表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/74

シーン31 機械の星テアにようこそ

 シーン31 機械の星テアにようこそ


 宇宙は広大だ。

 どこまでも、永遠に続いて見えるその世界は、無限のように思えて、どこかで限りがある。

 けれど、それ以上に矮小な人の営みが、宇宙を勝手に定義している。


 アタシ達の住む宇宙は、大きく4つに分かれている。


 アタシ達が済む、エレス宇宙同盟圏。

 ドゥ銀河帝国。

 ルゥ惑星王国。

 そしてそのいずれにも属さない外宇宙だ。


 ドゥとルゥは、思想や主義は違うものの、一つの強大な軍事力を持つ国家が、様々な惑星を従属して成り立っている。

 それに対し、国家という概念ではなく、惑星ごとの自治政府が経済の共有と安定、そして治安協力を合議上で解決しているのが、エレス宇宙同盟である。

 昔は、これに加えて、銀河通商連合って組織があった。

 けれど、ドゥやルゥの勢力が拡大する中でシステムが瓦解し、最後はエレス同盟に吸収される形になった。

 これら、3つの勢力は、それぞれが互いの抑止力となって、微妙なバランスを保っている。とはいえ、この状況が未来永劫続くのかといえば、それは、誰にもわからない。


 ちなみに。

 この中で、もっとも強大な軍と、排他主義的な思想感を持つのが、ドゥ銀河帝国である。

 当然、ドゥの動静はエレス同盟やルゥ王国にとって、非常にナーバスな問題であり、エレス圏内でドゥの軍人を見かけるというのは、珍しいを通り越して、異常事態と思わなければならない。


