シーン24 何が何だか大乱戦
シーン24 何が何だか大乱戦
キャプテンはタイミングを計り始めた。
ここから下までは、30メートルはあるだろうか。
いかにフックとワイヤーが頑丈でも、アタシならそんな事はしたくない。過去にも色んなところから落っこちた経験があるが、落ちるのはもうごめんだって、毎回思う。
できれば人生も、あんまり落っこちてばっかりじゃ嫌になる。
キャプテンが、アタシに向かってサインを出し、いざ、と身を乗り出した。
通信機から、シャーリィの声が飛び込んできた。
『キャプテンっ、ラライっ、聞こえる!』
キャプテンは、すんでのところで止まった。
「聞こえます。どうかしましたか?」
『大変な事が起きてる! パルカの船が・・・船が沈んだ!!』
「え・・。何?」
アタシは思わず聞き返した。
沈んだって・・・そんな簡単に、いったい、どういう事?
『星を出て、まだ見える位置だ。一台のプレーンがパルカの船を襲って・・・撃沈した』
「まさか、プレーン一台で巡洋艦クラスの船を撃沈なんて、出来るわけない!」
『そのまさかなんだよ、あっという間の出来事だった。そのせいで、衛星の自警部隊が総出で現場に向かってる。宙はてんやわんやの状況だ。・・・そんで!』
シャーリィの声に、明らかな焦燥感が滲んだ。
『そのプレーンが、いま、真っ直ぐにそっちの方向に向かってる、この分だと、あと数分でそこに到着する、なんだか、かなりヤバい感じだぞ、まずは身の安全を確保するんだ!!』
確かに、それはやばい。
「キャプテン、一旦撤退しま・・・」
言いかけたアタシの目の前で、彼はダイブした。
って、キャプテン~。
今のシャーリィの話、聞こえてました~!?
言ってる場合じゃない。
アタシは銃を構えた。
数十メートルを一機に降って、ワイヤーが伸び切ったところで、キャプテンは自ら命綱を斬った。
空中でジャパニーズサーベルを抜き、装甲車の天井に着地ざま、何が起きたか分からない周囲の男たちに向かって斬りかかかった。
仕方ない。
アタシは上空から援護射撃を開始した。
『なんだ、お前ッ』
パルカの驚愕した声が聞こえた。
『まさか、ラガーかッ!?』
この声は、ウォードか。
アタシはウォードに狙いをつけて撃った。
麻痺銃の一撃は、彼に直撃した。
けれど、彼は平然として、アタシの方を見上げた。
あれ、もしかして、この麻痺銃って、ガメル人には効かないの?
やば。
何人かの男達がアタシの潜む位置を指さし始めた。
こりゃ、先制攻撃で、何人か黙らせないと。
と思って、銃を構えたが。
頭上から、変な音がした。
「ラライさんっ、何してんだ、逃げろっ!!」
トゥーレが呼ぶのが一瞬でも遅れていたら、アタシは巻き込まれて、一巻の終わりとなるところだった。
彼のいる方向へと走り出して、倉庫の壁面に到着した直後、アタシの真後ろの空間が丸ごと消え失せた。
正確には、押しつぶされた。
巨大なプレーンが天井を突き破り、倉庫内に突入したのだ。
黒い外装が、高熱で赤く発光していた。
熱気を吸いこんで、アタシは息が出来なくなるところだった。
これって、肺が焼けちゃう。
助けてくれたのはまたもトゥーレだ。
彼はアタシを背後から抱きかかえるようにして、倉庫を飛び出した。
そこまでは良かったが、非常階段を踏み外し、二人で転がった。
劣化した鉄の階段だよ。
そりゃあ、痛いのなんのって・・・。
あちこちをしたたかに打って、アタシは悲鳴を上げた。
トゥーレの方は無事だったが、折角の新しいマスクが切れてしまって、彼の唇の端にも血が滲んだ。
「トゥーレ、今の一体?」
「姐さんの言ってたプレーンだ、ちょっと、俺達にはどうしようも出来ないぜ」
「中にキャプテンが!?」
「分かってる」
トゥーレはアタシを抱え起こして、再び階段を下り始めた。
ようやく下まで辿り着いた時、中で破裂するような音が聞こえた。
これは装甲車が発砲した音だろうか。
と、思って中を覗こうとすると、周囲の倉庫から、激しい音が響いて、数台のプレーンが飛び出すのが見えた。
あの白いマーキングの機体は、パルカのプレーン隊か。
そうか、万一に備えて、側に待機させてたのね。
プレーンは倉庫の中に突入していった。
もともとそれ程丈夫ではない倉庫は、崩壊を始めた。
「早く、こっちだ!」
アタシはトゥーレと一緒に走った。
キャプテンも気になるが、アタシ達が飛び込めるような状況じゃない。
セダンが一台、壁面シャッターを突き破るようにして飛び出してきた。
ウォードだ。
ここは一時退散ってやつだろう、賢明な判断だ。
再び、大きな音がして、何かが倉庫の外に吹き飛ばされた。
轟音をあげて落下してきたのは、パルカのプレーンの上半身だった。
真っ二つに切り裂かれている。
『ラライ、トゥーレ、その場を退避しろ。キャプテン、早く、キャプテンも逃げて!』
シャーリィの声は悲鳴に近くなっていた。
「くっ、仕方ねえ、ラライさん、逃げるぜ」
トゥーレが言った。
アタシは、後ろ髪を掴まれるぐらい、その場に留まりたかったが、ここはトゥーレの判断が正しいようだった。
状況はどんどん悪化していた。
走り出したアタシ達の背後で、何かが破壊される音がした。
振り向いた眼に、迫ってくる装甲車が見えた。
後部ハッチは開いたまま。運転席も半分壊れて、割れた防弾ガラスの向こうには操縦者の姿が覗いている。そして機銃のあるサブシートに身を伏せているのは、パルカだ。
キャプテンは!?
