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シーン4 女心は乱れに乱れ

 シーン4 女心は乱れに乱れ


 アタシは、バロンの部屋に連行された。


 彼の部屋は、まあ、一か月前と何ら変わっていなかった。

 いつものように、机の上には作りかけのプレーン模型があって・・・。

 アタシが占領してしまった、彼のまな板型ベッドも、クッションの山も、読みかけだった本の栞まで、まるっきりそのままになっていた。


 まるで、時間がそのまま止まっていたみたいだ。


 実のところ。

 アタシはこの船に自分の部屋を貰っている。

 そのくらい、彼らとは旧知の仲なのだ。

 いってみれば、家族と言ってもいいくらいの間柄だ。


 だけど、アタシは自分の部屋に一人でいるよりも、彼の部屋に遊びに来る方が気持ちも落ち着くし、それに楽しかったので、寝るとき以外はほとんどこの部屋で過ごしていた。

 そのため、彼は自分のベッドにアタシ用のクッションやブランケットを置いてくれていて、自分はわざわざ狭い簡易ベッドで寝るという、なんとも細やかな気配りを見せてくれていた。

 そして、冷蔵庫にはアタシの好物のフルーツジュースが満杯に入っていて。

 アタシの好きな雑誌や漫画を、ちゃんと用意してくれている。


 アタシはちょこんとベッドの端に座って、彼がいそいそとおやつセットを用意してくれるのを待った。


 ・・・。


 よく考えたら。


 なんか、バロンって、保護者みたいだな。

 アタシの彼氏っていうより、お母さんみたいだ・・・。


 ぼんやりとそんな事を考えて、はっとなった。


 ・・・まて。

 今、「アタシの彼氏」とかって、考えてしまってなかったか。

 まだ、そんなんじゃないのに、アタシったら何を先走ったコト考えてるんだろう。

 告白だってしてないし、されてもいないっていうのに・・・。


「はいでやんす」


 アタシの前に、バロンはとびきりのお菓子セットを用意した。

 甘いジュースは、・・・あれ、いつものとは違うけど、なかなかきれいな色をしている。

 それに、固くてしょっぱいお煎餅と、バナナ味のマフィン。

 そして、黒蜜たっぷりの寒天ゼリー。

 統一感はまるでないが、全部アタシの好物だ。


 アタシはとりあえず、マフィンから手に取った。

 パクってしたら。

 あ。・・・美味しい。


 なのに、なんだか、食べきれないような気がした。

 急に胸がつかえた。


「ラライさん・・・」

 バロンがぼそり、とアタシの名を呼んだ。


「どうか、したでやんすか。元気ないみたいでやんす・・・」


 元気か。

 そりゃ、なくなるよ。

 よくよく考えたら、アタシってば、警備会社の仕事、失敗しちゃったことになるもんね。

 それに、気付かなかったとはいえ、バロンと戦っちゃって・・・。


 あろう事か。

 負けたくない一心で、彼の事を傷つける所だった。


 いや。

 そんな甘いもんじゃない。

 もしかしたら、殺すところだったのかもしれない。


 あんなに、もう人殺しはしたくない。

 人が死ぬのを見たくない。

 って、思ってきたのに。

 ・・・言って、きたのに。


 よりにもよってバロンに向かって、自分の一番汚い部分をさらけだしてしまった。


 自分の慢心と、エゴと、偽善。

 そう、正義感の仮面で隠してきた、アタシの本性。


 アタシが何も答えられず俯くと。

 彼はものすごく悲しそうな顔をした。

 そして。

 後は何も言わなかった。


 アタシは、堪えきれなくなって。

 食べかけのマフィンをテーブルに戻し、頭からブランケットを被って、ベッドに丸まった。


 アタシには、彼に優しくされるような資格なんてない。

 最低なのはアタシだ。

 最悪なのはアタシだったんだ。

 そう思ったら、震えが来て止まらなくなった。


 いっそ、シャーリィみたいに嫌味の一つも言ってくれればいいのに。

 そんな顔でアタシを見ないでくれ。


 アタシは、ひとしきり泣いた。

 疲れるくらい、泣いた。


 バロンの前で泣くのは恥ずかしかったけど。

 流れ出した感情は、もう抑えることが出来なった。


 どれくらいそうしていただろう。

 ようやく涙も枯れて、全身が固まったみたいに痛くなった。

 もう、いっそ、このまま眠りたい、って思ったら。

 突然、彼が立ち上がる音がした。


 ピーっと、聞きなれない音がした。

 何の音かなと、顔を上げた先で、彼は部屋のドアを閉めていた。

 もしかして、内側から電子ロックをかけた?


 バロンってば、何をするつもり・・・!?


 この船にお世話になって以来。

 彼が、部屋に鍵をかけたのは初めてだ。

 そして。

 今、部屋には二人きり。


 これって・・・。

 まさか。


 まさかとは思うけど!!!


 いや。バロンに限ってそんなわけはない。

 そんなわけはないけど、彼だって一応男なんだし。


 アタシはブランケットの中で、さっきとは全く違う息苦しさを感じ始めた。

 彼が近づいてきた。

 ためらうように、アタシの前で足をとめ。

 そして。


 ・・・何も、しないの?


