シーン63 どうしてコレがここにある?
シーン63 どうしてコレがここにある?
テルテアの眼には、あまりにも静かな光が宿っていた。
「お別れって・・・どういう事? どこかに行くの?」
ディーンは明らかに動揺した声になった。
彼女の肩に触れようとしてためらう。
その微かな仕草に、彼が彼女を思う心が垣間見えた。
「私はどこにも行きません。ただ、この世界と、運命を共にいたします」
テルテアの口調は、丁寧で、それでいてある種の決意を秘めていた。
「私達、ヤソワの民も、元はドゥの人間です。ですが、この長い年月の間で、私達の血はネルの人類種と交じり合いました。ですから、既に、救済に値する人類種では無くなっているのです」
「一体、何の事を言ってるんだ、テルテア?」
「先程、私達一族のエレスシードを調べていただきました。もはや、私達はドゥズを名乗る資格のない、・・・言うなれば、救われる価値のない人類種と判断されました」
アタシは、彼女達に聞こえないように、小さく舌打ちをした。
始まった。
ドゥの、選民思想か。
なるほど、彼女達はドゥズとして失格の烙印を押されたって、ワケだ。
これは、ドゥの名を背負ってきた彼女にとっては、辛い宣告だったに違いない。
「エレスシードが何だって言うんだ。そんなの、人が生きるのに何の関係があるんだよ」
「ディーン、貴方に理解できないのは、無理もありません」
「理解なんか、出来るものか」
彼は興奮した様子になった。
「どんな遺伝子を持っていたって、同じエレスシードを持つ人類に違いはないじゃないか。救済の価値なんて、そんなもの誰かに決められるようなモノじゃない」
ディーンの声はどんどんと荒くなった。
ドゥの理不尽さに怒りが募ってきたのだろう。
その気持ちは、痛い程に良く分かる。
彼の言っている事は、アタシには正論に聞こえるし、殆ど同感だ。
だけど、それもドゥにとっては正しい事なのだ。
それこそが、ドゥの秩序なのだから。
ドゥの人間ではないアタシ達にとっては、差別的に感じる事だとしても、それを、責めることは出来ない。
認めることも、否定することも出来ない。
倫理そのものが違うのだから、彼らにしてみれば、アタシ達の言葉の方が、〈悪〉として映るのかもしれない。
「ありがとうディーン」
寂しげな微笑を口元に浮かべて、テルテアは言葉を続けた。
「実のところ、ベルエーヌ様は、私達のこれまでの経緯と苦難を認めて下さりました」
「当然だよ」
ディーンは、少しだけ落ち着いた口調に戻った。
「君達は、気の遠くなる程長い間、箱舟の暴走を防ぐためにこの世界を守り続けてきたんじゃないか。それを、その原因となった彼らが認めないなんて、あり得ない」
「ですから、ベルエーヌ様は、私と、私と共にシステムを守ってきた者数名に限り、この船に乗り、ドゥ本星に同行する事を許可してくださいました」
「それじゃあ」
ディーンの顔が、ますます困惑した表情に変わった。
彼が戸惑った理由はわかる。
もし、テルテアがこの船に乗るというのなら、別にお別れを言いに来る必要はない。
なにしろ、こっちも彼女同様、本星行きを強制されているのだ。
という事は、彼女は、そうではない選択をした、という事になる。
予想は、的中した。
「私は、お断りをしました」
テルテアは、ハッキリとそう言って、目を伏せた。
仕草の中に、悲しみと諦め、そしてほんの少しの未練が入り混じっていた。
「この世界が失われるというのに、私だけが生き延びることは出来ません。女王として、世界を守るために死ぬ事はあっても、世界を捨てて生きる事は、ありえませんから」
「この世界が失われる? それって、どういう意味なんだ?」
ディーンの声は、知らず知らずのうちに彼女を責めるような口調になっていた。
でも、それは矛先が違う。責めるべきは、彼女ではない。
アタシは、キッと、エイダを睨んだ。
「エイダ! ベルエーヌは、この世界ごと、箱舟を葬るつもりね。そうでしょ!」
アタシの詰問に、それまでじっと押し黙っていたエイダは、苦し気に眉根をしかめた。
「幾つもの可能性を検証した結果なんだ」
ようやく開いた唇が、言い訳じみた声を洩らした。
「箱舟を消失させるには、相応のエネルギーが必要になる。チェリオットのパワーでも、完全には破壊できる保証がない。そうなると、この船に搭載している大型のプラネットバスターを使用するしか、方法がないんだ」
「艦載のプラネットバスター? そんなものこんな閉鎖空間で使ったら・・・」
アタシはその光景を想像して、絶望的な思いになった。
「ああ、全ては崩壊する」
「そんな、この世界にも大勢の人が生きてるのよ、それを、全部巻き込んでも良いって言うの!?」
「救済の必要な人類種は存在しないとの結論が出た。これは、もう覆らない。箱舟を放置すれば、いずれ、幾つもの世界に影響を及ぼし、もっと多くの破滅を招く。・・・あたしにはどうしようもない、冷たいようだが、必要な犠牲なんだ」
必要な犠牲だって?
