シーン48 必殺技は叫びたい
シーン48 必殺技は叫びたい
アタシとエイダは悲鳴が聞こえた方に走った。
崩れた瓦礫の隙間から、一人の少年が走り出してくるのが見えた。
見た目は10歳くらい、いやもしかしたら、もっと幼いかもしれない。シオンの村人とそうは変わらない粗末な服を着て、ぼさぼさの髪を後ろで一つに結っている。
「君、どうしたの?」
って言いかけて、アタシはすぐに彼が血相を変えて逃げてくる理由に気付いた。
少年は、突然目の前に現れたアタシ達に驚いて、立ち止まろうとしたのか、足がもつれた。そのまま前のめりに転んだ背中を目がけ、がれきの向こうから体長二メートルはあろうかという大猿に似た怪物が躍りかかった。
「いけない!」
エイダが叫びながら長剣を抜き放って、大猿に向けて薙いだ。
勢いで切り倒せるかと思ったら、大猿の動きは予想以上に機敏だった。
あと少しの所で踏みとどまって、憎らしそうに牙をむいた。
真っ赤な歯茎までむき出しにして、ぐるるると低い唸り声を出し始める。
「そこの君ッ、早くこっちに!」
「ね・・・姉ちゃん達は?」
少年が動揺しながらも、這うようにしてアタシの方に逃げてきた。
「ラライ、その子をしっかりと守れ!」
「分かってる」
エイダは剣を正眼に構えて、慎重に大猿の動きを見定めていた。
大猿も、用心しているのか、遠巻きにエイダを見ながら、なかなか手を出しては来ない。だが、黒い毛むくじゃらの手の先では、アタシの首なんか一発で刎ねとばしてしまいそうな程に、鋭く長い爪が不気味に光っていた。
「姉ちゃん、気を付けて、そいつ一匹じゃない!」
アタシの背に隠れて、少年が急に叫んだ。
「なに!?」
エイダが呟くよりも早く、大猿は動いた。
彼女を目がけ、勢いよく突進してくる。
これは、囮だ。
アタシは、崩れかけたビルディングの壁面を走る黒い影に気付いた。
もう一匹はそこだ。
エイダが正面の敵に気を取られているところを、横から襲うつもりか。
そうは、させない!
アタシはレイガンを抜いた。
光弾が走って、死角からエイダを狙う大猿に直撃した。
大猿は思いもかけない一撃を受けて、絶叫をあげながらその場を転がった。
「そこだっ!!」
エイダが気合一閃、正面の大猿を斬り倒す。
裏をかいたつもりの大猿は、エイダの剣をまともに脳天に受けて、絶息した。
エイダは油断をしなかった、そのままアタシが打ち倒したもう一匹に視線を向け、とどめを刺す。
「すげえ・・・」
アタシの後ろで、少年が感嘆の声を洩らした。
アタシは、振り返って少年を見た。
彼はアタシと目が合うと、少しぽかんとした顔をして、それから、微かに頬を赤らめた。
「まずは助かって良かった。ねえ君、ヤソワ族のひと?」
「そうだよ・・・姉ちゃんたちは?・・・シオン?」
「厳密には違うけど、そう、シオンの方から来たの」
「じゃあ、まだシオンの森は・・・」
彼が何か言おうとした時だった。
少年の眼が、何かを見止めて、そして見開いた。
・・・?
「ラライ、エイダっ!逃げろーッ!!」
コンラッドの声が響いた。
アタシは何が起きたかもわからず、振り向き、そして、一瞬思考が止まった。
巨大な口と牙が、もう目の前に迫っていた。
アタシなんか、いや、アタシ達三人を丸呑みできる程の巨大な口。
間一髪、セドックが投げた槍が、そいつの左目を直撃しなければ、アタシ達の運命はそこで終わっていた。
続けて、コンラッドの矢が飛んだ。
「走れ!」
エイダの声に弾かれて、アタシ達はコンラッドたちの方へと駆けだした。
コンラッドとセドックは、半壊したビルディングの下に潜るように身を隠して、そこからアタシ達を呼んでいた。
アタシ達を襲ってきたのは・・・。
あの、ワイバーンだった。
近くで見ると、なんて大きさだ。
そして、なんて醜悪な怪物なんだ。
あと少しで彼らの元に辿り着こうかという時、アタシ達は絶望に阻まれた。
アタシの逃げ道を塞ぐように、新たなワイバーンが降りたって、激しい声で叫んだ。
耳が、破ける程の叫びだった。
それと同時に、右にも、左にも、何匹ものワイバーンが空から舞い降りてくる。
これは、囲まれた!
少年が絶望的な悲鳴を上げて、その場にへたり込んだ。
「こいつは、・・・まずいな」
あのエイダすら、もはや打つ手はなさそうだった。
それでも剣を掲げ、四方からアタシ達を取り囲んだワイバーンに、せめてもの一矢を報いようと身構える。
だけど、これじゃあ、勝ち目なんてない。
どうすればいい。
もう、駄目なのか。
ワイバーンが恐れおののくアタシ達を見て、歓喜の声をあげはじめた。
獲物をいたぶる獰猛な怪物の顔が、歪んで見えた。
エイダが、突然少年の手を押さえた。
「ラライ、仕方ない。あれを使え!」
「アレ?」
「馬鹿、シュミットだ、今度ばかりは、仕方ない」
「で、出来るかなっ!?」
アタシは短剣を握りしめた。
アタシの手の中で光る短剣を見て、ワイバーンは突然猛った声をあげた。
左目を傷つけられたワイバーンが、自分の獲物だと言わんばかりに一段と高く吠え、不意にアタシ達に噛みついてきた。
これは、考えてる暇なんてない。
「アルラウネ、お願いっ!!」
アタシは剣を振るった。
剣先が空を裂く。
その切先が走る導線の向こうで、襲い掛かってきたワイバーンの鼻先がざっくりと切れたのがわかった。
え?
