シーン54 たまには役に立つみたい
シーン54 たまには役に立つみたい
目覚めは、衝撃とともに訪れた。
突然、地の底から聞こえるような地鳴りと地響きが始まって、アタシは生まれて初めて「地震」というものを体験した。
なにせ、生粋の宇宙生活者だ。
無重力には慣れていても、自然重力帯で地面が揺れるなど、思いもしなかった。
何が起こっているのか全く分からず、全身が揺さぶられる恐怖に、アタシは臆面もなく悲鳴を上げた。
時間にすれば僅か数秒だったのかもしれない。
だが、アタシにはそれがものすごく長い間に感じられて、揺れが収まった後でも、まだ体が震えるような錯覚に襲われた。
「今のって何? 何が起きたの?」
震える声で、エイダに向かって呼びかけると、彼女は既に半身を起こしていた。
「地震みたいだな。この揺れだと、被害が出たかもしれない。あたしは様子を見てくるよ」
「あ、アタシも行く」
アタシは急いで身支度を整えた。
といっても、昨夜はそのまんまで寝てしまったから、軽く顔を拭いた程度だが。
エイダはアタシを待たずに外に出てしまった。
追いかけると、彼女は両手を腰に当てて、仁王立ちのまま周囲を用心深く眺めていた。
昨夜、宴が行われた広場には、まだ人々が残っていた。
どうやら、酔い潰れて、その場で眠ってしまった人たちのようだ。
アタシと同様、さっきの揺れで目を覚ました男達が、不安げな様子で、何かしら囁き合っている光景が見えた。
「ラライ、エイダ」
コンラッドが足早に近づいてきた。
彼の少し後方からセルテスが姿を見せた。
どうやら今まで一緒に居たらしい。
年も近いこの二人の戦士は、昔からの親友のように気が合ったみたいだった。
「今のって地震ってやつよね、よく起きるの?」
「いや、シオンの地ではあまりない」
コンラッドは首を振った。
「この地では時々起きてます。あの、悪魔の巣が落ちてきて以来」
セルテスが言葉を挟んだ。
「やはり、それが影響してるの?」
「・・・確証はありませんが、おそらく。こういった地震が起きた後には、決まって新しい怪物が現れるんです。また、何か恐ろしいものが生み出されたのかも・・・」
「げ・・・」
アタシは絶句した。
「それにしても、今日のは大きかった。嫌な予感がします。自分は、今から仲間と合流して、見回りに向かいます」
セルテスは緊張した面持ちで、不安を隠すように、腰に帯びた剣の柄を握りしめた。
エイダが口を開いた。
「悪魔の巣自体も、この街の近くにあるのだろう。様子を見に行くのか?」
「いや、あれには近づかないよう、陛下より命が出ています」
「勝手はできない・・・か」
「はい」
アタシは昨日の話を思い出した。
エレスの箱舟の力は、エレスシードの純度が低い人間を怪物に変えてしまう。
テルテアはそれを知って、箱舟に近づくのを止めたのだろう。
エレスシード・・・か。
アタシ達人類種を定義する特殊な遺伝子で、人の進化を司るもの。
人類が人類種である証。
アタシはずっと、それはその程度のものだと思っていた。
だが、どうやらそこには、アタシの一般知識では補えない位の、様々な秘密が隠されているらしい。
そして、アタシもまた純度の高いエレスシードを、人の3倍以上は内包している。
アタシなら、近づけるのだろうか。
アタシはふと、エイダの視線に気づいた。
彼女は何も言葉にはしなかったが、かなり思いつめた顔をしていた。
結局、アタシ達はその場に残された。
街の構造すら知らないのに、ただ歩き回っても足手まといになるだけだろう。
仕方なく、少し早い朝食をとる事にした。
といっても。
昨夜は久しぶりに食べ過ぎたので、実際のところ、あまり食欲が無かった。
