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シーン67 信じる力のある限り

 シーン67 信じる力のある限り


「シュミットキーの保管庫の位置は、・・・あそこだ、アタシのパスコードを使えば、中に入ることが出来る」

 モニターに船内の見取り図を映し出させて、エイダは震える指を向けた。


「エイダ、・・・良いの?」

「今更、気遣いはよせ。それよりも、早く行け」

「だけど、エイダは」

「こんな体で動けるか」


 倒れている彼女の手を、そっと握った。

 彼女の頬が、心なしか赤らんだように見えた。


「あたしは、なんだか頭がどうにかしたらしい」

 彼女は皮肉めいた調子で言った。


「お前を死なせたくない。そして、コンラッドや、セドック・・・。あの男達がこのまま世界と共に消えゆく事が・・・なんだか不快に思えた。ただ、それだけだ」


 エイダ。

 それって、あなたの優しさよ。

 やっぱりドゥの人間にだって、人の情ってものがあって、ちゃんと、伝わるんだ。


 アタシは彼女を抱きしめた。

 思ったよりも細い肩をぎゅっとすると。


「痛いよ、ラライ」

 彼女はなんだか嬉しそうに顔を顰めた。


 ベルエーヌが呻く声が聞こえた。


「ラライ姉さん、そうと決まれば行くぜ。あんまり時間がない、パラライズの効果も長くは持たないし、いつまで経ってもバスターが発射されないとなれば、怪しむ連中が出てくる」

 トゥーレはしっかりとナイフを回収し、ついでに兵士からちゃっかり銃を奪い取った。

 ヘルメットを被りなおして。


「俺が先を行く。連行されているふりをしろ、まずは保管庫に向かってシュミットキーを回収する。それから、格納庫に行って艦載機を奪うぞ」


 アタシとディーンは従った。

 コクピットを離れる直前、アタシはもう一度だけ、エイダに駆け寄った。

 彼女に一言二言囁いて、頬を重ねるハグをする。


「馬鹿」

 エイダが言って、照れたように赤くなった。

「ふふ、お互い様よ」

 アタシは彼女に向かってVサインをした。


 何を話したかは。

 二人だけの秘密だ。



 アタシ達は保管庫を目指した。

 あまりにも順調に、アタシ達は進んだ。

 なにしろ、他の兵士に出くわす事自体が少ない。

 警戒をしていないのかと思ったが、途中ではたと気付いた。


 そうか、第三待機指示だ。

 プラネットバスターの発射を前に、衝撃に対する指示が出されていた。

 それで、不要に動いている兵士が居ないのだ。


「ここだな」

 トゥーレが位置を確認した。

 一見すると、他のブロックと変わらないエリアだ。

 エイダから聞き出したコードを入力して、カードを挿入する。

 生態認証はなし・・・か。

 ドゥの連中って、そういうの嫌うもんね。

 人の遺伝子にはめちゃくちゃこだわるくせに、その情報を残すことを良しとしない。

 アタシにしてみれば、不思議な感覚だ。


 アタシ達は保管庫に入った。

 貴重品を管理しているにしては、思った以上に殺風景な部屋だった。

 もっと仰々しい感じを想像していただけに、ちょっと意外だ。

 どちらかといえば、資料室みたいな感じで、すこしだけフーバー教授の研究室を思い出した。


「すごいな、これ」

 呟いたのはディーンだった。

 彼は壁面に並べられたコインロッカー状のボックスを見つめていた。


「それって、何?」

「全部はわからないけど、この辺はかなりレアなマテリアルだよ。異次元物質といった方が良いかな。これ一個だけでもエレスの大学に持っていったら、100年は研究材料として重宝されるんじゃないかな」