 ・・・ちょっと。

 どうせなら、なにか少しくらいアクションを起こしてよ。

 アタシにだって、心の準備はあるんだし。

 こういう、よく分からない沈黙は嫌いなのよ。


 そのくせ、胸がどきどきして止まらなくなった。

 さっきまでの最悪な気分が、どこかに流れていって、代わりに全身に汗が滲んだ。

 体の芯から熱くなって、目は、どこを見ていいか分からなくなってくる。


 もういっそ、がばって来るなら、来ちゃえばいい。

 抵抗するかもしれないけど。


 しかし、彼の行動は、アタシの想像とは違っていた。

 突然大音量で音楽が流れて、アタシは驚いて跳び起きた。

 壁面のモニターいっぱいに、画像が浮かび上がって、アタシの大好きなバンドのライブ映像が始まった。


「バロンさん、これって?」

「一緒に見に行った時のライブ映像でやんすよ。この間、発売されたばかりでやんす!」


 彼は振り向いて。

 満面の笑みでアタシを見た。


「気分が乗らないときは、大好きな音楽が一番でやんす! で、やんしょ?」


 アタシは呆気に取られて・・・。

 思わず、くすっと笑った。


「やっと笑ってくれたでやんす~!」

 子供みたいに、バロンは、はしゃいだ声をあげた。


 全くもう。

 ちょっと期待しちゃったじゃないの。

 本当にこういう所だけはニブいんだから・・・。


 そしたら、全部馬鹿らしくなってきた。

 さっきの後悔も、彼に対して感じた不機嫌な感情も。

 全部、バカみたい。


 あー、負けだ負け。


 アタシは認める事にした。


 プレーン戦だけじゃなく。

 全部アタシの負けだ。

 敵わないわ。このタコ助ったら。


 今日のところは。

 とりあえず降参という事にしておこう!!


 アタシは彼に飛びついた。

 予想もしてなかったらしく、バロンは受け止めきれずに後ろ向きに倒れた。

 アタシの体はにゅるんと彼の上を滑って、床の上に転がった。

 頭をしたたかにぶった。

 痛くて火花が散ったみたいだった。

 だけど、それも含めて、何もかにもが可笑しくなってきて、アタシは大声をあげて笑いだした。


 彼も笑った。

 本当に楽しそうに笑った。

 そして、思い切りアタシの体を引き寄せて、顔を見合わせて大笑いした。


 それからアタシ達は子供みたいに床の上を転げまわった。大声で歌って、それからありったけのお菓子とジュース、彼はアルコールをがぶ飲みして騒いだ。

 もう明日なんか来なくていいって、思う程楽しかった。


 ライブ映像が終わると、なんだか急に静かになった。

 アタシとバロンは床の上に直接寝転がっていた。


「ラライさん」

 バロンが改まった口調になった。

「なあに、バロンさん」


 アタシは天井を見上げたまま答えた。


「あっしは、ラライさんの事・・・ずっと前から。その・・・でやんすね」


 あ。・・・きた。


 さっきよりもずっと落ち着いた気持ちで、アタシは彼の声を聞いた。


「その・・・。言いにくいんでやんすが、本当にずっと前から。あのカース星で、はじめて出会った時からでやんすね・・・あの。そ・・・の。」


 彼はごにょごにょと口ごもって。

 そこから先が繋げなくなっていった。


 全くもう。

 肝心な時に不器用なんだから。


 でも、そんなところも、彼の良い所だ。


「知ってる」

「え・・・」

「知ってるよそんな事」


 アタシは答えた。


「そ、それじゃあ、ラライさん!」

 彼は、がばっと半身を起こした。

 顔が真っ赤になって、目が、微かに潤んでいるように見えた。


「うん。わかってる」


 ・・・だけど。

 そう、わかってるんだよ。

 わかってるんだけどな―。


「もう少しだけ、このままでいたいの。もうちょっとだけ」


 アタシは言った。


 もう少しなんだ。

 アタシが「ライ」としての自分を、過去を、もっとちゃんと納得して、正々堂々と貴方に向かい合える日が来るまで。


 今日のアタシは、色んなことがありすぎて、自分を見失いかけてる。

 だから、今の気持ちで答えるのは、なんか嫌だ。


「そうでやんすね。あっしは、ラライさんが笑ってくれるなら、今はそれでいいでやんす」

 バロンは何かを感じ取って、笑った。


 彼って、こういう所はすごく気がつくのにな。


 アタシは彼の手を、キュッと握った。

 彼は握り返してくれた。


 やっぱり。これは気持ちのいい関係だ。

 ここに帰ってこれて、良かったんだ。


 アタシはようやくその想いに辿り着いて、心の底からほっとした。



 だけど。

 アタシの思いにだけ整理がついても、問題は解決したわけじゃなかった。

 彼の部屋の通信機が呼び出し音を告げていた。


 バロンが回線をつなぐと。


「キャプテンが待ってる。状況確認と行こうじゃないか。バロン、ラライを連れて食堂に来な」


 シャーリィの冷たい声が響いた。

お読みいただいてありがとうございます!


すみません。

感想受付がユーザーのみ制限になっていました。

制限なしに直しましたので

コメント等ありましたら、どんどん書き込んでください!!


引き続き、よろしくお願いします


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