シーン73 エピソード4 エピローグ
シーン73 エピソード4 エピローグ
海から吹き付ける風が、アタシの前髪を揺らした。
高く上った太陽が、波打つ水面を虹色に輝かせている。
潮騒の音と、時折聞こえる海鳥の鳴く声。
どこからか漂う花の香りが、ビーチに寝転がるアタシを甘く包んで、気がつけば遠くから、何人もの男の人たちが、アタシにどうにかして声をかけようかと囁き合っている。
アタシは、つい最近オープンしたばかりという、テアのリゾート衛星クリスタルビーチで、優雅にその身を横たえていた。
まあ、なんてロマンティック。
なんて、言いたいところだが。
まあ実際には、ロマンティックとは程遠い。
花の香り?
冗談じゃない、漂ってくるのは焼きそばの焦げる匂いだし。
アタシを見ているのは、やる気のないアルバイトのライフセーバーくらいだ。
格安ホテルが立ち並ぶこのエリアでは、ビーチはファミリー層がつめかけて、異常なほどの過密状態になっていた。
テントを張る位置を巡っての、熾烈な陣取り合戦。
子供の泣き声や笑い声。その向こうでは、予想以上の混雑具合に不機嫌になった大人たちが声を荒げる。
騒音に輪をかけるように、場違いなファッションミュージックが流れて、せっかくのリゾートを、まるで休日のショッピングモールの雰囲気に変えてしまっていた。
アタシはレンタルの日焼けしたビーチチェアにもたれて、それでも一人、気分だけは高級リゾートのつもりで、氷を浮かべたトロピカルジュースを口に運んだ。
波打ち際にバロン達の姿が見えた。
子供以上に本気になって、無邪気に遊ぶ姿は、いつになく楽しそうだ。
それもそのはず。
今日は本気のオフだった。
まあ、毎日が休日みたいなアタシにとっては、オフなんて言葉は似合わないのかもしれないけれど、彼ら、デュラハンにとっては、本当に久しぶりのバカンスなのだ。
というのも。
アタシが誘拐されてからの半年、彼らはアタシを救うために、それこそ死ぬほどの苦労を重ねてきた。
話を聞くたびに、申し訳なさと、そこまでして頑張ってくれた彼らへの感謝で、胸が押しつぶされそうになった。
アタシを攫ったのがジャンゴだということ、そして、ウォードが裏で糸を引いていたことまでは、調べるまでも無かった。
彼らはウォードの船を突き止めて、その航行ルートを追った。
しかし、発見されたのは、船の残骸のみだった。
彼らは絶望しかけた。
だが、その絶望を僅かにも繋ぎ止めたのは、偶然にも捉えた小さな救難信号だった。
それは、ザラのチェリオットに殲滅された時、唯一脱出に成功したジャンゴの脱出ポッドが発信したものだった。
こうして、ジャンゴはデュラハンによって救助された。
彼の目撃談から、ドゥの関与を確信したデュラハンは、懇意にしているハイロウシティの探し屋に調査を依頼した。
探し屋は天文学的な料金を吹っ掛けてきたそうだが、とりあえず仕事はきちんとこなしてくれた。
ベルエーヌの部隊を見つけ出し、彼らが次元転移したチェリオットとシュミットを探している事までも、しっかりと突き止めた。
そこでトゥーレがスパイとして潜り込むことになった。
この辺までは、アタシにもうっすらと事情が掴めていた。
そこからが、また大変だった。
トゥーレを潜り込ませたのは良いとして、そこから先の計画が立たなかった。
仮に異次元にアタシが居るとして、救出するには、彼らにも次元転移をする手段が必要となる。
かといって、エレス宇宙同盟圏内で、そんな技術は探しようも無い。
だが、それでも彼らは諦めなかった。
あらゆる方法を模索して、最後に目をつけたのは、なんと、ルゥ惑星王国の廃棄船だった。
ドゥ銀河帝国と反目した立場にあるルゥの宇宙圏内では、やはり次元転移技術が実用化されている。その管理はドゥに比べれば甘く、闇ルートでは、その廃棄船が出回る事さえもあるのだという。
それを手に入れて、搭載されている転移装置をヘッドレスホース号に移植できれば、そう、彼らは考えた。
そこで、ソニーが活躍した。
彼女の素性はまだ謎に包まれているが、彼女の知り合いにルゥの要人がいた。
