シーン71 ラライは宇宙に帰る
シーン71 ラライは宇宙に帰る
慌ただしく、時間は過ぎた。
バロンと再会を果たして、喜んだのもつかの間、アタシ達は惑星ネルの警備艇が上空を飛び始めたのに気付いた。
異常事態に気付いて、さっそく調査隊が派遣されて来たらしい。
迎えに来た小型艇に回収されて、アタシ達は一旦ヤソワの街に戻った。
キャプテンたちは居なくなっていた。
小型艇を運転していたイアンは、調査隊が来た以上、あまり長くは逗留できないとアタシに言った。
それはそうだ。
こんな状況下で、完全武装した宇宙船がウロウロしていたら、間違いなく何らかの疑いをもたれる。
仮にも、デュラハンは宇宙海賊、つまり、犯罪者集団だ。
そういう事態は、やはり避けたいに違いない。
アタシはコンラッドやセルテス、そして、なんとか担がれて顔を出したセドックと、本当に短いお別れを交わした。
一人一人と抱擁を交わし、泣きながら、また会いに来ると約束した。
最後の最後に、コンラッドは愛用の短剣をアタシにくれた。
「父の形見だ。魔よけの効果もある。ラライに幸運があるように」
アタシはもう一度だけコンラッドに抱き付いた。
アタシがあげられるのは、思い出だけで、ごめん。
だけど、今日が最後ってわけじゃない。
事態が落ち着けば、いつだって、この星を訪れることはできるんだ。
「もう時間がないよ、ネルの駐留軍が動いたって情報が入った」
イアンが叫んだ。
「コンラッド、元気でね。セドックも、セルテスも、本当にありがとう」
アタシはそれだけを言い残して、未練を振り払うように小型艇へと走った。
小型艇には、もう一人、未練を振りきれずに乗っている男がいた。
ディーンだ。
彼もまた、テルテアに一時の別れを告げてきた。
彼には、やるべきことがある。
テアに戻り、父親に無事を知らせること。そして、フーバー教授と共に、このネルで起きた事件を学術的な面からアプローチをかけ、収束に導く事だ。
それまでは、きっとテルテアが、この世界の代表として、ネルの現政府との交渉にあたり、ヤソワの地とシオンの森の保全を願い出る事だろう。
彼は、手を振り続けた。
大地がどんどん離れ、街の人々が小さな点にかわり、景色の色と混濁して消えていくまで、ずっと。
ヘッドレスホース号は、大気圏を突破した。
見慣れた漆黒の宇宙が、アタシを待っていてくれた。
なんでだろう、この真空で冷たい世界が、とっても暖かく感じるのは。
「ラライさん、疲れたでやんしょ、シャワーでも浴びたらどうでやんすか?」
小型艇を降りたアタシに、この上ない誘惑の一声がかかった。
シャワーか。
うわあ、光シャワーなんて、何日ぶりだろう。
アタシに、それを断る理由はない。
先にキャプテンたちの所に行って、きちんと挨拶をするべきかしら、と思ったが、アタシは自分の体臭の方が気になった。
もしかして、かなり臭かったりしないかしら。
だって。
体を洗う機会なんて、これまで全然なかったもの。
結局。
アタシは懐かしの我が部屋、バロンとアタシに用意された二人部屋へと戻った。
中に一歩足を踏み入れて、驚いた。
部屋は、まるっきり、半年前のままだった。
って・・・。
本当にそのままじゃない?
