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シーン51 記録と記憶と追憶と

 シーン51 記録と記憶と追憶と


 アタシ達が招き入れられたのは、シェルターの中枢部だった。

 第一印象で言うなら、そこは、資料室、という感じだった。

 巨大なデータベースを詰め込んだ機械類が壁面を埋め、その横には、今どき珍しい、実体型の固定モニターが、数十個も並んでいた。


 モニター前には操作用の小さな回転型シートが二つ。その後ろには小さなテーブルがあって、この場には不似合いなクリスタルの花瓶が置かれていた。


 アタシはモニターを見つめた。


 この世界各地の映像が映し出され、驚いたことに、幾つかのモニターではシオンの森の様子までもが見て取れる。

 その画面の一つに、森の中に倒れているエイダの〈イナンナ〉が映っていた。

 だが、並んだモニターの中には、真っ暗で、何も映っていないものも多くあった。

 どうやら、全ての機能が完全に稼働している訳では無いらしい。


 アタシ達が呆気に取られて、室内を見回していると。


「テルテア、彼女達が到着したのか!?」

 若い男性の声が耳に届いて、アタシ達は声の主を探した。


 左手にあった小さなドアが開いて、見たことの無い男性が立っていた。

 栗色の長髪で、髪を首の後ろでまとめている。年齢は、おそらくアタシと同じくらいか、少し年上だろう。

 中肉中背だが、少し線の細い印象があった。

 アタシと同じ、青い目をしていた。


「この方たちが、次元壁を超えて来てくれたんだね、良かった! 僕達の計画は、成功したんだ!! 万に一つの可能性だと思ってたのに!」

 興奮と歓喜が入り混じった声に、エイダが不審そうな顔をした。

「僕の計画? 成功? 何の話だ?」

「ああ、そうだね、説明しなくちゃ」


 そう言ってアタシにも視線を向けた。

 瞬間、彼の表情が固まった。


 はい?

 アタシの顔が、どうかしましたか?


 彼は、少しの間言葉を失って、茫然とアタシを見た。

 唇が、小さく誰かの名前を呼んだ。


「マティルダ? いや、そんなワケないな。あの子はまだ10才くらいだし・・・」

「え、誰?」

「あ、いや、人違いだ。ごめん、髪の色が一緒だったから」


 彼は自分の脳裏に浮かんだ誰かの相貌を追い払って、あらためてアタシ達の前に立った。


「僕はディーン。こう見えても、この世界の人間じゃない。多分、君たちと同じ宇宙の出身者だ。故郷はエレス同盟の惑星テア。そちらの方はドゥの人だね。君は?」


 彼は自分でも気づかないうちに早口になっていた。

 彼が、ディーンか。

 想像していたよりも気忙しい雰囲気だが、思ったよりもインテリっぽくはないかな。


「アタシはラライ。エレス同盟圏の人間です。ええと、ディーン。あなたがディーン・スペンサーなんですね。フーバー教授が言ってた」


「フーバー!? えっ、君フーバーさんを知ってるの?」

 ディーンは驚いた声になった。

「あの人が教授って、まさか、まだ助教授にすらなっていないのに?」


 やっぱり。

 彼はまだあの事故が起きてから、数年しか経過していないと思いこんでいる。

 もとの世界では、もう20年もの年月が経過しているのに。

 これは、後で説明をしないといけない。


「挨拶はどうでもいい。さっきの質問の答えが先だ。お前、計画とか言ったな、何のことだ?」

 エイダが割って入った。


「ディーン、順を追って説明をしましょう」

 テルテアはディーンの側に立って、彼の肩にそっと触れた。


 その僅かな仕草を見て、アタシはほんの少し、二人の距離が近い事に気付いた。


「そうだねテルテア。ここは、僕から話をしていいかい」

「そうしてください、ディーン」


 アタシ達はモニターを前にして、小さな椅子に腰を下ろした。

 彼はまるで講義をする先生のような雰囲気で、モニターの操作パネルに手を置いた。


「どこから話そうかな。まず、この場所について説明しよう」

「そうだな、ここは何だ? 何のために作られた?」

 エイダが油断のない仕草で、軽く体を前傾させた。


「ここは、見ての通り、緊急用の避難シェルターだ。同時に、この世界を何とか居住できる空間として安定させるために存在している。全ては悪魔の巣、つまり、エレスの箱舟を制御するために作られた場所だ」


 彼の説明に、アタシの頭には?マークが浮かんだ。

 あれ、それだとちょっとおかしくない?


