シーン30 再会は嵐の予感
シーン30 再会は嵐の予感
買い物は楽しかった。
アタシは普段着を数枚選んだ。何枚か試着して、決めきれない所をバロンに選んでもらった。彼は、アタシの髪の色とよく似合うという理由で、白いシャツと、チェックのスカートのコンビが良いと言ってくれた。そこに長めのソックスを履いてみると、ちょっと学生でも通じそうな雰囲気になった。
これは、結構趣味が良い。
他にも何枚か着替えを買ってもらったが、下着コーナーでは、さすがに遠慮してもらった。
ここだけは、仕方ないだろう。
下着は落ち着いたのが好きだ。
安心感が命だ。
地味と言われようが、ちょっとオバサン臭いと言われようが、「ずれない・脱げない・破けない」の三拍子に優る物はない。
こうしてアタシの買い物が終わると、今度はバロンが買い物をする番になった。
彼はリビングセクターで、ビーチチェアーを買った。
何に使うのかを聞いたら、リビングでベッド代わりにするらしい。やっぱり、寝室をアタシが占拠したため、彼に苦労を掛けたんだと思うと、ちょっと申し訳なくなった。
その他には、カーテン状のパーテーションを買ってくれて、これで、シャワーの所で着替えが出来るようになった。
最後は、ホビーコーナーで、ゲームを買ったり、模型を買ったりした。
模型は、アタシはリンキ―社の新プレーン〈ジクセル〉が良いって言ったのに、彼はヤック社の〈ガゼル〉なんかを買いやがった。
ここだけ、ちょっと口喧嘩になった。
一通り買い物を終えて、時計を確認すると、まだシャーリィとの待ち合わせまでは1時間残っていた。
「疲れたでやんしょ。ちょっと、休憩するでやんすかね」
アタシ達はショッピングセンター内にある、フードコートに座った。
甘いものはさっき食べたし、もういいかな、と思ったが、色んな良い匂いがして、ついメニューに目がいった。
「飲み物を買ってくるでやんす。ラライさんは?」
「アタシは、あれが良いな」
新鮮なフルーツジュースのお店を指さして、ぶどうのスパークリングジュースをお願いした。
「合点でやんす」
彼が意気揚々と買いに行くのを、アタシは頬杖をついて見守った。
「ご機嫌だね、ライ」
突然、背中から冷や水を被せるような声がした。
一瞬、自分に声をかけられたのも分からなかった。
だけど、その声には、確かに聞き覚えがあった。
ハスキーで、ちょっとセクシーな低い女の声。
微かに語尾のイントネーションが上がる、クセのある話し方。
この声は・・・。
でも。
まさか。
アタシは振り返った。
そして、そこに立つ女性の、氷を思わせるアイスブルーの瞳に竦んだ。
青といっても、アタシとは全然違う。
透明感のある水色の髪は、ベリーショート。
細面だが、微かに頬骨が出て、どこかワイルドな美貌。
スタイリッシュなブラックのパンツスーツ姿が、舞台から飛び出した女優のように似合っていた。
彼女は、冷涼な微笑を、厚みのある紅色の唇の上に浮かべた。
「え・・・エイダさんっ!、なんで、・・・なんで貴女がこんなトコに!」
アタシは動転して声が大きくなった。
「それはこっちのセリフだ、ライ。まさかこんな場所で会うなんてね、目を疑ったよ」
エイダはそう言って、腰に手をあてる。そんな微かな仕草さえも、様になった。
エイダ・シャルディ。
それが、彼女の名前だ。
だけど、彼女をよく知る人間なら、彼女の事をこう呼ぶ。
〈死神エイダ〉。
その、恐ろしい異名は伊達じゃない。
彼女は戦場において、無敵の戦士であり、そして、アタシが知る限り最強のガンマンだ。
そう。
このアタシが、唯一認める銃の使い手であり。
その道においては、アタシの師匠でもある。
「でも、エイダさん、貴女って、こんな場所にいて良いはずがない・・・」
「それを言うなら、お前もだろライ」
「あ、アタシはラライです。今は・・・」
こんな所にバロンが戻ってきたら大変だ。
アタシは慌てて、自分はラライという名前で通している事を説明したが、彼女はアタシのそんな事情など、全く興味が無いという素振りだった。
アタシはそこで、ある事に気付いた。
エイダが居るってコトは・・・つまり。
「エイダさん、もしかして、ザラも居るんですか?」
アタシはその名前を出した。
彼女の相棒にして、ある意味彼女以上に怖しい男だ。
彼女は、頷いた。
やっぱり! と、周囲を見まわそうとすると。
「エイダにはさん付けで、俺は呼び捨てか。ライ、お前も偉くなったものだな」
で・・・出たーっ!
アタシの横に、いつの間にかそいつは立っていた。
白い髪に、切れ長の瞳は深いブルー。
背はすらりと高く、モデル並みの体形。
どこからどこ見ても、非の打ち所がない美男子。もし漫画にでも表現したら、背景にはバラの花が似合う程、現実離れした男が、そこに居た。
名前は、ザラ・バスカル。
アタシは体中に冷や汗が流れるのを感じた。
何故かって?
