シーン33 研究者には眼鏡が似合う
シーン33 研究者には眼鏡が似合う
通りを5分ほど歩いて、アタシ達は3階建ての雑居ビルの前に立った。
細くて狭い階段が通りに面していて、空き缶や雑誌の束が乱雑に積んである。
シャーリィとキャプテンが先に着いて待っていた。
「ここの三階だ。中に行くのはあたしとキャプテン、それにラライ、一緒に来て」
シャーリィはアタシを名指した。
「俺は?」
イアンが、不満そうに言った。
「あんたとソニーは、見張りを頼むよ。ここと、裏の非常階段あたりをね」
「なんだよ、また蚊帳の外かよ」
「そう言わないでさ。あんたとソニーは適任なんだ。一番若く見えるからね、学生街に紛れるにはピッタリだろ」
イアンは仕方ねえな、とでも言いたげに、わざとらしくため息をついた。
「何かあったら、すぐに通信を入れるんだよ」
「分かりました。ではイアン、持ち場を分けましょう」
ソニーに言われると、イアンはそれ以上、特別文句も言わなかった。
アタシ達は階段を昇った。
古めかしいコの字階段を昇りきると、ドアに行きついた。
『第二古代史研究室』
そこには、そんな看板が掛けられていたが、その文字は余程目を凝らして読まなければわからないほど、日焼けして消えかけていた。
ノックをすると、低く乾いたような男の声が返ってきた。
シャーリィはドアノブを回した。
中は、思ったよりは広かった。
壁面には雑然と本が積まれていて、応接用のテーブルとソファが置いてある。
その向こうに事務的な机があって、その上にも大量の書籍がうず高く不安定なタワーを作っていた。
一瞬、誰もいないのかと思ったが、ごそり、と音がして、本の向こうから一人の男が立ちあがった。
黒いスラックスに、サスペンダー。
やや神経質そうな細い相貌に、銀縁の眼鏡が光った。
年のころは、外見通りなら50前後ってところかな。
彼は少し下がり気味になった眼鏡を直して、そこに立つ三人を交互に見つめた。
「また、眼鏡の度が強くなったんじゃないかい、プロフェッサー」
シャーリィが、レンズの厚さを茶化すように言った。
「これ以上は、悪くなりようがないよ。久しぶりだなシャーリィ」
思ったよりも気さくな口調で、男は言った。
「それに、あんたも元気そうで何よりだ。キャプテン」
男が伸ばした手を、ラガーは軽く握り返した。
「やはり、あの時の傷が原因か?」
キャプテンが小声で訊いた。
あの時の傷?
何の事を話しているんだろうか。
注意深く聞き耳を立てていると、どうやら彼の視力が下がった原因について話しているようだった。
「視力回復治療も申請はしてみたんだがね、軍人にでもならない限りは、許可も降りんよ」
「ドッグ星にでも来ればいいだろう」
キャプテンが言った。
彼が自分から口を開くという事は、よほど信頼できる相手のようだ
「あそこなら医者がいる。殆どがモグリだが、いくらでも治療してくれるぞ」
「今更、危ない橋は渡れん。ミリアには悪いが、もう決別した身だよ」
ミリア長官を呼び捨てか。
これは、ただの「教授」ではないのかもしれない。
アタシは、自分でも気づかないうちに、難しい顔になっていた。
「ラライ、フーバー教授だ。あたし達の今回のクライアントさ」
シャーリィに促されて、アタシは思い出したように挨拶をした。
フーバーか。
どこかで聞いた名前だな。
どこだっけ。
「依頼料もロクに払えないクライアントだ。正直、君たちには頭が下がる」
フーバーはアタシにも握手を求めた。
「初めまして、ラライです」
「フーバーだ。綺麗な髪だね」
彼はニコッと笑った。
なんだか、ほっとするような微笑みだった。
彼はアタシ達にソファにかけるように勧めた。
机の下をごそごそと探して、ようやくミネラルウォーターを数本見つけ出した。
埃がかぶってるのを、隠すように拭いて。
「キャプテン、アルコールを切らしていてね、悪い」
キャプテンは遠慮なくボトルを受け取って、微笑を返した。
こういった彼の表情は、結構珍しい気がした。
「状況は、さっき簡単に聞いたよ。そうか、君が契約者になったのか」
彼の眼が、アタシに戻った。
この雰囲気は、アタシが短剣を手に入れたことまで、彼にはすでに伝わっているようだ。
それにしても。
契約者って?