あの日、アタシが飲みかけていたフルーツジュースまでも、そのままに置かれていて、ベッドのシーツは、アタシが寝起きにはだけたままになっている。
そして、リクライニングのビーチチェアには、うっすらと埃が積もっていた。
「バロンさん、これって・・・?」
「願掛けしてたでやんす」
バロンは、照れくさそうに頭をかいた。
「ラライさんが帰ってくるまで、この部屋では暮らさない。と、決めてたでやんす」
「じゃあ・・・もしかしてイアン達と一緒に、合同エリアで寝泊まりしてたの?」
「まあ、不自由ではないでやんすからね」
んもう。
何、変な所で固い事してんのよ。
だけど、そこまでして想っていてくれたってのは、嬉しいに決まっている。
もう一回だけ、バロンをぎゅっとして、頬に軽いキスをした。
バロンは、気恥ずかしい顔をして、一度懐かしむように室内を見回した。
「あっしは、ちょっと準備があるでやんすから、一旦姐さんの所に行くでやんす。事情は伝えておくでやんすので、ラライさんはゆっくりするでやんすよ」
「わかった、そうさせてもらうね」
アタシは室内に設置されたシャワールームに入った。
ひと段落したら、部屋の掃除くらいはしなくちゃ。
家事は嫌いだけど、バロンと一緒に暮らすためだもの、その位はしないとね。
頭から光の粒子を被った。
体中からたまりにたまった老廃物が流れ出す感触を楽しむ。
滅多に使わないフレグランス機能をオンにして、気に入ったフローラルな香りも浴びた。
これは、もう最高だ。
アタシがシャワーを堪能していると、外で、かさりと音がした。
「バロンさん?」
アタシの声に、意外な声が返ってきた。
「お帰りラライ、着替え、ここに置いとくよ」
「その声は、シャーリィさん?」
アタシはまだ彼女に顔を合わせていなかった事を思い出して、慌ててドアを開いた。
シャーリィも、全く変わっていなかった。
「ごめんなさい、迷惑かけて、アタシっ・・・」
アタシを見て、シャーリィは目を丸くした。
「あんた裸じゃない、挨拶は後で良いよ」
「あ・・・そうですけど」
「いいよ、ゆっくりしてきな。あたし達は食堂に居るから、着替えたらおいでよ」
「あ・・・はい」
彼女はアタシを不思議そうに、じっと見た。
ん?
アタシ、何か変かな?
特別、何も変わっていないと思うけど。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもない・・・」
彼女は誤魔化すように笑って、そそくさと出ていった。
なんなんだ、あの態度?
アタシはもう一度だけシャワーを浴びなおした。
綺麗にクリーニングされた服が置いてあって、アタシは何も考えずに手に取った。
って、何よこれ。
随分薄くて布地の少ない下着だわ。これじゃ、心もとないじゃない。
アタシは、ずれない、脱げない、破けない、の三拍子が好きなのに。
全く、これだからシャーリィは。
ちょっとだけ忘れかけてたけど、彼女って、アタシの事を着せ替え人形かなんかだと思ってるんじゃないだろうか。
絶対、アタシに着せたくて、色んな変な服を買うのよね。
ぶつぶつ言いながら、アタシは白いストッキングに足を通し、黒いフリルのついたスカートに、シャツ、エプロンを身に着けた。
で、頭にはネコミミカチューシャをつけて・・・っと。
・・・・・。
・・・・・・?
・・・・・・・・!!
くおら、シャーリィっ!!!
これって、メイド服じゃないか。
帰ってきてそうそう、アンタは何を考えているんだ!!
アタシはどたどたと通路を走って、食堂の扉を開けた。
「シャーリィさん、アタシの普通の服は!?」
大声をあげた瞬間だった。
目の前でクラッカーが一斉になって、アタシは心臓が止まりそうになった。
「おかえりなさい、ラライ!!」
呼吸を合わせたように、みんなの声がアタシを包んだ。
文字通り、みんながアタシを待っていてくれた。
キャプテンに、シャーリィ、そしてソニー。
イアン、トゥーレ、デニスのヘッドレスホーセズ。
それに。
ジャンゴ・ディンゴに、パルカと、彼の手下が数名。
ディーンまでもが、ちゃっかりと向こう側に座ってアタシを待っていた
「さあ、今日はお祝いでやんすよ! デニス、ぼけっとしてないで手伝うでやんす!」
厨房の中から、彼の声が聞こえた。
「ラライ、なんかあたしの名前呼んでたね、何か、文句でもあんのかい?」
シャーリィが、意地悪に笑った。
もう。
そんなもん、これっぽっちもないわよ。
「似合ってるよ。やっぱりメイド服にはネコミミだな。」
「まあ、イヌミミ耳よりはしっくりきますけど・・・って」
ただいま、シャーリィ!
