シーン28 女海賊の生きる道
シーン28 女海賊の生きる道
テアまでの航海は、比較的安定したルートだ。
移動距離はそれなりにあるので、途中でショッピングモール船団に合流して、食料やら日用品などを補充する計画を立てた。
プロブデンスの領域を離れてしばらくの間は、いつ例のプレーンが襲ってくるかと気が気ではなかったが、最初の亜空間航行を無事に終えた頃には、船内には安心したムードが漂い始めた。
ショッピングモール船には、三日間の滞在をする事にした。
初日には必要な備品の購入を行って、二日目はオフだ。
その間、簡単な船のメンテナンスを済ませて、いよいよテアへと向かう。
初日の夜、船内ではちょっとした宴会が開かれた。
今更って気もするが、デュラハンの3人と、ソニー達クレンの残党組、今はヘッドレスホーセズと名乗る新規メンバーとの交流を図る宴会だ。
アタシとソニー以外はアルコールも入って、何だか良く分からないくらいに盛り上がった。
一番くせが悪かったのはトゥーレで、もともとではあるが、ますますオラオラ系の雰囲気になった。で、餌食になったのがデニスで、彼は体形と見た目に似合わず泣き上戸で、トゥーレにからかわれながらも、何杯も飲まされていた。
イアンは、見た目からしてガキっぽいくせに、強がって飲んで、一番最初にぶっ倒れた。
アタシが仕方なくイアンをベッドまで運んでいって、戻って来ると、途中でソニーと鉢合わせした。
彼女はアタシ達を心配して見に来たようだった。
「イアンは大丈夫ですか?」
「あの位なら、大丈夫だよ。気持ちよさそうに寝てる」
「まったく、困った人ですね」
彼女は苦笑した。
アタシ達は食堂に戻ろうとしたが、トゥーレとバロンの下品な笑い声が聞こえてきた。
「それでバロンの兄貴、ラライの姉さんとは、どこまで行ってんだよ」
「何を言ってるでやんすか~。あっしとラライさんは、その、プラトニックなフレンズでやんすよ~」
「またまた、そんな事言って~、ホントはもう色々やってんだろ~」
ったく。
なんて話題をしてるんだ。
それにしても、バロンの奴め。自分から一線を越えてきやがったくせに、何がプラトニックなフレンズだよ。
なんだか、むかむかした。
アタシの表情を見て、何かを察したのか、ソニーがアタシの手を引いた。
「ねえラライさん、私の部屋に来ませんか? あっちで二人でお茶にでもしましょう」
「いいわね」
どうせお酒は飲めないし、アタシは快諾した。
後ろから。
「いいなー、バロンの兄貴。ラライの姉さんって、美人だし良い女だよな~、姐さんと違って・・・」
「トゥーレ、お前、よくも言ったねッ!!」
シャーリィの怒鳴り声が聞こえた。
ヘッドレスホース号の船長室に入るのは初めてだった。
一歩足を踏み入れて、アタシはキャプテンがソニーにこの船の船長を譲った最大の理由に気付いた。
この部屋は、まさしく女性的な部屋だった。
調度品も、色も、そして、染みついた匂いまでも。
これはきっと、前のキャプテンである、女海賊クレンの趣味だったのだろうか。
「まだ、クレン姉様の物も、たくさん残ってるんです。どうしても、捨てられないものも沢山あって・・・」
ソニーはそう言って、ベッドサイドにおいた一枚の写真を手にした。
微かに見覚えのある女性が映っていた。
凛とした表情に、鋭い瞳。
アタシが聞いたのは、その声だけだ。
彼女本人を見た時、その時にはもう・・・。
その時の光景を思い出して、アタシは暗澹たる思いに囚われた。
この部屋に来るのは、ちょっと間違ったかな、そんな気持ちになった。
「服とかも、結構あるんです。私には大きすぎるけど、ラライさんなら、もしかしたら丁度いいかもしれませんね。少しだけでも、貰っていただけないですか?」
彼女はそう言って、クレンの物だったであろうクローゼットを開いた。
なかなか趣味のいい服が並んでいて、どれも、あまり着古されてはいなかった。
「宇宙海賊クレン・・・クレイン、ミッシェルか」
アタシは、何の気なしに呟いた。
その瞬間、ソニーは手にしていた写真を落とした。
驚愕した目でアタシを見て、唇がわなわなと震えた。
あれ、アタシ、何かまずいこと言った?
