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シーン50 女王様は魔女ですか

 シーン50 女王様は魔女ですか


 線路に沿って、行先の見えない通路を延々と歩いた。

 セルテスが手にしたランタンの灯りが、壁面に大きな影絵の行進を映しだし、渇いた足音と相まってどこか幻想的な情景を作り上げる。

 時折どこからともなく、生ぬるい風が流れて、腐ったような嫌なにおいが鼻孔をついた。


 辿り着いたのは、ひときわ広いフロアだった。

 天井の高さも、今までとは全く違う。その中央には金属でできた巨大なモニュメントが吊り下がっていて、その表面がミラーボールのようにキラキラと輝いていた。

 ここは、元は大型のハブ駅だったのではないだろうか。

 階段を上がった先が、妙に明るくなって、アタシは目を細めた。


「これは・・・」

 エイダが声を洩らした。


 それは、地下に作られた神殿にも見えた。

 木を張り付けた柵があって、その奥にドーム状の建物が見える。

 ドームの表面には不思議な光沢があって、どんな素材で出来ているのか、アタシにすら瞬時には判別ができなかった。

 周辺には、柵の内側から漏れだした光が溢れて、天井にアールデコの装飾を彷彿とさせる、独特の模様を描き出していた。


 柵を囲んで、おそらくは女王に忠誠を誓ったであろう戦士達が、威風堂々と立っていた。


 この先が、女王の間か。

 だとしても、この空間の奇妙さは、何だ。

 このフロアに足を踏み入れた瞬間から、アタシは何とも表現のし難い違和感に包まれていた。

 今まで歩いてきた地下道とも、もちろん地上の廃墟とも、空気というか、・・・何かが明らかに違っている。

 だけど、その理由がまだわからない。

 ただ、この感覚は、シオンの地から、ヤソワの地をはじめて見たときのそれに近い。


「異界より参られた、ラライ様とエイダ様です」

 門の前に立つ戦士を前にして、セルテスはその場に膝をついた。

 既に、アタシたちの事は聞かされていたらしく、戦士たちは無感情な視線で一瞥した後、音もなく左右に分かれた。


 さらに案内してくれるものと思ったら、セルテスはその場から立ち上がろうとはしなかった。

 どうやら彼は、ここから先に立ち入ることを許されてはいないようだ。


 かわりに現れた男は、まるで溶けかけたロウソクを思わせる、骨ばって痩せこけた男だった。

 歳は、セドックと同じくらいだろうか。まあ、老人の部類に入るだろう。


「お進みください」

 ただ、そう言われて、アタシとエイダは彼の後について、門の中に足を踏み入れた。


 背後で扉が閉まり、アタシは心細くなった。


 柵の内側は、外から想像したよりも、ずっと簡素で飾り気がなかった。

 冷たく固い床を歩いて、ドーム状の神殿のような建物の前に立った。

 神殿?

 いや、これはシェルターだ。

 アタシはその側に立ってすぐ、その正体に気付いた。


「ここ、動力が生きているぞ」

 エイダが言った。

 それは、アタシにも見てとれた。


 永遠の命を持つ、魔女か。

 その辺のカラクリが、此処にあるのかもしれない。


 ドームの入り口が、自動で開いた。

 男が振り向いて、無言で腰を折った。


「入れって事ですかね」

「まあ。そういう事だろう」


 頭を下げ続ける男を横目に、アタシ達は中に入った。


 ドームの内側には、久し振りに見る人工の灯りが灯っていた。

 これは、なんらかのエネルギーが通っている。

 そうか、このフロアの違和感。それは、ここにある物質が劣化していない、つまり〈新しい〉からなのだ。

 同じ地下鉄の構内なのに、このフロアだけが時代が違う。


「気付いたようだな」

 エイダが言った。


 さすが彼女だ。もうとっくに、このフロアの異常さの理由まで思考が辿り着いている。


「さっきまでの空間と違うってのは、アタシにもわかりましたけど」 

「次元か微かにずれているのかもしれない。少なくとも、ここは一番、アタシ達の次元に近い」


 やっぱり、そうか。

 でも、それって結局、何を意味するんだろう。


 この、白い透明感のある光に、アタシは言いようのない安心感と、慣れ始めていた世界との違和感を覚えて、どこか落ち着かない気持ちになった。


 通路を真っ直ぐに進み、二つ目の自動ドアを潜ったところで、エイダは足を止めた。

 白い部屋だった。

 薄いカーテンが引かれて、その奥に女のシルエットが浮かんでいた。


 あれが、女王か。

 女の影は、アタシ達の到着を知り、微かに体を強張らせた、ように見えた。


「その場で、低頭せよ」

 背後から、神経質そうな声が飛んだ。

 あのロウソクみたいな老人が、いつの間にかついて来ていた。


 アタシは言われるがまま、小さく頭を下げたが、エイダは、まるで意に介さない様子で胸を張っていた。

 それどころか。


「アンタが女王様かい?」

 不遜な態度で口を開いたのには、アタシは度肝を抜かれた。


 こういう所も、エイダったら、ちょっとシャーリィと似てる。

 アタシだと、偉い人の前だとついペコペコしちゃうが、彼女ときたら、堂々としてるだけじゃなく、なんだってこんなに挑戦的な態度になるんだろう。


 男が諫めるよりも早く。


 『ようこそ、お越しくださいました』

 彼女の無礼を咎める様子もなく、思った以上に若い声が返ってきた。


 これが、女王様の声か。

 魔女なんていうから、てっきりお婆ちゃんを想像していたが、この声だと、もしかしてアタシよりも年下なんじゃないの?


