シーン31 機械の星テアにようこそ
シーン31 機械の星テアにようこそ
宇宙は広大だ。
どこまでも、永遠に続いて見えるその世界は、無限のように思えて、どこかで限りがある。
けれど、それ以上に矮小な人の営みが、宇宙を勝手に定義している。
アタシ達の住む宇宙は、大きく4つに分かれている。
アタシ達が済む、エレス宇宙同盟圏。
ドゥ銀河帝国。
ルゥ惑星王国。
そしてそのいずれにも属さない外宇宙だ。
ドゥとルゥは、思想や主義は違うものの、一つの強大な軍事力を持つ国家が、様々な惑星を従属して成り立っている。
それに対し、国家という概念ではなく、惑星ごとの自治政府が経済の共有と安定、そして治安協力を合議上で解決しているのが、エレス宇宙同盟である。
昔は、これに加えて、銀河通商連合って組織があった。
けれど、ドゥやルゥの勢力が拡大する中でシステムが瓦解し、最後はエレス同盟に吸収される形になった。
これら、3つの勢力は、それぞれが互いの抑止力となって、微妙なバランスを保っている。とはいえ、この状況が未来永劫続くのかといえば、それは、誰にもわからない。
ちなみに。
この中で、もっとも強大な軍と、排他主義的な思想感を持つのが、ドゥ銀河帝国である。
当然、ドゥの動静はエレス同盟やルゥ王国にとって、非常にナーバスな問題であり、エレス圏内でドゥの軍人を見かけるというのは、珍しいを通り越して、異常事態と思わなければならない。
それはともかく。
アタシはセンター内の救急センターで治療を受けた。
腕の傷は、運よくかすめた程度で、軽いやけどと診断された。
おそらくレイガンの出力はミニマムに抑えてあったのだろう。そうでなければ、もっと惨い傷になって、痕が残ってしまうところだった。
連絡を受けて、ソニーとシャーリィが駆けつけてきた。
「何があったんだい?」
開口一番に聞かれて、バロンが申し訳ないような、困ったような顔になった。
「それが、良く分からないでやんすが・・・いきなり撃たれたんでやんす」
「誰に?」
「変な二人組でやんす。どうも、ラライさんの知り合いだったみたいでやんすけど」
「知り合いが? 何で?」
「あっしが撃たれたのを、庇った形になったでやんす。・・・それがその・・・あっしの事を下等人類なんて言うもんで・・・」
ソニーの顔が青ざめた。
シャーリィも、ひきつったような顔になって、アタシを見た。
「人類種差別か・・・。にしても、酷い言い方だね。何者なんだ?」
「あっしも、聞いてみたんでやんすが・・・」
アタシは黙って、下唇を噛んだ。
彼らの事を話すべきか、悩んだ。
彼らは、ドゥの帝国正規軍の軍人。
それも、筋金入りの連中だ。
だけど、彼らとアタシの関係は、今のアタシとデュラハンとの関係よりもさらに複雑だ。
簡単に表現するなら、目的を達するために共闘した過去があり、アタシが生き抜くため、そして勝ち抜くための術を学んだ相手でもある。
アタシの固くなった表情を見て、シャーリィは微かに眉根を細めた。
「仔細がありそうだね、全部話せとは言わないが、ここじゃ嫌か?」
アタシは周囲を見た。
確かにここでは、救急センターの職員も頻繁に出入りしているし、昔話には向かなそうだ。
「一旦、船に戻りましょう」
ソニーが心配そうに、包帯に巻かれたアタシの肩を見つめた。
確かに、それが賢明かもしれない。
そうと決まれば、早い方が良い。
お礼もそこそこに、救急センターを後にすると、駐機場に急ぐ。
アタシとバロンは何も言わずに後部座席に並んだ。
それだけで、シャーリィとソニーは、少しだけ安心した顔になった。
船についてすぐ、シャーリィは人払いをしてくれた。
部屋にはアタシと彼女だけ。
彼女は部屋のカギをしっかりとかけた。
「バロンには聞かれたくない話ってのも、あるんだろ」
悪戯っぽい顔をして、シャーリィはウィンクをした。
男だったら、どきりとするほど、チャーミングな表情だった。
参ったな。
こういう所は、変に気が利くんだよね、シャーリィって。
アタシは無意識に傷に触れて、痛みと共に、彼らとの過去を思い出した。
「惑星トーマの内乱が激しかったころです」
アタシは、重い口を開いた。
「アタシは、・・・仇を追ってました。あ、これも初めて話しますね」
「仇持ちだったのか。薄々そんな気はしてたよ。でも、決着はつけてあるんだろ」
頷くと、彼女はホッとした顔になった。
「ただ、当時のアタシには戦える術がなくて。・・・リンは味方してくれたけど、たった二人じゃ、出来ることも限られてたし。でも、トーマにあった敵の拠点を放置したら、大変な事になる事がわかってて・・・」
どうしよう。
アタシはどう話すべきか悩んだ。
これじゃ、どんどんアタシの正体がバレてしまう。
だけど、上手く話せないや。
「そんな時に、あの二人に会いました。名前はエイダとザラって言います」
「エイダ? 昔どっかで聞いたな」
