シーン32 コスプレ好きではないけれど
シーン32 コスプレ好きではないけれど
宇宙港に入る直前、通路の小さな窓から、フォワートのクリスタル状になった外壁が見えた。
衛星フォワートは、これまでアタシ達が寄港した衛星とは、少し雰囲気が違った。
若者の星らしく、活気のあるお洒落な界隈と、どちらかといえば落ち着いた街並みが同居し、その中に、整然と管理された自然が配置されている。
話によれば、街自体も大きくブロックがわかれていて、そのエリアごとに街の外観も雰囲気も大きく違っているらしい。
「この衛星内には、何百の学校が集まっていてね、しかも、その土地の半分以上は、かの有名なテア中央大学が、直接管理してるんだ」
景色に目を細めていると、シャーリィが通りがかりざまに言った。
彼女は船の操縦をトゥーレに任せて、イアンをお供に格納庫へ向かうところだった。
トゥーレの操縦士としての腕は、彼女の眼から見ても合格点だった。そのせいか、以前ほどアタシに対して、サブパイロットとしてのお声はかからなくなった。
「新しいランナー、使ってみるんですか?」
「まあね」
ほんの少し、ジトッとした眼で彼女はイアンを見た。
イアンは誤魔化すようにそっぽを向いた。
「ったく。こいつらに任せるんじゃなかったよ、変なランナーを買いやがって」
彼女は髪を掻いた。
シャーリィが言うのも、わかる。
アタシは納入されたランナーを思い返した。
「でも。まあ、用途としてはありかもしれませんよ」
彼らも考えた末の事だったろうし、イアンの手前、一応フォローするように言うと。
「だよなー。やっぱりラライの姉貴は話が分かるぜ」
彼は笑ってアタシの隣に立った。
いや。
ほんとはアタシも、あれはどうかなー、って、思ったけどね。
何となく二人に挟まれる形になって、アタシは一緒に格納庫に行った。
このクラスの船にともなると、格納庫も複数あって、なかなかの広さがある。
おそらく装甲車クラスが3台は収められるであろう車両用エリアに、ランナーが二台仲良く並んでいた。
傷だらけになったオープンタイプの一台と。
先日購入したばかりの一台。
車種は。
まさしくマイクロバスそのものだ。
茶色のツートンボディに、側面にはなんかの施設名がピンク色で書かれている。
えーと。
ハピネス保養センター。
「12人乗りだぜ。やっぱり全員乗れた方が良いと思ってよ」
「そりゃ、わかるけどね・・・。マイクロバスで移動する海賊なんざ、聞いたことが無いよ。サマにならない、っていうか・・・。いくらなんでも、少しくらい形ってもんも大事じゃないのさ」
「出発が早まらなければ、全塗してもらう予定だったんだ。紫のラメあたりにさ」
イアンは俺のせいじゃない、とばかりに腕を組んだ。
紫のラメか。
ヤンキーじゃないんだし、それもどうかと、思うけど・・・。
「ま、カモフラージュになって良いじゃないですか。これなら、誰も海賊御一行様のランナーだとは思いませんよ」
「それは、そうなんだろうけどね・・・」
シャーリィは操縦席に乗り込んで、ロックを外した。
「船を降りるのは、そうだな、キャプテンとアタシと、ソニー。それに、今回はイアン、あんたも来るかい?」
「もちろん。たまには外の空気も吸わないとね」
「アタシは?」
「来てもらうに決まってるだろ。例の短剣、ちゃんと身につけてるだろうね」
「カバンには入れてますけど、中途半端に大きいんですよね」
「そうか。じゃ、ちょっと考えないとな・・・」
シャーリィは少し思案顔になって、それから、ちょっと不気味な笑みを浮かべた。
「トゥーレとデニス、バロンは待機組な。イアン、あいつらに伝えてきてくれるか?」
「あいよ」
「ラライ、あんたはこっちに来な。いい考えがある」
むむ。
これは、嫌な予感がする。
シャーリィの言う「良い考え」に、ロクなモノはない。
思いながらも、彼女に従った。
そして。
アタシの予感は、見事に的中した。
数十分後、マイクロバスの前にアタシ達は集合した。
見送りに来たバロン達居残り組が、アタシを見て目を丸くした。
そりゃ、そうよね。
なんですか、この服装は。
えーと、ジャパニーズ着物って奴ですか?
