シーン36 右も左も敵ばかり
シーン36 右も左も敵ばかり
ジャンゴはアタシを離さなかった。
空中を飛んでいるため、離されても困るが、かといって、逆さ吊りってどうなのよ。
眼下に見える街並が、どんどん遠ざかり、キャプテンたちの居た地点からは見えない程に高度が高くなった。
ってーかさ。
なんでアタシばっかり、いつもこんな目にあうの。
本当はずっと、平穏で普通の生活を望んできた筈なのに。
高いのはいい加減、嫌だ。
そろそろ高所恐怖症になってもおかしくない。
あー、もう、これから、どうなっちゃうんだろう。
なんて思っているうちに、ジャンゴは人工の山々を越えて、急降下した。
落下感特有の気持ちの悪さが体を襲って、次に、ぶわっと汗が噴き出した。
閉鎖されたキャンプ場と思われる空間に着地した。
そこには、二台のランナーが待機していた。
半分くらい目を回しながら、アタシは逆さまになった景色を見回した
どこからともなく、ジャンゴと同じパワードスーツを着た男3人が現れて、アタシ達を取り囲んだ。
ジャンゴは無造作に、アタシをその場に放り棄てた。
頭から地面に落ちて、首が折れたかと思った。
そのまま芝生の上にうずくまって、しばらく動けなくなった。
ずっと押さえつけられて、足がしびれたのもある。
気分の悪さに吐き気がした。両手で口元を抑えたが、何も出なかった。
「団長、守備の方は?」
「俺がしくじるわけがあるかよ。へへ、上から見張っていた甲斐があったぜ」
ジャンゴはそう言って、手にした短剣をうっとりと見つめた。
返してよ。
って言いたかったが、言ったところで、はいそうですかって事にはならないだろう。
それに、胸がむかむかして、言葉が出なかった。
「少し暴れたからな、警察が出張ってくるとは思えんが、早めにウォードに合流するぜ」
ジャンゴはパワードスーツを脱いで、一台のランナーのトランクに隠した。
このまま、アタシを逃がしてくれるつもりはなさそうだ。
一人が近づいてきて、アタシの両手に電子ロック式の手錠を嵌めた。
抵抗は、一応する素振りをしたが、無駄なのは最初からわかっていた。
諦めが早いって?
仕方ないじゃない、こんな奴らに勝てるわけないし、武器もないのに何が出来る?
下手に暴れても、痛い目にあわされるか、殺されるのがおちだ。
だったら、少しでも生き延びる可能性のある選択をした方が良い。
アタシはランナーに押し込まれた。
隣にジャンゴが乗ってきた。
ランナーが音もなく走り出す。行き先を、どっかのポートらしい所へ指示を出してから、ジャンゴはアタシの方を向き直り、臭い鼻息を吹きかけてきた。
「お前、デュラハンの一味だったのか。なるほど」
「アタシはそんなんじゃ・・・」
言いかけたところで、アタシを見つめるジャンゴの鼻の下が伸びたのがわかった。
うわ。気持ちワルい。
虫唾が走った。
「嫌っ!?」
アタシは身をよじった。
やけに分厚い手がアタシに伸びてきて、最初に頭を掴んだ。髪の毛を乱暴に掴み、自分の方へと引き寄せる。
アタシの態勢が前のめりになると、もう一方の手がアタシの胸の谷間に伸びた。
それは、止めて!!
