シーン26 名前のセンスは笑えない
シーン26 名前のセンスは笑えない
何でその名前が、アタシの口をついたのかはわからない。
アルラウネって、なんだっけ?
怪物の名前かなんかだったような?
だけど、アタシが発したその名前を、〈それ〉は受け入れた。
棺が、消滅した。
目の前にあった筈の空間が裂け、光と轟音とともに、その姿が具現化されていく。
これは、分子構築?いや、空間転移?
〈それ〉は、はじめ巨人に見えた。
巨大な人型の物体。
プレーンか?
いや、確かに機械ではあるけれど、その全身には、生命体にも似た雰囲気を纏っている。
機械でもあり、生命体?
そんなもの、この世に存在するのか?
銀色のボディは、艶めかしい女を思わせるプロポーションだった。
その背には花弁を思わせる巨大なユニットを背負っている。
もっとも特異なのは、そこから伸びた鎖にも見える触手?
・・・いや、これは蔦といった方が良いだろう。その蔦が、肉体?を縛り付けるように這いずり回っている。
その顔もまた、機械でありながら、どこか恍惚とした女性のそれを思わせた。
なんて美しくて、醜悪な姿なの。
アタシはその姿に目を奪われた。
突然、閃光がアタシを包んだ。
胸元に、コクピットハッチのようなところが開いて、そこから放たれた光が、アタシを飲み込んだように感じた。
そして。
気付いたら、アタシは〈それ〉の中にいた。
これは、やっぱり操縦席?
どう見ても、プレーンの物ではない。
だけど、座席があって、アタシの体をしっかりとホールドしていた。
と、思ったら、アタシの背後から、幾つもの触手・・・あの、外観と同じ鎖状の蔦が伸びてアタシに巻きつき、手や足を固定していく。
首や胸はもちろん、全身をはいずる回る不気味な感覚に、アタシは声にならない悲鳴を上げた。
だが、アタシはすぐにその正体に気付いた。
これは同調機だ。
アタシとこのマシン?とを、精神レベルでつなぎ合わせるための装置。
その証拠に。
アタシの眼はまるでプレーンのモニターを見つめるように外の景色を理解した。
肉体と精神が結びつき始めると、感覚が急激に研ぎ澄まされていく。
正体不明の敵プレーンが、突然出現した異形の怪物を前にして、数歩後退るのが見えた。
バロンのプレーンが、状況を把握できず、遠巻きに様子をうかがった。
シビア―ルが高速で接近してきているのも分かった。
あれは、ソニーだろうか。
「バロンさん! キャプテンとトゥーレを救助して、早く!」
アタシは叫んだ。
『その声、ラライさんが乗ってるでやんすか?』
何の操作もしていないのに、彼の機体の通信に同調できた。
「乗ってる? ・・・そう、多分乗ってるんだと思う」
アタシはそう答えて、敵のプレーンに意識を集中した。
敵は、動揺を抑え込んだようだった。
アタシ・・・〈アルラウネ〉をターゲットとして認識したのだろう、ヒートブレードを構えて、アタシに突っ込んできた。
速いけど、遅い!
アタシは蔦をムチのように震わせて敵の機体を打ち据えた。
そのまま、一本の蔦で敵の片腕を巻き取る。
相手は焦ったようだが、そのまま一気にアタシの本体を破壊しようと判断した。伸ばしたヒートブレードが胸元を目がけて突き出された。
防ぐには・・・。
これか!
左腕を前にガード姿勢をとる。
光のシールドが出現して、ヒートブレードの切っ先を弾いた。
で、他に武器は・・・。
一つだけあった。
アタシの〈アルラウネ〉の右手に、ロングソードが出現した。
ヒートブレードを持つ手を一閃する。
一撃は、あっさりと相手の手首を切断した。
なんて切れ味だ、ディックブレードなんて、比較にならないぞ・・・。
このまま、一気に!
アタシは剣を突き刺そうとした。
だが、敵もさるものだった。
頭部にブラスターが隠されていた。
アタシを撃つのか、と思ったら、絡めとられた腕を自ら破壊して、奴は後退した。
距離を取り、アタシをじっと睨むようにロックし続けたまま離れ、不意に、逃走した。
これも尋常なプレーンではありえないブースターの出力で、一気に戦闘区域から離脱していく。
アタシは追いかけようとして、止めた。
アイツを破壊する理由がない。
それに、状況が理解しきれていない。こんな時に深追いは危険だ。
それにしても。
本当に、何者だったんだろう、あのプレーンは。
『すごいでやんす、撃退したでやんすね!!』
バロンの声が届いた。
見ると、バロンの機体のサブアームが、折れそうになりながらもトゥーレのGランナーを回収し、キャプテンが彼に抱きかかえられているのが見えた。
良かった、無事に救出できたみたいだ。
アタシはホッとした。
すると、アタシの体を縛りつけていた触手がするすると離れ始めた。
感覚が〈アルラウネ〉と切り離されていくと同時に、生気を抜かれていくような脱力感と、微かな肉体の痛み、そして、脳を痺れさせる妙な恍惚感がアタシを襲った。
これって、気持ち悪くて気持ちいい。
変な感じ。
なんて、余韻に浸っていると。
急に、アタシの周囲が光に包まれた。
そして、気付いたら、アタシは空中にポツンと取り残されていた。
え・・・。
これって・・・。
まさか・・・・!!!