「プロフェッサー。先に確認したいんだけど、いいかな」
シャーリィが口を挟んだ。
「結局のところ、エレスの棺ってのは何だったんだ? そのものは消えちまって、結局残ったのは一本の短剣だけだ。何がどうなってるのか、あたしにも分かるように説明してもらえないか?」
「そうだね」
フーバーは、ちらりとキャプテンに視線を向けた。
話してないのか? って顔だ。
ってコトは、キャプテンは大分、今回の件について事前に知っていたに違いない。
「シュミットキー・・・いや、短剣を見せてくれ」
彼はそう言った。
アタシは帯に挟んでいた短剣を取り出して、テーブルの上に置いた。
フーバーは白い手袋をして、その柄を掴んだ。
じっくりと観察ながら、時折長い溜息をつく。ほんの少しだけ顔を上げ、アタシと目が合うと小さく「なるほどな」と呟いた。
「確かに、本物だ。20年前ネルで発見されたものと、全く一緒だな」
彼は指を鳴らして、テーブルの上に非実体モニターを浮遊させた。
そこには、今目の前にあるものと、全く同じ短剣が映っていた。
形も、大きさも、模様も・・・あれ、傷の位置さえも一緒だ。
だけど、何かが違う。
アタシは画像と、目の前の短剣を何度も見比べた。
寸分たがわず、同じものだ。
でも、なんだろう、アタシの短剣からは生命力みたいな、変な力を感じるけど、画像の中の短剣は、まるで無機質な石の塊みたいにも見える。
「この画像が、20年前に発見され、つい先日まで大学の資料センターに厳重保管されていたものだ」
「つい先日まで?」
彼は、意味ありげに頷いた。
「我々はこれを、シュミットキーと呼んでいる。古代エール文明の残した文献によれば、文明の守護者たる惑星騎士の証にて、宇宙の調和とバランスを守る存在。もっと分かりやすく言えば、強大な兵器の起動スイッチだな」
「兵器のスイッチ? これが? この剣が?」
シャーリィの声が、思わず上ずった。
「にわかには信じられないだろうね」
フーバーは短剣を置いて、手袋を外した。
「私とスペンサー教授の意見は一致している。これは、次元兵器を呼び出すための鍵だ。次元兵器という言葉に、聞き覚えは?」
「正直、あたしは初耳だね」
シャーリィはアタシを見た。
兵器マニアのアタシなら、何か知ってるんじゃないか、そう思ったようだ。
だけど、アタシにもピンとは来なかった。
「今の技術では及びもつかない程の高度文明を誇った古代エレスが亡びた理由、それは、多層次元に存在した別の宇宙との衝突が起きた為だった。最近の研究では、そう言われている」
フーバーは話を続けた。
「そのきっかけとなったのが、他次元への扉を開き、そこから生じるエネルギーをパワーへと変換する次元兵器だった。そして、その技術を宿した巨人型兵器、今でいうプレーンが存在した、それが、シュミットさ」
「なんだか、夢物語みたいだな」
シャーリィが言った。
「そう言いたくなる気持ちはわかる」
アタシも信じられない思いで話を聞いた。
今の亜空間航行だって、神がかり的な技術だ。並列する疑似空間を利用して、距離を無き者にするっていう、バカみたいな方法だ。だけど、かつては、その上を行く技術が存在したというのか。
証拠を見せよう。
フーバーはそう言って、モニターの画像を切り替えた。
「先ほど、先日まで保管されていたと言ったね」
「ああ、どういう意味なんだ。移送されたのか?」
「盗まれた、と言ったら?」
シャーリィは呆れた顔をした。
隣でキャプテンが、無表情ながら、微かに瞳の奥に鋭さを見せた。
「ここになんと、その時の映像がある。見たまえ」
アタシ達は、画像を食い入るように見た。
そして、絶句した。
映像は、保管室の監視カメラの物だった。
短剣はクリスタルのケースに保管されていた。
誰も侵入するはずのない空間。
人の気配どころか、虫の一匹すらも入り込めない、そこはそんな保管庫だった。
それなのに。
事件は突然起きた。
まるで、トリックを見ているようだった。
なにも無いはずの空間が、一瞬光って、黒い裂け目が生まれた。
そこから。
腕が伸びてきた。
その手が、短剣の柄を握り、そして激しく震えだした。
