シーン25 棺の中にあるものは?
シーン25 棺の中にあるものは?
棺という言葉の不吉さと、目の前にある白い箱状の物体が放つ、生命力にも似た輝きに、アタシは戸惑いを覚えた。
何故だろう、本能が、そこに存在するものの「危険」さを感じ取った。
同時に、体の奥底から、それに触れてみたいという、抗いようのない欲求が湧いた。
そうだ、この棺を、奪わなきゃ。
アタシは縁に手をあてて、押してみた。
特別な固定もされていないように見えたが、棺はびくともしなかった。
これは、想像以上に重い。
アタシは両足を壁に押し付けて、全身で押そうとしたが、駄目だ。
そのうち、変なボタンを蹴ってしまった。
装甲車の運転席と砲座部に繋がる小さなハッチが開いた。
パルカが、異常に気付いた。
「なんだ、誰が乗ってきた!?」
パルカの声がした。
まずいな。こっちに来るか?
アタシは棺の側面に回り込んで、少しでも身を隠そうとした。
さっき麻痺させた男の足を踏んでしまって、足首を捻ると同時に、バランスを崩した。おかげで、体が棺の陰に隠れた。
ハッチからパルカが顔を出した。
「これは・・・くそ、やられたのか」
足元に倒れている部下に視線を落としてから、彼は追ってくるトゥーレのGランナーを見とめた。
ためらいもせず、彼は銃をトゥーレに向けた。
トゥーレは、銃口が自分を向いた事に、まだ気づかないようだった。
ヤバい。
アタシは棺を乗り越えて、パルカに飛びかかった。
「お前はっ!?」
虚を突かれて、パルカが声をあげた。
撃たせてたまるか。
アタシは彼の手を必死に掴んだ。
「くそっ!」
忌々しげにパルカがアタシを睨んだ。
トゥーレはようやく事態に気付いたようだった。咄嗟にハンドルを切って、装甲車から死角になるように位置を変える。
ホッとしたのもつかの間。
アタシはパルカに突き飛ばされて、あえなく棺に背中を打ちつけた。
銃口がアタシを標的に選んだ。
「お前は、昨夜の女?」
彼はそれに気付いて、僅かに表情を変えた。
だが、銃口を下げてくれはしなかった。
危機一発。
その一言に尽きる。
装甲車の上部がざっくりと切り裂かれて、風が吹き込むと同時に、キャプテンが身を躍らせてきた。
サイコブレードと化したジャパニーズサーベルが、目にも止まらぬ速さで一閃した。
なんとまあ、鮮やかな一撃。
パルカの手の中にあった銃が真っ二つになって転がった。
その驚愕した顔ったら、しばらく語り草に出来そうだ。
剣の切っ先を喉元に付きつけられ、パルカは後ろ向きに尻を着いた。
もしかして、腰を抜かしちゃった?
「パルカだな、雑魚は引っ込んでろ」
キャプテンの声が響いた。
こりゃ、役者が違うな。
パルカは一流海賊だけど。このキャプテンの姿はそれ以上だ。
その昔、シャーリィが「惚れるかもしれないよ」と、彼の事を話してたのを今更になって思い出した。
・・・まあ、それはないけど。
それにしても、無様なのはパルカだった。
この姿を見たら、雑魚って言われても仕方ないよね。
昨日はこいつにさんざんイジメられたし、気分が良い。
ざまーみろ。
「ラライ、棺は動くか?」
「やってるけど、駄目。まるで根っこが生えてるみたい」
「そうか・・・」
彼は後方に目を向けた。
アタシもそっちの方を見て、思わず口を覆った。
バロンのディアブロスの両腕が火花をあげて、逆方向にねじ曲げられるのが見えた。
奥の手の隠しアームもあっさりと見切られ、ヒートブレードの一撃を受ける。
間一髪、彼の機体は後方へと逃れたが、ボディ表面を軽く裂かれて、そのまま後ろ向きに転倒した。
ホバリングして、間合いを取るために回避行動に移ったのは、さすがバロンだ。
それにしても、重機動型プレーンのヘビーモスをパワーで上回るなんて、いったいあの機体は何者なんだ。
アタシが一見して正体を見抜けないプレーンは、今まで初めてだ。
プレーンがこっちを見た。
これは、明らかにこの棺を探してる。
ロックされたのがわかった。
「キャプテン、撃ってくる!」
アタシが叫ぶより早く、キャプテンはアタシの体を抑えて、その場に伏せた。
おそらくはミサイルか何かだったんだと思う。
装甲車の進路方向で爆発が起きて、車は出来たてのクレーターに突っ込む形になった。
物凄い衝撃が起こって、アタシ達は白煙に包まれた。
無事だったのは、幸運と、キャプテンが守ってくれたからだった。
アタシはバウンドして頭を打ったものの、殆どかずり傷だった。
「助かった、ありがとうキャプ・・・テン?」
一瞬、その光景が現実のものに見えなかった。
彼はアタシの体に覆い被さる形で守ってくれていた。
ただ、反応がない。
いつものように無口に戻っただけか、と思ったが、煙が薄らいでくるとともに、アタシはその状況に青ざめた。
キャプテンはうつぶせに倒れていた。
そして、その下半身を、エレスの棺が押しつぶしているのが見えた。
「嫌っ!! キャプテーン!!」
アタシは叫んで彼に駆け寄った。
『なんだ、どうした!?』
耳にかけた通信機から、不安げなシャーリィの声が響いた。
「キャプテンが・・・キャプテンが下敷きになってるの、キャプテン、ねえ、返事してよ!」
アタシは彼の首筋に手をあてた。
脈も、呼吸もある。
大丈夫だ、生きてはいる。
だけど、このままじゃ本気でヤバい。
アタシは周囲を見た。
遠くでパルカが気を失ってるのが見えた。
くそ、役に立ちそうなものなんてないや。
アタシは棺の縁に手をかけて、なんとか持ち上げて隙間を作ろうとした。
重い・・・重いよお。
泣きそうになるほど、棺は重く、アタシの力ではまったく動く気配もない。
だけど、諦められるもんか。
急に、暗くなった。
アタシは見上げて、息を飲んだ。
正体不明のプレーンが、もう、すぐ側に立って、アタシ達を見下ろしていた。
万事休す? いや、そんな事ないぞ。
なんとかしなきゃ。
アタシはもう一度だけ、棺に手をかけた。
「全く、なんでこんなに重いのよ、少しぐらい軽くなっても良いじゃないのよ!!」
アタシは無我夢中で訳の分からない事をいって、棺の端を叩いた。
手がしびれるほど痛く、足元でキャプテンが呻いた。
どこかに引っ掛けたのか、アタシの手から、数滴の血がこぼれて棺に落ちた。
プレーンはアタシたちの方に腕を伸ばしてきた。
棺を、奪おうとしている?