それにしては、なんか違うような。
袖なんかなくて、ノースリーブだし。
裾なんて膝丈で、ミニスカートみたいだし。
確かに「帯」で抑える感じはそれっぽいけど・・・。
全身網タイツを下に着る理由を教えてください。
アタシはもじもじしながら歩いた。
シャーリィは満足げにアタシを見た。
「これぞ、ジャパニーズサムライって奴だ。ほら、サムライのコスプレなら、刀を差してたって、問題がないだろ」
いやそれ。色々間違ってますから。
バロンが地球の時代劇が好きな事もあって、サムライってのは、テレビで見たことがあるけど、それに出てきた着物と、この着物って全然違う。
「どっちかっていうと、くノ一って感じでやんすね」
バロンが言った。
「なんだくノ一って?」
「ニンジャってやつの、女性版でやんす」
「着物に帯刀ってのは、地球系の正装で間違ってないんだろ」
「それは、たぶん・・・そうでやんすけど」
「なら、いいじゃないさ」
良くないっ!!。
アタシは思ったが。
シャーリィに、こういう事で反抗しても、無駄な事はよく知っている。
それにしても。だいたい、着物に剣ってのは、キャプテンが持っているジャパニーズサーベルを指していて、この短剣とは根本的に違うような気がするんだけどな。
「まあ、ほら、これでその短剣だって、コスプレの小道具にしか見えないし。職質される危険性は少なくなる」
「別な理由で職質されると思います・・・」
「心配するな、コスプレってもんは若者の間では立派な文化として認められている。ここは学生の街だ、その位の格好なら違和感がない」
「違和感ありまくりですよ!」
アタシは文句を言ったが、彼女は笑ってスルーした。
くそ。やっぱりこれは、ただのコスプレではないか。
シャーリィってば、毎度毎度アタシにコスプレさせて、何が楽しいんだか。
これじゃますます、ソニーやイアン達に、コスプレがアタシの趣味だと思われてしまうじゃない。
アタシはちらりと彼女達を見た。
やっぱりだ。
ソニーは、なんだか微笑ましくアタシ達を見ていて、バロンとイアンは、何故か嬉しそうな様子だが、アタシの服装に違和感を覚えている雰囲気は一切なかった。
バロンと一緒に来ていたトゥーレまでもが、アタシの格好を見ても特別不思議そうな様子もなく、さも当然そうな顔をした。
「トゥーレさん、この格好って、変じゃないですか?」
アタシは、一応この中では常識のありそうな彼に聞いてみた。
すると。
「まあ、似合ってる、と思うけど」
トゥーレはさらりと言った。
「これが姐さんなら、ちょっと見るに忍びないけどな・・・。ラライの姉さんは、ちゃんとしたコスプレイヤーだし」
「どーゆー意味よ」
アタシとシャーリィの声が被った。
アタシ達はマイクロバスで街に繰り出した。
うーむ。
・・・これは、やっぱりちょっと変だ。
なんだか慰安旅行みたいな雰囲気だし。
そして何より、なかなかに濃い面々だ。
いつものトレンチコートにテンガロンハットっていう、マイペースな服装のキャプテン。
右腕に機械のプロテクターをつけた、銀髪のセクシー美女シャーリィ。
白い羽根が天使みたいな、空飛ぶ美少女ソニーが続いて。
額から一本の角を生やした童顔のイアン。
そして正体不明、謎のくノ一、コスプレ女。
統一感まるでなしの御一行。
これは、目立つなあ。
アタシの不安をよそに、車は一風変わった路地に入った。
なんだか、その路地に入ったとたん、世界が一変して、それまでの閑静な雰囲気が、一気にサイケデリックなものへと変わった。
極彩色にペイントされた建物と、路地のあちこちを埋め尽くすアートの数々。
並んだ店のショーウィンドーには奇抜な衣装のマネキンが並び、様々なジャンルの音楽が流れ始めた。