「待って? ディーン、貴方と箱舟が落ちてきたのは、三年前の話なんでしょ。ここって、その後に出来たって事? なんだか時系列がゼンゼン繋がらないんだけど」

 アタシはつい口を挟んだ。

 ディーンは、そうだね、って顔になった。


「僕が箱舟を起動してしまい・・・いや、既に起動していた箱舟に、最後のきっかけを与えてしまったと言う方が正しいかな・・・。ともかく、僕達がこの空間に転移したのは、確かにこの世界の中では3年前だ。もっと正確に言うなら、僕がこの世界に箱舟を戻してしまったのが、3年前という事になる」


「戻してしまった? ってことは、箱舟は、もともとこの世界にあったっていう事?」

「そう捉えてもらって間違いない。それも、こういう事態になったのは、今回が初めてというわけじゃない。彼女の記録を確認する限り、少なくともこれが三度目だ」

「ますますわからないんだけど?」


 エイダが何かに気付いたように立ちあがった。

 パネルに触れて、それからテルテアを振り向いた。


「この操作パネル、ドゥのものだ」

「お気づきになりましたか?」

「もしかして、女王様、あんた・・・」

「そうです。私は貴女と同じ、ドゥより派遣された〈箱舟〉の調査員。その〈記録〉を継ぐ者です」

「どこの分隊だ、師団名は?」

「第6師団、28分隊。隊長名はケヒニス・ヤソワ」

「28だと!?」


 エイダが、驚愕した声をあげた。


「馬鹿な。28分隊は、消滅したはずだ。それも、数千年以上も前にな」

「やはり、ご存知でしたか」

「当然だ。なにせ、数多いドゥの特殊部隊の中でも、唯一、オリジナルのシュミットを実装していた、伝説のチームだからな」

「ええっ、オリジナルのシュミットを実装!?」


 アタシの声に、エイダは苦虫をかみつぶしたような顔になった。


「かつては存在していたんだ。だからこそ、我々ドゥはその危険性について、身をもって知っていると言ってもいい」

「事故でも起こしたの?」

「それに近い。我らがドゥの本星には、今、一人の人間も居住していない。その理由は、シュミットが起こした忌まわしき事件が原因だと言われている、・・・それにしても」


 エイダはテルテアに、鋭い視線を向けた。

「28分隊のシュミットといえば、伝説的な存在だ。だが、最後は制御を失って暴走を起こし、次元壁の狭間に飲み込まれて行方不明になった。それが、あたしの知る限りでは数千年前の話だ」


「正確には2000年ほど前の出来事です」

 テルテアが言葉を挟んだ。


 なんだか気の遠くなるような時間だ。

 アタシは、話のスケールが大きすぎて、眩暈がするような感覚に陥った。


「惑星ネルにはじめて〈箱舟〉が出現したのは、調査によれば4億年前の事です。しかし、その時には既にこの宇宙には別の〈箱舟〉による人類進化プログラムが行われていました。そこで〈箱舟〉は別次元への転移を始めたのです」


「あ、そこのトコ、もう少し詳しく聞いても良いですか? 箱舟って、結局何なんですか?やっぱり進化プログラムなの? それとも、フーバー教授が提唱したように、やっぱり次元兵器なんですか?」

 アタシはまるで学生になったように、手をあげて質問した。


「どちらの側面も持っている」

 教えてくれたのはエイダだった。


「エレスの箱舟の目的はシンプルだ。エレスとしての種を宇宙に広め、永続する事だ。その為に、両方の側面がある。エレスの箱舟は、辿り着いた場所にエレスの人類種が既に存在していると確認できた場合は、干渉を避けるために、自ら再び次元転移を行う。だが、もしその世界に別の知的生命体、つまりエレスシードを持たない人間がより多く発生していた場合は、それを滅ぼして宇宙の再構築を始める・・・」

「はあ・・・」


 何となくわかったような、わからないような。

 でもそれって、かなり危険な物だって事には、変わりが無いんじゃない?