 それはともかく。


 アタシはセンター内の救急センターで治療を受けた。

 腕の傷は、運よくかすめた程度で、軽いやけどと診断された。

 おそらくレイガンの出力はミニマムに抑えてあったのだろう。そうでなければ、もっと惨い傷になって、痕が残ってしまうところだった。


 連絡を受けて、ソニーとシャーリィが駆けつけてきた。


「何があったんだい?」

 開口一番に聞かれて、バロンが申し訳ないような、困ったような顔になった。


「それが、良く分からないでやんすが・・・いきなり撃たれたんでやんす」

「誰に?」

「変な二人組でやんす。どうも、ラライさんの知り合いだったみたいでやんすけど」

「知り合いが? 何で?」

「あっしが撃たれたのを、庇った形になったでやんす。・・・それがその・・・あっしの事を下等人類なんて言うもんで・・・」


 ソニーの顔が青ざめた。

 シャーリィも、ひきつったような顔になって、アタシを見た。


「人類種差別か・・・。にしても、酷い言い方だね。何者なんだ?」

「あっしも、聞いてみたんでやんすが・・・」


 アタシは黙って、下唇を噛んだ。

 彼らの事を話すべきか、悩んだ。


 彼らは、ドゥの帝国正規軍の軍人。

 それも、筋金入りの連中だ。


 だけど、彼らとアタシの関係は、今のアタシとデュラハンとの関係よりもさらに複雑だ。

 簡単に表現するなら、目的を達するために共闘した過去があり、アタシが生き抜くため、そして勝ち抜くための術を学んだ相手でもある。


 アタシの固くなった表情を見て、シャーリィは微かに眉根を細めた。


「仔細がありそうだね、全部話せとは言わないが、ここじゃ嫌か?」


 アタシは周囲を見た。

 確かにここでは、救急センターの職員も頻繁に出入りしているし、昔話には向かなそうだ。


「一旦、船に戻りましょう」

 ソニーが心配そうに、包帯に巻かれたアタシの肩を見つめた。


 確かに、それが賢明かもしれない。


 そうと決まれば、早い方が良い。

 お礼もそこそこに、救急センターを後にすると、駐機場に急ぐ。

 アタシとバロンは何も言わずに後部座席に並んだ。

 それだけで、シャーリィとソニーは、少しだけ安心した顔になった。



 船についてすぐ、シャーリィは人払いをしてくれた。

 部屋にはアタシと彼女だけ。

 彼女は部屋のカギをしっかりとかけた。


「バロンには聞かれたくない話ってのも、あるんだろ」

 悪戯っぽい顔をして、シャーリィはウィンクをした。

 男だったら、どきりとするほど、チャーミングな表情だった。


 参ったな。

 こういう所は、変に気が利くんだよね、シャーリィって。

 アタシは無意識に傷に触れて、痛みと共に、彼らとの過去を思い出した。


「惑星トーマの内乱が激しかったころです」

 アタシは、重い口を開いた。


「アタシは、・・・仇を追ってました。あ、これも初めて話しますね」

「仇持ちだったのか。薄々そんな気はしてたよ。でも、決着はつけてあるんだろ」

 頷くと、彼女はホッとした顔になった。


「ただ、当時のアタシには戦える術がなくて。・・・リンは味方してくれたけど、たった二人じゃ、出来ることも限られてたし。でも、トーマにあった敵の拠点を放置したら、大変な事になる事がわかってて・・・」


 どうしよう。

 アタシはどう話すべきか悩んだ。

 これじゃ、どんどんアタシの正体がバレてしまう。

 だけど、上手く話せないや。


「そんな時に、あの二人に会いました。名前はエイダとザラって言います」

「エイダ? 昔どっかで聞いたな」

「銃の手ほどきを受けたんです。あ、これってだいぶ前にちょっとだけ話しましたね」

 そうそう、デュラハンと出会ったばかりの頃、彼女の誘導尋問に引っかかって、口にしたことがあったんだ。

 シャーリィは、ああ、という顔をした。


「そういえば、そんな事言ってたね。じゃあ、そいつ達はドゥの?」

「ええ、ドゥの正規軍人です。当時は潜入工作隊。簡単に言えば掻き回し屋でした」


 戦乱を悪化させ、第三国、つまりドゥの介入を促すためのスパイだ。

 アタシは、彼女達の正体を知りながら、自分の私的な目的を果たすために彼らを手伝い、その見返りに、彼らの戦い方を学んだ。

 そして、全ては上手くいき。

 あと数か月で終結するはずだったトーマの内戦は、そこから数年間、いや、今もまだ、くすぶり続けている。

 結果論とはいえ、多くの命を、夢を、希望を奪ったのは、このアタシだ。

「蒼翼」の名前が生まれるほんの少し前、だけど、それはまぎれもない事実なのだ。


「アタシは、彼らと一緒に行動していました。それほど長い期間じゃなかったけど、でも、事実には違いないし、それによって・・・」

「なるほどねー。なんとなく理解したよ」

 シャーリィは、アタシの言葉を遮った。


「要するに、ドゥのスパイに協力してたってコトだね。そりゃあ確かに、エレスの宇宙生活者としては黒歴史だね」

「そんな簡単な事じゃ・・・」

 アタシが顔を上げた先で、なんだか彼女は優しい顔をしていた。


「難しく考える必要はないさ。まあ、あんたらしいよ。可愛い顔して、目的の為には、ちゃっかり利用できるところは利用する。だけど、その時は正しいことをしているつもりだったんだろ」

