シーン39 異世界勇者は似合わない
シーン39 異世界勇者は似合わない
エイダはアタシへと真っ直ぐに銃口を向けていた。
その水色の髪が風に揺れて、彼女の精悍な美貌に陰りを生んだ。
葉擦れの音が、不思議と懐かしい匂いを孕んで流れた。
「エイダさん。・・・アタシを殺すの?」
声は、どこか空虚な呟きになった。
彼女はシュミットキーを、そして、その秘密を知るもの全てを狙ってきた。
だからといって、こんなワケのわからない状況下でも、彼女はその使命を果たすことを最優先するというのか。
いや。
当然だ。
彼女はドゥの軍人なんだ。
感情より、理性より、与えられた使命こそが絶対の正義。
その為には、仲間の命だって、いや、自分の命でさえも容赦なく犠牲にする。
それがドゥだ。
事実、あの宇宙での戦いで、ザラは相棒であるエイダを、何のためらいもなく巻き添えにしようとしたじゃないか。
緊張に喉が渇いて、つばを飲み込む瞬間、微かな痛みを呼気と共に感じた。
エイダの銃の腕は、本物だ。
この距離で、アタシに躱せるはずなんかない。
最後まで生き延びるチャンスを思考の奥で探しながらも、アタシは、覚悟をせざるを得なかった。
なんて終わり方だ、悔いが残るなんてもんじゃない。
こんな事になるなんて。
アタシにはまだ、何にも見つけられていないのに。
生きてきた意味も証も、何にも実感できてないのに。
目を閉じて、その時を待った。
彼女が引き金にかけた指に、力を込めた。
バロンさん!!
目を閉じて、ただ彼の姿だけを脳裏に描いた。
かちり。と、音がした。
だが、それに続いたのは、銃声ではなく、呆れたような彼女の溜息だった。
薄目を開けて、アタシはおそるおそる彼女を見つめた。
「・・・レイガンのエネルギーまでシュミットに吸われたか。ライ、お前命拾いしたな」
エイダは、そう呟いて、レイガンを腰のホルダーに戻した。
アイスブルーの瞳がアタシを映していた。
けして長くはない髪をぐしゃぐしゃに掻く仕草は、かつてトマスで何度も見た彼女のいつもの癖だった。
「エイダさん」
アタシの声は、無意識に上ずった。
彼女は目を細め、駆け寄ろうとするアタシを手のひらで制した。
「嬉しそうな顔をするな、お前はいずれ始末される。その事に変わりはない」
「だけど、今はそのつもりは無くなったんでしょ。命拾いしたって、言ったもん」
「まったく、お前は昔と一緒だな。調子のいい奴だ・・・」
あれ、アタシそんなに調子よかったかな。
そんな風に思われていたなら、ちょっと意外だった。
エイダは腰に両手をあて、あらためて空を見上げた。
赤い空に、黒い雲。
温い風が重苦しく、肌に張り付くような不快感があった。
「状況を整理しよう。ライ、お前はどこまで理解している?」
エイダは真剣な表情で言った。
ここは、森の中だ。
足の下にあるのは、人工の床では無くて、ちゃんとした土の大地。
地面にはびっしりと草も生えていて、歩くたびに、踏みつけた植物から、宇宙では嗅ぐことのできない独特の匂いがする。
うっそうとした緑の木々の合間には、よく見れば花も咲いていた。
もし、空の色が「赤」でなく、「青」だったなら、どんなにか美しい景色だろう。
だけど、やっぱり空は赤く染まり、雲は黒く渦巻いて、周囲からは生命のみずみずしさのかわりに、不吉な程の静寂が漂っていた。
「アタシはもう、何が何だか?」
正直に、アタシは呟いた。
「エイダさんは、ここが何処か分かってるんですか?」
ダメもとで質問すると、意外にも彼女は素直に答えた。
「確証はないが、想像はついている。シュミットを追う以上は、異次元世界の存在は予測の範疇だった」
言いながら、悔しそうに顔を顰めた。
異次元世界?
アタシはその意味を考えた。
まあそうか。
そう考えた方が自然かもしれない。
どう見てもまともな惑星上とも思えないし、何よりも、シュミットの力で転移してきたと考えれば、次元の隙間に入ったと想像するのは難くない。
「〈イナンナ〉さえ、動けばな。もっと確実に調べがつくのに」
「いなんな?」
アタシが聞き馴染みのない言葉に首をかしげると。
「あたしのチェリオットさ」
エイダはちらりと振り返って、森の中に倒れたままの巨体を恨めしそうに見た。
「動かないんですか?」
そんなに簡単に壊れるようなものでもないだろうに。
と思ったが、その原因はどうやらアタシにあるようだった。
「お前のシュミットに、全エネルギーを吸われてしまったからな」
「シュミットに?」
声が大きくなってしまった。
「そうだ・・・。お前、自覚がないのか? ザラが撃ったエクスバスターのエネルギーも、全部吸い込みやがって。次元転移のパワーに変換しただろう」
ああ、あの時か。
アタシはザラに撃たれた瞬間を思いだした。
背中の花びら型ユニットが開いたのは覚えているけど、ドゥの誇る殲滅兵器のエネルギーを吸収するなんて、そんなとんでもない事をしちゃったワケ?
