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シーン70 アタシにとって大切なもの

 シーン70 アタシにとって大切なもの


 やっぱり、このシュミットキーが欲しいのか。

 そりゃあ、そうよね。


 アタシが即答せずにいると、ベルエーヌは言葉を続けた。


「我々の目的は、もともとそのシュミットキーだ。それは、この宇宙には必要のない力。過ぎた力を葬り、厄災の禍根を断つことは、我らドゥに託された使命なのだ」


 そう言えば確かに。

 エイダやザラは、この剣を手に入れるんじゃなくて、亡きモノにしようとしていたっけ。


「此度は、幸いにもそのおかげで、過去に見失った箱舟と遭遇し、それを滅ぼすことが出来た。それは良しとしよう、だが、シュミットをこのまま放置することは、我々には出来ん」


 アタシはちらりと、ディーンに視線を送った。

 彼は、テルテアの手を力強く握りしめながら、固唾をのんで、アタシの返答を見守っていた。


 アタシは、ふうと、一つ大きく息を吐いた。


「いいわよ。別に、こんなもん、要らないし」

 アタシが、あまりにもあっさりとそう言ったので、隣にいたソニーが目を丸くした。


「ラライさん、良いんですか?」

「別に・・・ほら、この世界は救えたわけだし。これ以上持っていたって」

 ソニーの頭ごなしにジャンゴを見る。

 そうだ。

 下手にこんなものを持ち続けたって、今度は色んな奴らに狙われて、またまたひどい目にあうのは目に見えてるじゃないか。


 だったら。

 あげちゃったって良い。


 ベルエーヌが呆気にとられた顔になった。


 まあ、よく考えたらの話だが。

 そもそも、ドゥは悪党ってわけでもない。

 そのやり方が、アタシ達の常識とはずれていたり、だいぶ武力偏重ではあるものの、その動機はあくまで宇宙の秩序を守る事だ。

 この力を手に入れたからといって、すぐに悪用するような連中じゃない事だけは、きっと確かだ。

 そう考えれば、むしろこいつらに預けた方が、安全なのかもしれない。


「驚いたな、そう素直に出られると、多少気が抜ける」


 ベルエーヌは手を差し出した。


 アタシは彼の手にシュミットキーを託そうとして、そこで、止まった。

 彼は、じろりと、アタシを睨んだ。


「シュミットキーは渡す。だけど、条件が二つあるわ」

「条件だと・・・、交渉のつもりか?」

「簡単な話よ」


 交渉っていう程の事じゃない。

 ただ、これだけは確約させないと、アタシだって納得できない。


「一つ目は、今後一切、アタシとディーンには手を出さないこと。・・・もちろん彼らデュラハンのメンバーにもよ。言っとくけど、シュミットキーを奪ってからやっぱりアタシを捕まえて再教育~っとか、絶対ダメだからね」


