シーン3 アタシが悪いわけじゃない
シーン3 アタシが悪いわけじゃない
なんで。
デュラハンが・・・。
アタシは言葉を失って、半ばパニックに陥った。
宇宙海賊デュラハン。
それは、アタシにとって、欠かせない友人であり、仲間だった。
行き場を失ったアタシを居候させてくれて、就職に失敗するたびに励ましてくれて。
命を助けてもらった事も、一度や二度じゃない。
確かに彼らは海賊だけど。
どっちかっていえば義賊みたいな正義感があって。
こんな、罪もない一般船を襲うような仕事をしているなんて、とても信じられなかった。
『聞こえたら、貨物室のハッチを開けろー。無駄な抵抗はするな―。そこのプレーンも、大人しくしてれば命だけは助けてやるぞー』
再びシャーリィの声がした。
通信機が鳴った。
『02、どうした。戦闘を継続できるか。02、応答しろ!』
オペレーションリーダーが青ざめているのが、声だけでわかる。
アタシはその通信を・・・、切った。
モニターに、紛れもないデュラハンの船が浮かび上がってきた。
そして、その船に搭載された重子砲は、まさしく調査船を射程に入れている。
それは。
駄目だ。
アタシは機体を再び動かした。
衝撃のショックで、推進力が目に見えて落ちていた。
それでも、なんとかデュラハンの船の前まで辿り着くと、かつて知ったるデュラハンの内部通信に、機体の通信モードを合わせた。
「シャーリィさん。止めてください!、どうしてこんな事するんですか!?」
アタシの声に、シャーリィは明らかに動揺したようだった。
『なんだ今の声。え、ラライか・・・何処にいるんだ?』
「ここです。目の前です」
『目の前って・・・。まさか、アンタ?』
そのまさか。
ってーかさ。
アタシにしたって、まさかな事態なんですけど。
『なんでアンタがそこに居るんだよ!?』
彼女の声が微かに荒くなった。
「なんでって言われても、仕事ですから」
『仕事~? 何の?』
「警備会社です! ASOってところ。採用されたんです」
『はあ、聞いてないよ』
「言いましたよ。ASO、あっそ、って、シャーリイさん言ってたじゃないですか」
『・・・』
シャーリィは黙った。
これは、微かに思い出したな。
『いや。それにしたって、本当に警備会社に入るなんて、そりゃないんじゃない? もしかして、あたし達を裏切るつもりか!?』
「裏切りって、そんなつもりじゃないけど・・・」
アタシはごにょごにょと口ごもった。
内心。
ちょっとは、なんかどうなのかなって、思ってたりもしたのは事実だ。
『あー、そうかい。あんた、これまでの恩を仇で返す気ってわけだね、そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ。バロン、やっちまいな!』
『姐さん。それはちょっと、でやんす~』
バロンのヘビーモスがアタシの機体の背後に接近していた。
彼はアタシに遠慮するように、隣に並んだ。
『何が、それはちょっと、だい。時間が無いんだよ。その辺、分かってんだろ』
『それはそうでやんすが~』
バロンは〈ちょっと〉ためらった後。
アタシの機体を背後から、ぎゅっと抑え込んだ。
相手は重量級プレーン。
こうなると、このシビア―ルでは手も足も出ない。
「バロンさん。どうして、この船は大学の調査船よ。襲うような相手じゃないわ」
『これにはワケがあるでやんす~。ラライさんのお仕事の邪魔をするのは心苦しいでやんすが、ここは少しだけ、我慢しておくんなせえでやんす』
「ああ~っ、もう」
アタシは足をバタバタさせたが。
無駄だった。
バロンはアタシの機体をそのままデュラハンの格納庫へと運んで、中に降ろした。
『ここで、じっとしてるでやんす。仕事が終わったら戻るでやんすよ』
まるで子供に言い聞かせるみたいに、バロンは言った。
何だよ。
こんな再会の仕方。
これまでで最低じゃない。
もう、最悪だわ。
「まってよバロンさん。そんな事言われたって!」
アタシはもう一度彼を止めようとした。
そこで、急にバランスを崩して、アタシの機体は倒れた。
アタシは自分が操作をミスしたのかと思った。
だが、違った。
『くっそー、来やがった。時間がかかり過ぎたーっ』
これは。
何が起きた?。
バロンのヘビーモスが、再び出撃した。
アタシはほんの少しの間迷った挙句、プレーンを降りた。
よく見知った船内を駆け抜け、コクピットに入り込む。
そこにはシャーリィが一人で座っていた。
モニターに、さっきまでアタシが乗っていた調査船が映って。
その向こうに、巨大な船がもう一隻出現していた。
「ラライ、来たのかい」
「はい。あれって何です?」
「敵に決まってんだろう」
「敵?」
アタシは言いながらサブシートに座った。
「なに勝手に座ってんのさ、この裏切り者」
「そういうの、後にしませんか」
「ったく、アンタのせいでこっちの計画が台無しだよ。この償いはきっちりとしてもらうからね。覚悟しときな」
シャーリィは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
新たに現れた船は、明らかに普通ではなかった。
巡洋艦クラス。
「やばいね」
と、シャーリィが漏らした。
巡洋艦からも、プレーンが発信した。
その数、ゆうに10機はいる。
「バロンさん、気を付けて!」
『わかってるでやんすよ』
バロンが迎撃に向かおうとする。
それを、シャーリィは制した。
『バロン、離脱だ、一斉射撃が来る!』
そんな!