どのような交渉があったのかはわからない。
しかし、読余曲折を経て、その人物はデュラハンに対し協力を受諾した。
喜んだデュラハンだったが、そこで、またしても壁にぶち当たった。
廃棄船とはいえ、タダではない。
つまり、膨大な資金が必要になったのだ。
金は、正直いって無い。
殆どを、あの探し屋にむしり取られた後だったからだ。
悩みに悩んだ末、彼らは大博打に打って出た。
アタシだったら、思いもつかない方法だ。
敵対する犯罪組織RINGに対し、共闘を申し出たのだ。
デュラハンは、持てるカードを全て切った。
ウォードを手にかけたドゥに一泡を吹かせる事を約束し、ルゥの廃棄船より手に入れる次元転移装置の技術を提供する。これは、なかなか魅力のある交渉材料だった。
両者は手を結び、RING側からは、組織に身を寄せていたパルカが監視もかねて同行することになった。
そして見事、次元転移システムやレーダーなどを手にした彼らは、トゥーレからの信号を受け取って、ついにアタシを見つけ出した、と、いうわけだ。
「とにかく金がかかったんだ」とは、シャーリィの恨み節だった。
彼女はなんと、アタシの元雇い主、警備会社ASOに対して、本当に身代金を要求までしたという。
けど。
その結果はアタシにとっても辛い話だった。
「うちに、そのような社員は在籍しておりません」
という、回答が来た。
つまり、簡単に言えば、アタシは会社に切り捨てられたのだ。
そういえば、面接をした人事担当者が、アタシに何かあった時の身元引受人が居ない事に対して、訝しがりながらも、不思議と嬉しそうにしていたのを思い出した。
アタシはせっかくのリゾートなのに、気分が滅入りかけた。
気を取り直して、一度大きく背伸びをする。
体中の筋肉がほどけて、心地よい痛みが走り抜けた。
「ラライさん、一緒に泳ぎませんか?」
ピンク色のワンピースの水着を着たソニーが、走ってきた。
彼女の笑顔はキラキラしていて、並み居るその辺のお父さんの目線を釘付けにしていた。
「アタシは大丈夫、こうして居る方が気持ちいいから」
アタシは手をぱたぱたと振って答えた。
「せっかく新しい水着も買ったんですよね、泳がないと損ですよ」
「いいのいいの、それよりソニーちゃん、イアンが呼んでるよ」
アタシはにっこりと笑った。
ソニーはちょっぴり残念そうにイアン達の方へと戻って行った。
気持ちは有難いけど、アタシは泳げないのだ。
うかつに遊んで溺れでもしたら、と思うと、なかなかその一歩が踏み出せない。
だから水着だって、あえて機能性よりも見た目重視で選んでみた。
ちなみに今回のセレクトは。
ちょっと過激かな、って思ったけど、赤いビキニだ。
何で赤かって?
そりゃあ。
彼が、好きな色だから・・・なんだけどな。
アタシは恨みがましく、水と戯れるタコを睨んだ。
あんの野郎。
この間は散々酔っぱらいやがって。
アタシがあれほど想いを込めた口づけを、翌朝になったら、少しも覚えていなかった。
あんなに情熱的に、・・・最後にはそっちから抱き寄せてくれたくせに。
まあ、それだけならまだ、いい。
あまつさえ。
「なんだか、悪い夢を見たでやんすよ。化物に食われそうになる夢でやんす」
ときた。
・・・・・。
ほほーう。良い度胸だよ。
それからアタシはすこぶる機嫌が悪くなって。
またちょっとだけ、微妙な雰囲気になった。
だから。
せっかくいいムードになっていたのに、アタシはまだ、彼とは正式にお付き合いをしてはいないのだ。
もう、馬鹿タコめ。
この赤いビキニだってさ、彼と少しでも距離を縮めたくて選んだのに。
彼ったら遊ぶのに夢中で、アタシの事なんか忘れてしまったみたいだ。
アタシは、彼らの姿を目で追うのをやめた。
サングラスをかけて、もう一度ビーチチェアにゴロンと寝転がる。
強い日差しに、全身が真っ赤になりそうだった。
「おーい、ラライー!!」
突然、遠くから呼ぶ声がした。
この声は、シャーリィだ。
なんだろう、心なしか弾んだような声になっている。
「ラライー、やったぞー、あんた、入賞したー!」
は?
