シーン8 少女とナイフとドレッドヘア
シーン8 少女とナイフとドレッドヘア
「テアの情報屋に、比較的信用のできるメリルっていう女がいる。あたし達が最初に話をしたのはそいつだ。移住整備中の惑星ネルから、20年前に確認されたのと同じ、エレスの棺が見つかったって話を聞いてね。その航行ルートを調べてもらった」
シャーリィの言葉に、アタシは耳を傾けた。
惑星ネルでの発掘調査は、テア中央大学の研究チームが中心に行っていて、数か月ごとに約半数が交代する。
アタシはその調査団の交代に、警備員として雇われて同行していたのだ。
「エレスの棺? なんだそりゃ」
バードが尋ねた。
「少しややこしい話なんだけど」
シャーリィはそう前置きをした。
「遥か昔のことさ。古代エレス宇宙文明が、全宇宙へ向けて放った、人類進化プログラムのタイムカプセルがある。・・・まあ、有名な話だよね」
「ああ。そのタイムカプセルが、エレスの棺か?」
「いや、そっちはエレスの箱舟って呼ばれてる」
アタシの脳裏に、ダイムというドリアン人に聞いた話が蘇った。
箱舟・・か。
もしかして、ダイムの話に出てきた巨大な立方体ってのが、それの事だったんだろうか。
なんとなく、そんな気がした。
「棺は、箱舟を守る〈守護者〉を封印したものらしくてね」
「守護者ってのは?」
「あたしも正確には良く知らないんだ。だけど、その箱舟には、あたし達が利用している近接亜空間じゃなくて、同方向性異空間・・・もっと簡単に言えば、異次元に繋がった、強力なエネルギーが内包されていると、そう囁かれている」
バードが・・・、ついでに言うとアタシもだが、やや難しい顔になった。
シャーリィは一度言葉を区切った。
専門用語が多いと、多少理解に時間がかかるのは、仕方が無い。
決してアタシの頭が悪いわけじゃない。
悪いわけじゃないぞ(強調)。
「まあ、もっぱら、そういう噂でね。・・・棺の守護者ってのが、それを手に入れるための重要な手掛かりになっていると、そんな話になってるのさ」
「なるほど。だが、そんなもんに、なんでお前たちが関わってるんだ」
バードの目が鋭くなった。
そうだ。
確かにそれが一番の問題だ。
「簡単に言えば、頼まれごとさ。あたし達にとっては恩義のある人が今回のクライアントでね」
シャーリィはちらりとキャプテンを見た。
「ほう・・・」
「棺は開放してはならない。変な奴の手に渡ったりしたら、取り返しのつかない事になるってさ・・・」
「それで、奪ってくれと、頼まれたのか」
シャーリィは頷いた。
「ああ。本当はもう少し慎重にやるつもりだったんだけど。メリルの奴から、〈白骨〉の連中もその棺を狙っているらしいって情報を聞きつけてね。それで抜け駆けしようとして、結局鉢合わせさ」
「へまをしたな」
「全くだ。面目ないったらありゃしない」
シャーリィはちらりとアタシを見た。
アンタのせいでね。
その目がそう言っていた。
アタシは。
笑ってごまかした。
「結局、棺は奴らに奪われたんでやんすよね~」
バロンががっかりした口調になった。
バードが視線を上げた。
「テア中央大の船の件なら、ニュースになってたぜ。そうか、お前たちだったんだな」
ニュース?
初耳だ。
バードは何も無かった室内の空間に、非実体式のモニターを浮かべた。
それは、星間ニュースの一つだった。
テア中央大学の所有船舶が、宇宙海賊同士の抗争に巻き込まれ、大破?