って、思う間もなく。
本当に一斉射撃が行われた。
巡洋艦から放たれたエネルギー弾の雨は、目の前の調査船すらも容赦なく撃ちぬいた。
そして、このデュラハンの海賊船もまた、被弾した。
「やばっ、今ので重子砲がやられた、こりゃ、無理だ!」
シャーリィが唇を噛んだ。
バロンは無事だった。
エネルギー弾の雨をギリギリで回避して、再び迎撃に向かおうとする。
それを見て、シャーリィが叫んだ。
「一旦退却する。バロン、戻れるか!?」
バロンの機体は微かにためらいを見せたが、姐さんの指示は絶対だった。
彼が船の格納庫に辿り着くまで、二度目の一斉射撃が行われた。
アタシは恐怖に目を瞑った。
何度も振動が襲って、船内の照明がブラックアウトした。
非常モードで何とか再起動させると、シャーリィは必死に舵をきった。
「流圧エンジンは、何とか片方生きてます。けど、これじゃあ亜空間航行はできない」
アタシは次々に止まっていく計器類に焦った。
「射程外に出るまでの辛抱だ。少し、揺れるぞ」
彼女の声を、信じるしかなかった。
それからの数十分、アタシは生きた心地がしなかった。
サブシートにしがみつきながら、襲い来る恐怖に耐え、気付いた時には、周囲は嘘のように静まり返っていた。
シートベルトを外して。
「なんとか、逃げ切ったみたいだねえ」
シャーリィは呟いて、アタシをじろりと睨んだ。
「今の、いったい何者だったんですか?」
「ご同輩さ」
「じゃ、宇宙海賊?」
「ああ、それも有名どころだ」
彼女は銀色の髪をかきあげて、鋭い美貌をアタシに向けた。
「宇宙海賊、白骨のパルカ。名前ぐらいは聞いた事あんだろ」
宇宙海賊パルカか。
確かに、その名前になら覚えがある。
エレスの宇宙圏内では有名な賞金首で、やり口の残忍さから、同じ宇宙犯罪者の中でも恐れられている。
「アイツらの先を行くつもりだったのに、ちくしょう。アンタのせいで」
「アタシのせいですか~!?」
「バロンを足止めしやがって、アンタに時間を取られなければ、せめて積み荷の半分くらいはこっちのモノに出来たのに」
シャーリィは腕を伸ばして、アタシの柔らかいほっぺをつねった。
「い、痛いでふよっ」
「もう、本当にこの疫病神ったら~」
「痛い~」
ドアが開く音がした。
「姐さん。ラライさんっ」
息を切らせて、バロンが立っていた。
バロン。
たった一ヶ月しか離れてないのに。
なんだよ、会いたかったよ。
アタシは彼に飛びつこうとして立ち上がって。
やめた。
バロンがアタシを見て、一瞬嬉しそうな顔をして、それから、何かを訝しがるような表情に変わった。
きっと。
アタシが睨んだからだ。
アタシは彼に会って嬉しかった筈なのに。
会いたくて、ずっと会いたくていた筈なのに。
彼を見た瞬間、なぜか、彼の事を睨みつけてしまった。
理由は。
単純だ。
アタシは、さっきのプレーンでの戦いを、思い出してしまったのだ。
「ラライさん・・・どうかしたでやんすか」
ようやく、彼は、聞いた。
アタシは、何も答えなかった。
答えられなかった。
自分でも最低な感じって、思うけど。
どうしようもなかった。
「ラライさん?」
バロンがもう一度アタシの名前を呼んだ。
アタシは顔をそむけた。
彼が戸惑っているのがわかった。
「ち」
と、シャーリィが舌打ちをしたのが聞こえた、
突然。
アタシは背中をどんと押されて、前のめりによろめいた。
転びそうになったのを、バロンが受け止めてくれた。
「おいバロン」
シャーリィが言った。
「その女をふんじばりな。あたし達を裏切った女だ。あとで色々と話をしないとな。それまで、アンタの部屋で監禁しとけ」
「え、・・・姐さん」
バロンが戸惑った声を出した。
「いいから、とっとと連行しな。あたしゃあ疲れた。ちょっとだけ休ませてもらうよ」
シャーリィはアタシの横を通り過ぎざまに、アタシの髪を、ぐしゃぐしゃって撫でていった。
「ラライさん。姐さんの命令でやんす、あっしも不本意でやんすが、一緒に来てもらうでやんす・・・が、いいでやんすか?」
彼はそう言って、アタシの体を触手で優しくくるっと巻いた。
アタシは、ぽおっと、顔が熱くなった。
なんだか、憎たらしい気持ちを無理やり溶かされてしまって、恥ずかしさだけが残った。
「あっしの部屋に、来るでやんしょ?」
アタシはそっと、彼の顔を見つめて。
こくり、と頷いた。