シーン38 鋼鉄の騎士VS時の紡ぎ手
シーン38 鋼鉄の騎士VS時の紡ぎ手
次元の隙間がアタシを守った。
アタシは暖かい光の中で、目を見開いた。
徐々に視界が戻って、周囲の状況が伝わってきた。
まるで、悪夢を見ているような感覚だった。
さっきまでアタシが乗っていた犯罪組織の船は、マシュマロが溶けるようにあっけなく、その痕跡の欠片すら残さずに分子レベルの塵となって消え失せた。
残ったのは、ただ二機の鋼鉄の騎士。
ドゥのチェリオットだけだった。
そしてアタシは。
ただ一人、宇宙空間に取り残されていた。
正確には。
再び実体化したアルラウネの中に。
全周囲型のモニターは、アタシに宇宙遊泳をしているような錯覚を覚えさせた。
感覚が同調し、全ての状況が理解できる。
アルラウネ=シュミットは、漆黒の闇を切り裂く一筋の光のように、その威風堂々たる姿を、宇宙の深淵に浮かべていた。
アタシは、自らの両手、両足を確認した。
この間と、少し形が違っている。
プロブデンスで初めて具現化した時は、まるで怪物のようだったのに、より金属めいた外装になって、まるでプレーンそのものを思わせる外見になった。
意識を切り離してよく見れば、操縦席も違う。
有機的な生命感は残っているものの、やはりプレーンのコクピットにそっくりだ。
これは、アタシがシュミットっていうものを、兵器だと認識したから、アタシのイメージによって、形を変えたという事なのだろうか。
アタシは再び視覚を外に向けた。
悠長に考えている暇はなかった。
視線の先で、チェリオットがアタシに気付いたのがわかった。
火力型のチェリオットが、ライフルの射程を測り始めた。
その、あまりにも冷静な動作を目の当たりにして、アタシの中で現実感が蘇り、感情の糸がぷつりと切れた。
こいつ。
今、どんだけの人間を殺したのか、分かってるのか。
あの船には、何人もの人間が乗っていたんだぞ。
そりゃ、犯罪組織の人間だし、殆どが、世の中じゃ悪人と言われる連中だし。
アタシだって、ひどい目にあわされた。
だけど。
だからって、簡単に奪っていい命なんて、一つだってあるもんか。
「こんの野郎おーッ!!!」
アタシは、武器を手にした。
前回は形にならなかった光の盾が、今度はまさしく勇者の盾の如く実体化し左手にセットされた。
右手にはロングソード。
「少しぐらい、後悔見せなさいよ!!」
アタシのアルラウネは、そいつに向けて突っ込んだ。
想像以上のスピードだった。
相手のライフルは目測を失って、虚空を穿った。
とりあえず、ぶった切ってやる!
突進した剣が、激しい衝撃を生んで弾かれた。
シールドが、アタシの剣をしっかりと受け止めていた。
その影から、赤いモニターアイが光った。
もう一台の方、近接型のチェリオットか。
そいつは、アタシを強敵と認識した。
プレーンに偽装した外装甲を吹き飛ばして、チェリオット本来の姿に戻って行く。
それは、甲冑に身を包んだ騎士だった。
黒騎士って呼びたくなるような、荘厳にして、凶悪な外観。
そして、肩に入る師団名とナンバー。
『お前の相手は私だ!』
声が、シュミットの内部に響いてきた。
この声は!?
チェリオットは剣を抜き、アタシに襲い掛かった。
アタシはアルラウネの盾で、それを受けた。
激しい衝撃が互いを襲った。
「エイダ、それに乗ってるのって、エイダさんでしょ!」
『お前、やはりライか!!』
やっぱりだ。
アタシは運命の皮肉さを呪った。
このチェリオットに乗っているのは、エイダだ。
だとすると、もう一機はザラか。
「今、やはりって言った? つまり、・・・知ってたのね」
アタシは、彼女達とショッピングモール船で出会った事を思い出した。
あれは、偶然なんかじゃなかったんだ。
アタシ達がシュミットキーを手に入れた事を確認したくて、しばらく、探りを入れていたのに違いない。
こいつらが、無意味な行動なんか、するわけがないんだ。
『大人しく、そのシュミットを渡せ。そうすれば、お前だけは助けてやる』
「お前だけはって・・・どういう事?」
『この件に関わった者は、生かしてはおけない。それだけ言えば、幾ら鈍いお前でもわかるだろう』
「それって・・・」
アタシは言葉を失った。
ドゥの目的がどこにあるのかはわからないが。
それはつまり、デュラハンやフーバーにも、危険が及ぶって意味じゃないのか?
