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シーン27 奪われたのは○○です

 シーン27 奪われたのは○○です


 いつもだったらさ。

 そろそろ、シャーリィが飛び込んでくるタイミングだよね。


 もしくはさ。

 爆発が起きたりとか、警報機が鳴ったりして・・・。

 慌てて飛び出すような事態になるんだ。


 急にお腹が痛くなったり。

 くしゃみが出て、ムードが壊れたりね。


 あとは、なんだろう。

 とにかく、空気を読まない奴らばっかりだし。

 いっつも事件が起きてばっかりだしさ。


 邪魔が入るはずなんだよねー。


 なのに。


 ・・・なんだか。


 静かだな。


 ・・・・・。


 ・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・。


「ん・・・む・・・うん」


 吐息が、アタシの意志とは関係なく漏れた。


 薄目を開けて、観念して、また閉じる。


 彼の唇は、アタシから思考と、つまらないプライドを奪い去った。

 分厚いはずのガードは、あっさりと打ち破られて。

 誰にも触れさせたことの無い、心の一番柔らかい部分が丸裸にされた、


 それは、暖かな幸福感だった。

 今まで感じたことの無い、満ち足りた安心感。


 だけど。


 同時に、幸福感と同じだけの罪悪感が、どこかで鎌首をもたげた。


 彼が離れた時、アタシはまだ自分の身に何が起きたのかもわからないまま、ただ、茫然としていた。


 少しの間、放心した後で。

 ふいに、涙がこぼれた。


 悲しいからじゃない。

 嬉しかった・・・のとも、何か違う。

 こんな気持ち、言葉で表せっていう方が無理だ。


 アタシが泣いたのを見て、彼は微かに悪いことをしたような表情になった。

 違うんだよ、って言いたいけど、言葉も出せなくなって、アタシは首を振った。


 彼の手がもう一回アタシを抱き寄せた。

 髪を撫でながら、小さくつぶやいた。


「あっしは、卑怯者でやんす。だけど、抑えられなかったでやんす」


 そんな事言わないで。

 ただ、好きだって言ってくれてればいいよ。

 卑怯なのは、アタシの方なんだからさ。


 バロンの気持ちなんか、とっくの昔からわかってて、それでもずっと誤魔化してきたんだから・・・。


 思ったけど、結局アタシは何も言えなかった。

 そのかわり。

 彼の首に両手をまわして、もう一度、ゆっくり目を閉じた。


 少しだけ、ためらいの間があって。

 柔らかくて暖かい感触が、アタシを包み込んだ。


 結構長い間、アタシ達はそうしていた。

 彼が離れようとするのを、アタシの唇は追いかけ、アタシが逃れようとするのを、彼は許さなかった。

 温もりとともに、陶酔感が全身を駆け抜け、その直後、今度はどうしようもない無力感に襲われた。


 彼の気持ちを確信し、それを受け入れて幸福に浸ろうとするアタシと、彼に隠した過去に対する後ろめたさから、全てを否定しようとするアタシが、胸の奥で入り乱れた。


 そうだ。

 アタシは「ラライ」であり、「ライ」でもある。


「ライ」としての過去は、いくら経歴を抹消しても、何度名前を変えても、拭い去れるものじゃない。

「蒼翼のライ」として、正義を盾に振りかざして、多くの人命を奪った事は、紛れもない事実だ。

 その中には、悪人も居ただろう。

 だけど、殺されるほどの理由を持たない人たちだって、沢山いた筈だ。

 そういった人たちにも、愛する家族がいて、仲間が居て、本当なら幸せに生きる事が出来た・・・。

 そんな人達の未来や希望を奪い取ったアタシが、幸福になって良い理由など、無い。


 アタシには、彼の愛情を、受け入れる資格なんて・・・。


 湧き上がってくる怖れにも似た感情は、少しずつアタシの心に、再び新たなる壁を生み出していった。


 ようやく彼がアタシを解放してくれた時、アタシは自分の半身が離れてしまうような寂しさを感じながらも、どこかで、彼を恨みたい気持にさえなっていた。

 彼は、そんなアタシの怒ったような、少しだけむくれたような顔さえも、愛おしげに見つめた。