「それは、まあ・・・」

「だったら。結果がどうあれ、今のあんたが気に病むことはない。ただ、ドゥの軍人がなんであんな所に居たのか、気になるのは、そっちの方だね」


 シャーリィは「それ以上は話す必要ない」と、アタシの肩を叩いた。

 さすが、姐さんだな。

 アタシの気持ちなんか、最初から、全部お見通しだし。

 もしかして。

 本当にもしかして、だけど。

 彼女はもう、アタシの正体なんて、とっくに気づいてるんじゃないだろうか。

 そんな気がしてならなかった。



 アタシ達は予定を切り上げ、その日のうちにモール船を離れる事にした。


 おかげで、イアンとトゥーレは納車の日程を早めてもらうために奔走する羽目になった。

 その他には、せっかく見積もりをとった船の外装コーティングをキャンセルしたり、デニスはドレッドヘアーのお手入れが出来なくなって落ち込んだ。


 というのも。

 アタシの腕の傷が銃創なのは、見る人が見れば、すぐに解る。

 下手に騒がれて、通報でもされては、色々とまずい。

 シャーリィが即断したのは、そういう意味もあったのだ。



「ジュースここに置くでやんすよ」


 船が航海を再開して数時間後。

 バロンは、テーブルにフルーツジュースを置いて、自分は買ったばかりの模型のキットを、楽しげに眺めた。

 すぐに作るのでは、楽しみが少ない、の、だそうだ。

 まずはキットの状態で、色々と想像するのが、醍醐味なんだという。

 それから、具体的な構想を何度も描いて、気持ちの高まりが三回くらいピークに達さないと、作り出すまでには至らないのだ。


 まあ、わからなくはない。


 プレーンのカスタムだってそうだ。

 最初の初期装備も捨てがたくて、カスタムパーツをつけるまで、悩みに悩みまくる。

 この、悩んでる時が一番楽しいのだ。

 で、最終的に何かを決めてしまうと、何だかその頃には興奮が冷めている。

 それと、同じことなんだろう。


 アタシはバロンが買ったベッド替わりのビーチチェアーを占領した。

 いや・・・ね。

 座り心地というか、リクライニングの具合が想像以上に良かったわけですよ。


 彼には悪いとは思ったが、中途半端なソファよりも、よっぽど居心地がいい。

 バロンはどうやら諦めて、少なくとも就寝時以外は、ビーチチェアはアタシの領土という事にしてくれたようだった。


 それはそれとして、彼とこうして同じ部屋でくつろぐのは、なんだか久しぶりな気がした。


「そういえば、ラライさんはテアには行った事があるでやんすか?」

 突然、バロンがアタシに話題を振った。


 行ったことがあるとも無いとも言わず、アタシはその光景を思い浮かべた。

「気の滅入る星よねー」


 彼は不思議そうに首を傾げた。


「どこが・・・、でやんすか? あっしはすごいと思うでやんすけどね」

「まあ、すごいのは確かだけど・・・」

「人類の英知が生み出した星でやんすよ」

「または、人類が自然との決別を決定的にした星でもあるわね」


 テアは。

 機械の星だ。


 千年ほど前までは、緑豊かで、海と大地が豊かな景観を創造していたと、聞いた事がある。

 人と自然が共存する、オアシスの様な星。

 生命の輝きが生み出した、奇跡の惑星。

 それを、人は破壊した。


 有限の世界に無限の繁栄を求め、人は世界を作り替えていった。

 恒久に続く文明世界を維持するためには、全ての自然は不要となった。

 星は緑を失い、次に海を、大地を、そして、大気までも失って、隔離されたコアの周囲に幾千もの階層を持つ、人工の星が生まれた。

 そして最後に必要を無くしたのは、発展だ。


 文明が継続するためには、繁栄も発展も不要。

 星の内側は閉鎖され、隔離された世界で、分離された人間たちが、制限された情報と文明レベルの中で暮らしている。

 そこにある生と死を、幸せと受け止めながら。


 アタシ達宇宙生活者には、到底理解のできない永遠の平和。

 戦争も無ければ、犯罪も無い。


 そこに生まれた人類は、外の世界なんて知らないのだから、それ以上は知る必要もないし、何も言う必要がない。

 だけど、アタシは何故か、テアの内側にある世界を思うと、いつも憂鬱になった。


 そして、テアにはもう一つの顔がある。

