュルシュルっと指先を動かすと、少しだけ淡い光が見えた気がした。


「この魔術は貴方の意思を変えることが出来るのです」

「意思?」

「えぇ、魔術を信じるですとか。或いは貴方が私に協力したい、なんて言うのも良いですね」

「へぇ」

「さぁ、これで貴方も……」


 と言いかけた所で、彼女は俯いてしまった。

 先ほどまでの威勢はどこに行ったのか。心なしか肩の力までふっと抜けてしまった様な。


「火野さん、どうかしたの?」

「……いえ、何でもありません。ははっ、私は何をしているのでしょう」


 右手を離して、身体も一歩分を僕から離して、彼女は言葉を続ける。


「口封じの魔術が上手く行って、ちょっと調子に乗ってしまった様ですね」


 悲し気に笑うその表情は、今日見たどの顔とも違っていた。

 いや、僕は1度だけこの顔をみたことがある。


 あれは高校に入学した頃、初めて火野さんを見かけた時の顔だ。彼女は他の誰とも違って、何も見ていないような、何も視界に入っていないような……虚ろな眼差しをボーっと下に向けているだけの表情。


「今日は送って頂き有難う御座いました。そしてこれはお願いなのですが、次に河川敷で私を見かけても、そのまま離れて下さいますか」

「……見なかったことに、みたいな?」

「はい。久々に人と話したのも、よく無かったかも知れません。今日は楽しかったです。ではまたご縁があれば」


 先ほどまでの活き活きとした瞳が色を失っている。

 そんな彼女を見ていると、これもよく分からないのだけれど……何故だか胸を締め付けられるような気持ちがしてきた。


「あのさ、良かったらなんだけど」

「はい?」

「手伝おうか?」

「はい?」

「さっき協力って言ってたからどうかなって。どうせ時間はあるし、不思議なことが起きたのは本当だし」

「はい?」

「だから協力。どうかな」

「……まさか、先ほどの魔術が未完成ながら発動してしまったのでしょうか」


 その瞳はワナワナと震え『私の才能が恐ろしい』などとよく分からない事を呟いている。


「いや違うと思うけど」

「なら何故です?」

「まぁ……興味が湧いたっていうか。なんか楽しそうだなって」


 これは本当。シンプルに自分の本心だった。


「そうですか。うーん、ですが」


 あまり人に伝えたくない、というよりかは伝えても良いのかを迷っているのだろう。


 魔術、というものを僕はまだ信じた訳じゃないけど、昼間に口封じしたとも言っていたし……単純に恥ずかしいだけの可能性もあるけど。


「じゃあさ、誰にも言わないっていうのは?」

「他言無用という事でしょうか」

「あまり知られない方が良いのかなって」

「……そういう事でしたら、私も吝かではありません」

「口封じだっけ? それ使ってくれても良いし。誰にも言わないって約束するけど」

「いいえ、貴方を信用しましょう」


 そんなにあっさり信じて良いのだろうか。

 まぁ、そう言ってもらって悪い気はしないけれど。


「それでは、明日の夜に河川敷でお会い出来ますか?」

「おっけー。19時位でも良いかな」

「結構です。それともう1つ大事なことを忘れていました」

「大事なこと?」

「貴方のお名前は、なんというのでしょう?」

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