「高く売れるのか?」

 トゥーレが興味を持った。


「売れるルートを持っていればね」

「ふーん」


 アタシもちらっと見たが、うん、全然興味が湧いてこなかった。

 ただの石っころにしか見えないじゃない。


 それよりも。


「あったわ、これね」


 アタシはデスクに固定されたクリスタルのケースを見つけた。

 思った通りだ。

 中にはシュミットキーが、奪われた時のままに、静かに納められている。

 えーと、開けるのは、このボタンね。


「姉さん、取り出すのは慎重にな」

「え」


 ぽちっとな。


 押しちゃいました。

 ケースは、開かなかった。

 そのかわり、室内の照明が暗転して、けたたましい警報音が鳴り始めた。


「ね、姉さんッ・・・!!」

「だってー」


 これは、やばい。

 ちょっとだけ(いや、おおいに)しくじったかも。


「どうするの、警備が来るよ!」

 ディーンが慌てふためいた。

 どうにもこうにも。


 アタシはルガーをぶっ放した。

 同じ所へ正確に三発叩き込むと、クリスタルが砕け散った。

 よし。


 アタシはシュミットキーを掴んだ。


「こっちは手に入れたわ、逃げるわよ」

「っと、そう簡単にいかなくなったぜ」


 保管庫から顔を出した瞬間、射撃が襲ってきて、トゥーレは体をひっこめた。

 腕だけを扉から出して、銃を撃つ。


「くそ、状況が見えない、うかつに飛び出せないな」

 トゥーレがぼやいた。


 アタシは、体をかがめて、下の方からひょいっと顔を出した。


「せめて、手りゅう弾でもあればな」

 頭の上で、トゥーレのぼやく声がした。


 手りゅう弾か。

 ・・・・。

 って。

 むこうにはあるみたいよ。


 遠くからドゥの兵士がそれらしいものを腰から取り出し、こっちに向かって振りかぶるのが見えた。


「させるかーっ」


 手りゅう弾が兵士の腕を離れた瞬間を狙って、アタシは撃った。

 数メートルも飛ばないうちに、手りゅう弾そのものをアタシの撃った弾が貫通する。

 遠くで、激しい爆発が起こった。


「今よ、走るわ」

「あいかわらず、凄い腕だな・・・」

 トゥーレが感心を通り越して、呆れたように言った。


 アタシ達は格納庫に向かって走った。

 あとワンブロックで辿り着く、というところまできて、アタシ達は再び反撃にあった。


 格納庫への出入り口を護るように、シールドを持った兵が固めていた。

 一斉射撃を受けて、アタシ達は咄嗟にコーナーに身を隠した。

「後ろからも来てるよ、挟まれる!」

 ディーンが悲痛に叫んだ。

 そんな事言ったって。

 飛び出したら即、ハチの巣にされるよ。


「とりあえず、アタシは後ろの敵を牽制する!」

 アタシは反対側のコーナーから、追手が姿を見せる瞬間を狙って銃を撃った。

 殺しはしない、銃を弾き飛ばしてやった。


 ついでにもう一発。

 弾き飛ばした銃を、そのまま空中で撃って、通路の反対側へ飛ばしてやる。

 前に、イアンと腕比べをした時の応用だ。

 これはなかなか効果があった。

 アタシの神業ともいえる射撃に、ドゥの連中は度肝を抜かれた様子になって、おいそれとは踏み込めない状況になった。


 だけど。

 このままじゃ、どっちにしてもじり貧だ。

 何とか、この場を切り抜ける方法を探さないと。


「うっ」

 トゥーレが小さく呻いた。

 彼が銃を取り落としたのが見えた。

 肩を抑えて、慌てて体をひっこめる。


「トゥーレ、撃たれたの!?」

「かすり傷だ・・・この程度、問題ない」

 という割には、結構血が滲んできてるじゃない。


 ヤバいな。

 これ、かなり追い込まれてきた・・・。

 アタシは銃を拾って、ディーンに手渡した。

 彼はグリップを握りしめて、ゴクリと唾をのんだ。

 その手が震えているのが見えた。


 足音が、近づいてくる。

 シールドを持った武装隊が、迫ってくる音だ。

 もう。

 破れかぶれだ。

 アタシはシュミットキーを握りしめた。

 鎧モードに変化させたところで、どの程度戦えるか分からないけど。

 それしかないか・・・。


 アタシが覚悟を決めた瞬間。

 いきなり、振動が起こって、アタシはバランスを崩した。

 拍子に、シュミットキーを落としてしまった。

 つつつーと、非情にもシュミットキーは通路の方へと滑っていった。


 あ・・・終わった。

 アタシは自分の間抜けさ加減に打ちひしがれた。


 それにしても、今の振動ってなんだ?