「何でラライさんが、その名前を知ってるんです?」
「え、だってクレンさんって・・・」
言いながら、アタシは思い出した。
クレンのフルネームは、クレン・ホワイト。
世の中に知られている名前はむしろそっちの方だ。
クレイン・ミッシェルってのは・・・確か、彼女の偽名。もしくは本名か?
いずれにしても、クレンが殺された時、パスポートに登録されていた名前だ。
「その名前は、姉様が最後の仕事に行った時、私が乗船用につけた名前です。知ってるのは、本人と私だけ、・・・あとは、あの船の関係者」
ソニーの眼に疑惑の色が浮かんで、アタシを睨みつけた。
彼女が銃を持ってたら、銃口を向けられるのではないだろうか、そんな勢いだった。
「ラライさん。貴女は、本当に何者なんですか!? なんで・・・どうして、その名前を知っているんですか!?」
参ったなー。
アタシったら、いっつもこれだ。
余計な事言っちゃったよ。
「それは、その・・・なんて言っていいか」
キッと、見つめられ、アタシはたじろいだ。
これは。
中途半端に誤魔化すことも出来なそうだ。
アタシは仕方なく、当時の事を思い浮かべた。
「アタシさ。グロリアスエンジェル号に乗ってたんだ」
もう口にする事も無いと思ってた、船の名前だ。
そして同時に、二度と乗りたいとは思わないほど、大変な目にあった船だ。
「それって、アストラルの武器取引が行われた船ですね」
「知ってるなら、話が早いね。アタシは色々あって、その事件を追いかけてた。って言っても、アタシは警察の回しもんとかじゃないよ。ただ、言ってみれば巻き込まれた形になった・・・のかな。ほら、アタシってなんだか巻きこまれ体質みたいで・・・」
もしくは、巻き込み体質、かもしれない。
「・・・・・」
彼女はまだ、アタシに抱いた疑念を拭い去れないという様子で、でも、静かに話を聞いてくれた。
アタシは出来るだけ正直に話した。
宇宙船グロリアスエンジェルの船内で、彼女の話を偶然耳にしたことも。
衛星オルカノートで、彼女が倒れている現場に遭遇し、彼女の身分証を拝借する形になった事も。
それは、ソニーが満足できる程の話では無かったかもしれないが、アタシが知りえた全てだった。
彼女は、少なからずアタシの話にショックを受けたみたいだった。
力なく、ベッドの端に座り込んで、大粒の涙を流した。
「ソニーちゃん・・・」
アタシは彼女の隣に、ためらいがちに腰を下ろした。
「覚悟はしてたし、納得してたつもりなんです。姉様は殺されたんだって・・・」
ソニーは、か細い声で言った。
「だけど、心のどこかで、本当はどこかの星で生きてるんじゃないか・・・とか、そのうちに、ふらっと戻って来るんじゃないかとか・・・思ってしまう事もあったりして」
震えながら、それでも彼女は、膝の上に置いた手のひらをぎゅっと握りしめて、押し寄せてくる感情と戦った。
「信じたく、無かったんです・・・よね。やっぱり・・・。だけど・・・」
アタシは、自分自身を恨んだ。
なんて馬鹿なんだ。
うっかり口が滑ったで、許される話じゃない。
彼女の傷を抉り、もしかしたら微かに抱き続ける事ができたはずの希望を、アタシは打ち砕いてしまったのだ。
アタシは彼女の肩を抱いた。
ソニーは、一瞬だけびくっとしたけれど、すぐにアタシに頭をもたれさせて、泣いた。
どのくらいの時間、彼女は涙を流し続けただろうか。
沈黙の向こうから、小さな鈴の音が聞こえた気がした。
目を上げると、先ほどソニーが開いたクローゼットの隙間から、小さなストラップがこぼれ落ちたのが見えた。
そこには、銀色の小さな鈴と、鍵のような物がついていた。
「ソニーちゃん、あれは?」
彼女も顔を上げて、不思議そうにそのカギを見つめた。
「これって、姉様の、引き出しの鍵です・・確か」
「引き出しって?」
「あそこです」
クレンの愛用していたデスクの横に、大きな二段のサイドテーブルがあった。
彼女は鍵を拾い上げ、一瞬だけ悩んだ顔をした。
尊敬する姉様の私物を、覗き見ても良いのだろうかと、思ったに違いない。
だけど。
ソニーはためらいを吹っ切るように、その鍵を回した。
やや狭い一段目には、わずかばかりの装飾品と、奥から、二丁の銃が現れた。
アタシは目を奪われた。
これって。
「テアのシグール社が作った、初期のレイガンだ。それも、プロトタイプ。ここを見て、刻印が彫られてるけど、これって量産品じゃない証拠よ。・・・名前も彫ってある、えーとテオM303。すごいわ、シグールの創業者の逸品じゃない、これ一丁で億はするわよ!」
興奮した。
滅多に見れるもんじゃない。
博物館レベルの逸品だ。
しかも、手入れはばっちりされていて、間違いなく今でも使える!