そんなものあるもんか。
じゃあエイダは、コンラッドやセドック、セルテスにアデル、それに、名前も知らないけど、アタシ達を勇者だと言って見送ってくれた村の人たちを、全部見捨てるって事?
そんな事、アタシには許せない。
「だから、お前をここで逃がすわけにはいかないんだ。あたしは、お前を殺したくない」
エイダは、訴えるような目になった。
アタシは、そんな彼女を、もう一度睨みつけた。
もしかしたら、彼女にとってその言葉は、精一杯の努力なのかもしれない。
生粋のドゥズである彼女が、アタシみたいな訳の分からないテアードを救おうとしてくれている事自体、彼女達の価値観からすれば、異常な事態なんだろう。
それは、嬉しくもあるし、そういった彼女の気持ちが、胸に響かないわけじゃない。
それでも。
だからといって、曲げられない思いが、アタシにだってある。
アタシは、蒼翼のライだ。
「蒼翼」という正義の旗の下、この手を血に染めてきた殺人者だ。
だからこそ。
罪を重ねてきたという自覚があるからこそ。
アタシは人が人を死に導く事を、誰かの命を奪う事を、許すことが出来ないんだ。
「余計なお世話よ、エイダ」
アタシはきっぱりとそう言って、それからテルテアに目を向けた。
彼女も、アタシを見つめていた。
どうやら、アタシの気持ちを一番よく受け止めてくれたのは、彼女だったかもしれない。
「アタシも、船を降りる。悪いけど、一緒にドゥに行くつもりなんて無いからね」
「駄目だ。それは許されない」
「だったら、力づくでも降りる」
「無茶を言うな、お前に、あたしが倒せるか」
「・・・」
アタシは、拳を握りしめた。
強がってはみても、現実には彼女の言う通りだ。
力づくになったら、かなわないのは目に見えている。
「テルテア、もう面会の時間は終わりだ。ラライ、それにディーン、余計な事はするな。ベルエーヌ様の決定は、最善を模索した結果なんだ」
エイダはそう言って、兵士たちに命を出した。
その姿は、まるでアタシから逃げ出すような、そんな様子に見えた。
「ありがとうディーン。貴方に会えて、私、とても楽しかった」
テルテアは、精一杯の笑顔を浮かべてから、彼に近づき、軽くその手を握った。
細い肩が震えている。
心の中に生まれた、激しい情動を抑え込んでいるのが、あたしには痛い程良く分かった。
「もう一度言う、従うんだ。それしか道は残されていない。わかってくれ、ラライ」
エイダは、ただそれだけを言い残した。
兵士たちが姿を消すと、結局、またアタシとディーン二人だけになった。
テルテアからの突然の別れに、ディーンは放心しているようにも、溢れ出す感情を堪えているようにも見えた。
アタシも、同じだった。
最初は無力感に苛まれた。
それから、何も出来ない自分への不甲斐なさと、理不尽さに対する怒りがこみあげてきて、狂ったように叫びながら、ベッドの枕を振り回して暴れた。
ディーンが、アタシの事を驚いた顔で振り向いたが、そんなのお構いなしだった。
アタシは感情の赴くままに暴れるだけ暴れて、それから、急にどっと疲れが出て、ベッドに倒れこんだ。
いつの間にか、少しだけ眠ってしまっていた。
目を覚ました時、丸い窓の外はもう夜になっていた。
ディーンは床の上にうずくまっていた。
眠っているわけではなさそうだが、かける言葉が見つからなかった。
アタシは立ち上がって、何も見えない窓辺に立った。
箱舟を破壊する・・・か。
普通に考えたのなら、簡単な話では無い。
だけど、本当にそれを成し遂げるだけの力が、この船にはあるのだ。
そして何よりもアタシが怖ろしいと感じるのは、彼らの、妄信とすら思えるほどの正義。
正しい事を行っている、という迷いの無さが、ドゥという帝国の根底にはある。
エレス同盟圏の感覚なら、暴挙だ。
それでも、そんな力の正義に対して、アタシはどこまでも無力だ。