「私はテルテア。 異世界よりの訪問者よ、心より、歓迎いたします」

 声には若さはあるが、抑揚が無かった。


「アタシはエイダ。で、こっちがラライだ」

 『エイダに・・・、ラライですね』

「ああ」


 エイダは腕を組んだ。

 細い相貌が、やけに白く見えた。


 アタシは、様子をうかがう事にした。

 どう考えても、エイダの方が状況を把握できている。きっと、まだアタシが知りえない事さえも頭の中には詰まっていて、これから何をするべきかというビジョンだって、間違いなくアタシよりも固まっている筈だ。


「女王様よ、単刀直入にいこう」

 エイダは、女王の言葉を待つ事をしなかった。

 これは、彼女なりの交渉術だろう。いかにもドゥの軍人らしい、まるで「侵略者」が、攻め入った敵国に詰め寄るような言い方に聞こえた。


「なんでアタシ達を呼んだ? いや、アタシ達だけを、と言うべきだな」

 エイダの声には、腹の底に響くような冷たさが滲んでいた


『理由なら簡単です。 彼らには、理解の及ばぬ話をするためです』

「なるほど。この空間の秘密でも語ってくれるのかな」

 『それも含めて、となるでしょう。全てを語らなければ、もはやこの世界は救えぬところまで来ているのです』

「そのようだな」

 『お分かりになられますか』

「わからないとでも思うのか」


 突然、エイダは歩を進めた。


「おさがりください!」

 男が慌てて、止めに入るのを無視して、エイダはカーテンの前まで迫った。


「ラライ、その男を」

 止めろ、か、黙らせろ。ですね。


「ごめんなさい」

 アタシはそう言って、男の前に立ちふさがった。

 うん。

 白兵戦には全くもって自信の無いアタシだが、このロウソク男にだったら勝てそうだ。


 だが。

 アタシはロウソク男にあっさりと躱されて、おまけにバランスを崩してその場で転倒した。


「この役立たず・・・」

 エイダが小さく罵って、振り向いた。

 掴みかかろうとするロウソク男を、片手一本で楽々といなし、足払いで倒してしまう。


「邪魔をするな!」

 凄みをきかせたエイダに、ロウソク男は声を失った。


 『大丈夫です。・・・セオルー、お前は控えなさい』

「は・・・」


 カーテンの内側から、何かを覚悟したような女王の声がして、ロウソク男は戸惑いを浮かべつつも、大人しく従った。


「お互い、腹を割って話をしよう。あたし達は、悪魔の巣とやらを調べに来た。ただし、あたし達がそれをするのは、あくまで自分達の世界を守るため、そして、その後に自分達の世界に戻るためだ。この世界を守るためじゃない。そこは、先に言っておく」


 『あなたの立場は理解できます、エイダ。それこそが、あなた方、ドゥの戦士の宿命ですものね』

「・・・!?」


 さすがのエイダも、顔色が変わった。


 なんてこと。

 女王は、ドゥ銀河帝国の存在を、知っている?

 これは、一体どういう事なんだ。


「テルテアと言ったな、お前、何者だ? この地の者では無いな?」


 エイダの手が、カーテンに伸びた。

 彼女が開くよりも早く、カーテンは内側より開かれた。


 そこに立っていたのは、少女だった。

 黄金の髪に、青い瞳をした美少女。

 年のころは、16.7才くらいにしか見えない。



 背はアタシよりも少し低く、随分と華奢に見えた。


「お前は・・・・」

「私は、この国の女王テルテアです。そして、偽りなく、この地で生まれ育った者です」

 凛とした声が、小さな唇から離れた。


 テルテアは、女王というには、決して華美な姿をしてはいなかった。

 白いワンピースのドレスは、よく見ると、生地も厚く、村人の服と比べても、それ程大きくは変わらない。せいぜい、首につけた金色のチェーンと、両手首のブレスレットが、僅かに気品を感じさせるくらいだ。

 ティアラや、宝玉も無い。

 ただ、その堂々とした佇まいと、芯の強さを感じさせる真っ直ぐな瞳だけが、彼女の強い自尊心を感じさせた。


「何故、ドゥのことを知っている!?」

「幼き頃より、聞かされ続けてきたからです」

 テルテアの顔が微かに綻び、そこには、目の前の女戦士に対する、疑いようのない羨望が滲んだ。


「シオンの地に落ちた巨神の一体が、チェリオットなのでしょう」

「何故、それを」

「私に、この世界で見えぬ場所はありません。ひどく、狭い世界故に」


 テルテアは、ゆっくりとアタシ達に手を差し伸べた。


「おいでください。貴女の言う通り、腹を割って話をしましょう。お見せいたします。わが女王としての秘密を」


 彼女の背後に、もう一つの扉が見えた。

 その扉が、内側から微かに開いた。

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