「あ~、落ちるーっ!!!!」
また、落っこちた。
あれほど落っこちるのはもう沢山、って言ってたのに。
また、これかー!!!
「死ぬ~! 今度こそ死ぬ~っ!!!」
アタシは迫りくる地面に、絶叫し、気を失った。
間一髪。
ソニーの操縦するシビア―ルにキャッチされて助かったことを知ったのは、それから一時間以上も後の事だった。
気付いた時には、アタシは自分のベッドの中にいた。
体には傷一つなく、ただ、どうしようもない程、全身を倦怠感が包んでいた。
「良かった。目を覚ましたでやんすね」
聞き馴染みのある声がして、顔を向けた。
傍らにバロンが座って、アタシの手を握りしめていてくれた。
「バロンさん、アタシ助かったの?」
生きてるんだから、助かったのに違いない。
アタシの間抜けな質問に、バロンは嬉しそうに頷いた。
「間に合って良かったでやんすよ」
「キャプテンは、怪我は、大丈夫なの?」
アタシは棺に押しつぶされていた彼の姿を思い出した。
「キャプテンなら、無事でやんす。あのお方は全身骨折したくらいでは死なないでやんす、アルコールで直すらしいでやんすよ」
冗談では、無さそうだ。
彼が大人しくメディカルボックスに入るとも思えない。もしかして、既に飲酒治療に入ってしまっているのだろうか。
「そういえば、アタシのアルラウネは?」
「アルラウネ? それって、伝説のモンスターの名前でやんすね。 ・・・もしかしてあの機体の事でやんすか」
伝説のモンスター?
ああ、そうだ。
そういえば、そうだった。
アタシはその名前を思い出した。
美しい花弁を広げ、妖艶な美女の姿で哀れな獲物を招き寄せ、殺す怪物だ。
以前、宇宙海賊デュラハンのネーミングについて、バロンと深夜まで話し込んだことがあって、その時、調べて見つけたんだった。
と、いうのも、「デュラハン」って、名前、ちょっとダサくない?
なんて、アタシは勝手に思ってて。
それで、他になんか候補が無いのかと、色々な怪物を検索したのだ。
その時に、一番印象に残ったのが、アルラウネ。
何故って?
なんだか、他人に思えなかったの。
アタシは元宇宙海賊で、沢山の人間を殺してきた過去がある。
見た目はこんなだし、今だって彼の前で可愛いふりをしているけれど、中身は単なる殺人者だって言われても、否定なんかできない。
アタシは、もしかしたら怪物かもしれない。
そんな事を、思ってしまったんだった。
それにしても。
だからと言って、急に〈アルラウネ〉なんて名前をつけちゃうあたり、アタシのネーミングセンスも、どうやら人の事をとやかくは言えないようだ。
「その、〈アルラウネ〉で、やんすけど・・・、急に消えてなくなってしまったんでやんすよね。まるで夢でも見てたみたいでやんす」
「そうなんだ・・・」
確かに。
夢だと言われれば、そう信じてしまう程、現実離れした話だ。
だけど、あの感覚は、夢でなんかあるはずがない。
あの時。
アタシに何かが起きて、あの棺を開いてしまった。
そして、掴んだのが・・・キャプテンの言うキーだったのだろうか。
キー?
いや、短剣?
あれはどこに行った?
「バロンさん、あの剣はどこ? 短剣が、棺から短剣が出てきた筈なの!」
アタシは彼につめ寄った。
「剣なら、ほら、すぐそこに置いてるでやんすよ」
驚いた様子もなく、バロンはさらりと言って、サイドテーブルを指さした。
すると、確かにあの時手にした短剣が、まるで単なる装飾品のように置かれていた。
鞘に納められた、金の装飾に覆われた剣。
アタシはホッと胸をなでおろした。
何故こんなに、安堵感を覚えたのか、後になるとわからない。
だけど、それは「アタシの物だ」という、理由のない所有感と、そこにそれがあるだけで、不思議と充足した気持ちが芽生えた。
「キャプテンが、ラライさんのだから、しっかり持たせて置くようにって」
「キャプテンが?」
「そうでやんす。あっしにも良く分からないでやんすがね」
そういって、彼はにっこりと微笑んだ。
「ラライさん」
「なあに、バロンさん」
ますます、嬉しそうな顔になる。
「どうかしたの?」
「やっと、バロンさんって、呼んでもらえたでやんす」
「えっ!?」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
「・・・バロン・・・さん?」
そっと、心の中で、そして、言葉に出して呟いてみる。
「バロンさん・・・・。バロン・・・さんっ!!!」
アタシは自分の頭に手をやった。
無かった!
