シーン5 海賊法ってなんですか
シーン5 海賊法ってなんですか
「姐さーん。ラライさんをお連れしたでやんす~」
呑気な顔をして、バロンは食堂のドアを開けた。
もとが客船だけに、20人近くは座れそうな食堂エリアには、いつの間にかモノが溢れて、どんどん所帯じみた雰囲気になっていた。
特に目を引くのは、おそらくシャーリィが通販で衝動買いしたとおぼしき、トレーニングアイテムの数々だった。
もはや食堂というより、ちょっとしたジムでも開けそうな充実ぶりだ。
そして。
見事に使われている気配がない。
「おいバロン、裏切り者に『お連れした』なんて言う必要はなーい。さん付けも不要だ!」
シャーリィが言って、テーブルをドン、と叩いた。
正面には、久しぶりにお会いするデュラハンのキャプテンラガーが、いつも通りのテンガロンハットとトレンチコートといういでたちで、迷惑そうに座っていた。
彼は、こうして見ればまあまあ良い男なのだが、服のセンスの悪さとコミュニケーション能力の異常な低さで、同じ船に乗っているにもかかわらず、顔をあわせるたびに微妙な違和感を覚えてしまう。
彼の眼が、ちらとアタシを見た。
これは、
『また、・・・乗り込んできたのか』
と、思っているかな。
で、彼は続いてシャーリィをチラ見した。
おそらく、
『なんで、俺はここに居るんだ』
と、疑問に思っているようだ。
すごいアタシ!
キャプテンの感情が読めるようになってきた。
「それではこれより、裏切り者ラライに対する海賊法会議を始める!」
シャーリィが高らかに宣言した。
んん?
なんですか海賊法って。
初耳なんですが。
「シャーリィさん、あの、それって・・・」
「あっしも聞いた事ないでやんすが」
「もう、ごちゃごちゃうるさいねアンタらは。良いの。こうでもしなくちゃ示しがつかないでしょ。これはチームの規定にかかわる問題なんだから」
チームって言っても。
3人しかいないじゃない。
アタシは、一応、部外者だし。
「どっちにしても、あんだけウチの世話になっていながら、宇宙警備会社に入社するってどういう了見さね。・・・その上、いきなりあたし達の邪魔までしちゃって。この落とし前、どう、つけるつもりなのさ!」
シャーリィはまくしたてた。
「そんな事言われても、アタシにはシャーリィさん達の邪魔するつもりは毛頭なくって・・・」
「そうでやんす! ラライさんは悪くないでやんす。悪魔の囁きと神様の悪戯ってやつでやんすよ。運命の歯車が少しだけ狂ってしまっただけの事でやんす」
「何言ってのか分かんないし、どっちの味方なのよアンタは」
シャーリィはバロンに向かって噛みつくような勢いで言った。
アタシは、キャプテンを見た。
彼は、微かにため息をついた。
状況は、どうやら理解しているらしい。
そして珍しく、彼は口を開いた。
「仕方あるまい。仕事だったのならば」
きゃ、きゃぷてーん。
ありがとう、わかってくれるのねー!!
バロンの顔がパッと明るくなって。
シャーリィがええ?って顔になった。
だが。
「敵に回ったというならば。斬るまでだ」
殺気が、アタシを襲った。
いやー!!!!
違いますから、そうじゃありませんから。
少しだけ話が飛躍しすぎ。っていうか、割り切り早すぎですキャプテン。
何でそんなにドライなの。
それじゃキャプテンラガーじゃなくて、キャプテンドライよ。
「違うでやんす。別に敵になったワケではないでやんす。誤解でやんすー」
「そ、そうだよ。何もそこまで真面目にならなくてもよくってさ」
あれ。
シャーリィもキャプテンをなだめに入った。
ってーかさ。
シャーリィってば、ただ単にこの状況を楽しんでるだけじゃない?