「銃の手ほどきを受けたんです。あ、これってだいぶ前にちょっとだけ話しましたね」
そうそう、デュラハンと出会ったばかりの頃、彼女の誘導尋問に引っかかって、口にしたことがあったんだ。
シャーリィは、ああ、という顔をした。
「そういえば、そんな事言ってたね。じゃあ、そいつ達はドゥの?」
「ええ、ドゥの正規軍人です。当時は潜入工作隊。簡単に言えば掻き回し屋でした」
戦乱を悪化させ、第三国、つまりドゥの介入を促すためのスパイだ。
アタシは、彼女達の正体を知りながら、自分の私的な目的を果たすために彼らを手伝い、その見返りに、彼らの戦い方を学んだ。
そして、全ては上手くいき。
あと数か月で終結するはずだったトーマの内戦は、そこから数年間、いや、今もまだ、くすぶり続けている。
結果論とはいえ、多くの命を、夢を、希望を奪ったのは、このアタシだ。
「蒼翼」の名前が生まれるほんの少し前、だけど、それはまぎれもない事実なのだ。
「アタシは、彼らと一緒に行動していました。それほど長い期間じゃなかったけど、でも、事実には違いないし、それによって・・・」
「なるほどねー。なんとなく理解したよ」
シャーリィは、アタシの言葉を遮った。
「要するに、ドゥのスパイに協力してたってコトだね。そりゃあ確かに、エレスの宇宙生活者としては黒歴史だね」
「そんな簡単な事じゃ・・・」
アタシが顔を上げた先で、なんだか彼女は優しい顔をしていた。
「難しく考える必要はないさ。まあ、あんたらしいよ。可愛い顔して、目的の為には、ちゃっかり利用できるところは利用する。だけど、その時は正しいことをしているつもりだったんだろ」
「それは、まあ・・・」
「だったら。結果がどうあれ、今のあんたが気に病むことはない。ただ、ドゥの軍人がなんであんな所に居たのか、気になるのは、そっちの方だね」
シャーリィは「それ以上は話す必要ない」と、アタシの肩を叩いた。
さすが、姐さんだな。
アタシの気持ちなんか、最初から、全部お見通しだし。
もしかして。
本当にもしかして、だけど。
彼女はもう、アタシの正体なんて、とっくに気づいてるんじゃないだろうか。
そんな気がしてならなかった。
アタシ達は予定を切り上げ、その日のうちにモール船を離れる事にした。
おかげで、イアンとトゥーレは納車の日程を早めてもらうために奔走する羽目になった。
その他には、せっかく見積もりをとった船の外装コーティングをキャンセルしたり、デニスはドレッドヘアーのお手入れが出来なくなって落ち込んだ。
というのも。
アタシの腕の傷が銃創なのは、見る人が見れば、すぐに解る。
下手に騒がれて、通報でもされては、色々とまずい。
シャーリィが即断したのは、そういう意味もあったのだ。
「ジュースここに置くでやんすよ」
船が航海を再開して数時間後。
バロンは、テーブルにフルーツジュースを置いて、自分は買ったばかりの模型のキットを、楽しげに眺めた。
すぐに作るのでは、楽しみが少ない、の、だそうだ。
まずはキットの状態で、色々と想像するのが、醍醐味なんだという。
それから、具体的な構想を何度も描いて、気持ちの高まりが三回くらいピークに達さないと、作り出すまでには至らないのだ。
まあ、わからなくはない。
プレーンのカスタムだってそうだ。
最初の初期装備も捨てがたくて、カスタムパーツをつけるまで、悩みに悩みまくる。
この、悩んでる時が一番楽しいのだ。
で、最終的に何かを決めてしまうと、何だかその頃には興奮が冷めている。
それと、同じことなんだろう。
アタシはバロンが買ったベッド替わりのビーチチェアーを占領した。
いや・・・ね。
座り心地というか、リクライニングの具合が想像以上に良かったわけですよ。
彼には悪いとは思ったが、中途半端なソファよりも、よっぽど居心地がいい。
バロンはどうやら諦めて、少なくとも就寝時以外は、ビーチチェアはアタシの領土という事にしてくれたようだった。
それはそれとして、彼とこうして同じ部屋でくつろぐのは、なんだか久しぶりな気がした。
「そういえば、ラライさんはテアには行った事があるでやんすか?」
突然、バロンがアタシに話題を振った。
行ったことがあるとも無いとも言わず、アタシはその光景を思い浮かべた。
「気の滅入る星よねー」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「どこが・・・、でやんすか? あっしはすごいと思うでやんすけどね」
「まあ、すごいのは確かだけど・・・」
「人類の英知が生み出した星でやんすよ」
「または、人類が自然との決別を決定的にした星でもあるわね」
テアは。
機械の星だ。
千年ほど前までは、緑豊かで、海と大地が豊かな景観を創造していたと、聞いた事がある。
人と自然が共存する、オアシスの様な星。
生命の輝きが生み出した、奇跡の惑星。
それを、人は破壊した。