あのカチューシャが無くなってる!!
もしかして、あの時!!
棺が発したエネルギーに逆らった時、カチューシャがその力に負けて壊れたのか!
ってコトは。
ついに、解放された!
アタシは、あの忌々しい呪いのような状況から、解放されたんだ!!
体中が喜びでぶるぶると震えた。
バロンを見つめると、彼は「うんうん」と頷いた。
アタシは、溢れ出る感動を抑えられなくなって。
思わず・・・、彼に抱き付いてしまっていた。
彼はほんの少しだけ驚いた顔をして、それから優しくアタシの体をしっかりと抱きしめてくれた。
「良かった・・・本当に良かったよ~。もう一生取れないかと思ったよ~」
半分くらい泣きべそかきそうになりながら、アタシは彼にすりすりと甘えた。
こんな時くらい、甘えたって許される。
そうだ、今日ぐらいは良いんだ。
いっぱい痛い目にもあったし、辛い目にもあってきたし。
今甘えなくて、いつ甘えればいいんだ。
バロンはアタシの髪を撫でて、少しだけ真剣な目をした。
「ラライさん」
いつになく、熱のこもった声が耳を打った。。
この声。
大好きだなー。
アタシの事、大切に思ってるって、伝わってくるもんなー。
アタシなんかを・・・。
正体は不明だし。
性格だって、多少、裏表があるのも自覚してるし。
自分都合だし、家事とか炊事とか何にも上手く出来ないし。
普通だったら。
追い出されたって仕方ないくらいの役立たずなのにさ。
なんでアタシなんかを。
こんなに大事にしてくれるのかな・・・。
なんで、・・・好きになってくれたのかな。
「ラライさん・・・あっしもうれしいでやんす。やっと、ラライさんの本当の声が聞けたような気がするでやんすよ」
バロンはよしよしって、してくれた。
本当の声。
そうかもしれない。
あの忌まわしいカチューシャのせいで、このところずっと頭がモヤモヤしていた。
だけど今は、何だかすっきりしている。
「アタシも、こうしてくれるの、嬉しいよ」
アタシは、そう答えて、彼の温もりを感じた。
「ラライさん、こんな時に・・・こんな事を言い出すのは、不謹慎でやんすかね」
「・・・?」
なんだか、ドキッとした。
彼の声に、ためらいと、決意の色が入り混じり、それが、不思議なセクシーさを纏って、アタシの心を揺さぶり始めた。
アタシは顔を上げた。
彼の眼が、真っ直ぐにアタシを見据え、逃してくれなかった。
微かな怯えが、心の中で疼いた。
これは、ヤバい。
目を逸らさなきゃ。
だけど。
アタシは小さな子供に戻ってしまったみたいに、手も足も竦んでしまって、体を強張らせることしかできなかった。
「この間、もう少し待って、って、言われたでやんすけど」
彼の声が、アタシの心臓をドンドンと叩き始めた。
胸が苦しくなってきて、息ができないような気分になってくる。
「あっしは、まだ、待ち続けるつもりでやんすけど」
抱きしめる手の力が、強くなった。
これじゃあ、逃れようとしても、出来ない。
もっとも、心とは裏腹に、体は僅かな抵抗すら見せてくれない。
「ラライさんがその・・・気持ちに整理がついて、答えを出してくれるまで・・・。待ち続ける覚悟でやんすけど、でも」
バロンはそう言って、アタシの顎を、くい、とあげた。
「あ・・・」
アタシは、声を失った。
「・・・ラライさん。・・・好きでやんす」
彼は言ってしまった。
アタシが一番聞きたいと思っていて、でも、絶対に聞いてはいけないと思っていたその言葉を・・・。
そしてそのまま、アタシを引き寄せた。
体は、ピクリとも動かない。
心は、ぐちゃぐちゃに乱れて、まともな思考さえできない。
ただ彼の唇が求めるものに、アタシは気付いた。
これって。
もしかして・・・!?。
アタシの胸が、相手に聞こえちゃうんじゃないかってくらい、激しく動悸した。
だけど・・・。
これは、駄目な事だ。
アタシはまだ、彼に対する気持ちに、整理をつけてない。
何の覚悟も、用意も出来ていない。
なのに。
なんで目を閉じてしまうの。
アタシ。
「バロンさん、こんなの駄・・・」
アタシの声は、言葉になる前に途切れた。