「なんだ、何かと思えば保身か。ふむ、奴らはデュラハンというのか」

 ベルエーヌは呆れたように言って、上空に待機するヘッドレスホース号を見た。


 おそらく。

 彼らだって、今の状況では、ヘッドレスホース号とこれ以上の戦闘をする事を望んではいないだろう。

 デュラハンの戦力の高さには一目を置いた事だろうし、それに何より、ネルはエレス同盟圏内の惑星だ。

 秩序を重んじる彼らが、ここで余計な追撃をしてくるとは思えない。

 つまり、この要求は、彼らが飲むにあたって、何の問題もない。

 だからこそ、ここで確約を取り付けておくべきだ。


「二つと言ったな、もう一つは、なんだ?」

 ベルエーヌは聞いてきた。


 そう。

 それが重要だ。


「もうひとつは、エイダの事よ」


 それは、彼にとって意外な言葉だったようだ。

 ベルエーヌの顔から、嘲笑が消えた。


「彼女がアタシを守ったことを、責めないで。彼女を、傷つけたり、責めたりしないで。アタシの要求は、それで全部よ」


 アタシはシュミットキーを突き出した。

 短剣の柄の部分を、彼に向ける。


 ベルエーヌは僅かにためらいを見せて、それから、しっかりとその柄を握りしめた。

 キーは、何の変化も起こさなかった。

 彼は、それを確かめてから、長い溜息をついた。


「アタシの要求、ちゃんと飲むんでしょうね」

 アタシが聞くと、彼は剣を握りなおして、大きく頷いた。


「欲の無い女だな。貴様は」

 ベルエーヌが、はじめて笑ったように見えた。


 彼は踵を返した。

「エイダの行為については、不問とする。それで良いのだな」

「ベルエーヌ!」


 立ち去りかけた彼の足が、一瞬だけ止まった。


「ふん、私を呼び捨てるか。まあいい、この一度きりは、それも許そう」

 そう言い残して、彼は再び歩き出した。


 前方から、誰かが歩いてくるのが見えた。

 あれは、キャプテンとデニスたちだ。

 船に戻ろうとするベルエーヌ達と、すれ違う形になる。


「む、お前は?」

 ベルエーヌが、驚いたように口走って、振り向くのが見えた。

 視線は、キャプテンを追っていた。

 だけど、キャプテンは、そんなドゥの司令官など、一切目に入らない様子でアタシ達の方へと真っ直ぐに歩いてきた。


「そうか・・・。あれはお前の船か。道理で・・・」


 ベルエーヌが何やら呟いて、微かに憎しみのこもる目をした。

 だが、それも一瞬だった。

 彼は、何事も無かったかのように、再び毅然とした態度で去った。


 程なくして、ドゥの船はゆっくりと大気圏からの離脱を始めた。


 アタシの前には、キャプテンが居た。

 彼はいつもと変わらないポーカーフェイスで、アタシを見た。

 デニスが、静かにうんうんと頷いた。


 沈黙が、流れた。

 これは、ちょっと微妙な間になった。


 いや。

 テレパシーないから、アタシはわかりません。

 キャプテンったら、何か言ってよ。

 ・・・って、ここは、アタシから話しかけるべきなのよね、きっと。


「あー、その、ご迷惑をおかけしました。助けていただいてありがとうございます」


 めちゃくちゃ社交辞令的になってしまった。

 ってーか、なんで身内の方が、余計緊張するのかしら。

 デニスが再び、うんうんと頷いた。


「きゃ、キャプテンも喜んでますよー、ラライさんが無事で」

 彼の沈黙に耐えきれず、ソニーが助け船を出した。

 キャプテンは、アタシから視線を外した。

 ディーンの姿を見とめ、ゆっくりと近づく。


 ディーンが気付いて、キャプテンにお礼を言い始めるのが見えた。


「お前が、ディーンか?」

 キャプテンが口を開いた。


「はい、あなたは・・・?」

 突然名前を呼ばれ、ディーンは不思議そうにキャプテンを見つめた。


「では、間に合ったようだな。・・・テアの病院で、お前を待っている者がいる。俺は、お前を迎えに来た」

「もしかして・・・それって父さん!?」


 キャプテンは、頷いた。

 それから不意にアタシを振り向いた。


「よくやった。ラライ」


 うおっと。

 いきなり、褒められた。

 あのキャプテンに名前を呼ばれて、それも褒められるなんて。

 これは・・・、かなり嬉しいぞ。


「そんな~、アタシなんて~」

 頭を掻くと、彼は珍しく気を抜いた顔になった。


「ソニー」

 キャプテンが彼女を呼んだ。


「ラライをシビア―ルに乗せてやれ」

「あ、はい? でも、どうしてですか」

 彼女は返事をしながらも、キャプテンの指示がいまいちわからない顔をした。


 そりゃ、アタシだって疲れてるから、早く船に戻って休みたい気もするけど。

 まだコンラッドやセドックにも、いろいろ事情を説明しないといけないし。

 シビア―ルに乗って、どこへ行けって?