いや、このスピードはそうじゃない。アタシ達を潰そうとしているんだ。
「やめてー!!」
アタシは何も出来ずに叫んだ。
一人の叫びなんか、どうせ誰にも届かない。
そんなことは百も承知だけど、無我夢中で、叫ばずにはいられなかった。
プレーンの腕が、止まった。
なんで?
もしかして、アタシの声が届いた?
そうではなかった。
アタシの周りに、光が半円形のドームを作っていた。
正確には、棺の周りをだ。
白くて、神々しくて。どこか、禍々しい光。
そしてその光は、何らかの力を放って、プレーンの手を押し返していた。
何かが、起動した?
アタシにはそれが分かった。
理解出来てしまった。
棺の表面に光が走り、文字のような記号の羅列が浮かんでは消えていく。
目で追いながら、アタシは不思議な感覚に包まれた。
見たコトも、聞いたコトも無い、文字なのに。
アタシにはその一文が、はっきりと読み取れた。
「時の紡ぎ手にして・・・守護者・・・全てを絡めとり飲み込む者?」
ドクン、と、何かが鼓動した。
危険を告げるシグナルが、頭の中でガンガンと鳴り響く。
それでも、アタシは溢れ出す言葉を止める事が出来なかった。
「剣を持って、鍵と成し。人を持って、肉体と成す」
この言葉・・・いつか聞いた?
「我が永劫の眠りを妨げるものに、死を・・・そして、我が瞳となるものに、栄光を」
アタシの声が唇を離れた瞬間、それは起きた。
棺から、これまで以上の光が放たれた。
まさに棺の蓋が開くように、一面がゆっくりとスライドしていく。
内側は、一瞬空洞に見えた。だが、またたく間に、その空間からエネルギーの奔流がほとばしりはじめて、アタシを包みこんだ。
アタシは導かれるように棺に手を差し入れて、そして、何かを掴んだ。
「これって・・・何!?」
アタシがそれを掴んだ瞬間、まるで今度はアタシを振り払おうとするように、エネルギーが逆流を始めた。
これって、駄目だ、掴んでられない。
「離すな!ラライッ!!」
アタシの耳に、キャプテンの声が飛び込んだ。
彼は、意識を取り戻していた。
片足が完全に折れたのか、起き上がることも出来ず、彼は鬼のような形相でアタシを睨んでいた。
「絶対に放すな、・・・次元の狭間に吸い込まれるぞ!」
「次元のって・・・でも、駄目、もう、力が入んないよ」
「あと少しだ、引き抜けっ!」
「む、無理だってばあ・・・」
駄目だ。こんなの。
棺の内側からアタシを弾き飛ばそうとするエネルギーの奔流と、逆にアタシを吸いこもうとするような目に見えない力。
その狭間に身を挟まれる感じになって、アタシの全身の力は一気にそぎ落とされていった。
「もう・・・ダメ」
限界だった。
指が離れかけた。
『ラライッ、離すな! 絶対にだ!!』
これは、シャーリィの声だ。
そうか、彼女の命令なら。
「う・・・わう・・ん」
アタシの手がアタシの意志を無視して、それを掴んだ。
これは、カチューシャのおかげか。
アタシはもう一度力を入れた。
アタシの脳をカチューシャが支配して、意思とは関係なく指の筋肉を固めてくれる。
よし、これなら・・・。
だが。
アタシの最後の抵抗をあざ笑うかのように、アタシの全身を電流のような衝撃が流れ、貫く。
ばちっつ、と、変な音がして、アタシの力が一気に抜けた。
やばい、手が離れる。
だけど、それって・・・
一瞬、何かが脳裏をよぎった。
それは、単なる幻想?それとも、白昼夢?
青い髪の女が、アタシの手に重なった、そんな気がした。
アタシはその手を引き抜いた。
虚無の空間から、ずるり、と、それは姿を見せた。
これは・・・短剣?
〈さあ、私の名前を呼んで、貴女の言葉に変えて〉
誰かが、アタシの耳元で囁いた。
あなたの名前、そんなもの、知らない。
知らない筈なのに・・・なんで?
アタシは叫んでいた。
「アル・・・ラウネ? ・・・・貴女の名前は、そう、アルラウネ」
そして光が弾けた。