「発掘品がどうなったとか、生存者がいるかどうかとかまでは不明だ。だが、これを見る限りだと、船が狙われたっていうよりも、不幸な巻き込まれ事故って感じになってるな」
バードは言いながら、意味ありげにアタシ達を見た。
これって。
もしかして、最初から仕組まれてたんじゃないのか。
そんな予感がした。
「メリルって情報屋が信用できるっていうんなら、そいつが〈白骨〉の話を掴んだのも、もしかしたら何者かが裏工作をして、情報操作をしたのかもしれんな」
「そのあたりの裏を取って欲しい」
キャプテンが言った。
「時間は」
「早めで頼む」
「人使いが荒いな。金も出す気が無いんだろ。なあラガー、アンタに協力して、俺に何の見返りがあるんだ?」
キャプテンは、何を言ってるんだ今更・・・という顔をした。
「俺はお前に借りが出来る。お前は俺に借りを作れる。他に何か必要か」
「なるほど。この上ない」
バードは納得した。
アタシはそのやり取りを聞いて、唖然とした。
なんだ。
キャプテンって、本当にすごい人なのか?
もしかして、今まで、アタシって彼の事を見くびっていたのかも。
「今日は泊っていくか?」
バードが聞いてきた。
「いや、船に戻る」
「久しぶりに夕食でもどうだ。一杯やらんか」
「酒か・・・」
キャプテンがちらっとシャーリィを見た。
彼女が頷くと、彼は。
「先に戻ってろ」
アタシ達に向かって、言った。
シャーリィはキャプテンと一緒に残って。
「外野」のアタシ達は先に帰る事にした。
エレベーターに乗って、一回のロビーに降りた。
はずだったが、ドアが開いて、一歩足を踏み出したら、合法ドラッグとアルコール、そして旨そうな肉の焼ける匂いが飛び込んできた。
あれ。
ここって?
アタシは振り返って、表示を確認した。
あ、B1か。
間違えて一番下まで来ちゃったんだ。
戻ろう、と思ったところで。
ぐう、とお腹が鳴った。
ここって、酒場みたいだけど。
「ねえ、ご主人様。何か食べていかない」
アタシは甘えた声で言った。
甘えたいのではないが、このカチューシャのせいで、彼やシャーリィに話す時、特にお願いをするときなどは、必要以上に媚びた声になってしまうのだ。
ちょっと、嫌だが、こればかりはしょうがない。
しかも、バロンには効果的だった。
「そうでやんすねえ・・・」
微かに彼はためらったようだった。
しかし、考えてみたら、ここしばらくまともな食事もしていない。
なにせ、航行に全エネルギーを集約したため、船の食堂の機能までも、制限をされてしまったのだ。
どうやら彼もこの匂いに誘われた様だった。
「軽く食べていくでやんすか。レトルト宇宙食にも飽きたでやんすしね」
「うん」
アタシ達は奥のテーブルに座って、機械人形のウェイターに料理と飲み物を頼んだ。
以前は彼と二人で食事をすると、周りの目線が多少気になった時期もあったのだが、最近では完全に慣れた。
むしろアタシは、自分の格好の方がよっぽど恥ずかしくて、彼の方が嫌がらないかと、そればかりが気になった。
料理は、まあ、そこそこだった。
肉料理は良かったが、付け合わせの野菜は苦くてイマイチだった。
バロンが少し物足りなそうだったので、彼の分のアルコールを注文して、アタシはお付き合いをする事にした。
それが、ちょっと良くなかった。
バロンはアタシと食事をしたのがとても嬉しかったのか、かなり上機嫌になった。
だいぶ酔いも回って来たらしく、いい頃合いかな、とアタシは席を立った。
「ラライさん、もう少し良いでやんしょ」
「結構いい時間だし。そろそろ戻ろうよ」
「あと一杯。あと一杯だけでやんす」
「船で飲み直してもいいからさ。ほら」
アタシは彼の手を引いた。
「あ、ラライさん待って・・・」
彼は言った。
「わんっ!」
アタシは。
周りに大勢の客がいる中にも関わらず。
やってしまった。
ワンちゃんの、待てのポーズ。
ただでさえメイド服の女と、隠しているけどバレバレのカース人という、目立ちまくって仕方ないアタシ達だというのに。
これじゃあ、変態カップルと思われてしまうじゃないか。
