シーン23 取引現場に役者は集う
シーン23 取引現場に役者は集う
ポートエリア208のプレーン倉庫。
確かに白骨はそう言った。
しばらく使われていなかったGランナーを、格納庫の奥からトゥーレは引っ張り出してきた。
昨日破壊されたオープンタイプと同型だが、オレンジのボディ色が劣化して、だいぶ浅くなっている。
「備品のランナーはこれで最後だ。どっかでまた買わないとな」
これまではレンタルでほぼ済ませてきたから、Gランナーを購入するという選択肢は少し新鮮だった。
ハンドルをトゥーレに任せ、アタシとキャプテンは後部座席に乗った。
シャーリィはアタシに黒くてぴっちりしたレザースーツを貸してくれた。
いったい、いつの間にこんなコスチュームを買ったんだろう。
しかも、明らかにアタシの体形にぴったりだ。
アタシの為に買ってくれたのか。いつものように通販で失敗したのか。いずれにしても、メイド服よりは良いかもしれない。
ただ一つ問題があった。
胸元が鋭角に切れ込んでいて、更に左右からの押し付けで、胸が1.5倍くらいは強調されて見える。
見送りに来たバロンが、アタシを見て釘付けになった。
いや。正確にはアタシの胸にだ。
彼は何事も無かったかのようにサングラスで目元を隠したが、・・・うん、やっぱり視線は胸元を見てる。
ったく、バロンも結局、男だなー。
半分呆れたけど、ちょっとだけ優越感にも似た興奮を覚えた。
アタシだって、セクシーになろうと思えばなれるんだ。もしかしたら、結構そっち路線でも通用するんじゃない。
「バロン様、どう、結構いけてるでしょ」
アタシはわざと、前屈みになってみせた。
服のせいか、なんだか大胆な気分になってきた。
こういう所が、アタシ乗りやすいって言われる所以なんだろうなあ。
「ら・・・ラライさんは、何を着ても似合うでやんす・・・」
バロンは照れた様子になって、両触手をもじもじさせた。
ふふ。どうやら思った以上に、アタシのセクシーさに参ったようね。
なんとなくしてやったりの気分になっていると。
「また、昨日みたいにポロリしたら困るでやんすよ」
彼は何の悪気もなく言った。
今度はアタシが赤くなる晩だった。
忘れてた。
昨日コイツに見られたんだっけ。
胸を強調したりして、思い出せって言ってるようなもんじゃないか。
「バロン様ぁ~、昨日の事は~」
アタシは氷の微笑で彼を見つめた。
「はいでやんす~?」
「・・・・忘れるよね」
「・・・っす」
次その話を蒸し返したら、分かってるわね。
アタシの言外の意図をくみ取ったらしく、バロンは賢明にも口を閉じた。
ともかく、やや暑苦しい事を除けば、レザースーツは思ったより動きやすかった。
キャプテンは帽子の紐をきっちりと閉めなおしていた。
アタシは彼をちらりと見て、なんでアタシなんかを同行者に選んだのか不思議だった。
まあ、銃の腕は確かにばっちりだけど、それ以外は全然だしね~。
Gランナーが走り出してから、しばらくして。
「エレスの棺・・・」
ぽつりと、彼は呟いた。
彼が話す声を聞く事さえ珍しいが、明らかに今の呟きはアタシに向けられていた。
これは、かなり貴重な経験だった。
「同盟圏内で目撃されたのは、過去に二度。いずれも、その後に消失している」
消失?
アタシは彼の言葉に集中した。
下手な相槌をしてはいけない。彼の話を、変に止めるべきじゃない。
「うち一度は、移送中に船ごと消えた。二度目は、僅かの生存者を残して調査隊を壊滅させ、やはり消えた。ただ、謎の剣を一本だけ遺して」
その話、アタシも知ってる。
確か調査船の中で、ドリアン人の男が話してくれたものだ。
「今回も、同様の事態になる可能性がある」
アタシはゴクリ、と、つばを飲み込んだ。
彼の普段の寡黙さを知っているだけに、その言葉には重みがあった。
「もしそうなった時、止められる可能性があるのは、俺か、お前だけだ」
彼の眼が、帽子の下から鋭くアタシを睨んだ。
体が凍りつくほどの緊張を、アタシは感じた。
「もし・・だ」
キャプテンは言った。
「本当にその棺が目を覚ましたら・・・」
彼は何かを思い返すように、手を伸ばした。
「キーを掴め。そして、絶対に離すな」
キー?
何のことだ?