「・・・ラライさん」

 彼が何か言いかけたので、アタシは手を突き出してそれを制した。

 今は余計な言葉を聞きたくない。


「いいんだよね。まだ答え出さなくてさ」

 アタシは彼に向かって言った。


 いきなりキスしてゴメンとか、言ったら承知しない。

 そんな事言ったら、はったおしてやる。

 彼はアタシの事が好きで、行動に移した、それだけの事で。

 あとはアタシが受け入れるかどうか、それだけの話だ。


 答えなんか、とっくに出ている。

 心も体も、彼を求めている。

 今だって。

 その気になれば拒否することだってできた筈なのに、そうしなかった。

 言葉でなんと言い訳をしようが、それは事実だ。


 だけど。

 笑われるかもしれないけど。

 アタシはそれでもまだ、何かにこだわっている。


 受け入れてしまった事を、罪と感じる自分がいる。

 奪われた事を、屈辱に感じている自分もいる。

 まだ、彼の思いに応える事が、許されないと、戒める自分がいる。


 だから。


「バロンさん・・・。ちょっと一人にして、お願い」


 あとは、そう言うのがやっとだった。

 彼が寝室を出て行くのを、アタシは目で追いかけることも出来なかった。


 ようやく自分一人になると、この数分に起きたことが、頭の中でぐるぐる廻った。


 ついに・・・。

 ついに、奪われてしまった・・・。


 アタシの唇。

 アタシのファーストキス。


 ・・・・・。


 アタシは自分の唇に、無意識に触れた。

 体が、なんだかびくってなった。


 バロンったら。

 ずるいよ。

 いくらそういう流れだったって、いきなりなんて、ずるい。

 もっとロマンチックなタイミングだって良かったのに。

 そんな事も思ったりした。


 温もりと、忘れられないあの唇の感触が何度もリフレインして、体の奥底から熱い感情が溢れ出した。目が赤くなるくらい、涙が止まらなくなった。

 かと思うと、今度は一気に絶望の淵に立たされたような喪失感に苛まれた。


 アタシはベッドの上で何度も奇声を発しながら悶えて、よく分からない感情が弾けるまま、枕を放り投げたりして暴れた。


 一時間くらい、そうしていただろうか。

 何だか疲れ果ててぐったりしていると、ベッドサイドのテーブルに置かれた短剣に視線が止まった。


 エレスの棺は、結局、再び失われたのか。

 ってコトは、残ったのは、この短剣だけなんだ。


 何の気になしにその柄を握りしめた。

 途端に、手のひらに吸いつくような不思議な感覚があって、アタシは息を飲んだ。


 鞘を抜き放つと、銀色に光る刀身が、鏡のようにアタシの顔を移した。

 その表情に、背筋が寒くなった。


 淫蕩な仕草と表情で、男を籠絡する美女。

 でも、その正体は、その哀れな獲物を殺し、貪り尽くす恐るべき怪物。

 まさにアルラウネそのものじゃないか。


 剣を鞘に戻し、何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。


 そうだ。こういう時はシャワーでも浴びて、着替えでもしよう。

 もう、メイド服だって着なくていいし、好きな服を着ればいい。


 そう思ったが・・・。

 よく考えたら、そんなに私服のバリエーションも無かった。


 そうだよね。

 アタシの私物の多くは、調査船ごと宇宙の藻屑になったし。

 デュラハンの船に置かせてもらってた分だけだもんね。


 仕方なくシャーリィに貰った彼女のおさがりを着たが、趣味じゃない。

 それに、やっぱり体形が合わなかった。


 廊下に出たところで、イアンとすれ違った。


「あれ、ラライの姉貴」


 いつの間にか、彼にとっては姉貴扱いになっていた。


「急いで、どうかしたの?」

「ミーティングルームに召集かかってるよ」

「あ、シャワー浴びてて気づかなかった」

「シャワー? こんな時間に?」


 彼はアタシを見て、少しだけうなじの後ろを赤くした。

 なんだよ、変な想像するんじゃないわよ。

 シャワーぐらい、好きな時に浴びても良いじゃない。


 とりあえず、アタシはイアンと一緒にミーティングルームに行った。