「エイダさん。止めてください。皆を放っておいてくれるなら、こんなシュミットなんてアタシは要らないけど、もし皆を危険に晒すというなら、これは、渡せません」
『なら、お前ごと破壊する。それで良いんだな』
「そう簡単には、やられませんよ」
チェリオットは、化物だ。
だが、剣を合わせてみてわかった。
このシュミットも、化物って意味じゃあ負けてはいない。
『ライ、お前ッ!!』
エイダのチェリオットが、怒りに染まった。
激しい剣激が、アタシを防戦一方にしていく。
さすがは、戦い慣れている。
この戦い方だと、アタシは不利だ。
そうだ。
アタシはあえて盾を伸ばして、相手の一撃を受けた。
僅かに間合いが離れた時を狙って、背負った花びら型のユニットに隠された蔦・・・今は金属のムチのように変化したそれを伸ばした。
エイダも、このムチの存在は知っていた。
咄嗟に回避行動に出る。その隙をついて、アタシは距離をとった。
そこから高速に旋回し、一見無軌道なジグザグ飛行からの急接近。
「てやああっ」
アタシの一閃は、チェリオットの背を微かに掠めた。
くそ。
完璧な筈なのに、ここまで綺麗に躱すのか。
さすがはチェリオット。
さすがはエイダか。
そこからしばらく、アタシ達の攻防は膠着状態に入った。
お互いに、決定的な決め手がない。
どうやって、この場を凌ぎきる?
アタシは、焦りを覚えた。
このままだと、100時間くらい戦ったって、決着がつかないんじゃないか。
そんな事まで思ってしまった。
だが。
アタシは、ザラの存在を忘れてしまっていた。
チェリオットはもう一機いたのだ。
再び、アタシとエイダのチェリオットが剣をぶつけ合い、力比べになった時だった。
背後に、ザラが迫るのを、アタシは気付かなかった。
気付いたのは、エイダだった。
『ザラ、お前、何をしている!?』
エイダが叫んだ。
アタシは、ようやく彼に気付いた。
そして、目を疑った。
ザラのチェリオットはアタシにエクスバスターの銃口を向けていた。
こんな近距離で、そんな一撃を受けたら、いくらシュミットだって・・・。
だけど。
それじゃあ、エイダも巻き込んじゃうじゃないか。
『エイダ、そのままだ。今終わらせる』
ザラの無情な声が届いた。
駄目だ。こんなの。
何か方法は・・・?
「アルラウネっ!! 何とかして、逃げないとッ!!」
アタシはマシンに向かって叫んだ。
それで何かが起こるとは思わなかったけど、それでも、シュミットの潜在能力に賭ける事くらいしか、今のアタシには出来ない。
突然、機体が急振動を起こした。
「うわあああああ」
アタシは悲鳴を上げた。
背中の花形ユニットが、その花弁を全て開いて、七色に光った。
ドゥの破壊兵器エクスバスターが、二度目となる地獄の光を放った。
アタシの視界が真っ白になって。
なに一つ見えなくなった。
アタシは、死んだ?
いや。
それにしちゃ、変だ。
痛みも何も無かったし、それよりも、意識があまりにもはっきりしすぎている。
そして、手足にはしっかりと触覚が残ってて、ここがシュミットの操縦席だってのが、見えなくても分かる。
衝撃が、足元から伝わった。
え、これって何?
着地、した?
でも、どこに?