 隔離された内側とは全く別の、宇宙生活者の本拠地としての顔である。


 テアの外側を取り巻くようにアステロイドベルトが見える。

 このアステロイドベルトは、実は人工の衛星都市の群れだ。

 そこに住む者たちは、まさに宇宙生活者の自由と繁栄を謳歌し、エレス宇宙同盟の文化発信の中核となっている。


 その一つには、あの星も含まれている。

 あの日。

 アタシが「ライ」と名乗るその日まで、暮らしていたはずの故郷も。


 アタシは想いを払うように、軽く首を振った。


「なんか、表と裏があるみたいでさ。アタシ、それが苦手なのよ」

 自分の事はさておいてね。


「そういう見方もあるでやんすね・・・」

「バロンさんは好きなの? テア?」

「あそこは、新しいものが多いでやんすからね」

「そうね。でも、アタシはショッピングはしばらく必要ないかな・・・」


 体を起こそうとしたら、腕がずきんと傷んだ。

 あとでメディカルボックスに入らないと、そうすれば、半日くらいで痛みは消えるだろう。

 テアまでは、標準時間換算で7日くらい。つく頃に完治するかな。

 アタシが痛みに顔を顰めていると・・・。


「そう言えば、メディカルボックス、故障したでやんすよね」

 バロンがぽつり、と呟いた。


「え・・・?」

「正確には、壊しちゃったでやんす・・・」


「え、ええー!」


 アタシはバロンの首根っこを押さえた。


「壊したって、どういう事よ! この大事な時に!」

「あああ、あっしのせいじゃないでやんす~!」


 じゃあ、誰のせいだ?

 なんてことしてくれるんだ。

 メディカルボックスはアタシにとって大変重要な存在なんだ。

 ただでさえ怪我しやすいアタシだぞ。


「きゃ、キャプテンでやんす~。メディカルボックスの中で目を覚ましたらしくて、無理やり外に出たんで、機械がエラーを起こしちゃったでやんすよ~」


 キャプテンか~!!

 それは確かに、やりそうだ。

 けど。

 他の人の事も考えてよー!!


「テアに行けば、修理センターもあるでやんすから。それまでの我慢でやんす。それに、普通にしてても全治一週間だって・・・」

「一週間がどんだけ長いと思ってんの」

「・・・」


 アタシに睨まれて、バロンは静かにアタシの為のお菓子を補充した。

 レモンフレーバーのクリームサンドクッキーか。

 なかなかいいチョイスね。だけど、これならココアの方が合ったかも。


 とはいえ、美味しくいただいた。


「テアまでは、ゆっくり体を休めると良いでやんす。それにしても・・・」

 バロンは視線を逸らした。


 彼が何を言いたいのかは、わかる。

 彼だって、あの二人が何者か、知りたいのだろう。

 だけど、今は触れずにいてくれる。なら、その好意にアタシは甘えるだけだ。


 アタシはビーチチェアの上で体を伸ばした。

 それにしても、本当に彼は良いチェアを買った。

 この部屋は、もしかしたらアタシの楽園になるかもしれない。




 船旅は順調に続いて、テアの領域内に侵入すると、まもなく寄船確認の為の信号が届いた。

 さすがはテアだ。

 領域内への監視は抜かりなくってところか。


「自由交易船のレディクレン号です。衛星フォワートへの着艦を申請いたします。登録番号を送ります」


 トゥーレが言った。

 あれ?

 この船の表向きの名前って、シルバースワンじゃなかったっけ?

 アタシの疑問に気付いたように、ソニーが笑みを浮かべた。


「登録名は、安全のために使いまわしてるんです。多少、お金はかかりますけど」


 なるほどねー。

 色々と気を配ってるわけだ。


 程なくして、返答が戻ってきた。


『登録を確認しました。レディクレン号。自由の星テアへようこそ』

お読みいただいて、ありがとうございます。


物語も中盤にさしかかってきました。

といっても、事件はまだまだ、ここからが本番です。


ぜひ、引き続きよろしくお願いします。


感想、コメントお待ちしています。

ブックマークもして頂けると嬉しいです。


皆様の時間を、この作品に分けていただいたこと、

心から感謝しています。


雪村4式

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