入賞?
何のことですかいな?
シャーリィが血相を変えて走ってくる様子に、波打ち際に居たバロン達も気付いた。
「なんですかシャーリィさん、入賞って?」
アタシは半身を起こした。
シャーリィは手に雑誌のようなものを持っていた。
それと、なんだろう、封筒かな?
アタシの注意がそこに向くと、彼女はそれをさっと自分の背に隠した。
なんだろう、もったいぶって。
アタシはじとっと彼女を見た。
「あ、わかった、またアタシの名前使って、懸賞かなんかに応募したんですね。アタシって意外と強運だから」
「まあ、そうじゃないんだが、そんな感じだ」
シャーリィは意味深な微笑を口元に浮かべた。
「姐さん、どうしたでやんすか~」
ぬたぬたと彼がやってきた。
アタシの事をちらっと見て、なんだか、ばつの悪そうな表情になった。
なんだよ、その顔。
と思ったが、その目はアタシの胸元からヒップへと流れて、そのまま、石になったみたいに釘付けになった。
口が半開き。
その頬が、ぽーっと赤らんでいる。
アタシは彼を見つめ返した。
視線に気づいて、彼は我に返ったように慌てふためいた。
お。
この反応は久しぶりだ。
もしかしてアタシの水着姿に、見とれちゃった。
にししし。
やっと、水着効果が出たかな。
どう、アタシだってセクシー路線もいけるんだからね。
「うおっほん」
シャーリィがアタシ達の無言のやり取りにくさびを入れた。
そうだった、彼女の話が先だ。
それにしても、何でそんなに楽しそうなんだろう。
アタシ達の視線が戻ってきたことを確認して、シャーリィは仕切り直した。
「ラライ、ほら、これを見ろ!」
彼女は手にした雑誌らしきものを、ばんとアタシの前に広げた。
なになに。
宇宙コスプレイヤーズ?
臨時増刊特別号・・・。
へ・・・なにコレ。
「な、なんですか・・・。ちょっといかがわしい感じなんですけど」
「バカ、そんなんじゃない。ほら、ここだ、ここ、特集ページをよく見てみろよ!」
シャーリィの指が、ページをめくる。
さすがは専門誌。
様々な格好をしたコスプレイヤーたちのグラビアが掲載されていた。
可愛い系から、セクシー系、時にはイロモノと呼びたいようなコスチュームまで。
その中に。
突然、見慣れた姿が飛び込んできて、アタシはもちろん、バロンまでもが声を失った。
「第168回コスプレイヤー大賞、リアル生活部門。・・・第三位、ららい・・・・ふぃおろん~?」
それは、イヌミミのカチューシャをつけて、メイド姿で宇宙船内を掃除するアタシの姿や、その恰好のままで街を堂々と歩くアタシのフォトグラフだった。
え、いつ撮られてた。
もしかして、いや、もしかしなくても隠し撮りか・・・。
シャーリィは満足げに腕組みをして、いかにも自分が苦労をしたように、感慨深く言った。
「リアル部門ってのは、日常的に普段からコスプレをしている奴に送られる特別賞でね、まあ、大賞は逃したが、三位でも入賞賞金300万ニートに、条件付きだが写真集出版権のおまけつきだ、喜べラライ、これ、全宇宙誌だぞ!」
・・・・・。
ってーか。
シャーリィ、あんたっていう奴は!!
何かにつけてアタシに色んなコスプレをさせてきたのは・・・。
これが目的だったのかー!!!
