シーン37 その一瞬のチャンスに賭けて
シーン37 その一瞬のチャンスに賭けて
監禁された小さな部屋で、アタシは頭からベッドに倒れこんだ。
ああ。
なんて、無力なんだ。
結局アタシって、昔からそう。
「蒼翼」の頃はリンやロア、それに他のメンバーにも助けられて、アタシはプレーンでのアタッカーに徹する事が出来たから、生き延びてこれた。
今だって。
デュラハンのメンバーに助けられてばっかりで、アタシはちっとも成長できていない。
成す術もなく服を脱がされ、ボディチェックを受けた時の屈辱が蘇ってきた。
恥ずかしい思いはいろいろしてきたけど、今回はそれ以上だ。
アタシはシーツに潜って、体を丸めて泣いた。
泣いてばっかりで、自分でも泣き虫な自分の性格が嫌になる。
だけど暴力に抗う手段なんて持ってないし、他に何が出来るって言うんだ。
体を汚されたわけじゃない。
傷つけられたわけでもない。
まだ、生きている限り逃げ出すチャンスだってある。
そんな風に何度も自分に言い聞かせたものの、無力感の方がずっと強かった。
バロンの事さえも、思い出す事が辛くなった。
さすがにこんなのは初めてだ。
敵に捕まった事は、これまでだって何回か経験がある。
でも前回は他にも捕まった人が居たし、何より頼れる仲間が居てくれた。
その前だって、そうだ。
今回は、アタシ一人。
心細くって、自分の肩をぎゅっと抱いた。
長い間、あたしはそうしていた。
最初は恐怖と不安だけが、心を支配していた。
だけど、途中から、少しだけ違う感情が沸き上がり始めた。
多分、怒りに近かった。
なんで、アタシがこんな目に会わなきゃならないんだ。
アタシが、何をした?
よく考えたら、アタシは今回、何一つ悪い事なんてしていない。
それなのに、こんな屈辱的な状況に追い込まれるなんて、あまりにも理不尽だ。
犯罪結社だか、傭兵だか知らないが。
暴力だけで人をどうにかできるなんて連中は、間違ってる。
絶対に、生きてここから逃げ出してやる。
それだけは強く思った。
時間は、無情に過ぎていった。
二回ほど食事が届けられた。
最初はそれすらも頭に来て、少しでも反骨心を見せるために、ハンガーストライキでもしてやろうかとも思ったが、やっぱり考え直した。
結局、アタシは意地で、どちらも完食した。
体力を失ってはいられない。
生きるためには、逃げるためには、この体に力を残しておかないと。
三回目の食事が運ばれて来た時も、アタシはベッドから飛び起きた。
今回も静かに食事をとらせてくれるものだと思ったら、あのカメムシ男がのそりと姿を見せた。
彼の姿を見ただけで、強い不快感に襲われた。
アタシは思わず壁面まで逃げた。
「心配するな、手荒な事はしない」
ウォードの無機質な声が響いた。
「どうやら、この船の食事は気に入ってもらえたようだな」
「不味いわ。だけど、好き嫌いは言っていられないの。生きてここを逃げるんだからね」
アタシはあえて挑戦的に言った。
アタシは自分が弱い女だってことを、よく知っている。
だけど、それを見抜かれたら、きっと終わりだ。
シュミットキーの契約者っていう事実が、こいつらにとって、どの程度の価値があるのかは知らないけど、少なくとも、それがアタシの切り札になるんだろう。
だったら。
少しでも強いふりをして、取引をしている気分にさせないと。
アタシは微かに体を前のめりにして、食事のトレイを受け取った。
みじめな思いを、必死に呑み込み、あえて大きく口を開ける。
目だけはウォードを必死に睨みつけながら、もしゃもしゃと食べ始めた。
どう。
情けないけど、これがアタシの戦い方よ。
こぼれそうになる感情を、スプーンを持つ手に込めた。
ウォードは鬼気迫るアタシの食べっぷりを見て、もともと丸い複眼を、更に丸くした。
「面白い女だな。・・・お前、結局のところ、いったい何者なんだ?」
ウォードが聞いてきた。
「デュラハンのメンバーか? それにしては、海賊の一員には見えないが」
アタシは、どう答えるべきか、悩んだ。
だが。
下手に嘘をついても疑われる。
アタシは、経歴のない女なのだから。
「アタシは、警備会社の人間よ」
とりあえず、そう答えた。
これは、まあ、嘘ではない。
「警備会社?」
ウォードは意外そうに声をあげた。
「警備会社ASOのプレーン担当者。調査隊の警備をしていて、デュラハンの捕虜になったの。それから、色々あって、下働きをさせられていただけ」
これも、嘘じゃない。
裏を取られても、平気な筈だ。
「ふむ・・・。だが、それだけか?」
「それだけって、いうと?」
ウォードは、部下に何かを命じた。
しばらくして、アタシの前に、例の短剣が運ばれてきた。
「お前が本当にシュミットの契約者なのか、・・・確認をしたい」
ウォードは油断なく、アタシに銃を向けさせた。
何か怪しい動きをしたら、すぐに撃たれる。
ちぇ、女一人に大袈裟な。
