シーン69 未来は皆のためにある
シーン69 未来は皆のためにある
アルラウネは力を振り絞った。
けれど、もう間に合わないのは、誰の目から見ても明らかだった。
ドゥの戦艦が放った一撃は、エレスの箱舟を正確に呑み込んだ。
完全に焼き尽くし、消滅させるため、神ならざる者の粛清の光が、大地を貫いた。
それは一見、箱舟だけを滅ぼしたかに見えた。
だが、それは間違いだ。
プラネットバスターの力は、そんなものじゃない。
簡単に、星の地殻まで、貫く。
それだけの威力がある一撃を、受け止めきれる世界では無い。
アタシは、光が大地へと全て吸い込まれた直後、まるでマグマが噴射するように、エネルギーが逆流し、上空へと噴きあがるのを見た。
クレーターの周辺の大地が、真っ赤に焼けて、まるで薄くなった紙を引き剥がすようにめくれ上がっていく。それは巨大な津波のように、同周円を描いた。
「このままじゃヤソワの街が!」
ディーンが悲痛な声で叫んだ。
分かってる。
だけど、どうしたらいい?
もう、プラネットバスターが生んだ破壊を止める事なんて、誰にも出来ない。
方法なんてない。
アタシの力で、何が出来る?
この世界を、全部救うなんて・・・やっぱり、無理だったのか。
この世界を・・・。
全部?
『・・・あなたにしか、出来ない・・・』
突然、誰かの声が聞こえた。
今のは一体誰の声だ・・・。
『あなたにしか、出来ない事よ。・・・ラライ』
それは。
アタシの頭の中に直接響いていた。
青い髪の・・・女?
誰だ・・・だけどその声、姿、アタシは知っているぞ。
それは、アタシがはじめてこのシュミットキーを手にした時。
アタシに語りかけてきた・・・あの女だ。
『名前を呼んで・・・そして、未来を守るの・・・』
その瞳が、相貌が、アタシに重なって、消える。
その瞬間、アタシの脳裏に、微かなひらめきが生まれた。
そうだ。
一つだけ方法がある。
それは、彼女が・・・・、〈ケニヒス〉が選んだ方法だ。
アタシは、全てを理解した。
ケニヒスは・・・そうか・・・彼女だったんだ。
アタシがいつだったか、感じた違和感が、今、はっきりとした形になった。
彼女はしくじったわけでは無かった。
・・・何かを守るため。
あえて、この運命を選んだんだ。
そして、この機体を遺してくれた。
「ディーン!」
アタシは叫んだ。
「アタシに力を貸して、アタシにシンクロして、何があっても、アタシのやる事を信じ続けて!!」
『何か出来るのか』
「出来るかどうかじゃない、やるのよ!」
アタシは、操縦桿を握る手に、全てを込めた。
アルラウネ・・・。
いや。
気付いてしまった以上、もうその名前では呼ぶことができない。
真の力を見せる時だ。
「いくわよ、シュトライザー=シュミット!!」
アタシは、この機体の名を呼んだ。
本当の名を。
アタシと契約する前の、真の契約者がつけた名前を。
花弁型のユニットが吹き飛び、内側から、白鳥を思わせる翼が出現する。
その外観が、騎士のそれに変化していった。
ものすごい力の逆流が、アタシを襲った。
だけど、死んでもこの手は離すもんか。
シュトライザーはプラネットバスターが生み出した破壊へと飛び込んだ。
全身でそのパワーを吸い込みながら、膨張を始める。
最後の勝負だ。
アタシ達が耐え切れなくなるのが先か、それとも、必要なパワーを充填するのが先か。
『ラライさん・・・もう』
ディーンが苦し気に呻くのが聞こえた。
『こんなの、無理だ、体が引き剥がされる・・・すごい、力だ』
彼の言う通りだった。
パワーはシュミットの許容量を超えて、まだ膨らんでいた。
これ以上の吸収を嫌がって、アタシを振りほどこうとしている、そんな感じにすら思えてくる。
操縦桿を握りしめる手から、アタシにもエネルギーが流れ込んできて、体が破裂するような激痛が、全身を覆った。
でも。
ここで手を離したら。
諦めたら。
全部が水の泡になる。
「ふざけんじゃないわよ・・・」
アタシは、半分自分に向かって呟いた。
「手放すもんか、手放したら・・・二度と取り戻せなくなる」
『・・・!』
そうだ。
アタシしか・・・いや、アタシ達にしか出来ないんだ。
この手は、絶対に放せない。
「ディーン!!!」
もはや、届くかどうかすらわからない激流の中で、アタシは叫んだ。
「アンタが掴んでるのは、単なる操縦桿じゃない・・・、アタシたち全員の未来なのよ」
手が・・・千切れそうだ。
だけど、ここで意識を飛ばされたら、それですべてが終わる。
『て・・・テルテアーッ!!』
彼が、叫んだ。
何かが弾けた。
その一瞬は、驚くほどに無音だった。
本来の姿となったシュトライザー=シュミットが、光を生み出した。
それは、わずかコンマ一秒で世界を包み込み。
そして・・・。
世界は暗転した。
アタシは一回だけまばたきをした。
何かが終わった。最初に感じたのはそれだった。
これは、死、ではない。
アタシはまだ生きている。
血液が、体内を駆け巡るのがわかる。
呼吸が、新鮮な空気を求めてあえいでいる。
肉体が、静かに大脳からの命令を待っている。
目の前に、強烈な日差しが差し込んで、思わず顔をしかめた。
見渡す限りの、雲一つない・・・青空?