有限の世界に無限の繁栄を求め、人は世界を作り替えていった。
恒久に続く文明世界を維持するためには、全ての自然は不要となった。
星は緑を失い、次に海を、大地を、そして、大気までも失って、隔離されたコアの周囲に幾千もの階層を持つ、人工の星が生まれた。
そして最後に必要を無くしたのは、発展だ。
文明が継続するためには、繁栄も発展も不要。
星の内側は閉鎖され、隔離された世界で、分離された人間たちが、制限された情報と文明レベルの中で暮らしている。
そこにある生と死を、幸せと受け止めながら。
アタシ達宇宙生活者には、到底理解のできない永遠の平和。
戦争も無ければ、犯罪も無い。
そこに生まれた人類は、外の世界なんて知らないのだから、それ以上は知る必要もないし、何も言う必要がない。
だけど、アタシは何故か、テアの内側にある世界を思うと、いつも憂鬱になった。
そして、テアにはもう一つの顔がある。
隔離された内側とは全く別の、宇宙生活者の本拠地としての顔である。
テアの外側を取り巻くようにアステロイドベルトが見える。
このアステロイドベルトは、実は人工の衛星都市の群れだ。
そこに住む者たちは、まさに宇宙生活者の自由と繁栄を謳歌し、エレス宇宙同盟の文化発信の中核となっている。
その一つには、あの星も含まれている。
あの日。
アタシが「ライ」と名乗るその日まで、暮らしていたはずの故郷も。
アタシは想いを払うように、軽く首を振った。
「なんか、表と裏があるみたいでさ。アタシ、それが苦手なのよ」
自分の事はさておいてね。
「そういう見方もあるでやんすね・・・」
「バロンさんは好きなの? テア?」
「あそこは、新しいものが多いでやんすからね」
「そうね。でも、アタシはショッピングはしばらく必要ないかな・・・」
体を起こそうとしたら、腕がずきんと傷んだ。
あとでメディカルボックスに入らないと、そうすれば、半日くらいで痛みは消えるだろう。
テアまでは、標準時間換算で7日くらい。つく頃に完治するかな。
アタシが痛みに顔を顰めていると・・・。
「そう言えば、メディカルボックス、故障したでやんすよね」
バロンがぽつり、と呟いた。
「え・・・?」
「正確には、壊しちゃったでやんす・・・」
「え、ええー!」
アタシはバロンの首根っこを押さえた。
「壊したって、どういう事よ! この大事な時に!」
「あああ、あっしのせいじゃないでやんす~!」
じゃあ、誰のせいだ?
なんてことしてくれるんだ。
メディカルボックスはアタシにとって大変重要な存在なんだ。
ただでさえ怪我しやすいアタシだぞ。
「きゃ、キャプテンでやんす~。メディカルボックスの中で目を覚ましたらしくて、無理やり外に出たんで、機械がエラーを起こしちゃったでやんすよ~」
キャプテンか~!!
それは確かに、やりそうだ。
けど。
他の人の事も考えてよー!!
「テアに行けば、修理センターもあるでやんすから。それまでの我慢でやんす。それに、普通にしてても全治一週間だって・・・」
「一週間がどんだけ長いと思ってんの」
「・・・」
アタシに睨まれて、バロンは静かにアタシの為のお菓子を補充した。
レモンフレーバーのクリームサンドクッキーか。
なかなかいいチョイスね。だけど、これならココアの方が合ったかも。
とはいえ、美味しくいただいた。
「テアまでは、ゆっくり体を休めると良いでやんす。それにしても・・・」
バロンは視線を逸らした。
彼が何を言いたいのかは、わかる。
彼だって、あの二人が何者か、知りたいのだろう。
だけど、今は触れずにいてくれる。なら、その好意にアタシは甘えるだけだ。
アタシはビーチチェアの上で体を伸ばした。
それにしても、本当に彼は良いチェアを買った。
この部屋は、もしかしたらアタシの楽園になるかもしれない。
船旅は順調に続いて、テアの領域内に侵入すると、まもなく寄船確認の為の信号が届いた。
さすがはテアだ。
領域内への監視は抜かりなくってところか。
「自由交易船のレディクレン号です。衛星フォワートへの着艦を申請いたします。登録番号を送ります」
トゥーレが言った。
あれ?
この船の表向きの名前って、シルバースワンじゃなかったっけ?
アタシの疑問に気付いたように、ソニーが笑みを浮かべた。
「登録名は、安全のために使いまわしてるんです。多少、お金はかかりますけど」
なるほどねー。
色々と気を配ってるわけだ。
程なくして、返答が戻ってきた。
『登録を確認しました。レディクレン号。自由の星テアへようこそ』
お読みいただいて、ありがとうございます。
物語も中盤にさしかかってきました。
といっても、事件はまだまだ、ここからが本番です。
ぜひ、引き続きよろしくお願いします。
感想、コメントお待ちしています。
ブックマークもして頂けると嬉しいです。
皆様の時間を、この作品に分けていただいたこと、
心から感謝しています。
雪村4式