 この船がこんなに揺れるなんて、ただ事じゃあり得ないぞ。


「もしかして、プラネットバスターを撃ったんじゃ」

 アタシは最悪な想像をして叫んだ。

「まさか、まだしばらくは撃てない筈だ」

 トゥーレが顔をしかめながら言った。

 確かに、まだ一時間も経っていない。

 エネルギーの再充填の完了には早すぎる。


「!」

 アタシは、一瞬何かが光ったのを感じた。

 再び振動が、今度はものすごく近い所で起こった。

 かと思うと、アタシ達の横の通路を、爆風が吹き抜けた。


 続いて、銃声と、悲鳴?

 それは数十秒の間続いて、そして、沈黙した。


 かつかつと足音が近づく。

 アタシ達は緊張に体を固くした。


 ブーツの先が見えた。

 通路に転がっていたシュミットキーを拾い上げる指先が見えた。


 男は、キーを不思議そうに見つめてから、おもむろにアタシ達を振り向いた。

 キーの柄を、アタシに向けて差し出し、反対の手で、軽く帽子のひさしをあげる。


「落とすな」


 とだけ、彼は言った。


 キャプテンは、まるで昨日まで一緒に居たと思うくらい、無感動な表情で、アタシを見つめていた。


「きゃ・・・・キャプテーン!!!!!」


 飛びつこうとしたが、彼の逃げ足は速かった。

 かわりに。


「ねえさーんッ!!」


 飛び込んできたのは、イアンだった。

 彼は猛ダッシュでアタシに飛びついてきて、危うく頭の角でアタシを貫きそうになった。


「ったく、タイミングが良すぎますぜ」

 トゥーレが、呆れたように笑う。

 その彼にむかって、筋骨隆々たる男・・・デニスが手を指し伸ばした。


 悠然と、そして威風堂々と、海賊たちはやってきた。

 ドゥの正規軍に対する怖れなんか、微塵にも感じさせず、まるで全ての道をあざ笑うかのような眼差しをして。


 デュラハンが、来てくれた。


 キャプテンは、アタシとトゥーレ、そしてディーンの姿を見つめてから、無言でデニスに指示をした。

 デニスは、アタシ達が通路に出ていった後で、手にしていた対戦車用ランチャーを後方に向けて放った。

 ものすごい爆発が起きて、通路が封鎖された。


「急いで、こっちだ」

 イアンはアタシの手を引いて走った。


 格納庫は、一方的に制圧されていた。

 外壁に穴が開いて、そこから一隻の小型艇が侵入してきていた。

 見たことの無い船だが、横にデュラハンのマークが入っている。

 どうやら、アタシがいない間に、新調した機体か。


 先に怪我をしたトゥーレを乗せた。

 続いてアタシ達も乗り込もうとした時、破壊された外殻の隙間から、外で光線が走るのが見えた。


「あれって、もしかして表で戦闘してるの?」

「バロンの兄貴たちが、陽動を兼ねてやりあってるんだ。ドゥの奴ら、いっぱい出してきやがった」

 イアンが得意げに言った。

「相手はチェリオット!?」

「ああ、中にはそういうのも、いるみたいだけど・・・」


 バロン・・・。


 アタシは、敵の強大さを思い出して、青ざめた。

 幾らバロンの腕が良くても、相手の機体は桁違いだ。

 下手をしたら、やられる。


 アタシはキャプテンを振り向いた。


「キャプテン、ここまでくれば大丈夫です。アタシは、シュミットで出ます!」


 この格納庫なら、シュミットをフルサイズで呼び出せる。

 ここは、アタシが援護しないと。


 キャプテンはアタシをじっと見据えて、それから、小さく頷いた。

 よし。


 アタシは剣を掲げた。

 エネルギーはまだ十分じゃないかもしれない。

 けど、信じる力がある限り、シュミットはアタシに答えてくれるはずだ。

 それがシュミットの、真の在り方なんだから。


「行くわよ、アルラウネっ!!」


 剣が、呼びかけに応え、光を纏った。

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