何とか止める方法は。
もっと、何かしら、誰も傷つかずに解決できる方法は無いのだろうか。
コンラッドや、セドックを、救いたい。
彼らのため、この世界のため。
アタシにだって出来る事が、何かしら、きっとあるはずだ。
アタシは、冷たい窓に額を当てて、浮かぶはずのない名案を探し続けた。
いつの間にか不快な程に汗が滲んで、せっかく綺麗だった窓に、うっすらと脂の跡が残った。
ちぇ。
いつの間にか、小汚い顔になってしまった。
そういえば、この部屋にはシャワーの一つくらい、ついていないのか。
この革鎧だって、そろそろ臭いが染みついてしまったぞ。
アタシはいつの間にか傷だらけになった鎧の胸の部分に触れた。
この革をしっかりと縫い付けてくれた女たちの顔が、まぶたの下に浮かんだ。
突然、ブザーの音がして、部屋の入り口が再び開いた。
振り向いた先に、ヘルメットを装着した、ドゥの兵士が見えた。
珍しく一人だった。
何をしに来たのかと、自然と訝しい目で睨みつける。
すると兵士は、プレートの乗った二段カートを室内に運び入れた。
ああ、なんだ、食事か。
アタシは安堵するとともに、昂ぶる神経が、少しだけ治まっていくのを感じた。
そう言えば、いつから物を食べてないのだろう。
なんだかお腹が空くのさえも忘れてしまっていた。
だけど、それじゃあ駄目だ。
いざという時のため、しっかりと食べておかないと。
兵士は無言でテーブルの上に、プレートを並べ、最後に、カートの下から蓋のついた銀色の皿を取り出して、置いた。
あれは、ホテルなんかでよく見るな。
フルーツとかが入っている奴だ。
興味をそそられて近づくと、兵士は、アタシをじっと見た。
なんだろう、随分と見つめてくる奴だ。
ちょっとだけ、怪しく思えた。
「こちらは、あなたへの差し入れです。食後にどうぞ」
兵士は、くぐもった声で言った。
差し入れ?
エイダからかな。
もしかして、さっきアタシと口論になったから、食べ物で懐柔しようとでもしているのか。
アタシは確かに食べ物には弱いけど、そんな手に乗ってたまるか。
突き返してやろうかと思ったが、やっぱりもったいなくなった。
まあ、果物なんて、久し振りだし。
実際のところ、大好きだし。
折角だから、食べるけど。
おしとやかを装って、アタシは兵士が出て行くのを待った。
姿が見えなくなると同時に、いそいそとプレートに手を伸ばす。
「ディーン、食事が来たわよ」
アタシは声をかけたが、彼は顔を上げようともしなかった。
「僕は、いいよ。なんだか食べる気がしない」
「そう。アタシはいただくわよ」
彼がそう言うなら、別にかまっている必要はない。
彼の分は、とりあえず横に置いて、アタシは席についた。
プレートの中身は、そこそこちゃんとしたメニューになっていた。
それなりには、美味しそうな組み合わせだ。
では、いただきます。
っと、その前に。
アタシは、差し入れの果物を見る事にした。
こういうの、ちょっとワクワクする。
さて、何のフルーツかなと、期待を込めて、蓋を取る。
「・・・・」
え・・・あれ。
これってば、一体どーゆ―こと?
果たして。
それは、アタシの想像を超えるモノだった。
アタシは目を疑い、数度まばたきをして、わざとらしくもう一度覗き込んだ。
「・・・・何で?」
思わず、言葉が掠れた。
「なんで、・・・コレが、・・・ここに、あるの?」
アタシは〈それ〉を手にした。
見た目以上に重く、固い質感。
そのくせ、肌にしっとりと染みつくような感触。
これは、アタシの記憶に、ちゃんと刻み込まれている。
それは、黄金色に光る銃だった。
見間違えるはずがない。
地球製、弾倉をエネルギー式へ転換を施した、おそらくこの世に一つだけの逸品。
ルガーP08.
これは・・・。
アタシが、彼女から・・・。
ソニーからもらった、クレンの形見の銃だった。