「じゃあ、エイダさんのチェリオットは?」
「しばらくの間は、起動不能だ。補給環境のないこの状態からエネルギーを自然蓄積するには、正直何日かかるかわからない。一旦起動できれば、そこからは速いんだが」
エネルギーの自然回復か。
プレーンのエネルギーは空間に自然に存在する粒子だ。
だが、それを流圧エンジンに送るためには、引き金となる別のエネルギーが必要だ。
チェリオットも、エネルギーの蓄積には似たようなシステムを使っているんだろうけど、今の話だと、初動エネルギーさえも自己回復できる機能があるようだ。
ただ。
パワーがありすぎる分だけ、余計に時間がかかるのかもしれない。
「イナンナが動けば、元の世界からどの程度ずれたのかくらいは確認できる。助けを呼ぶ事だって不可能じゃない。今の状況だと、確率は、あまり高くないがな」
「へえー」
本気で感心した。
「チェリオットって、やっぱりすごいんですね」
「お前たちの、プレーンとかいう玩具とは比べるな」
ぎろり、と、エイダは睨んだ。
だけど、少しだけ得意げな顔に見えた。
「どうせ、お前たちは、次元レーダーすらも実用化していないんだろう」
「次元レーダー?」
「初耳か。まあ、エレスの宇宙圏では認可させていない技術だからな」
皮肉めいた笑みを、エイダは浮かべた。
どうやら、彼女はアタシよりも、ずっと、この状況を理解しているらしかった。
異世界に紛れ込んでしまったというのに、随分と余裕を感じる。
もしかしたらだが、ドゥの人間にとって、異次元世界というのは常識の中に存在するのかもしれない。
「とにかく、また、さっきみたいなドラゴンが現れたら大変だ。どこか安全な所を確保しなければ・・・」
エイダの眼が、鋭く光った。
「誰だっ!!」
彼女は叫びながら手を払った。
いつのまに取り出したのか、彼女の指の間に、ナイフが光っていた。
アタシは素早く彼女の背に隠れた。
この辺が、ちゃっかりしていると言われる所以かもしれない。
茂みが揺れた。
続いて足音と、荒い息遣いが聞こえた。
次に視界に入ったのは、鈍く光る剣の煌めきだった。
あ、さっき足元に居た人達だ。
アタシはすぐ、それに気付いた。
まるで、ファンタジーゲームの世界から飛び出した、冒険者みたいな連中。
金属製の鎧を纏った、剣を持つ大男。
革製の鎧に身を包み、弓を構えた、比較的若い男。
それに、革鎧を着ているが、長すぎるほどの槍を持った、初老の男。
彼らはアタシ達を見て、一様に戸惑いと畏怖の入り混じった顔をした。
弓を持った男が一歩前に進み出た。
日焼けしたたくましい肌に、灰色がかった金色の髪がなびいた。
精悍な顔だが、微かにまなじりが下がって、厳しい中にも優しい目をしている。
あら。素敵。
ちょっと一目ぼれしそうな良い男に見えた。
外見だけで言うなら、ドストライクだ。
・・・バロンには悪いけど。
と思ってから。
・・・いや、悪くない。
と、すぐに思い直した。
彼ったら言ってたじゃない。
アタシたちはまだ、プラトニックなフレンズでやんすもんね~。
って。
・・・。
今更だが。
プラトニックなフレンズってなんだよ。
アタシの余計な感情の揺らめきはほっといて、男は口を開いた。
「%‘#$&%&’###&$%$%#&%」
あらら。言葉が通じないぞ。
テアの標準語は知らないのか。
ってーか、よく考えたら、ここは、異次元世界みたいだし。
アタシがいた宇宙ではない。
つまり、外宇宙ですらないのか。
こりゃ、どうしようもないなー。
と、肩を竦めていると。
「&&%$#$%&‘’####&%‘’%$##」
エイダが平然と話し始めた。
「エイダさん、言葉がわかるんですか!?」
アタシは驚いて叫んだ。
エイダは特別な様子もなく、アタシを振り返った。
「翻訳機だ。お前は持ってないのか?」
「そんなの持ってませんよ。でも、エイダさん、そんなものどこに持って?」
アタシは首を傾げた。
そんなもの、どこにも見えないし。かといって、そういった機械を体に埋め込むような事は、ドゥの人間なら絶対にしていない筈だ。
というのも。
昔は、ナノマシンとかいう技術や、サイボーグ技術なんてものがあった。肉体を改造して特殊なスキルを身につけた人間もいたそうだが、現在では、肉体に人為的な手を加える操作は、クローン技術や細胞移植などの技術と同様に、厳しく禁じられている。
これは、軽微な医療行為にまで及ぶから、意外と厄介な規制だ。
そして、この規制が生まれた背景には、ドゥの独特の倫理観が存在する。
彼らは、肉体を自傷する行為を否定し、同時に、治療する行為にすら難色を示す。