と、思う間もなく、アタシの体は光に包まれた。
この感じは。
やっと。
やっと、エネルギーがチャージ出来た!?
アタシの眼が、肉体が、シュミットと一体となり、プレーンそのものの姿となって具現化していく。
久しぶりに解放された喜びを、アルラウネ=シュミットはエネルギーの咆哮で体現した。
突然現れた巨大なシュミットの姿に、ワイバーンは驚いて飛び上った。
「今です!エイダさん、早く逃げて!」
アタシの声が、拡声器のように周囲に響いた。
エイダが少年を連れてビルの陰に隠れるのを見届け、アタシはワイバーンたちに目を向けた。
よし。
この力なら、ワイバーンなんて、敵じゃない!
「グロリアスソードっ!」
アタシは叫んだ。
アタシの右手に、主要武器であるロングソードが出現した。
ふふ。
アタシの意志で具現化すると聞いてから、実はずっと、こうやって武器の名前を考えていたのだ。
なんかほら、名前があるとカッコいいじゃないか。
正義に味方みたいでさ。
ネーミングセンスは、ちょっとまだまだかもしれないけど。
アタシの気分の問題だから良いのだ。
背中にある花形のエネルギーユニットからパワーを放出して、アタシは飛んだ。
飛びかかってくるワイバーンに向かって一閃し、あっという間に一匹の息の根を止める。
アタシの攻撃を見て、他のワイバーンは明らかに怯んだ。
それでも、襲い掛かってきたのは、手負いのあいつだ。
あたしのシュミットは左手に出現させたシールドで牽制すると、返す刀でそのワイバーンを切り裂く。
その圧倒的な光景に、ワイバーンは完全に力の差を感じたようだった。
アタシの機体の周りを旋回し、様子をうかがってから、一斉に離れ始めた。
だけど、ここで逃したら、またいつ襲ってくるか分からない。
シュミットを呼び出すにも、エネルギー回復の時間が必要になるんだろうし。
今のうちに、禍根は立たないと。
「アイヴィーウィップ!」
アタシは蔦を変化させた鎖状のムチを周囲に放って、ワイバーン達の体をつなぎ止めた。
「一気に決めてやる! えーと・・・とりあえずラライ、サンダースラッシュっ!!」
いっぺん、こういうのをやってみたかったんだ。
必殺技って言うの。
叫んでみたいじゃない。
アタシはつなぎ止めたワイバーンに向かって、機体を回転させながら、次々に剣を繰り出した。
グロリアスソードと名付けた長剣の切れ味は、筆舌に尽くしがたい程に鋭かった。
ワイバーンは断末魔の絶叫をあげながら、その巨体を切り裂かれ、あっという間にただの肉片となって落下していった。
よし、これで、少なくとも一匹も逃さなかった筈だ。
さすがはシュミット。
相手がこの程度の怪物なら、圧倒的じゃない。
ってーか。
良かったー、このタイミングで、ちゃんと出てきてくれたよ。
なんて良い子なの、アタシのアルラウネちゃん。
アタシはゆっくりと着地して、自らシュミットを降りた。
「ありがとう、アルラウネ」
まるで言葉がわかるかのように、アルラウネは光に包まれて、再び出現した時と同様、次元の境目へと消えていった。
習ったわけでもないのに、わずか数回の経験から、アタシはこのシュミットの扱い方が、少しずつではあるが、理解できるようになっていた。
そして、短剣に視線を落として、その表面に浮かんだ光を見た。
不思議な事に、その意味が自然と理解できた。
エネルギーの回復度合いだって、ちゃんとわかるようになってるんだ。
この光は、それを教えてくれる役目も果たしてるんじゃないか。
今くらいの戦闘だと、そんなには力を使っていない。
具現化でかなりのパワーを使うから、すぐにとはいかないまでも、それほど時間をかけずに回復できるような気がした。
「ラライ、無事か!?」
エイダやコンラッド、セドックが駆けだしてきた。
「アタシは大丈夫、みんなも無事ね」
それは、聞くまでも無さそうだ。
あの少年も、顔を輝かせながら飛び出してきて、アタシを羨望のこもった眼差しで見上げた。
「やはり凄いもんだ・・・。まさにシュトライ神の化身のようじゃな」
セドックがため息交じりに言った。
「これが、ラライの力」
コンラッドもまた、あらためて感動したように呟いた。
「ともかく、今日の所は助かった」
「エイダさん」
彼女はばつの悪そうな顔をして、短い髪をかきあげた。
シュミットは軽々しく使うなって、アタシにいつも言ってたしね。
だけど、今回は使うタイミングだったでしょ。
「礼を言う。礼は・・・言うが・・・な」
「どうしたの?」
エイダは、ほんの少し、頬を赤らめた。
なんだ、この表情?
気まずそう・・・な、でも、何か違う。
「どうでもいいが、ラライサンダースラッシュって言うのは、あまり叫ばない方が良い」
「え・・・」
「聞いてるこっちの方が、恥ずかしくなる・・・」
「ええーっ!!」
ってて・・・てーか、聞こえていたんですかー!?
てっきり、コクピット内にしか響かないと思って、ノリノリで叫んでたんですが。
アタシは自分が口走った数々の恥ずかしいネーミングを思い出して、真っ赤になった。
「まあ、幸いテアの標準語だったからな、コンラッドたちには気付かれてないだろう」
慰めるように言って、エイダはアタシの肩をポンと叩いた。