「すごい品なんですね・・・もう一つもそうなんですか」
ソニーがあっけにとられた。
アタシは興奮しすぎて、もう一丁を忘れる所だった。
アタシはもう一つの銃も確認した。
そしてまた、あまりの見事さに正気を失いかける所だった。。
「これって、地球の品ね。やっぱり博物館レベルの品だわ。あ、でも、ちょっと改良してあるな・・・本当は実弾式なんだけど、エネルギー弾の薬きょうが入ってる」
だけど。
それでもすごい。
ルガーP08。
たしか、そういう名前だ。
しかも、金色のメッキ塗装を施してあって、何とも言い難い豪奢さを纏っている。
これは・・・欲しい。
じゅるりと、よだれがこぼれそうになった。
「良い銃なんですね」
アタシの表情だけで、彼女はそれを悟った。
アタシは震える手で、ルガーをテーブルの上に置いた。
ソニーは下の引き出しも開いた。
そして、小さく「あっ」と呟いた。
そこにあったのは、小さな飾りのついた、時代的な帽子だった。
幅広で、羽根飾りがあって・・・これは、まさしく、船乗りの・・・いわゆるキャプテンハットだ。
「クレンさんの、船長の証か・・・」
アタシはそれを見つめた。
女海賊クレン。
彼女は、どんな道を生きてきたんだろう。
彼女はもういない。
だけど、アタシはその帽子を手に取ったソニーの相貌に、間違いなく、彼女が遺したであろう道の続きが、見えた気がした。
「ソニーちゃん。その帽子、大事にしないとね」
「え?」
彼女はアタシを見て、不思議そうな顔をした。
「きっと、クレンさんが、ソニーちゃんに残した物だもん。もし、彼女の遺志を継ぐつもりなら、その帽子が似合う海賊にならないと」
彼女は何度かアタシとその帽子を見比べて、最後に、強く頷いた。
それから二丁の銃をじっと見つめて、金色の方を、そっとアタシに差し出した。
「え、・・・何?」
「この銃は、ラライさんが持っててください」
「そんな、駄目だよ。アタシには受け取る理由も、資格も無いよ」
「どっちもあります!」
ソニーは珍しく強い口調になった。
アタシは、気圧された。
「姉様の、最後を見取ってくれて、少なくとも、姉様の死が無駄にならなかったのは、ラライさんのおかげです。それに・・・この銃は、ラライさんに持ってもらいたいって、思ってる気がします」
「銃が、アタシに・・・?」
彼女は頷いた。
アタシはおそるおそる、その銃を手にした。
今の銃に比べれば、その重量は無駄に重い。それに、手の表面を傷つける程の固いグリップは、お世辞にも持ちやすいとはいい難い。
それなのに、アタシはその銃に、言葉には出来ないほどの、運命的なものを感じた。
彼女はアタシがルガーを手にするのを見て、安心したように、M303を手にした。
二人で並んで、見えもしない敵に銃を向けた。
撃つふりをして、顔を見合わせて笑った。
なんだか、彼女のこういった笑顔を見るのは、はじめてのような気がした。
「なんだー、どこに行ったと思ったら、ここに居たのかーって、何やってんだー」
「姐さーん、どうしたでやんすか、ひゃああ!」
突然シャーリィ達が飛び込んできて、アタシ達の銃口を見て、腰を抜かしかけた。
アタシ達はその様子を見て、もう一度顔を見合わせた。
「いまちょっと、コンビを組んだ所ですよ」
ソニーが悪戯っぽく言った。
「コンビ~!?」
シャーリィが目を丸くする。
「そうです。私とラライさんで、これって、結構最強コンビですよ」
屈託なく笑うソニーの顔には、先ほどまでの涙のあとは薄れて、本来の、彼女が持つ心の強さが、輝きになって浮かんでいた。