こほん。
と、シャーリィは咳払いした。
「とにかくだ。今後はこういうことの無いように。昔だったら海賊を裏切ったやつはマストからぶら下げて縛り首だからね、わかってんのラライ」
「はあ・・・い」
アタシはしょぼんとして肩を落とした。
「じゃ、反省してますんでー。今からは、また居候させてもらっていいですか?」
「駄目だ」
「えっ!?」
驚いたのは、バロンも同時だった。
むしろ、彼の方が慌てふためいた。
「何ででやんすか、ラライさんはただ就職したかっただけでやんすよ。悪気も何にもなかったでやんすから」
「居候じゃない。ラライはな、人質だ」
「人質!?」
アタシとバロンの声が重なった。
キャプテンまで、『何を言い出すんだ』という目で彼女を見た。
「考えてみなよ。あたし達は今回のヤマに結構な金と時間をかけてきたんだ。それなのにこいつのおかげでパーだ。このままじゃ、船の修理費だってかかる、大赤字になっちまったじゃないか」
「それはそうでやんすが・・・」
「アンタのプレーンだって、ローンがあるんだろ。返済どうすんだい!?」
バロンが、うっ、って顔になった。
「こいつは幸い、ASOってところの会社員になってるんだろ。だったら、身代金を要求してやる。仲間に戻すなら、それからだ!」
「シャーリィさん」
「姐さん・・・」
あたしは彼女を見た。
「最低…」
「最低でやんすね」
「るっつさいわね!」
ぎろりと、睨まれた。
まあ。
台所事情もあるんだし。
彼らはどうしたって、宇宙犯罪者、海賊デュラハンなんだから。
これは、仕方ないのか。
アタシがわかりました、って顔になったのを見て取ると、シャーリィは不気味な笑顔になった。
「そうと決まったら、逃げないように、アレをつかってみるかな~」
ものすごく、嫌な予感がした。
けど。
この船の中で彼女に逆らうなんて出来ない。
逆らっても。確実に負ける。
自慢じゃないが。
アタシはプレーンに乗らない限りは、そして、銃が無ければ。
とても、弱いのだ。
一般人と喧嘩しても負けるくらい、肉弾戦には自信が無い・・・。
「実はさー、通販で買って試してみたいのがあったんだよね。人質とか、言う事聞かない奴を素直にさせるっていう特殊アイテムでねー。ほら、いっつもそういうのって、あたしの〈キリルの眼〉頼みだけど、正直疲れるから嫌なのよね~」
彼女は嬉々として、足元に用意していた包みから、何やら怪しげな道具を取り出した。
「ちょ、痛いとか、そういうのじゃないですよね」
「心配するな、抵抗しない限りは痛くないって、書いてある」
「抵抗したら痛いって事ですよね、嫌ですよ、そんなの」
「大丈夫だって・・・、ほら、バロン抑えて」
わー、なんか嫌な予感しかしない。
駄目だって、バロンっ、あなた、アタシの味方だよね。
アタシは彼を訴える様な目で見た。
だけど。
野郎、強い方につきやがった。
「少しの辛抱でやんす。姐さんが満足すれば終わるでやんすから」
どーゆー理由だ。
もう、キライ。
キライになってやるからなー。
アタシはあえなくバロンに拘束された。
不気味な笑いを浮かべながら、シャーリィは、アタシの頭に何かを、セットした。
こっ・・・。
これは・・・!!?
バロンが、何だか妙に笑顔になった。
シャーリィも、おお、という顔になった。
キャプテンが、呆れたような微妙な表情をした。
「なんだ。似合うじゃないか」
シャーリィはそう言うと、アタシに手鏡を渡した。
アタシはそれを見て・・・。
絶句した。
これは。
ネコミミ?
いや、イヌ耳?
アタシの頭にはまるでイヌの耳にしか見えないカチューシャが取り付けられ、まるで、超痛いコスプレ女みたいな感じになっていた。
「ご主人様、これってどういう事なんですか」
アタシは彼女に訊いた。
あれ、何かおかしいぞ。
なんか今、言葉が変になったような。
「こんなの冗談でも恥ずかしいですよ。あれ、外れない」
シャーリィが今にも噴き出しそうな顔になって。
バロンが、なんだかものすごく赤い顔になった。
「ラライ、良いかい、今から言う言葉をよくお聞き」
彼女はアタシを見つめた。
「お手」
「わん」
ん。
なんでアタシは彼女に手を出している?
「おすわり」
「くう~ん」
んん?
なんで、今、アタシはしゃがんだ?
「伏せ」
「くう、くう~ん」
はっ。無意識に、土下座している!?
これは、まさかアタシ。
「へえー、なかなか効くじゃないか、この人質洗脳アイテム」
「人質洗脳~!!」
アタシは彼女が手にした商品パッケージを読んだ。
どんな嫌な相手でも、これさえあればあなたの犬に!
対人用犬化アイテム、忠犬ワン公
発売元、クライムショッピング~?
「何なんですか、人質用とかって、全然関係ないじゃないですか!?」
「いや、注意書きに書いてあるんだ。人質に言う事を聞かせる時にも効果的って・・・」
「まったく、どこで買うんですかそんなもの・・・」
アタシはあきれ果てた。
「恥ずかしいから、取ってくださいよ。効果は確認できたわけだし。こんなの無くても、アタシがご主人様に歯向かうなんて、本気で思ってます?」
「ま、仕方ないね。悪ふざけはこの辺にしといてやるか」
シャーリィはニタッと笑った。
「もうー」
彼女はアタシの頭に手を伸ばした。
「確か外す時は、この電磁キーを使ってっと・・・あれ」
次の瞬間。
バリバリッと。
そう、バリバリっときた。
「ぎゃー!」
「うきゃー!」
アタシとシャーリィは同時に電撃ショックを喰らって、その場に倒れこんだ。
「あ、姐さん、それにラライさんっつ!!??」
動けなくなったアタシ達を、バロンとキャプテンは茫然と見つめた。