案の定。
そう思った連中がいた。
「なんだか楽しそうなことしてんな~」
背後から野卑た声を浴びせられて、アタシはゾクッとした。
「姉ちゃん。ちょっとこっちで俺達に酌をしてくれねえか」
「上に行きたいが、金もなくてよ。相手してくれよ~」
男たちが、次々と声をあげはじめた。
おそるおそる振り向くと、一目でそれとわかる品の無い男達が、アタシの事をなめ回すような目線で見ていた。
「あー。ごめんなさい。アタシちょっともう帰るところで・・・」
アタシは誤魔化し笑いをするように言ってみたが。
いきなり腕を掴まれた。
「いいからこっちで相手しろよ。姉ちゃんよお、それってゴスロリって奴か?」
「こんなトコで、エロい格好しやがって・・・。声かけられんの待ってたんだろ」
にやけた顔で、嫌がるアタシを両脇から挟み込んだ。
「ちょっと、やめてください。たっ、助けて、ご主人様っ」
アタシはバロンに向かって叫んだ。
これは、逆効果になった。
「おーお、ご主人様だとよ」
一人が笑って、バロンを見た。
バロンは酔っ払って、まだ何が起きてるのかを理解しきれていない様子だったが、ようやくアタシのピンチに気付くと、慌てて立ち上がった。
そして、ふらついた。
「ら、ラライさんを離すでやんす~う~」
千鳥足になって、男に掴みかかろうとする。
「うるせえ奴だな」
男が呟いた。
そして、ためらいもなく銃を抜いた。
え、まさか。
と思う間もなく、銃口をバロンの眉間に向ける。
店内にもかかわらず、周囲に他の客がいる事もお構いなしで、男は引き金を引いた。
ブラスター特有の焦げた臭いと、光の弾道が走った。
「ご主人様っ!!」
アタシは悲鳴にも似た声をあげた。
「・・・!?」
バロンは、無事だった。
「なんだ手前!?」
銃を撃った男の声がしたと思ったら、激しい音がして、直後、男の体が壁面まで飛ばされた。
アタシは茫然と、その光景を見た。
男が銃を撃つ瞬間。
その手首を捻り上げた奴がいた。
そしてそいつは、人の数倍もあるような巨大な拳で、男の体を殴り飛ばしたのだ。
はじめて見る顔だった。
人類種としてはテアードだろうが、体躯の立派さは、もしかしたらどこかの星系人類との混血かもしれない。
身長は2Ⅿ以上、がっしりした体形。
だけど、目を引いたのは、その風貌だ。
ドレッドヘアに、サングラス。そして、鼻と耳には金のピアス。
男は、無言のまま、ボクシングを思わせるファイティングポーズを取っていた。
「野郎、なにしやがる!?」
殴られた男の仲間らしき連中が、声を荒げて、これもまた銃に手をかけた。
その手を、何かが打った。
飛来したのは、細身のナイフだった。
視線を向けた先に、別の男が立っていた。
長髪で鋭い目つき。口元を、笑う牙を描いたバンダナで覆っている。
丈の長い黒い服を着て、指の隙間に、投擲用のナイフを挟んでいた。
「なんだお前らは!?」
男たちが吼え始めると、ドレッドヘアと長髪は、一瞬アイコンタクトをした。
そして、乱闘が始まった。
こうなると、アタシの事なんか、もうそっちのけになった。
アタシを掴んでいた手が離れたので、慌ててバロンに駆け寄って、彼の手を引いた。
どさくさにまぎれて、逃げよう。
そう思って、エレベーターへ走ろうとすると。
「ねえ、こっちの方が近いですよ」
柔らかな声がした。
こんな場所には到底似合いそうもない、少女の声だった。
アタシは声の主を探した。
だが、周囲には見えない。
おかしいなと思ってると。
「その奥、階段があります。さあ、早く」
再び声が降ってきた。
これは。
まさか、上か?
アタシは見上げた。
視線が合った。
思わず息を飲んだ。
そこには、白い翼を、まるで天使のように広げた少女が舞って、あたし達のすすむべき方向を指さしていた。
「あなたは?」
「私の事は良いですので。さ、早く」
彼女はにこりと微笑んだ。
色々な思いと疑問が巡って、頭の中がぐるぐるしたが、ここは彼女の言葉に従うのが賢明のようだった。
アタシはお礼もそこそこに、バロンの体を引きずるようにして、階段を走った。