それはこいつらが・・・。
「ラライさーん、お待たせでやん・・・・す?」
間が悪く、両手にジュースを持ったバロンが戻ってきた。
彼はアタシ達を見て、少し「・・・」ってなった後、何かを誤解したようだった。
「ちょ、何でやんすかアンタ方は? その子はあっしのツレでやんす。ナンパするなら、他所でやってくれでやんすよ!」
ああ、そう見えたのね。
アタシが、二人にナンパされているみたいに見えたのか。
だけどね、バロン。
一人は女性だからね、言っておくけど。
「俺が? こんな・・・クズみたいな女を?」
ザラが、言いやがった。
こんのやろお。
昔っからだけど、口の悪さと性格の悪さは全然変わってない。
「ザラ、失礼だよ」
エイダがたしなめた。
だが。
そういう彼女もまた、バロンを見て、顔を顰めた。
「カース人。下等人類種か」
これは、言ってはならない一言だった。
バロンが、一瞬、何を言われたのか分からないという顔になった。
しかし、徐々に言葉の意味を理解すると、頭の先から湯気が出るくらいに真っ赤になった。
「な、なんてことを言うでやんすか! 失礼どころの騒ぎじゃないでやんすよ。よ、よくもあっしの事を・・・」
彼は激怒して、腕まくりをするポーズをとった。
持ってきたジュースだけは冷静に机に置くあたりは、やっぱりバロンだ。
だけど。
彼女達に噛みつくのは危険だ。
「やめて、バロンさん!」
アタシは彼の腕にすがった。
「どうしてでやんす、あんな差別的な言葉を受けて、黙っていてはカース人の名折れでやんす。そこの二人、謝るでやんす、今ならまだ土下座ぐらいで許してやるでやんす!」
「バロンさんっ」
エイダとザラが、顔を見合わせた。
「くだらん」
呟いたのはザラの方だった。
エイダは、バロンをまるっきり無視して、アタシを見た。
「お前、そんな下等人類と付き合っているのか」
もともとクールな瞳が、更に冷ややかになった。
「だとしたら随分と堕ちたものだな。・・・、お前なら、あたし達と一緒、・・・いや、そこまではいかなくとも、近い所には来れる人間だと思っていたのに」
「エイダさん、そんな言い方って・・・」
「無いとでも? だが・・・、実際のところ、お前からは戦士の匂いが消えてしまった。これは、お前自身がその程度だったのか、それとも、付き合っている仲間が悪いのか」
「エイダさん!!」
アタシは怒鳴ってしまった。
彼女が、面白いものでも見るような目をした。
「それ以上言ったら、幾らエイダさんでも、アタシ許しませんよ」
「ほう、許せなければ、どうする?」
「エイダ、もういい。このような奴らに構っている暇はない」
ザラが言った。
って、なんだよ。
そっちから声をかけてきたくせに。
「さっきから、何なんでやんすか、あー、ムカつく奴らでやんすね!」
バロンがジタジタと暴れた。
「うるさいな」
エイダが呟いた。
「!」
アタシは、エイダの動作に気付いて、バロンに飛びついた。
彼の体を押し倒した瞬間。
アタシの腕を激痛が走った。
その場には何人もの客がいた。
だけど、誰一人目にする事が出来なかった。
エイダの手が銃を抜き、撃ち、再び銃を戻すまでの時間は、コンマ数秒。
人間業とは、到底思えない。
「くっ・・・」
アタシは腕を抑えて呻いた。
エイダの銃は、完全にバロンを狙っていた。
こんな大衆の眼前で、彼女は平然とバロンを撃ったのだ。
「お前が、他人を庇うとはね。あたしの見込み違いだったか、それとも、これはお前の進化なのかね」
エイダはそれだけ言い残して、アタシ達に背を向けた。
「ら、ラライさーんっ!!」
バロンがアタシを抱え起こし、アタシと、エイダが歩み去った方向を何度も見た。
彼女は、一瞬で人ごみの中に姿を消してしまっていた。
「う・・・」
アタシは呻いた。
これは、レイガンか。
っ痛い・・・。
痛いぞ・・・。
アタシは必死に悲鳴を堪え、バロンの体にしがみついた。
痛みで頭がどうにかなりそうだったが。
それ以上に、バロンや自分の事を、あれ程までに蔑んだ彼女に、怒りを通り越した悲しみを感じすにはいられなかった。
けれど。
これは、仕方のない事なのだ。
アタシと彼らの間には、そう簡単には埋まらない価値観の壁がある。
だからこそ、アタシは今こっち側にいるし。
彼らは、こっち側に来ているけど、やはり、あっち側の人間なのだ。
ドゥ銀河帝国正規軍。
それが、彼らの肩書だった。




