シーン6 ケモミミメイドと呼ばないで
シーン6 ケモミミメイドと呼ばないで
アタシは立ち上がって、じとっと、シャーリィを睨んだ。
彼女は、さっきまでアタシを追い詰めていた勢いはどこへやら、まずい、って顔になって、誤魔化すように笑顔になった。
「ご主人様~。今のって・・・どういう事ですか?」
「いや~。おかしいな~。簡単に外れる筈なんだけどな」
「外れないどころか、すんごい電撃びりびりが来ましたケド」
「それはだな~、何かの間違いというか」
隣で、バロンが真面目な顔をして、商品情報を確かめていた。
「姐さん。・・・この商品、欠陥品でリコール販売中止になってるでやんすよ。その・・・脱着不能になって・・・装着者の精神に甚大なる被害が・・・・って」
「ごっ、ご主人様!!?」
「そんな、待て。そんな筈じゃあ」
「これ取れないんですか。これじゃアタシ、恥ずかしくて外に出れないじゃないですか」
「だ、大丈夫だ、そのうち取れる。いや、取ってやる。だから、落ちつけラライ」
「これが落ち着いていられますかー!!」
さすがのアタシも、これは怒って良いはずだ。
アタシが更につめ寄ろうとした時、シャーリィは何かを思いついた。
「待て!」
「わんっ」
アタシは、待ってしまった。
これか、これが洗脳効果なのか?
シャーリィはふうっとため息をついて、ちょっとだけ余裕を取り戻した。
アタシは怒りでプルプルした。
「まあ、とりあえずしばらくはそのまんまでいても、特に害はないだろう。そのうち取ってやるから、な」
な、じゃないよ。まったく。
「それに、こうしてみるとなかなか似合ってるよ。可愛いじゃない、なあ、バロン」
「あ、いや、その・・・」
バロンはアタシを見て。
いつも以上に顔を赤らめた。
「確かに、・・・か、可愛いでやんす」
これは、反則だ。
バロンに可愛いなんて言われたら、ちょっと怒りにくくなるじゃないか。
彼は微かに震えながら続けた。
「なんかこう、・・・今までになく萌えてくる感じでやんす。これがもしイヌでなくネコだったら、あっしはもうノックダウンだったでやんす。でも、イヌもまた、良いでやんす・・」
おーい。冷静になれバロン。
「まったく、バロンご主人様まで」
アタシが言った瞬間。
「ら、ラライさんにご主人様と呼んでもらえるなんてっ。これはもう、死んでもいいレベルでやんす~!!」
バロンが悲鳴にも似た歓喜の声をあげて、舞い上がった。
なに・・・ご主人様?。
アタシは冷静に自分の発言を振り返って、そして、青ざめた。
「えー、アタシ何でお二人の事、ご主人様って・・・!?」
「なんだアンタ、気付いてなかったのかい?」
「これって、これもカチューシャ効果なんですか?」
「そう思うよ」
しれっと、シャーリィは言った。
「ご主人様―っ、なんてことしちゃってくれたんですか。アタシもしかして、他の人の事、全部ご主人様って言っちゃうんですかー!?」
「うーん、どうなのかなー」
シャーリィは思案顔になった。
「じゃ、もう一回。アタシの事を意識して呼んでみな」
「はいご主人様」
「あー、その時点で駄目だねえ」
「・・・」
シャーリィはバロンの首根っこを掴んだ。
「これは?」
「バロンご主人様」
「なるほど。じゃ、これは?」
彼女は次に、あきれ顔を通り越して他人を装っているキャプテンの肩を叩いた。
どうでもいいけど、シャーリィ、今キャプテンの事「これ」って呼んだよ。
ねえ、気付いてる?