シャーリィはバスの高さを気にしながら、そんな町の一角にある、地下駐機場にランナーを停めた。
本来なら無機質であろう、駐機場の壁面も、スプレーアートで埋め尽くされていた。
「姐さん? ここは」
興味深げに、イアンが聞いた。
「ここは、テア大学の中でも、芸術科と、音楽科、それに情報科が集まるところさ」
シャーリィのこういう知識は、一体どこで培ってきたものなのだろう。
時々、感心させられる。
「見ての通り、個性的な街だからね、この衛星の中では一番観光客も多いし、あたし達が紛れるには一番都合が良い。幸い、依頼人も、この近くに研究室を構えているしね」
ってことは。
依頼人は大学の関係者か。
薄々はそうだろうと思っていたが、一体どんな人なんだろう。
「あたしとキャプテンはアポを取ってくるから、三人は少し散策でもしてな。この辺りは、治安も良いし、そんなに心配もいらないだろ」
シャーリィはソニーと何やら打ち合わせて、キャプテンと一緒に姿を消した。
「それじゃあ、折角ですし、街でも眺めましょうか?」
ソニーに誘われ、アタシは半ば渋々街に出る事にした。
さすがにこんな格好で街を歩くのは恥ずかしいなあ。
と思ったのは最初だけだった。
シャーリィが違和感無い、と言い切った理由がわかった。
確かに、違和感はなかった。
この街の住人は、とにかく奇抜な格好を好むようだった。
芸術科の生徒が多いためだろうか。
髪型もさることながら、服装というものに、いわゆる世界の流行りであるとか、常識や定義というものが存在してはいなかった。
下着で歩く人もいれば、着ぐるみにしか見えない衣装で歩く人。
頭の上に蛇を飼ってる女や、全身を金銀のラメに包んで、ロックスター張りの厚底ブーツで歩く男。
そんな連中が、普通にカフェにたむろっていたり、静かな本屋で立ち読みをしていたり、突然路上で始まったゲリラライブに歓声を送ったりするのだ。
こうなってくると、まるでアタシの方が普通で、ソニーやイアンの方が、浮いているような錯覚すらも覚えそうになる。
「変な所だなー。なあ、ラライの姉貴、大学ってのは、普通頭の良い奴が入るところだろ。こいつら、バカにしか見えないぜ」
「まあ、紙一重って奴じゃない」
「ラライさん、イアン、聞こえますよー」
ソニーもまた面食らったような顔をしつつも、興味深げに周囲を見まわした。
「ラライさん、大学に入った事は?」
ソニーがアタシに訊いた。
「アタシがそんなに高学歴に見える?」
アタシは肩をすくめた。
学生生活とやらに興味がないわけではないが、まあ、学校というものは、アタシにとって無縁の場所だ。
恥ずかしい話だが。
アタシの最終学歴は高校中退で止まっている。
・・・。
この辺りも、アタシがまともな就職が出来ない原因なのだろうか。
「ソニーちゃんは頭よさそうだし。もしかして大卒?」
「残念。卒業はしてません」
彼女は舌を出して、おどけた顔をした。
「入学はしたんですけどね。結局、ずっと行ってないし。多分もう除籍されてますよね」
口調は明るかったが、表情に、一抹の寂しさがよぎるのを、アタシは見てしまった。
これは。
あんまり追求するべきでは無いな。
アタシはそう思って話題を変えた。
それから一時間ほど、街並みを見て歩いた。
アートというのは、時に暴力的で、景色と騒音は、次第にストレスへと変わった。
いつも以上に疲れを感じて、手近なカフェで休んでいると、ソニーの通信機が鳴りだした。
「あ、シャーリィさん。・・・・はい。わかりました」
彼女は通信を切ると、アタシ達に向き直った。
「クライアントとアポがとれたそうです。行きましょう」
待ってましたと、イアンが立ち上がった。
ソニーは、ちらりと、時計を見て、時間を確認した。