くノ一っぽい衣装は、胸元の布地が重なり合っているだけで、引っ張られると、簡単に広がってしまう。
ジャンゴの手は乱暴で、しかも馬鹿みたいに力が強かった。
悲鳴を上げて必死に逃げようとしたが、狭い車の中で、どこにも逃げ場なんてない。その上、手は拘束されて、抵抗の幅も少なかった。
ささくれたった爪が下に着た網タイツに引っかかって、首元の布地を引き裂いた。
「止めてよーっ!!」
アタシは抵抗を続けた。
足をばたつかせ、動かせるところを精一杯動かして、渾身の力を込める。そのうちに、偶然、肘鉄がジャンゴの顔面に刺さった。
「痛えっ」
手が離れた。
ホッとしたのもつかの間。
「このアマ」
「ひぇぶッ!」
パアンとういう音とともに、アタシは乙女ならざる声をあげた。
眩暈がした。頬を殴られたのだ。
アタシは脳が揺れる程の衝撃に、一瞬放心した。
ジャンゴが憎々しげに、それでいて楽しげにアタシを見つめていた。
こんな。
女の顔に手をあげるなんて。
ゲス野郎・・・。
だけど・・・。
くそ。
痛いし・・・。
怖いよ。
アタシの目尻に、ジワリと涙がにじんできた。
再びジャンゴがアタシに手を伸ばしかけたところで。
「もうすぐ、ポートに入りますぜ」
ハンドルを握る男がいった。
ジャンゴはあからさまに残念そうな顔をした。
それでもアタシの自慢の髪を掴んで、彼の方に引き戻すと。
「この間の分まで、たっぷりとお仕置きしてやる。楽しみにしておけ」
言って、最後に勢いよくアタシを突き飛ばした。
「それにしても、見れば見る程ムカつく色だな」
彼の眼は、アタシの髪を見ていた。
そう言えばコイツ、ブルーの髪が、キライなんだっけ。
かつて何度となく戦い、その度に煮え湯を飲まされた女を彷彿とさせるから。
つまり、彼女。
彼にとっては許されざる永遠の宿敵、「蒼翼のライ」。
そのイメージを重ね、理不尽な怒りと復讐心を、アタシを身代わりにしてぶつけようとしているのが伝わってくる。
まさか今、目の前にいる女が、まさしく「蒼翼のライ」本人だとは、微塵にも思いもしないで。
外見は巨大貨物船に、アタシは連れ込まれた。
これは、ジャンゴの船ではないだろう。
彼は傭兵だ。
プレーンを好んで用いるから、それなりの船は必要とするが、もっとガチガチに戦闘に特化した船を好む。
根っからの力押しタイプ。
質より量、技より力で押し切る戦い方で、アタシ達「蒼翼のライ」とは正反対だった。
抵抗する奴は絶対に許さない。破壊と殺戮を好む残虐な性格は、野蛮そのもの。
そして何よりムカつくのが、低俗で猥雑な言動。
つまるところ、最低な奴だ。
最後に戦ってから数年たっているが、絶対に変わっていない。
だとすれば、この船の持ち主は・・・。
と、予想をたてていると、思った通り、アタシが引き立てられた先に待っていたのは、あのカメムシ男ウォードだった。
「首尾良くいったよう・・・」
ウォードは言いかけて、少し戸惑ったように言葉が途切れた。
カメムシの表情は読めないが、アタシを見て、なんだこの女は、と思ったのは間違いない。
「フーバーはどうした?」
ややあって、ウォードは言った。
「ラガーの奴が来たんでな、そっちは放っておいた。あの男と戦うなら、プレーンを用意しておかないと無理だ。パワードスーツくらいじゃ、真っ二つにされるぜ」
「十分な時間は、ひきつけておいたはずだ」
「優先順位はこっちのキーだろう」
ジャンゴは短剣を渡した。
ウォードは、おそるおそるその柄に触れて、意を決したように掴んだ。
エネルギーが流れ込むとでも思ったんだろうか。
彼の不安をよそに、短剣は何の変化も起こさなかった。
「そんなもんが、本当に兵器なのかい。確かに切れ味は良いようだが」
「切れ味? こんな刃もない短剣がか?」
「へっ?」
ジャンゴは目を丸くして覗き込んだ。
アタシは耳を疑った。
刃がない?
いや、あったように思っていたけど。
「マジか、確かにこりゃあ」
ジャンゴが呟くのが聞こえた。
ウォードは部下に命じて、何か試し切りが出来るようなものを探させた。
意外と身の回りにって、簡単に斬っていいものはない。
部下は汗を流して走ってきて、キッチンから分けてもらってきたであろうジャガイモの袋と、ご丁寧にまな板までもってきた。
何か言いたげに、部下を一瞥してから、ウォードは、短剣をジャガイモにあてた。
スパッとは、いかなかった。
むしろ、イモの硬さが勝って、短剣の刃は横滑りし、弾かれたイモはアタシの足元まで転がった。
「信じられねえかもしれねえが、それがご所望の品に間違いないぜ」
ジャンゴが言い訳めいた口調で言った。
「俺のヘルメットを切り裂いたんだ。レイブレードだって、あそこまで簡単には切れねえのによ」
「なるほど。・・・という事は、既に、契約済みというわけだな。まあ、プロブデンスでシュミットが出現した時点から予測はしていたが。・・・契約者はその女か?」
「知らんが、こいつが持ってたぜ」
「なら、お手柄だジャンゴ」
ガメル人の声は、発声器を経由するから、感情が読みにくい。
だが、ウォードは間違いなく嬉しそうな様子に見えた。
アタシの方ににじり寄って、文字通り節くれた指を伸ばす。
「おっと待てよ、こいつは俺の獲物だぜ」
ジャンゴが割って入った。
アタシの事を、自分の側に引き寄せて、あろうことか腰に手を回してきた。
こいつめ、アタシに執着し始めてる。
どっちの手に落ちるのもごめんだが、今のところ、様子を見るしかないようだ。
ウォードは、一旦はジャンゴの顔を立てた。
アタシに触れはせず、その不気味な複眼でアタシをじっと見つめた。
「何者だ。ラガーの手下か?」
「おそらくな。アイツらと一緒に居たぜ」
「お前は少し黙ってろ」
ジャンゴは、むっとした様子で唇を結んだ。
「デュラハンに、青い髪の女か。まさかな・・・」
アタシは、背筋が凍った。
そう言えば、こいつ、パルカと話した時・・・。
『デュラハンが、蒼翼の傘下に入った・・・』
とかなんとか、話してなかったっけ?