そう。
もう見忘れていた青空が、アタシの眼前には広がっていた。
そして、その先に見えるのは、地平線と、そして海だ。
シュミットは、ゆっくりと降下して、大地に足を降ろした。
乾いた大地が、赤い土埃をあげた。
アタシは振り向いた。
背後には、見慣れたヤソワの街の廃墟、そして、砂漠と山脈が霞んで見える。
そして上空には、何が起きたのかもわからないまま、ドゥの戦艦と、ヘッドレスホース号が、茫然として浮遊していた。
程なく、ソニーのシュミットと、ジャンゴのヤイバが並ぶようにアタシの隣に着地した。
『いったい・・・何がどうなったんだ? 爆発は? エレスの箱舟はどこに行った?』
ディーンが、困惑した呟きを洩らした。
「転移したのよ」
と、アタシは答えた。
「箱舟を転移させたんじゃなくて、箱舟を残して、この世界の方をこっちの世界に転移させたの・・・ねえ、ディーン、ここが何処か分かる?」
『・・・そう言われても、こんな所・・・』
彼は言いかけて、微かに口ごもった。
どこかで見覚えがある、そう思ったようだった。
「ここは、ネルの地表よ」
『ネルの!?』
アタシは頷いた。
「そう。簡単に言うとね、元の場所に戻したの。もともとあの世界は、ケニヒスがシュトライザー=シュミットの力で、ネルの地表から切り取ったもの。だから、このシュミットにはその次元位置がちゃんと記憶されていた」
『それって・・・どういう事? シュトライザーって・・・』
アタシは、ようやく操縦桿を握る手を離した。
力を入れ過ぎて真っ赤になった手のひらを見つめて、あの女性の相貌を思い返した。
アタシには、全てが・・・とは言い過ぎかもしれないが、少なくともこの機体が何なのか、そして、なぜここにあったのか、その答えがわかったような気がした。
あの青い髪の女性。
あれがきっと、ケニヒスだった。
正確に言うなら、このシュミットに託した、彼女の記憶というべきだろうか。
その昔。
彼女は28分隊の一員として、このネルの箱舟を処理するためにやって来た。
箱舟は、ドゥの言う所の、出来損ないだった。
制御するシュミットすら持たない、本当の出来損ない。
彼らは今回と同じように、惑星上の文明ごと、箱舟を破壊するように彼女に命じた。
だけど、彼女はそれが出来なかった。
おそらく、彼女はこのネルで、何かしら運命的な出来事に遭遇して、この星の人々を、護ろうとしたのだ。
そのために、この世界を切り取ってドゥの目から隠した。
理由は、想像に過ぎない。
でも、アタシの勘では、彼女はこの星の誰かに、恋をしたんじゃないかと思う。
その誰かと生きる事を選ぶため、彼女は箱舟を未来へと送る事にした。
シュミットだけを箱舟に封じ込め、暴走を制御させて、遥か、彼方の未来へ。
何でそんな風に思うのかって。
だって、彼女の名前が、今だに繋がっているじゃない。
ケニヒス・ヤソワ。
ヤソワの民って。
あの名前は、ケニヒスが英雄だからじゃない。
彼女の血を受け継ぐ人々の街だから・・・じゃないだろうか。
ともかく。
箱舟だけが残された世界は、今ごろプラネットバスターが生み出した破壊に飲み込まれて、跡形もなく消え去っている事だろう。
ざわめきが聞こえてきた。
街の方角から、人々が地表へと姿を見せ始め、青さを取り戻した空を見上げて、歓声をあげはじめた。
いけない。
シュミットが消え始めていく。
アタシは機体を降りる事にした。
乾いた大地には、清々しい風が吹いていた。
「ラライさーん」
ソニーが走ってくるのが見えて、アタシは手を振った。
久しぶりの再会だ、彼女も変わりがないな、と思ったら。
もう一人、やたら巨体な男の姿が見える。
げ、あれはジャンゴだ。
こっちには何の用も無いのに、あいつまで走ってくる。
「ラライさん~、私、もう、どうなる事かと思いました」
「ソニー、良かった~、お互い無事で~」
「久しぶりだな。相変わらず憎たらしい髪しやがって、まあ、元気そうで何よりだ」
ソニーがアタシに抱き付いてきて、ジャンゴは容赦なくアタシの背をバンと叩いた。
痛いったら。
ソニーは良いけど、なんでアンタが馴れ馴れしいのよ。
言っとくけど、アタシあんたの事大嫌いなんだからね。
昔っから。
「ディーン!!」
人波をかき分けて。彼の名前を呼んだ女性が居た。
これは、もはや誰といわなくても分かるだろう。
彼は、彼女の名前を、こっちが恥ずかしくなる程連呼しながら駆けていって、激しく抱きしめた。