「それは、キャプテンです」
「あ、こっちは普通に呼べるんだ」
「みたいですね」
「ってことは、それをアンタに装着した相手、つまりあたし達二人だけを、ご主人様って認識してるみたいだね。バロン、試しに何か命令してみな」
「え、あっしがでやんすか。じゃ、手を叩いてみてでやんす」
「はい」
パンパンっと。
「そんなんじゃダメだろ。普通ならやらないような事を命令してみなくっちゃ、機械のせいで言う事を聞いてるのか分からないだろ」
「そうでやんすね~。でも何を言っていいものでやんすかね」
「そうだな~」
にやり、とシャーリィが笑った。
うわこれ、絶対良くない事を考えてる顔だ。
バロンに何やら、耳打ちする。
バロンが、みるみるのぼせた顔になった。
「そ、そっれは姐さん!?」
「いいから言ってみな」
ごくり、と彼がつばを飲み込んだ。
「ら、ラライさん。子猫のポーズで、ニャーって言って欲しいでやんす!」
な、なにをー!!
子猫のポーズって、グラビアで良くやる、あれかー。
そんなの、恥ずかしくて出きるか!
「バロンご主人様、これでいいですか~。にゃ~ん、だワン」
やってしまった。
バロンが興奮のあまり卒倒し、アタシは羞恥に震えた。
「なるほど、こりゃすごい効果だな。じゃ、次で最後だ。キャプテン、ちょっと何かラライに命令してみて?」
キャプテンは、えっ俺?って顔になった。
しばらくして。
彼は言った。
「く、くるっと回ってワン」
「しませんよ」
あ、断れた。
しかし、アタシのこの一言はキャプテンのガラスのハートを打ち砕いたようだ。
大変申し訳ない。
だが、これはシャーリィが悪いのだ。
「もう、ご主人様っ、この状況どうしてくれるんですか!」
「悪い悪い。そのかわり、これで今回の件はチャラにしてやるよ。外す方法もすぐ探してみるから、そう怒んなって」
シャーリィはそれ程悪いことをしたって様子もなく、言った。
ああ、もう、本当にとんでもないことになったわ。
「あ、だけどな、身代金要求の時は、それらしくして協力してよ。数少ない儲けのチャンスなんだからさ」
「まったく、調子いいんですから」
まあ、こうして居ても仕方ない。
どっちにしても、外す方法が見つかるまでは、この船に居候を続ける大義名分にもなるか。
アタシは、仕方なく怒りの矛先をしまう事にした。
が。部屋に戻ろうとした瞬間。
彼女はやりやがった。
「ラライ」
「はい?」
「ちんちん」
「わんっ!!!」
・・・・。
・・・・。
しゃーりぃー。
それは、それだけは。
乙女のアタシに、させてはならないポーズではないですか。
「姐さん!」
バロンが慌てて大声をあげるよりも早く、彼女はぴゅーっと音を立てるように逃げ去っていった。
あの吊り目女・・・いや、女版シェードめ。
いつの日か。
絶対に仕返ししてやる。
アタシがシャーリィに対してこのセリフを使うのは、もはや何度目だろうか。
その日は、そう簡単に来るとも思えなかったが。
船は応急処置を施したが、亜空間航行ができる程に回復させるには、本格的なドッグ施設に入港させる必要があった。
結構な損傷だ。一部のエリアは生活維持のための機能も停止していて、格納庫に行くだけでもスペーススーツをきっちりと着る必要があった。
格納庫には3台のプレーンが並んでいた。
一台はバロンの新機体ヘビーモス。
そして、もう一台は置き場所がないため無期限貸し出しという名目で置きっぱなしにしているアタシのジュピトリスⅡ。
そして、無残にもバロンによって右腕を破壊されたシビア―ル。
バロン・・。
もともと彼が凄腕のパイロットだったのは知ってる。
それにしても、あそこまでアタシが追い詰められるなんて・・・。
だけど、悔しい反面、彼で良かったとも思った。
プレーンの操縦では、誰にも負けたくない。その気持ちは正直今でもある。
このままでは終わりたくない。
いつか、何かしら機会があれば、彼ともう一度腕を競ってみたい。
その時、どんな結果が待っているかはわからないけど、相手がバロンであるなら、アタシはきっとその結果を受け入れることが出来る筈だ。