・・・居た。
装甲車の天井にしがみついて、なんとか振り落とされるのを耐えていた。
彼は後方を見やった。
倉庫を完全に破壊して、正体不明のプレーンが追ってきた。
その手には、破壊した敵プレーンの腕を持っていて、それを、進行方向へと投げた。
つまり、アタシのいる方だ。
ぎゃー、潰される、死ぬー!!
アタシは降ってくるプレーンの腕の真下になって、足がすくんだ。
どんくさいアタシに、回避なんて不可能。
アタシは思わず目を閉じて、そして・・・何も起きなかった事に気付いた。
おそるおそる、アタシは目を開けた。
目の前に壁があった。
いや、これは壁じゃない。
プレーンの背中だ。
みしり、とその巨体がきしんだ。
飛んできた腕を、すんでのところで受け止めたプレーンが、微かにアタシを振り向いた。
「怪我はないでやんすか、ラライさん」
「バロン様っ!!」
それはバロンの〈ディアブロス〉だった。
「はやく、逃げるでやんす、ここは、あっしが防ぐでやんすよ」
彼の声が拡声機から響いた。
トゥーレが呼ぶ声がして、アタシは彼の方に向かって走った。
もう、バロンったら、いい所に来てくれた。
カチューシャのせいで「バロン様」って呼んでるけど、もうカチューシャが無くたって「バロン様」って呼びたくなるくらいだ。
昨日の事も、全部許せちゃうくらい嬉しかった。
トゥーレと一緒に、オレンジのGランナーに飛び乗った。
装甲車の逃げる方向を指さすと、彼は一瞬ためらったあと、ハンドルをその方角に向けた。
謎のプレーンが追いかけてこようとして、バロンに阻まれた。
レーザー兵器を使用してこない所を見ると、一応は衛星内だという事を気遣っているようだ。とはいえ、油断できない相手なのは間違いない。
バロンが力比べに出るのが見えた。
装甲車のハッチは開いたままで、中には白っぽい箱のような物が見えた。二人の男が両側から守るように抑えていて、一人がアタシ達に気付いて銃を取り出した。
撃たれてたまるか!
アタシは先に撃った。
麻痺銃の弾丸が男を直撃し、男が悲鳴もあげることなく倒れるのが見えた。
どれ、もう一人。
隠れようとしても、無駄よ。
アタシは立て続けに二人を無力化すると、Gランナーのボンネットの上に、片足をあげた。
「何をする気だ」
トゥーレが聞いてきた。
「とりあえず、ランナーをギリギリまで近づけて、中から、箱を押し出す。そしたら、バロン様に拾ってもらって」
「危険だ、落ちたら大怪我するぞ、」
「落ちないくらいまでギリギリに近づけてよ」
「無茶する」
言いながらも、トゥーレはランナーを装甲車に近づけていった。
やってみると、想像以上に難しかった。
だいたいにして、走るGランナーのボンネットに立つだけで、足が震えるのだ。
それに、ちょっとでも装甲車にぶつかろうものなら、一気にかなりの衝撃が来る。
なによりアタシの運動神経の悪さと、チキンっぶりが足を引っ張った。
言った割には、怖くて足が出ないのだ。
「ラライさん、これ以上無理だ」
トゥーレが言った。
でも、まだ結構遠い。ジャンプしても、届きそうな気がしないぞ。
アタシが及び腰で、それでも頑張って一歩を踏み出そうとした時だ。
装甲車がブレーキを踏んだ。
Gランナーが衝突して、アタシの体が前に飛ばされた。
ぐえ。
アタシは白い箱に激突して、内臓を吐き出しそうになった。
視界の先でオレンジのランナーがみるみる離れていった。
あ、ってコトは。
アタシは装甲車の貨物室に入れたんだ。
震える足でようやく立ち上がって、アタシは棺に触れた。
白い、一見ただの箱に見える。
これがエレスの棺か・・・。
アタシはその表面に触れ、びくりと体を震わせた。
なんだ・・・これ。
まるで、生きてるみたい。
アタシの手の下で、箱の表面が微かに光った。