だけど、そんな事は露知らず、ヤソワの人たちは朝から押しかけてきて、アタシの所に沢山の食べ物を置いていってくれた。
昨夜は男達が殆どだったが、今朝は女や子供が多く集まってきた。
全員と言葉を交わした訳では無いものの、皆、何かしらの期待を込めた目で、アタシとエイダの手を握りしめていった。
その一人一人の瞳が、アタシには強烈に印象に残った。
「コンラッド、来てくれ! 手を貸してほしい!」
数時間後、地下街の見回りに出ていたセルテスが、血相を変えて戻ってきた。
「どうした、また、怪物が出たか!?」
「そうじゃないんだ。今朝の地震で、北の入り口付近が崩れた。10人以上が瓦礫の中に閉じ込められてる。中からも、外からも辿り着けない。少しずつがれきを取り除いているが、人手が欲しい」
コンラッドは快諾して腰を上げた。
アタシは追いかけようとして、エイダに腕を掴まれた。
「ラライ、お前、何をしに行くつもりだ」
「だって事故でしょ。アタシも手伝おうかと思って」
「力もないお前に何が出来る? また、そいつを使う気か?」
彼女はアタシの腰の短剣を見つめていた。
その眼が、安易にシュミットを起動するな、と訴えている。
アタシは、なんだかそんな彼女の態度に、心が反発するのを覚えた。
「使うかもしれないけど。目の前の人を助けられるなら良いでしょ」
「本当に救うべきものの為に、その力は取っておくべきだ」
「何を救うのが本当なの? アタシはそんな事に順番つけられないよ」
アタシは、彼女の腕を振り払った。
少しだけ、言葉が乱暴になってしまった。
エイダには感謝してるし、心から信頼しているつもりだけど、かといって、彼女はアタシの保護者じゃない。
「ラライ、お前な」
「シュミットなら、ちゃんと制御します。だから、大丈夫です!」
アタシはそう言って、コンラッドの背中を追って走った。
後ろからついてくるものと思ったら、エイダは追ってこなかった。
少しだけ、後ろ髪を引かれた。
落盤事故の現場は、壮絶な状況になっていた。
天井が崩れて、土埃が視界を曇らせている。
どこからか水がしみ出して、足元には柔らかい泥がたまっていた。
ヤソワの男達は、必死に人力で石や泥、それに瓦礫を掻きだしていた。
しかし、少し掘り進めたかと思うと、そのうちに新たな部分が崩れ始めて、このままでは、二次災害が起きる恐れがあった。
「こんなんで、中に閉じ込められている人達は、無事なの?」
「わからない。けど、ここには警備用の詰所があったんです。部屋の中まで崩れていなければ、助かっている人がいるかもしれません」
セルテスの説明を聞くよりも早く、コンラッドはヤソワの人たちに加わって、救助の手伝いを始めた。
でも、さ。
こんなんじゃ、いつまでかかるか分からない。
生き延びた人が居るとしても、時間がかかればそれだけ危険は増すのだろうし。
なによりも、さっきみたいな地震がもう一回来ないとも限らない。
「セルテスさん、この奥の、見取り図みたいなモノってある?」
「見取り図ですか?」
彼は考えこむような顔になった。
「残念ですが、そういうのは、ありません」
「じゃあ、何かに書いて。記憶ぐらいはあるでしょ?」
「まあ、だいたいで良ければ」
セルテスは近くの地面に、石で図を掻き始めた。
それを見る限り、この通路は北の出口まで20メートルくらい真っ直ぐに伸びているが、途中の東側に子路があって、そこに護衛兵の詰所があるらしい。
「これだと、やっぱり人力じゃ難しいわね」
アタシは覚悟して、そっと短剣の柄を握りしめた。
突然、嫌な音が響いた。
バラバラと、砂や大小の石が、天井から降り始めた。
これは、まずい感じだ。
思っている間に、強い揺れが襲った。