「ここに居たでやんすか~。姐さんが被弾したエリアの掃除をお願いしたいって、言ってたでやんすよ」
「えー、またアタシが~」
「あっしも手伝うでやんすよ」
「ならいいけどー」
バロンは躊躇なくアタシの手を握って引いた。
彼と手をつなぐのは、そういえば当たり前になったな。
前だと、こんな事だけで顔が真っ赤になったのに。
そう思って居住エリアに戻ると。
当たり前じゃない事が待っていた。
「はいこれ」
「なにコレ」
「みりゃ、わかるでしょ」
「そりゃ、わかりますけどね」
シャーリィに手渡されたものを見て、アタシは目が点になった。
これは・・・。
この白と黒の、いかにもゴスロリっぽい、服は・・・。
メイド服・・・か。
覗き込んで、バロンがほわんとした顔になった。
こいつめ。
きっとアタシが着ている所を想像したな。
「シャーリィさん、そりゃアタシはここでは家政婦みたいなもんですけど。幾らなんでも、これは恥ずかしすぎですよ」
「何言ってんのさ。これもアンタの為なんだよ」
「アタシの為、ですか?」
シャーリィは偉そうに頷いた。
そして、アタシのイヌ耳を指さした。
「その普通の恰好にケモミミスタイルは、痛い!」
いや。
分かってるけどさ。
誰のせいだよ。
「だが、このメイド服を着れば、あら不思議。誰と会っても、あー、そういう奴か、で、納得してもらえる。なかなかの名案だろ!」
『あー、そういう奴かー』の視線が痛いんですけどね。
まったくもう。
アタシはあんたのおもちゃじゃないぞ。
「いやなものは嫌です。恥ずかしいし、こんなコスプレみたいなことできませんよー。このカチューシャが取れれば、それで済む話ですし」
「そうかい、素直じゃないねえー」
シャーリィの眼がきらんと光った。
「この手は使いたくなかったんだけどね」
やば。これはまさか。
「ラライ、命令だ。すぐにこの服に着替えな!」
「ご主人様。了解ですわん。」
ああ。
体が、勝手に・・・。
アタシはその場で、ためらいなく服を脱ぎだした。
スペーススーツを膝まで降ろしたところで
「お、おい、ここでじゃなくて!?」
シャーリィが慌てたが、遅かった。
「え?」
彼女はばつの悪い顔をした。
「ほら、ここだとバロンがいるし。まあ。アンタさえいいなら良いけど」
「え・・・?」
アタシは振り向いた。
バロンが、うわあ驚いた、って顔をしつつ、しっかりとアタシのお尻を見つめていた。
アタシは後ろ蹴りをヒットさせた。
バロンが飛んで行ってお星様になった。
よかった。
ご主人様に手をあげることはできるみたいだ。
それから数分後。
アタシは鏡の前に立っていた。
鏡に映った自分自身の姿を見て、ちょっとため息が出た。
痛々しい。
ふとももがはっきりと見える、丈の短いスカートに、ひらひらのフリル。
そして、その存在を主張してはばからない、イヌ耳カチューシャ。
これで、イヌ耳メイドの完成だ。
ネコミミメイドってのは、なんとなくイメージがつくけど。
イヌミミってのは、どうなんだろう。
だけど意外に。
可愛い・・・。
アタシはつい、鏡の前でポーズを取ってしまった。
で。
しっかりとその瞬間をシャーリィに見られた。
「ご、ご、ご主人様っ、いつからそこに居たんですか!?」
「いや。ずっといたけど」
シャーリィはアタシを見て、満足気な顔をした。
「なんだかんだ言って、良く似合ってるじゃない。それに、まんざらでもなさそうだし」
「運命を享受しただけですよ」
「じゃ、運命がてら、これからしばらくナビを頼むよ」
「ナビですか?」
「そう、宇宙船の。どうやら位置センサーがずれちまったみたいで、あたし一人だとちょっと大変なんだ。目的地の座標もあいまいでね」
「目的地? そういえば、今からどこに向かうんでしたっけ」
「それなんだけど・・・」
微かに彼女の表情に影が差した。
「ドッグ星までも辿り着けない。しかたなく、キャプテンの古い仲間の所に向かうことにしたんだけど・・・」
少し、言いあぐねる感じ。
これは、あんまり「良くない」所だな。
アタシはそれを直感した。