「姐さん、それは駄目でやんす~!写真集は色々とまずいでやんすよ~!!」
バロンの血相が変わった。
「ラライさんはただでさえ、乗せられやすい性格でやんすよ。写真集なんて撮影したら、きっと大変な事になるでやんす。あんな写真やこんな写真、はたまた、そんな写真まで撮られちゃうでやんすよ。きっとR-15どころか、R-18にまでなって、もしかしたら今後に関わることになってしまうでやんす~」
えーとバロン。
あなた何を言ってるのかしら。
なんとなく、アタシの写真を他の人に見られたくないって気持ちは伝わってきたけど。
と。
冷静になっている場合じゃない。
確かに、写真集なんて、冗談ではすまされないぞ。
「そうですよー、アタシ有名になっちゃまずいんですから、前にも言ったじゃないですか」
せっかく素性を隠して生きているのだ。
下手に写真集なんか出して有名になってしまったら、またいろんな人に正体を探られて、「蒼翼」時代の過去が暴かれてしまうかも知れない。
アタシは彼女に抗議した。
だがシャーリィは、アタシの声など、まったく気にも止める様子が無かった。
悪びれもせず。
「こっちはアンタのせいで借金まみれなんだよ、どうせろくに働けもしないんだし、せっかくマニア受けする容姿してるんだから、活かさない手はないじゃないさ」
うわ、なんてヒドイ言われよう。
ちょっとだけカチンと来た。
「マニア受けって何ですか!? アタシの顔は万人向けですよ!」
アタシは噛みつくように反論した。
更に詰め寄ろうとすると。
それ以上の剣幕でバロンが声をあげたので、アタシは思わず引いた。
「そうでやんす、ラライさんは誰が見ても可愛いでやんす~!! 世界で、いや、宇宙で一番かわいい人なんでやんす~。幾ら姐さんでも、その暴言は許せないでやんす!」
・・・!!
バロンったら。
そんな、大声でアタシのコト。
ちょっと、嬉しくなっちゃうじゃない。
アタシは彼に対する不満も忘れて、胸がきゅんっとなった。
自分でも、なんて単純って思うけど、仕方ない。
好きな人に可愛いって言われたら、そりゃあ気持ちが蕩けちゃうわよ
バロンは、なおも叫んだ。
「もう一回言うでやんすよ! あっしのラライさんを勝手に写真集にするなんて、絶対に許さないでやんす~」
アタシは彼が口走った言葉を聞き逃さなかった。
さすがのシャーリィも、声を失った。
バロンさん。
今、「あっしの」って、言わなかった?
言った、よね・・・。
彼は、しばらくして、自分が何を叫んだのかに気付いた。
言葉がのどに詰まって、まるで壊れた人形のようにぎこちなく、彼はアタシを見た。
目と目があった。
アタシは真っ赤になって俯いて、思わず小さく。
「馬鹿」
とだけ、呟いた。
シャーリィは、苦笑を浮かべて頭をかいた。
「まったく、やってらんねーな」
呆れたように、彼女の唇がため息をこぼした。
波の音が強くなった。
足元をすくわれたソニーが、ひっくり返って水しぶきをあげた。
イアンとトゥーレが大笑いをあげて、デニスが慌てて助けに走る。
ちょっとだけ、周囲が明るく見えた。
「姐さんにも困ったもんでやんすね~」
バロンが何かを誤魔化すように呟いた。
そう。
本当に困ったもんだ。
シャーリィも。
バロンも。
それにアタシも。
アタシの手に、彼の手が伸びた。
ぎゅっと掴んで、引き寄せられる。
遥か遠くで、海水パンツをはいたテンガロンハットの男性が、小さく肩をすくめた。
エピソード4 おわり
お読みいただいた皆様
本当にありがとうございました。
蒼翼のライ、エピソード4はいかがでしたでしょうか
楽しんでいただけましたでしょうか。
皆様の時間を、この作品に分けていただいたことに
心から感謝いたします。
感想・評価、なんでも結構です。
ぜひぜひ、声を聞かせてください。
書いていて、一番うれしいのは感想の声を聞く事なんです。
心から、お待ちしております。
さて、今後の連載予定です。
引き続き、蒼翼のライ エピソード5を計画しています。
2021年の春ごろのスタートを目安に現在執筆中です。
少し時間は開いてしまいますが、
その時はぜひ、また彼らの冒険にお付き合いいただけたら幸いです。
これからも、よろしくお願いいたします。
2020年11月 雪村4式