短剣の表面に何度も光が走り、その様子は、まるで長い眠りについていた肉体に、血液が流れ始めたようにも見えた。
そして。
剣は裂け目の中に吸い込まれていった。
これは・・・どういう事なんだ。
いや、その答えは、もう出ている。
剣を掴んだ腕。
黒いレザースーツ。そして、白い手のひら。
それは、紛れもなく女性の腕で。
もっとはっきり言えば、どこからどう見ても、アタシの腕だった。
「えっ、これって、まさかー!!」
アタシは大声を上げていた。
「そう。さっき言った通りだ。ネルで発見され、先日まで資料室に保管されていた短剣、君が手に入れたのは、まさにそのものだよ」
さすがのシャーリィも、狐につままれたような顔になり、キャプテンは呆れた様子で帽子のつばを下げた。
「エレスの棺が、次元壁を破り、君たちのいた場所と資料室とをつないだ。エレスの棺は簡単に言えば、シュミットキーの保管庫だ。キーそのものがどこにあっても、中に納められているのと同じ。そして、このエレスの棺を通過する事で、剣は目覚める」
儀式的なものを、アタシは想像した。
次元の壁を通過する事で、エネルギーが供給される、そんな感じなのだろうか。
「君は剣との契約を勝ち取り、それを引き抜くという象徴的な行為によって、剣を目覚めさせた。そして、シュミットが出現した」
「あ! アルラウネ・・・か。あれがシュミット?」
「そう名付けたのかね。 映像があるらしいが、見せてもらえるかな」
シャーリィが、先日の動画を再生した。
フーバーは、そこに繰り広げられた光景に、感嘆の声をあげた。
「これは、面白い形だね。だが、・・・驚いたな、ここまでしっかりとした形で出現させることが出来るなんて。やはり、適合者というものは、すごいとしか言いようがない」
「適合者?」
「ああ、シュミットキーを起動する資質を持った者の事さ」
君のようにね、と、フーバーはアタシに顔を向けた。
「シュミットキーを起動するには、資質がいる。スペンサー教授の研究では、純度の高いエレスシードを含有する者に、何らかの反応を示したと報告されている。それにしても、まさかデュラハンに適合者が二人もいたとは、ね」
二人?
誰の事を言ってるの?
アタシの疑問は軽くスルーされて、彼は画像を食い入るように見た。
「シュミットは精神感応を行う。契約者が望む形で囁きかけ、その者の心の中にある形で具現化される」
「え、じゃあ、あれは、アタシの心の形って事?」
アタシは心臓を刺されたようなショックを覚えた。
確かにアタシは、自分でもまともな女じゃないとは思ってたけど。
あれじゃあ本物の怪物じゃない。
「心が望む形だ。君の心の本質じゃない。・・・望むというより、もしかしたら怖れや恐怖といった、強く刻まれた形なのかもしれないな」
フーバーがアタシの表情を察して補足した。
それなら、ちょっとは救われる。
きっと。
変に頭の中に残ってたから、それであんな形になっただけなんだ。
「じゃあ、もしかして、アタシの心が変化すれば、形はまた変わったりするんですか?」
「可能性としてはありえるが、わからない。そもそも、シュミットを実際に起動させたのは、エレス宇宙圏内では君が初めてだからね」
エレス圏内では・・・か。
随分と気になる言い方だ。
「なるほど、そこまではわかったよ。だけどさプロフェッサー、その様子だと、エレスの棺が起動すれば、この短剣と結びつくってのは最初からわかってたみたいだね」
シャーリィに指摘されて、彼はあっさりと頷いた。
「分かっていた。だからこそ、君たちに頼んだのさ」
「その辺のところも、もう少し話を聞けるかい」
「もちろんだ」
フーバーは画像を消した。
「シュミットキーが、こんなにも早く起動したのは予定外だったがね。いずれは起動しなければならないとは思っていた。誰かに悪用される前に、この世から葬り去るためにもね。そして、彼を見つけ出す為にも・・・」
「彼?」
「ああ・・・彼だ」
フーバーは、自分の机を振り向いた。
積み重なった本の向こうに、小さな写真たてがあった。
「スペンサー教授の、最後の願いをかなえるためにもね」
彼の声に、悲しみの色が宿った。
似合いすぎる眼鏡の縁が、鈍く光った。