「・・・・・・・れ」

 キャプテンは、小声で何かを言った。


「え、何ですかキャプテン。聞こえません」

 ソニーが容赦なく質問を繰り返した。


 キャプテンは、帽子のつばを下げ、目線を隠した。

「ラライを、バロンの所へ連れて行ってやれ・・・、会いたい、だろう」


 あ。

 そういう事か。

 キャプテンったら、そんなに照れる事じゃないじゃない。


 ソニーはぱっと明るい顔になった。


 アタシはシビア―ルに乗せられて、砂漠へと向かった。

 ヤソワの街の上空を通り過ぎると、さっきよりもたくさんの人たちが表に出てきて、真っ青になった空を見上げていた。


 アタシ達のシビア―ルを見つけて、「巨神だ」って大声をあげた男の子が、アデルだったように思えた。



 それから程なく、アタシ達はバロンのディアブロスを見つけた。

 ディアブロスは、なんと、力尽きていた。


 砂の上に這ったようなあとがあった。

 アタシ達はそれを追いかけた。


 少しだけヤソワの街の方に戻ったところで、ついにアタシは、彼を見つけた。

 彼は必死になって街に向かってきていて、アタシ達のシビア―ルを見つけると、嬉しそうに手を振った。


「ソニーちゃん、低く飛んで、お願い」

「どうするんですか、着地しますよ」

「いいの、こうしたいの!!」


 アタシはハッチを開いてもらって、そこから思い切り、彼に向かって飛んだ。

 バロンはアタシが空中からダイブしてきて、もうめちゃくちゃ驚いた顔になった。

 それでも、しっかりとアタシの体をキャッチする。

 彼の触手が、アタシの頬に吸いつくのも、久し振りの感触だった。


「む、無茶苦茶するでやんす~」

 バロンが悲鳴にも似た声をあげた。


「バロンさんなら、絶対受け止めてくれるでしょ」

 アタシの全部を・・・ね。

 思ったけど、そこまでは口に出せない。


「そりゃ、そうでやんすけど」

 彼のつぶらな目が、潤みながらアタシを見つめた。


 ああ、バロンだ。

 本物の彼なんだ。


 アタシは彼の体にぎゅっとしがみついて、彼は優しくアタシを包んだ。


 ほら、またアタシより先に泣いた。

 反則だよ、男のくせにさ。


「絶対、もう一回会えるって・・・会うって、思った。思ったんだよ」

 アタシの声も、どうしようもなく震えた。


「あっしも、ラライさんは絶対死んでいない。どっかで必ず生きていると、信じ続けてきたでやんす」

「バロンさんだけは、どんなに時間が経ったって、アタシを探し続けてくれる。きっと、アタシの事を思い続けてくれてるって・・・そう信じてた」

「もちろんでやんす、片時も、ラライさんの事を忘れた事なんて無いでやんす!」


 アタシを抱きしめる彼の手に、力がこもった。

 柔らかくて、強くて、そして温かい。


 この時を、どれだけ夢見ただろう。

 どれだけ、待ち焦がれただろう。

 アタシは目を閉じて、彼を待った。


 感情が溢れて、アタシをどうにかしてしまった。

 なんだか色々な事がありすぎて、まだ頭の中がパンクしている。

 ベルエーヌと対決して、シュミットキーを渡したのが、ずっと前の事だったようにすら思えてくる。

 シュミットは渡しちゃったけど、もうそんなことどうだっていい。

 アタシには、もっと大切にしなければならないものが、まだまだたくさんある。

 たとえば、この一瞬のぬくもりとか。


 この指が確かに触れることのできる、彼の笑顔とか。


 上空を旋回するソニーのシビア―ルが、付き合い切れない、とでも言うように、アタシ達を置き去りにして、街の方角へと戻って行った。



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