シーン61 納得なんて出来やしない
シーン61 納得なんて出来やしない
周囲の瓦礫を押しつぶし、大地を砕きながら、その巨大な宇宙船はアタシ達の前に着地した。
アタシも知らない型の宇宙船だ。
だけど、この構造を見る限り、製造したのはドゥの軍事工廠に違いない。
つまりは、ドゥの特殊工作船、いや、中身はきっと戦艦だ。
エイダの仲間か。
そういえば以前、『イナンナが起動すれば、助けを呼ぶ事だって不可能ではない』って、言っていたのを覚えているが、それって、こういう事だったのか。
それにしても・・・。
異次元空間への完全な航行を可能にした船なんて、本当にあったんだ。
彼ら・・・ドゥの技術力は、エレス同盟圏とは、比較にならないレベルにあるらしい。
だけど。
これって、救けの船じゃない?
この船はドゥの救助船で、元の世界に連れてってもらえる。
喜んじゃっても、いい感じなのかな・・・。
いや。
そんなに簡単な事ではなさそうだ。
何よりも、固く緊張したエイダの表情が物語っている。
これからアタシ達に訪れるであろう状況は、それほど楽観的なものではない。
それは予感というよりも、既に確信に近かった。
ハッチが開いて、数十人の兵士が降り立ってきた。
どの兵士も、顔の見えないヘルメットを被って、統一されたスペーススーツを纏っていた。
背格好からして、全て一般的なテアードに見えた。
とはいえ。
彼らドゥの人々は、自分たちをテアードと呼ばれる事を良しとしない。
あくまで古代エール人の血統を継ぐ上位人類種、ドゥズと名乗っている。
だったら、いっそエレスって名乗ってしまえばいいのに、そうは名乗らないのが面倒くさい所で、彼らにしてみれば、アタシ達の住む宇宙同盟圏が「エレス」を名乗っている事も、面白い事ではないらしい。
それはともかく。
ドゥの兵士たちは、アタシとディーンを取り囲んで、おもむろに銃を向けた。
「エイダさん!?」
アタシの声は聞こえている筈なのに、エイダはアタシを振り返りもせず、兵士の中から歩み出た一人の男に、軽く頭を下げた。
初めて見る顔だ。
それに、すごく若い。
多分アタシと同じくらいではないだろうか。
きっとまだ20代、それも、前半だろう。
髪の色は薄い金色で、目はエメラルドブルー。
童顔で甘い顔をしているが、その瞳には、挑戦的で不遜な気性がそのまま浮かんでいた。
男の後ろに、ザラが立っていた。
この様子だと、ザラの上官・・・つまりは、この船のリーダーだ。
「貴様にしては、時間がかかりすぎたな、エイダ」
見かけよりも太い声で、男はエイダに声をかけた。
「すみません、イナンナの回復に、思ったよりも手間取りました」
「だとしても半年だぞ。本星からは、一旦、捜索を打ち切れとまで、通達が来ていた」
「半年・・・ですか」
エイダが顔を上げた。
アタシは、愕然として声を失った。
半年だって?
もとの世界では、もうそんなに時間が経っているの・・・。
デュラハンのみんなが、今ごろどうしているのかを思うと、辛くて複雑な想いになった。
かなり、心配をかけただろうし。
半年も行方不明では、もう、探すのも諦められたかもしれない。
でもさ。
・・・少なくともバロンだけは。
きっと悲しんでくれているよね。
「それで・・・、報告にあったシュミットの契約者とは、この女か?」
男が、アタシに視線を向けた。
「はい、その二名です」
「二名?」
男の声が初めて、微かな驚きを孕んだ。
「二名で契約とは、珍しいな。まあ、そういうケースが無いわけではないが。エイダ、彼らは近縁者か?」
「いえ、違う・・・と、思います」
「ふむ」
男は値踏みをするようにアタシとディーンを見た。
「まあいい。エイダ、キーを見せろ」
エイダは、アタシから奪ったシュミットキーを男に見せた。
男は指を伸ばしかけて、止めた。
シュミットキーに触れると、まるで指が汚れるとでも言うような仕草だった。
「どうやら、シュミットに関しては〈当たり〉のようだな、あの出来損ないの箱舟と違って。それだけでも大きな収穫だ」
「それは、どういう意味ですかベルエーヌ様?」
エイダが眉根を細めた。
男・・・ベルエーヌは、軽く肩をすくめた。
「先ほど上空から、箱舟を確認したよ。とんだ〈出来損ない〉だ。発動している排除プログラムを除いては、殆どが暴走して本来の役目を果たせなくなっている。あれを箱舟そのものだと考えたのなら、エレスの連中が、箱舟を単なる次元兵器と解釈したのも頷ける」
アタシは、それがフーバー教授の提唱していた話である事に気付いた。