 すみっこの方にバロンが居て、トゥーレと何やら話していた。

 不思議と、トゥーレとバロンは気が合うようだ。


 彼はアタシに気付いた様子で、ちらっとこちらを見たが、すぐに何食わぬ顔でトゥーレと話し始めた。

 その素振りが、なんだかアタシには気にくわなかった。


 なんだよ。

 さっきはあんなこと言って、あんなことして・・・。

 その態度は何よ。


 良いわよ。

 そっちがその気なら。

 アタシも、彼の事は気にしない素振りで、視線を回した。


 ソニーとシャーリィが並んで話しこんでいて、デニスとキャプテンは居なかった。

 デニスは、まあ、骨折を直すためにメディカルボックスに入っているんだろう。


「キャプテンは?」

 アタシが尋ねると、シャーリィがアタシを振り向いた。


「メディカルボックスだよ」

「よく、納得しましたね」

「納得なんてするわけないよ。無理やり入れたんだ」


 シャーリィはニッと笑った。


「ほら、あの人、他人に弱みを見せるの嫌いだからさ、無理するんだよね。だから酒に睡眠薬仕込んどいて、眠ったところを・・・な」


 悪びれもせずにい言う。

 さすがシャーリィ、と、言うべきなのかしら。


「でも、6人だと、この部屋でも広いですねー」

「それもそうだね」


 彼女は室内を見回した。

 ざっと、50人は座れる部屋だ。


「じゃ、次からは食堂で打ち合わせるか、あっちだと何かつまみながら話せるしな」

「私達も、いつもそうでしたよ」

 ソニーが相づちを打った。


「でも、これで全員揃ったな、さっそくだが、これを見てくれ」

 彼女はそう言って、巨大モニターに画像を映しだした。


 それは、アタシの〈アルラウネ〉と、謎のプレーンが戦う映像だった。

 バロンのディアブロスが画面の端に映っている所を見ると、この映像を撮っていたのは、ソニーのシビア―ルか。


 〈アルラウネ〉の女性を思わせるその姿は、鎖状の蔦を体に纏わせて、どこか妖艶さの中に邪悪さを感じさせた。

 あきらかな機械なのに、生物にも見える、そんな不思議な外観だった。


 対して、敵のプレーンは・・・・あれ、画像がモザイクみたいなノイズになって映っていない。


「特殊な妨害装置だな、記録に残せてない。こんな技術は民間で流通しているレベルじゃないぞ」

 シャーリィが言った。


「エレス軍でやんすかね」

「可能性は否定できない。軍か、それ相応の組織かもしれないな」


 エレス軍か。

 でも、エレス軍のプレーンに、あんな形があっただろうか。

 試作機なのかもしれないが、それにしては完成度が高すぎる。

 アタシはバロンの考えには、どうしても納得が出来なかった。


「一応は逃げていったが、かなりの戦闘力を持ったプレーンだ。何しろ、パルカの巡洋艦クラスの船をあっという間に撃沈したやつだからな」

「狙いは何だったんでしょうね」

「最初はパルカだろうと思っていたが、どうも、変だ」


 彼女は真剣な目でアタシを見た。


「狙いは、もしかしたら、あんたの短剣かもしれない。キャプテンが、そう言ってた」

「キャプテンが?」

「ああ。あのプレーンは、あんた達をつぶそうとした。パルカじゃなくて、あの〈棺〉って奴をな。そして、それに失敗して、アンタの乗った、この変なプレーンもどきに追い払われた」


 そう言われれば、確かにそうだ。

 あの時、あのプレーンはアタシ達を狙ってきた。

 倒れていたパルカの方じゃなくて、アタシ達の方をだ。


「あのプレーンと、あんたの乗ったプレーンもどき。そして、その剣には何らかの関係があるらしい。だが、あたし達にはその理由がわからない。そこでだ」


 シャーリィは一旦言葉を区切った。


「キャプテンからの遺言・・・間違った、伝言だ。あたし達は、これから今回の〈棺〉の件に関しての依頼主に会いに行く。目的地は、テア本星だ」


 テア本星か。

 エレス宇宙同盟の本拠地があるところじゃないか。


 テアに行くのは随分と久しぶりだ。

 アタシは微かに、その光景を思い出して、なんだか変な不安感に包まれた。

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