まあ。
せっかくだから、ここは余計な描写は伏せておこう。
ったく。
こうなると、アタシももう一つくらい、感動的な再会が欲しいわよね。
バロンはどうしたかな。
砂漠から戻ってこれないのかしら。
と、思っていると。
「おーい、ラライさーん」
声がして、アタシは弾かれるように振り向いた。
この声って。
「ラライ、無事か・・・、無事なんだな!」
「セルテス、コンラッド!!」
アタシを呼んだのは、あの二人だった。
今度はアタシの方が飛び込んでいく番だった。
お互いに無事だった喜びで顔がくしゃくしゃになる。
「ずっと心配していた、怪我はないか」
「アタシは大丈夫、ねえ、セドックの姿が見えないけど、彼は?」
「心配ない、今は怪我をして立てないが、じき、よくなる」
「良かった~」
アタシは心の底から安堵して、その場に崩れ落ちそうになった。
なんだか、体中に力が入らなくなった。
コンラッドが支えてくれた。
やっぱり、彼ってば優しいし、なんだか頼りになる。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ迷っちゃうな。
・・・。
なんてね。
「ラライさん、その人は?」
ソニーがコンラッドたちを見て、驚いた顔をした。
無理もない。
みんなファンタジーゲームの中から飛び出してきたような格好だもんな。
だけど、ソニーを見たコンラッド達の驚きは、それ以上だった。
「て・・・天使だ」
「羽根が・・・背中に羽根が生えてる」
そうか。
この人たちはまだ色んな人種を見たことが無いんだ。
アタシは、その時初めて、自分がとんでもない事をしてしまったことに気付いた。
ここは、アタシ達の世界のネルだ。
ずっと北の方に行けば、新しい宇宙移民の街が出来つつあるし、当然、ここに異世界が転移してきた事は、すぐに知れ渡る。
もしかしたら、全エレス規模のニュースになるかもしれないし。
そうなったら、報道陣だって押しかけてくる。
これじゃあ。
平和になったっていっても、新しい戦いが始まるようなもんだ。
きっと、様々なカルチャーショックにも出くわすことになって・・・。
多分、辛い事も沢山出てくる。
アタシは、彼らの未来を考えると、ちょっと、申し訳ないような気持ちになった。
複数の足音が近づいてくるのに、アタシはその時初めて気付いた。
ざわめきが起こって、街の人々が遠巻きに離れた。
来たわね。
まあ、来ないわけがないけど。
この感じは、きっと、アイツらだ。
「感動の再会を邪魔するようで悪いがね」
予想通り、太いくせに耳障りな声がアタシの耳に届いた。
振り向くまでもない。
早々に状況を把握して、自らお出ましになったってわけね。
「そうね、もう少しくらい、喜びを分かち合わせてもらってもいいんじゃない」
アタシはそう言って、腕を組んだ。
精一杯、虚勢を張らなきゃ。
これが、最後の正念場だ。
「まさか、貴様がここまでの力を引き出すとはな・・・。この世界ごと切り取って転移するなどと、理論上では可能と知っていても、現実に起こしうるとは思わなかった。正直に言おう、感心したぞ」
「そりゃ、どうも」
褒めるんなら、もっと感情を込めるべきね。
ほら。
口ではなんと言ったところで、目は全然笑ってない。
「お前ら、ドゥの連中だな」
噛みつきそうな表情でジャンゴが威嚇すると、ベルエーヌはサッと右手を上げた。
彼の兵士たちが、一斉にアタシ達を取り囲む。
「てめえら、やる気か!」
吠えかけたジャンゴを、アタシは制した。
ベルエーヌの眉がピクリとはねて、アタシを見据えた。
「話くらい、聞いてあげるわ」
「ふん、下等人類種ごときが、対等の話し合いをしようというのか」
「そういう、余計なごたくはいらないから。とっとと、本題に入りなさいよ」
「そう簡単な事では無いぞ」
「そっちが難しくしなきゃ、簡単な話でしょ」
彼は腰に手をあてて、微かに見栄を張る仕草をした。
さっきよりも、ほんの少しだけ感心したような表情が浮かんだ。
「面白い女だ。なるほど、エイダが入れ込んだのも頷ける」
エイダ・・・。
そういえば彼女は、どうなったのだろう。
「良いだろう、単刀直入に行こう。そのシュミットキーをこちらに渡せ。幾ら貴様が制御できたとて、それは、貴様らには過ぎたものだ。このまま、看過することはできん」
やはり、そうきたか。
アタシは予想通りの要求を耳にして、シュミットキーを握る手に力を込めた。