ってコトは、エレスの箱舟ってのは、本来もっと違う形をしているのだろうか。
「だが、その分だけ危険性は高い。この世界の安定性が保たれているおかげで、直接的な影響は生じていないが、放置すれば、いずれ我々の宇宙に干渉を及ぼしてくる。すぐにでも、処置を行わなければならない」
「破壊するのですか?」
「そのつもりだ」
「この世界には、かつての28分隊が遺した者達が居ります。彼らの処置は?」
「ほう・・・28分隊か?」
ベルエーヌの表情が変わった。
興味を覚えた、って感じだ。
「それは面白い。では、その者たちに会ってみよう。箱舟の処理は、その後とする。エイダ、仲介せよ」
「はい」
エイダは頷いた。
さすがはドゥの上下社会だな。
エイダの方がどう見ても年上なのに、立場は絶対、って感じだ。
ベルエーヌが、アタシ達を一瞥して、兵士たちに何やら合図を送りかけた。
「お待ちください!」
エイダが、慌てた様子で声をあげた。
珍しい物でも見るように、ベルエーヌは彼女に視線を戻した。
「ベルエーヌ様、彼らは協力者です。契約者とはいえ寛容な処置を願います」
「協力者か。・・・なるほど、かつてのケニヒスと同じというわけだな」
エイダは頷いた。
ベルエーヌは、軽く手を振った。
それを合図に、兵士たちが一斉に銃を下げた。
「よかろう、ひとまずは客人として船に招こう。処遇については、その後に判断する」
彼がそう言うと、エイダは少しだけ安堵した顔になった。
アタシとディーンは顔を見合わせた。
間違いない。
ベルエーヌはたった今、アタシ達を殺そうとした。
アタシ達がシュミットの契約者と知って、問答無用で亡き者にしようとしたのだ。
エイダの手前、ああ言ってくれたが、彼の眼の奥にあったのは、紛れもなく殺意だった。
その証拠に。
兵士たちもその事をわかっていた。
アタシ達を「客人」とよぶにはぞんざいな様子で、船の方へとひきたてた。
船のタラップに足をかけた時。
遠くから、アタシを呼ぶ声がした。
「ラライ、おーい、無事かー!!」
この声は、コンラッド。それに、セドックだ!
良かった、みんな無事だったのね。
アタシは足を止めて、声のする方を振り向いた。
赤茶けた大地を駆けて、セルテスを含めた3人が近寄ってくるところだった。
アタシは手を振りかけて、はっとした。
近づいてくる3人に対して、ドゥの兵士が銃を向けたのが見えた。
これは、もしかして、まずい!!
「ちょっと、やめて、その人達はアタシの!! セドック、みんな、来ちゃダメー!!」
アタシは大声で叫んだ。
コンラッドは、はっとして足を止めた。それを見て、セルテスも立ち止まる。
だが、セドックは止まらなかった。
彼は、アタシが無事だったことが嬉しくて、それで、周囲の状況が目に入らなくなっていた。
ドゥの人間にとっては、槍を持った野蛮人が襲ってきた。そんな風に見えたのかもしれない。
銃声が響いた。
アタシの目の前で、セドックが仰向けに倒れていくのが、スローモーションのように見えた。
「セドックっー!!」
アタシは半狂乱になって、彼に向かって駆け出した。
だけど、それこそ無駄な足搔きだった。
兵士がアタシをぎゅっと押さえつけて、簡単に身動きを取れなくした。
倒れたセドックに、コンラッドとセルテスが駆け寄るのが見えて、兵士たちが更に銃を構えるのが見えた。
そんな・・・。
許せない!
同じ人間を、それも、善良な人達を、まるで獣でも相手にするように撃つなんて。
セドックは、大丈夫だろうか。
どこを、撃たれたんだろう。
アタシはあまりのショックに、涙すらも流すことが出来なかった。
ただ、いきなり訪れたこの理不尽な状況に、怒りだけが渦巻いた。
アタシは藻搔きながら、絶叫した。
セドックの所に行かせて。彼が無事かどうか、確かめさせてよ。
アタシの大事な、大切な仲間なのよ!!!
だけど、兵士たちはまるで感情の無いロボットみたいに、冷静な顔でアタシを抑え込んだ。
多少は、面倒だと思ったのだろうか。
突然、こめかみを銃でガツンとやられた。
火花が散って、脳が揺れた。
足の力が入らなくなり、膝から崩れた。
両脇を抱え上げられ、そのままズルズルと船内に連れ込まれる。
アタシは自分自身の無力さに、唇を噛んだ。
こんな事。許せない。
ドゥがどんな使命を帯びているかは知らないけど。
彼らのやろうとしている事が、宇宙にとって正しい選択だろうとも。
アタシは彼らのやり方を許せない。
こんな事、納得なんて出来るもんか。
アタシは心の中で吠えながら、溢れ出してくる感情を、必死で堪えた。