「女、短剣を持ってみろ」
ウォードは言った。
その言葉を、アタシは待っていた。
理由は、わからない。
しいて言うなら、勘のようなものがあった。
アタシにとって、この状況を脱するチャンスがあるとしたら、この剣に触れる時を置いて他には無い。
根拠のない思いが、胸の奥に芽生えていた。
アタシは、怯えたふりを見せながら、短剣に手を伸ばした。
指先が、柄に触れた。
それだけで、アタシの体には戦慄が走った。
これは、アタシの意志であって、そうではない。まるで短剣そのものがアタシを招いたような感覚が起きて、ほとんど無意識のうちに、アタシはそれを握りしめていた。
短剣はあまりにも呆気なく目を覚ました。
表面全体に血流が流れるような光が走り、失われていた刃が輝きを取り戻す。
「おお」
と、ウォードが呻いた。
彼が震える手で、再び短剣に手を伸ばした。
その時だった。
激しい衝撃が足元を震わせて、アタシはもちろん、ウォードやその部下たちもバランスを失った。
室内灯が切れ、視界が暗転した。
何が起きたのか、思考が一瞬だけ止まった。
だけど、アタシは、それが尋常な事態ではない事を直感した。
アタシは起き上がりざまに、咄嗟に走った。
闇雲に目の前を短剣で薙いだ。
かすかな手ごたえがあって、誰かの悲鳴が聞こえた。
怪我をさせたかも知れないけど、気にしている場合じゃない。
逃げるなら今だ。
この一瞬のチャンスをモノにしなければ、アタシには・・・。
通路に飛び出して、すぐに正面の壁にぶつかった。
ぱっと灯りが戻った。
「あ、待て、女っ!!」
ウォードが叫ぶ声が背後から聞こえた。
バカ言うんじゃないわよ。待てるもんか。
アタシは走りながら通路を見た。
こうみえても、アタシは船の構造には詳しいんだ。この船の作りがどんなで、どこに向かって走れば何があるのか、その位は瞬時に判断できる。
目指すは、格納庫。
そこで、プレーンの一台でも奪えれば、アタシは逃げきれる。
アタシは必死に走った。
背後から、レイガンの光が走った。
幸いにも、外れた。
「馬鹿、殺すなっ!!。どうせ、逃げきれん!」
ウォードの声がまだ聞こえた。
そう思ってなさい。アタシは逃げ切るんだから。
と、再び衝撃が襲った。
今度の衝撃も大きかった。アタシはバランスを失ってあえなく転倒した。
これは、一体何が起きているんだ。
背後から足音が迫ってきた。
やばい。
「いやああっ!」
一人の男が起き上がりかけたアタシを押しつぶした。
それから、また一人、また一人と、アタシに覆い被さるようにタックルをかましてくる。
アタシは押しつぶされる格好になって・・・力尽きた。
「手間をかけさせてくれたな・・・」
言いながら追い駆けてきたウォードが、モバイルの通信端末を開いた。
空中に非実体式のモニターが展開して、この船のコクピットと思われる場所と映像がつながった。
「ウォードだ。この衝撃は何だ、何が起こってる?」
モニターに向かって、ウォードは叫ぶように言った。
『それが、不明機です。不明機に攻撃を受けています・・・』
「不明機だと?」
『はい、中型の高速艇が一台と、プレーンが二機。攻撃は、そのプレーンからです』
「デュラハンか!?」
『いえ・・・違うと、思います。これは・・・』
「ジャンゴに迎撃させろ、今、そっちに行く」
ウォードは慌てた様子で、モニターを閉じた。
「ウォード様、この女はどうします?」
アタシを押しつぶしている男が聞いた。
「ええい、こんな時に・・・。いい、一緒に連れてこい。デュラハンかどうか、直接確認をさせる」
アタシは両脇を抱えられるようにして、ウォードの後ろを引き立てられた。
何食わぬ顔で、短剣は握りしめたままにしていた。
よほど慌てたのか、それ以上抵抗しないアタシに油断したのか、男たちは剣を取り上げないでくれていた。
程なく、アタシ達はコクピットデッキに到着した。
巨大な360度スクリーンがあって、ジャンゴのプレーン隊が発艦したのが見えた。
ジャンゴ・ディンゴ隊は10機。
いつもながら、よくもまあ10機ものプレーンを揃えたもんだ。
で・・・相手は。
「あいつは・・・!?」
アタシは小さくつぶやいた。
猛スピードでこの船に迫ってくる二台のプレーン。その一台をアタシの眼は覚えていた。
一台は、巨大なライフル型の兵器を手にしていた。
火力特化型か・・・、これは知らない。
もう一台の方は、プレーンにしては珍しい、剣と盾を装備している。
近接戦闘型の機体・・・。
知っているのは、こっちの方だ。
プレーンの事なら、このアタシが見間違うはずはない。
あの形式不明のプレーンは、プロブデンスでパルカの船を沈め、それから、アタシ達を襲ってきた奴だ。
それにしたって・・・。
このスピード、そして、これだけ距離が離れているにも関わらず、船を揺さぶるほどの威力を持つライフル。
これって、本当にただのプレーンか!?