アタシは彼女に向かって飛びついた。
彼女はそこまでは予想していなかったと見えて、勢いに負けてひっくり返る。
アタシとシャーリィが転がるのを見て、周囲が、笑いに包まれた。
そんなこんなで。
アタシの救出を祝うパーティは、みんなが酔いつぶれるまで続いた。
バカみたいに楽しい時間になった。
意地悪で腹黒いと思っていたパルカが、意外にも紳士に見えたりもしたし。
あの乱暴で粗野なジャンゴが、キャプテンの前では借りてきた猫みたいに大人しくなったのも意外だった。
とはいえ、隙を見せるとアタシのお尻を触ってくるのは、どうにも許せない。
彼らは今回、ドゥに一泡吹かせる為だけに、デュラハンとの共闘を申し出た。
ソニーの話ではそういう事になっているみたいだけど、こうしてみると、立場さえ違えば、もっと良い関係を築けるんじゃないか、そんな気持ちが芽生えた。
もちろん、腹には一物を抱えた二人だ。
もしかしたら、裏ではもっと大人の駆け引きが行われているのかもしれない。だけど、今は、今夜だけはそんな事を考えずにおこう。
皆が静かになった頃。
アタシは、ぐでんぐでんになったバロンを連れて、自分たちの部屋に戻った。
彼とデニスは今日のシェフ役で、殆どの時間は厨房に入りっぱなしだった。
最後の方で食堂に出てきたが、すぐに酒癖の悪いトゥーレとジャンゴに捕まって、ハイペースで飲ませられながら、アタシとの関係を肴にされていた。
まったくもう。
今回の件でトゥーレには大きな借りが出来たけど、あの下ネタの酷さはない。
この分だと、借りを返す必要はなさそうだ。
部屋に戻ってすぐ、バロンは「うう~ん」と、大きな声をあげた。
うわ、酒くさ。
これじゃあ、百年の恋も冷めるわよ。
「ラライさ~ん」
彼が、うわごとのようにアタシの名前を呼んだ。
アタシは酔い覚ましの水を準備してから、濡れたタオルで彼の汗を拭いた。
「ラライさん、あっしは、あっしは本当に駄目な男でやんすね~」
意識がハッキリしてるのかいないのか、彼は自嘲気味に言った。
「今回も、この間も、その前も。あっしはラライさんの危機に、何も出来なかったでやんす。あっしみたいな奴を、役立たずって言うでやんすよね~」
「バロンさん・・・?」
アタシは彼の隣に座って、彼の手を握った。
彼の手が、するりと逃げるように離れた。
「結局、あのチェリオットの野郎にも勝てなかったでやんす。あんなスペックだけの野郎にやられて、宇宙一のパイロットになるなんて、夢のまた夢でやんす。これじゃあいつまでも、ライの野郎に勝てないでやんすよ~」
悔しそうに、八本の手足がバタバタと床を叩いた。
もう、こんなに酔いが回っちゃって、アルコール、そんなに強くもないのに、あんなに飲むから・・・。
「こんな不甲斐ないあっしには、もう愛想が尽きたでやんしょ。ライが現れないのも当然でやんす、あっしなんか、きっと相手にする価値も無いでやんす~」
「そんな事ない、そんなこと・・・無いよ」
アタシはちょっとだけ、心が痛んだ。
彼はやっぱり。
アタシじゃなくて「ライ」にこだわってる?
彼にとって、本当に大切な事は、アタシを守る事じゃなくて、ライに勝つ事の方なんじゃないだろうか。
そんな迷いさえ、した。
悔しいなあ。
「ライ」なんかに。
アタシだって負けたくない。
「ねえ、バロンさん・・・」
アタシは、逃げる彼の手を、ぎゅっと握りしめた。
彼が、何かに気付いて、アタシを見た。
彼の瞳の中に、アタシがいた。
「アタシを見て、ライじゃなくてアタシを、アタシはここにいるよ」
「ラライ・・・さん?」
「アタシはさ、バロンさんの事、役立たずなんて思ってないよ。バロンさんが居なければ、アタシはここにいる事が出来なかった」
「それは・・・、そうなんでやんすか?」
ひっく、と彼はしゃっくりをした。
アタシは彼を見つめる目を逸らさなかった。
「誰かの役になんて、たつ必要だってない。何にもできなくても、何もしなくても」
それは、彼に向けての言葉じゃなかった。
自分自身への、言葉だ。
「アタシはね思うんだ。人はさ、生きていること以上に大切な事なんてないんじゃないかな? ただ生きてるだけ。息をしてるだけ。それだけでアタシは十分。それだけで、アタシは満足。だからさ・・・」
その言葉を告げる時が来た。
アタシの肩から、すっと、重い荷物が外れる、そんな感覚がした。
「アタシはバロンさんと一緒に居れるから、誰よりも、今」
―幸せ。
自分から、唇を重ねた。
これが、アタシの彼の対する、答えだ。
好きよ、バロン。
想いは、届くだろうか。