思ったが、そのまま彼は押し黙った。
そして、こちらからの質問には、答えてくれそうな雰囲気はなかった。
プレーン倉庫とは、簡単に言っても、結構な規模がある。
現在は撤退してしまったものの、以前はこのエリアにカザキ社系列の工場があったらしく、出荷を待つプレーンが常時数百台は格納できる巨大倉庫が目視できるだけでも4棟は並んでいた。
Gランナーを隠して、アタシ達は〈白骨〉の指定した取引現場を探した。
ぱっと見には人の気配も全くなく、もしかして空振りかという焦りも生まれたが、下見に行ったトゥーレは、キャプテンに向けて親指をあげた。
「見つけた。第三倉庫だ」
アタシ達は人目を避けるように倉庫の反対側に回って、非常階段を昇った。
トゥーレは器用だった。
古い電子キーのロックを解除して、そこから空調点検用の細い足場に入り込む。身をかがめて少し進んで、天井裏へと続く小さな梯子を見つけた。
天井裏は埃と錆と虫の死骸だらけで、アタシのレザースーツは3歩で真っ白になった。
アタシ達は真下が見下ろせる金網上の部分に頭を寄せた。
アイコンタクトで、収音機を作動させ、イヤホンにつなぐ。更にアタシは眼鏡型のカメラをつけて、シャーリィ達のいるヘッドレスホース号に視覚を送った。
アタシは、パルカを見つけた。
彼は白いスペーススーツに身を包んで、少なくとも5人は部下を連れてきていた。
そして、あれは・・・装甲車か。
パルカは手持ち無沙汰に、装甲車の巨大なタイヤにもたれかかって、部下を相手に何やら話をしていたが、時折、腰に手を回した。
ホルスターが下がって、大型の銃が収められていた。
あの装甲車の中に「エレスの棺」ってのが入っているんだろうか。
だとしたら、あの装甲車ごと、奪っちゃえないかな。
アタシは顔を上げてキャプテンを見た。
彼はまだ、動く素振りを見せなかった。
この感じだと、彼は取引の開始を待つつもりらしい。
アタシとトゥーレは無言で従った。
それにしてもだ。
無言って、結構辛いぞ。
アタシだって、そんなにおしゃべり好きな方では無いと思うが、結構沈黙はキツイ。
あわせて言えば、トゥーレもちょっと話しかけにくいっていうか、まあカッコいいし、性格もまともな方ではあるんだろうけど、気軽に話しかけるには、まだ怖かった。
シャッターの開く音がして、倉庫内に光が差し込むのがわかった。
2台のGランナーと、1台の貨物用中型ランナーが入ってきた。
黒塗りのセダンタイプ。まあ、分かりやすい車種の選択だこと。
降りてきたのは、案の定、例のカメムシ男と、取り巻きと思われるガラの悪い連中が5・6人。
車の中にはもう数人待機してる感じだ。
『遅かったな、ウォード』
パルカの声をマイクが拾った。
ウォードか。カメムシの名前だろう。
ちらりとキャプテンを見たが、彼は顔色の一つも変えなかった。
『昨夜は酷い目にあったらしいな? 相手は?』
心配している風でもなく、ウォードが言った。
『さてな、俺は敵が多くてね。いちいち確認はしていない。ただ、俺に喧嘩を打ってきた奴には、必ず後悔をさせてきた。今回もそのつもりだ』
パルカはホルスターに手を伸ばした。
ゆっくりと銃を引き抜き、目の前のウォードに向けた。
ウォードは、身じろぎ一つしなかった。
『何のつもりだ、パルカ?』
『機械人形を暗殺に使うのは、RINGのやり方だ。つまり、お前の仕業って可能性も否定できない』
『なるほど、確かにその通りだ。それで、俺を撃つのかね?』
ウォードはどこまでも冷静だった。
軽く呆れたように手を上げた後、ぱちりと指を鳴らした。
ウォードの配下が、一斉に銃を取り出して、パルカ一味に照準をあわせた。
『言っておくが、お前を殺しても、組織には何のメリットもない。お前だって同じだろう』
『メリットか。まあ、俺への報酬をはした金だと考えているなら、その通りだろうな』
パルカはうっすらと声に笑みを含ませた。
彼は銃を下げた。
『化かし合いは終わりにしよう、そろそろ、取引開始といこうじゃないか』
ウォードの手の動きひとつで、男達が緊張を解く。
『こちらは、要望通り8000万ニートを用意した。棺は、その中か?』
節くれ立った指が、装甲車を指した。
表情のない、光沢を帯びた複眼に、微かな威圧感が生まれた。
『焦るな、その前に、一つだけ聞いておきたい』
パルカの眼光は、ウォードのそれ以上だった。
『この〈棺〉とやら、俺が見る限り、ただの古臭い箱だ。まあ、材質は少し変わっているようだがな』
そうだろう、という様子で、ウォードは頷いた。
『一応、スキャンしたが、中には何も入ってないし、どう考えても、8000万の報酬に見合う品じゃない、一体、どういうつもりなんだ?』
『デュラハンを始末する料金も含めての話だ、残念ながらとどめをさせなかった様だからね、2000万の成功報酬は除かせてもらったが』
『答えになっていないな』
『もとより、お前の知る必要が無い事だ。我が組織は、それに興味を持っている、ただそれだけの事だ』
『ただ、それだけね・・・』
パルカは納得した様子ではなかったが、左手を上げ、背後の部下に何かを指示した。
装甲車がその場でホバリングを始め、回転した。
後部のハッチが開き、中を覗き込んだウォードが、『おお』と、声を洩らした。
アタシ達の位置からは、それが何なのかは見えなかった。
だけど、まあ、間違いが無いだろう。
気付くと、キャプテンがアタシとトゥーレを見ていた。
無言のままで、ジェスチャーをした。
トゥーレには、外に行け、か。
で、アタシには、援護射撃をしろ?
じゃあ、キャプテンは何をするの、と思っていると。
ベルトに装備した簡易のウィンチからワイヤーを出して、小さなフックで手近なところに固定し始めた。
ってコトは、天井から、真下に向かって突撃するつもり?
「装甲車ごと、盗るってわけか、じゃあ、俺は、退路の確認だな」
トゥーレがキャプテンの作戦を理解した。
「そんな、無茶な」
アタシの声が大きくなりかけたので、二人にシーッてされた。
だけどさ。
ちょっとばかりリスクが高いんじゃない。
不安に襲われたが、トゥーレは外に向かって行った。
仕方なくアタシは、愛用の麻痺銃ヘルシオンβを取り出して、構えた。