今朝の地震よりも、それは明らかに激しかった。
アタシは悲鳴を上げて、その場に尻もちをついた。
天井が更に崩れ始めて、作業をしていた人たちが、慌てて逃げ出すのが見えた。
その中に、コンラッドの姿が紛れた。
「っ? あ、危ないっ!!」
アタシは大声をあげた。
逃げようとしたコンラッドが、目の前で転倒した男を助け起こそうとして、僅かに遅れた。
その頭部を、こぶし大の落石が掠めた。
彼は前のめりに倒れ、そこを目がけるように土砂が雪崩のように押し寄せてきた。
もう、無意識に近かった。
アタシは短剣を抜き、アルラウネの名前を呼んだ。
刀身が光りを放ち、アタシの体を包んだ。
アルラウネは、いつぞやの鎧状に変化した。
何とか体を起こし、ムチ状の蔦、アイヴィーウィップを射出する。
ウィップはコンラッドの体を掴んで、彼を飲み込もうとする土砂の中から、間一髪救い出した。
彼の体を安全な所へと降ろして、アタシは再び、崩れていく通路の方を睨んだ。
揺れが、ようやく完全に収まった。
「ラライさん、それって?」
セルテスが驚愕して、アタシのシュミットを指さした。
アタシは自身に纏わりついたシュミットの力を確認した。
具現化するだけで、相当のエネルギーを使う。
やはり、大きさだけの問題じゃない。
こうして小さな鎧状に維持するのも、それなりに大きな力を必要とするようだ。
この分だと、10分も持てば良いだろうか。
だけど、こうして具現化させた以上は、このままで終わるわけにもいかない。
どうせだったら、他の人たちも、救いたい!
アタシは覚悟を決めて、がれきの山に対峙した。
数本のウィップを回転させながら、一本のドリル形状に変形させていく。
人が通れる程度の隙間でいい。
これで、こじ開けられれば!
「アルラウネ、お願い!アイヴィーウィップっ!!」
アタシは、思わずまたしても、大声で叫んでしまった。
必殺技みたいだし、ちょっとだけ、恥ずかしいけど興奮した。
ウィップは、アタシが思った以上に、正確に瓦礫の山を貫いた。
セルテスやヤソワの男達が、興奮と歓喜の声をあげるのを、アタシは背中越しに聞いた。
それから、数時間。
アタシは昏倒したコンラッドの頭の傷を、煮沸殺菌した布で綺麗にして、不器用ながら包帯を巻きつけた。
多分、骨まではいってないと思うけど、かなりの衝撃だったんだろう。
彼は結局、それから半日、死んだように眠り続けた。
彼が目を覚ました時には、アタシは看護疲れて、その場で居眠りをしていた。
「ラライ・・・これは・」
彼の戸惑う声を聞いて、アタシははっと顔を上げた。
危ない。
おもいっきり、涎を垂らしていた。
「俺は、どうなった? ・・・これは、ラライがしてくれた?」
アタシは満面の笑みを浮かべて、彼を見た。
「たまには役に立つのよ、アタシ。心配しないで、全員ちゃんと助けたわ」
「全員?」
「そ、全員ね」
アタシは彼に向かってVサインをしてみせた。
まあ。
見慣れないハンドサインは、あまり意味が通じなかったようで、彼は良く分からないように、自分もVサインを作ってみせた。
「勝利のサイン。ま、良くやったって意味よ」
「そうか・・・。ラライ。ありがとう」
ようやく理解して、彼は笑った。
それから身を起こそうとして。
「痛っ・・・」
傷に響いたのか、彼は呻いた。
「外傷は打撲と切り傷だけど、多分脳震盪を起こしたんだと思う。無理はしないで」
もう少し、このまま寝ているようにと、彼に毛布を掛けてあげようとした。
その手を、彼はいきなり、握りしめた。
「えっ、どうしたの?」
驚いて声が大きくなった。
そんなアタシに、コンラッドはすごく真剣な顔をした。