なぜ、医療行為ですら認めようとしないのか。その理由はわからない。
だが、エレス同盟圏は、ドゥやルゥといった先進技術を持った勢力圏からの圧力に、簡単に屈した。
彼女は耳につけた小さなイヤリングを、片方アタシに渡した。
「もしかして、これが?」
聞くと彼女は、小さく頷いた。
なるほど、イヤリング型の翻訳機か。
すごいな、小さいのに、良く出来ている。
アタシはイヤリングを耳につけながら、彼女はやはりドゥの人間だなと、あらためて思った。
ピアス穴ですら、ドゥでは自傷行為として罰則を受けるという。
そして、怪我をした時には、縫う事すらも良しとしない。
アタシは「バッカみたい」と思うけど。
それが彼らには良識であり、どこまでも徹底しているのだ。
ちなみに。
そんな彼らの道徳観が生み出した最高傑作が、あのメディカルボックスなのだから、まあ、結果としては素晴らしい発明をしてくれたと、感謝をすべきだろうか。
それはともかく。
アタシはイヤリングのおかげで、ようやく彼らの言葉を理解できた。
その頃には、エイダと彼らとの話は、既に進んでいた。
「・・・そうだ。もし、貴女達さえよいのなら」
男が、何かを提案しているのが聞き取れた。
エイダが、微笑を浮かべてアタシを振り向いた。
「なあライ、この連中、お前の事を勇者様って呼んでいるぞ」
「ふーん。・・・はあぁ?」
アタシは聞き直してしまった。
「怪物を倒したのも、シュミットから降りるのも全部見ていたらしい。ドラゴンの脅威から救ってくれた事に、お礼をしたいそうだ。・・・自分たちの村に来てほしいと言っているが、どうする?」
訊ねながらも、エイダは既に答えを持っているようだった。
まあ、相手が友好的なら、ありがたい話じゃない。
こんな勝手も分からない森の中に二人っきりで居るよりは、少しでも状況だってつかめるだろうし、休むことだってできそうだ。
「行ってみる他に、選択肢ってないですよね。どうせ、もう行くって答えたんでしょ?」
肯定も否定もせずに、エイダは彼らに視線を戻した。
「この感じだと、とって食われる事はなさそうだ」
三人の男達は、アタシ達を先導して、森の奥へと歩き始めた。
「遠いのかな?」
不安になって、アタシは聞いた。
こんな足場の悪いところを歩くなんて、あまり経験が無い。
トレッキングとか、体力を使いそうな趣味は、極力回避してきたからなあ・・・。
「近いとは、言ってるね」
「じゃあ、良かった」
アタシはホッとした。
だが。
全然良くなかった。
彼らにとっては、すぐ近く、なんだろうけど。
森の中を歩いた経験の無いアタシにとって、その距離は十分に苦痛だった。
山を歩き、川に出て、また山に登る。
アタシは崖では滑り落ち、川では水に流され、登り坂では落石にあたるという見事なスリーコンボをその身に受けて、あっさりと満身創痍になった。
最後は、例の弓の男がアタシをおんぶしてくれた。
なんとまあ、情けない「勇者様」だろう。
ようやく彼らの言う「ムラ」に辿り着いた頃には、アタシは疲労困憊になっていた。だが、それ以上に男達の表情には、アタシに対して困惑した雰囲気が浮かんでいた。
あ、弓の男だけは別だ。
彼は外見通りに優しくて、ワイルドな中にも紳士的な仕草が見えた。
うーん。これはやばい。
こんな異次元世界で、新しいロマンスの予感がする。
それはそれとして。
アタシは目の前にそびえたつ門に目を向けた。
ムラは、アタシの背丈の倍以上もある木の柵に囲まれていて、門の各所には高い櫓が組まれていた。
そこに立っていた男が、アタシ達の到着に気付いて体を曲げた。
剣の男が、三度手を横に振った。
上の男が、同じように手を振り返し、しばらくして角笛の音がした。
少し、待たされた。
内側から押し開けるように門が開いた。
そこから垣間見えた世界は、アタシの目を丸くさせた。
まさに映画やゲームの中から飛び出してきたかのようだった。
木の建物に、土のストリート。
広場には井戸があり、馬がつながれ、端の方には枯草が積んである。
荷物を抱えた多くの人々が、足を止め、開かれた門の向こうからこちらに視線を向けた。
だけど、これは現実だ。
多くの人間が生み出す生活の音が響きだして、燻すような独特の匂いと、湿っていながらも、どこか温い風が流れ出してきた。
メイン通りを歩くと、子供や女達はあわてて物陰に身を潜めた。
それでいながら、興味が勝るのだろう、不安そうにこちらを窺っている。
正面から、革製の鎧を身につけた男が数人近づいて来るのが見えた。