「ともかく、ネルに出現したエレスの箱舟は、すでにその星に人類種が発生している事を知り、転移を開始しました。しかしそこで、事故が起きたのです」

「事故?」

「はい、原因は不明です。ですが、本来別の次元に移動すべき〈箱舟〉が転移したのは、2000年前のネルでした。そして、そこで再び事件が起きました」


 テルテアは、悲しげに首を振った。

「ネルには既に人類種の文明が発生していました。そこに、4億年前の世界を道連れにして、箱舟が出現したのです。・・・それだけでも文明に甚大な被害をもたらすには十分でしたが、更に箱舟は、この星の人類種がエレスシードを持たない知的生命だと、謝った判断をしてしまったのです」

「そんな、何故?」

「ゴドリという、大猿の亜種がこの世界には住んでいます。それを、別人類種の繁殖と誤認したのだと思われます。ただ、それ以前から、何らかのプログラムミスは発生していたのだと思いますが・・・」


 ゴドリか。

 あの、アタシ達を襲ってきた、怪物猿だ。


「エレスの箱舟は暴走を始めました。そこで、私達ドゥの28分隊が派遣されたのです」

 テルテアは、ディーンと顔を見合わせた。

 アタシもエイダも、じっと彼らの話の続きを待った。


「私達は、まず安全を確保するため、シュトライザーの力で、星の一部分を別世界として切り取りました。そうしてこの世界が出来たのです」


「シュトライザーって?」

 アタシは訊ねた。

 シュトライ・・・。

 そういえば、セドックが語った巨大神の名前って、確かそんなんじゃなかったっけ?


「私達のシュミットの名前です。シュトライザーシュミット、そう呼ばれていました」

「なるほど、この世界はシュミットが作ったものか」

 エイダが納得したように頷いた。


「それから、シュトライザーは、エレスの箱舟を止めようとしました。しかし、いかにシュミットの力を持ってしても、それは簡単な事ではありませんでした。結局、シュトライザーにも箱舟の暴走を止めることは出来ず、再び箱舟は転移し、シュトライザーもまた時空の狭間へと飲み込まれて、失われてしまったのです」


「そして、三度目に箱舟が現れたのが、三年前のネル。そして、僕がそれに触れてしまい、またしても箱舟はこの世界に戻ってきた」

 ディーンが説明を引き継いだ。


「なるほど、行ったり来たりしている、そういうわけだ」

「そうだね」

 ディーンは頷いた。

 その相貌に、深い後悔の念がよぎった。

「そのせいで、この世界は、再び破滅の危機に瀕している。せっかくテルテアたちが守ってきた人々を、死の縁に追い込んで・・・」


 なかなか複雑な話だ。

 アタシの頭では、まだ理解が追い付いていないが、それでも、なんとなく話がつながってきた。

 テルテアがディーンの手をそっと握るのが見えた。


「私は、正式なドゥの人間ではありません」

 エイダに向けて、テルテアは言った。


「ドゥの記録と、記憶をつなぐために、・・・もっと言うならば、巻き込んでしまった人々と、この地を、守るため、使命を預けられた一族の末裔です。ですから、チェリオットの姿を見たとき、貴女がすぐにドゥの人間であると判りました」


 言葉の奥に、何かしら寂しさと、出会いを懐かしむような感情が見えた。

 彼女の語る過去の記録。

 生きた人間である彼女にとって、それを、単なる記録には留めることは、やはり難しいのだろう。


 それでも。

 彼女はその役割に徹して、抑制の中に自分を封じ込めた。


 ともかく、女王様の正体は、これでなんとなく理解が出来た。


 じゃあ、次はディーンだ。

 彼はここで何をしているんだろう。

 どんな役割を果たしているのか。

 アタシの疑問に答えるように、彼は話し始めた。


「僕は、シオンの人たちと一緒にこの地を訪れ、彼女に会った。そして、このままでは、暴走した箱舟によって、この世界は近いうちに崩壊することを知った。・・・それだけじゃない、いずれ、この箱舟の存在は、僕達の居た元の世界にまで影響を及ぼす。それがはっきりと分かった・・・。だから」


 彼は自らの気持ちを落ち着かせるように、一度深く呼吸をした。


「だから、君たちをこの世界に招いたんだ。エレスの棺を、そちらの世界に送り込んでね」

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