その疑問の答えが、唐突に脳裏をよぎった。
もしかしたら・・・。
いや・・・、そうとしか考えられない。
「もう少し画面を拡大できる!? あのプレーンを、よく見せて!?」
アタシは自分の置かれている状況を忘れて叫んでいた。
ウォードが、驚いたようにアタシを見た。
「なにか分かるのか、女?」
誰にモノを言ってるの。
プレーンの知識じゃ、この場に居る誰よりもアタシの方が詳しいに決まってる。
ウォードが、敵影を拡大した。
その姿を見て、アタシは確信した。
これは、・・・冗談じゃない。
汗が一気に噴き出して、それから足が竦むほどの恐怖が沸き上がった。
「ジャンゴ隊をすぐに下げて、あんなプレーン隊じゃ無理よ。全滅するわ!!」
「女、バカな事を言うな。あいつはああ見えても、名の知れたプレーン乗りだ」
ウォードは、アタシの言葉を信用しなかった。
ああ。
もうバカ。
アタシの脳裏には、次の光景が予測できていた。
そしてそれは、またたく間に現実のものとなった。
二台のプレーンは、速度を緩めなかった。
展開するジャンゴ隊など目もくれず。
いや、目をくれる必要もない。
なぜなら。
相手にするほどの脅威も無いのだから。
光が一瞬広がった。
火力特化型の方が、見たこともないフィールド兵器を展開した。
僅かコンマ数秒で、範囲内に居たプレーンは全て消滅した。
破壊でも、撃墜でもない。
消滅。それが、きっと正しい表現だ。
生き残ったのは、僅かに二機のみだった。
だがそれも、機体の半分以上をあっという間に失って、程なく光球と化した。
脱出ポットが、たった一つだけ射出されたのが見えた。
ウォードが唖然となった。
「勝てるわけない。アイツは、プレーンなんかじゃない」
アタシはもはや眼前に迫った二機を見つめた。
「プレーンじゃない? じゃあ、あれは何だ?」
「あれは・・・チェリオットよ」
「チェ…ちぇり」
ウォードがひきつったようになった。
この様子だと、彼もその名前くらいは知っているようだ。
チェリオット。
それは、ドゥ銀河帝国が誇る、最強の人型制圧兵器の名前だ。
姿こそプレーンにも酷似するが、その戦力は比較にならない。
かつての勢力抗争では、たった一台で、エレス軍の艦隊を壊滅させたとも言われ・・・。
惑星をも破壊できる、恐るべき存在。
それがチェリオットだ。
「外装はプレーンに見せかけているけど、間違いない」
「そんな、ドゥが何で我々を」
その答えは・・・。
きっと一つしかない。
理由はわからないけど、彼らの狙いはこのシュミットキー。
そして。
彼らはこれを奪うつもりはない。
葬ろうと、している。
モニターの向こうで、火力型のチェリオットは、アタシ達に向けて、ライフルを向けた。
あの火器は、知っている。
見るのは初めてだが、たった一撃で、こんな大きさの船なら、跡形もなく消し去ることができるという、ドゥの殲滅兵器、その名もエクスバスターだ。
「う。撃ってくる!?」
ウォードの声が、悲鳴に変わった。
アタシは・・・。
ほとんど無意識に、咄嗟に剣を振るった。
「アルラウネーッ!! お願いっ!!」
目の前の空間が、黒く裂けた。
その空間に飛び込んだアタシの背後で、眩い光が広がった。