どこかで妙な情報が流れ始めている。
しかし誰が、それに、どうして「ライ」と彼らがつながったと思われたんだ?
アタシ、「ライ」だって、疑われてる?
「何がまさかなんだ?」
沈黙が耐えられないように、ジャンゴが口を開いた。
こいつ、思った以上におしゃべりな野郎だな。
アタシも思ったが、ウォードもそう思ったようだった。
「いや・・・。幾らなんでも、こんな変な格好の女のワケはないか」
「だから、何がだよ?」
「蒼翼だ。最近、デュラハンの奴らが蒼翼と共闘をしているって話を耳にしたもんでね」
「蒼翼? ・・・ライの野郎か!?」
ジャンゴの顔色が変わった。
「ああ。だが、ライがまさか、こんなコスプレ女の筈はないな」
ウォードが言うと。
「そりゃそうだ。そいつな、プロブデンスのカジノじゃ、イヌの耳をつけてバニーの格好をしてたんだぜ」
「イヌ耳のバニーか」
ウォードがさも愉快そうに笑った。
周囲にいた部下の連中も、噴き出した。
アタシは恥ずかしくなって、俯いた。
まったくもう。
シャーリィのせいで、完全にコスプレ好きの変な女って思われているじゃない。
あ・・・。
だけど。
アタシは、不意にその事に思い当たった。
アタシが変な格好ばかりしていたから、こいつらは、アタシを警戒していない。
「蒼翼のライ」かもしれないって疑いだって、もたれずに済んだ。
これってまさか。
あの女、そこまで考えてアタシにこういう格好をさせてきたんじゃないでしょうね。
いや、そんなワケないか。
シャーリィはアタシが「ライ」だって、知らない筈だし・・・。
知らない・・・よね。
多分・・・。
「まあいい、だがやはり、この女はこちらで預かる」
「な、こいつは俺のって!」
「このシュミットキーの契約者かもしれん女だ、調べる必要がある」
「ならよ、先に今夜だけでも」
「駄目だ。お前の噂は聞いているぞ。お前に預けて、傷物になるだけならともかく、万が一の事態になっては困る。ここで余計な事をしたら、お前は組織を敵に回すぞ」
「く・・・」
ジャンゴは忌々しげにウォードを睨んだ。
気にもせずウォードは周囲の部下に声をかけた。
ジャンゴは、しぶしぶアタシを離した。
悔し気な瞳が、好色な輝きを浮かべたまま、アタシの体をなめ回した。
「女を部屋へ。一応は客としてもてなせ。女、着替えがいるな?」
彼は、破けた網タイツを気にしてくれたようだった。
「スペーススーツを貸してやれ」
ウォードの命令で、アタシは別の部屋に移送された。
程なく、船が出航した。
閉じ込められた部屋は、多少はまともだった。
小さなのぞき窓があって、衛星を船が離れたのがわかった。
男達が着替えを持ってきた。
ホッとしたのは、アタシの勘違いだった。
屈辱のボディチェックが待っていた。
あからさまに侮蔑的な目を向けられながら、男たちの前で服を全部脱がされた。
悔しさと恥ずかしさで、涙があふれた。
尻を撫でられた時には、もういっそ舌を噛んでしまいたいとすら思った。
それでも何とか我慢して着替えを済ませると、男達はアタシのくノ一衣装を、全て持ち去っていった。
そうか。
盗聴器や発信器が仕掛けられているかもしれないから、アタシの服を回収したんだ。
着替えをさせてくれたのは、好意でもなんでもなかった。
今さらその事に思い当たって、アタシは自分の頭の悪さに辟易した。
これじゃあ、助けなんて、くるわけないじゃない。
衛星の灯りが小さくなるにつれて、アタシの心は沈んだ。