アタシは今、宇宙空間に居た筈なんだけど。
視界が、ぼんやりと回復してくる。
そして、目の前に広がった光景に、アタシは沈黙した。
一言でいえば。
なんじゃ、こりゃ。
アタシの目の前には、エイダのチェリオットが倒れていた。
そして、その周囲には、見渡す限り広がる、森林?
ここは、どこ?
どこかの、星の上?
今の今まで宇宙空間で戦闘していた筈なのに。
こんな僅かな一瞬で、どこの星に移動したって言うの?
空を見上げた。
またしても、度肝を抜かれた
何だこの空、真っ赤だ。
そして、黒い雲が、まるで渦のように天を貫いている。
こんな光景、見たことが無い。
と、足元に何かが見えた。
あれ? 人が居る?
しかも、何あの格好・・・、まるでファンタジーゲームの世界から飛び出してきたみたい。
一人は剣を持って、もう一人は弓をつがえている。
それに、槍を持った男もいる。
何が起きたっていうの。
その人達は、何かを指さして、悲鳴のような大声をあげた。
アタシではなかった。
勿論アタシの事も驚いているみたいではあるけれど、それ以上に鬼気迫った表情だ。
異常に気付いて視線を上げたアタシが見たものは。
「ど、ドラゴンッ!?」
まさしくゲームの中でしか見たことの無い幻獣。いわゆるドラゴンそのものの形をした巨大なものが、アタシに向かってくるところだった。
赤いウロコに、コウモリを思わせる羽根。
開いた口から、炎が吐き出される様は、冗談を通り越して悪夢そのものだった。
「アルラウネっ、防御よっ」
アタシは咄嗟に炎を盾でふさいだ。
ドラゴンの大きさは、プレーンにも匹敵するサイズだった。
もしかしてさっきの人たちは、このドラゴンと戦おうとしていた?
だとしたら、無謀を通り越して馬鹿だ。
凶悪な爪が、伸びてくるのを、金属のムチで受け止める。
ドラゴンは憎しみを込めて咆哮し、牙をむいた。
あんなのに噛みつかれたら、ちょっとヤバいかもしれない。
「こんのおっ」
アタシは自由になっている右手で、ロングソードを一閃した。
剣は、ドラゴンの肌を切り裂いた。
これは、想像以上の切れ味だ。
ドラゴンは思わぬ反撃を、おそらくはこれまで経験したことの無い痛みを受けて、悲鳴を上げた。
これって、勝てるぞ。
こうなれば、一気呵成って奴だ。
アタシは勢いに任せて、剣を繰り出した。
ドラゴンは猛り狂ったが、シュミットの剣にとって、生身の肉体に過ぎないドラゴンの猛攻など、相手にはならなかった。
しばらくして、アタシの一撃がドラゴンの胸を刺し貫いた。
おそらく、この世界では、最強の名を欲しいままにしていたであろう凶悪な獣は、力なくその場に崩れて、動かなくなった。
とりあえずは、危機は脱した。
の・・・かな。
それにしても。
この状況って・・・何なの。
アタシは、アルラウネのコクピットが、僅かな振動を生み始めた事に気付いた。
多分。
いわゆるエネルギーが低下してきたのだろうか。
あ、このままじゃ、この間の二の舞だ。
アタシは慌ててアルラウネの膝をつかせ、ハッチを開いた。
よし、アタシも少しは成長したぞ。安全に機体を降りる事が出来たじゃないか。
アタシが振り返る先で、アルラウネは以前と同様に光に包まれ、その姿を夢幻のように消していった。
そして。
アタシの手には、短剣だけが戻った。
がさりと、音がした。
そういえば、この辺りに人が居たんだっけ。
と、思って、警戒して振り向いた先に居たのは。
ファンタジーゲームから飛び出した戦士たち・・・ではなく。
エイダだった。
「エイダさん、良かった、貴女も無事で・・・」
言いかけたアタシの眼が、銃口を捉えた。
「ライ・・・お前」
アタシを憎しみのこもる眼で睨みつけながら、エイダは声を振り絞った。




