シーン21 今度はこっちの番だから
シーン21 今度はこっちの番だから
「ひゃああああ」
アタシは再び落下した。
さっきより高さはないけど、これ、やっぱり大怪我する。
もう、今度こそダメ。固いコンクリートが目の前。
って思ったら。
「フンっっ!!」
アタシは飛び込んできた逞しい二本の腕にキャッチされた。
男は、アタシの全体重・・・っていってもそんなに重くはないけれど・・・をしっかりと受け止めて、堪えきった。
「デニスさんっ!」
彼はトレードマークのドレッドヘアのせいで、ともすれば印象の薄れがちな端正な顔に、微かに笑みを湛えた。
ように見えた。
見えただけかもしれない。
だって、サングラスしてるし、もともと、無表情なんだもの。
「ラライ、デニー、こっちだ。急げ!」
オープンタイプのGランナーが猛スピードで走り込んできて、シャーリイの叫ぶ声がした。ソニーが助手席に降り立つのが見えた。
ホテルから、再び爆発音がした。
これは、中でまだパルカが機械人形とやりあってるのか。
デニスはアタシを抱えたまま走った。
おそらくその方が速いと判断したのだろう。
賢明だ。
アタシの体を、それでも彼はそっと降ろした。
あらまあ、意外に紳士的。
「早く乗れ、追手が来る!」
シャーリィが焦って、掠れた声になった。
デニスが飛び乗って、Gランナーが走り始めた直後、今までアタシ達がいた場所を目がけて、ランチャー弾が撃ち込まれた。
後ろ髪に爆風が届いた。
「一機、追いかけてきてます」
助手席から体を捻って、ソニーが背後を見た。
一体の機械人形が着地して、標的を殺害し損ねたことに気付いた。
センサーが素早く周囲を探り、猛スピードで逃げるGランナーをロックする。
ゆっくりとホバリングした後、奴はアタシ達の方向を向いた。
ソニーが銃を抜いた。
ためらわずに、機械人形に照準を定めた。
意外に、腕は良かった。
見た目はいかにもお嬢さんって感じだし、銃を扱うイメージじゃなかったけど、伊達に海賊は名乗っちゃいないというわけか。
だけど。
銃弾はあっさりと弾かれた。
まあ、そうなるよね。
彼女の腕の力じゃ、そんなに火力の高い銃は扱いこなせそうにもない。
実際、あきらかにパルカの銃よりも小口径だもん。
「それじゃ無理よ、他に銃は無いの?」
「私、これしか持ってません」
ソニーは泣きそうな顔で言った。
「ラライ、これ使いな」
シャーリィが振り向きもせずに、彼女の銃を差し出してきた。
これは、ケッペラー78。
彼女の愛銃だ。
そういえば。
以前にも、一度だけお借りしたことがあったな。
だいぶ昔、・・・本当に、出会ったばかりの頃だ。
ちょっと思い出したくもない記憶だけど。
機械人形は追撃を開始してきた。
これは、速い。
あっという間に追いつかれるぞ。
アタシは狙いを定めたが、駄目だ、角度が悪い。
いくら破壊力のあるケッペラー78でも、脆弱な部分にヒットさせなければ、倒すのは無理だ。
「どうした、撃たないのか?」
シャーリィが聞いてきた。
「距離が遠すぎるのと、頭から突っ込んできてるから、貫通させられない。喉とか口とか、装甲の薄い部分があるはずだから、そこを狙えればいいけど」
「そんな余裕!」
ないですよねー。
と、いう間に、機械人形はアタシ達の上空に達した。
これって、飛行形態ってやつか。ウィークポイントが全然ないじゃないか。
射撃が始まった。
「舌噛むなっ!」
叫んで、シャーリィは急ハンドルを切った。
あたーっ!!
舌は噛まなかったけど、わき腹がゴキっていったー!。
もしかして肉離れしたかも・・・・。
でも流石はシャーリィだ、乗り物を運転させたら、彼女の腕は超一流の上をいくんじゃないだろうか。
このスピードで、しかも襲い来る銃撃を避けながら、スピンすら起こさない。
「引き離せないね、どうする」
アタシは周囲を見た。
シティ内を縦断するオートレール、いわゆる列車が走る光が見えた。
そうだ。
「オートレールの方に向かって。アンダーがあったら入ってください」
「了解、そしたらどうする?」
「迎え撃ちます」
「どうやって?」
「Gランナーを停めてください、相手が変形を解いてくれたら、隙を探ります・・・」
「上手くいくかね?」
「わかりません」
彼女はアタシを信じた。
ハンドルを切って、オートレールの方向へと走る。
途中何度も信号を無視して、あやうく大事故になるところだった。
だが、それ以上に、機械人形は無差別だった。
一瞬離脱しては、再び角度をかけて接近し、射撃を繰り返す。
熱線が何度も車体を掠めた。
アンダーが見えた。
あの中なら、奴は自由に飛べない、こっちに合わせて、変形を解くはずだ。
車がトンネルに入り、周囲がオレンジの照明に変わった。
「ここで停めてください!」
シャーリィはブレーキを踏んだ。
軽いスピンをかけて、Gランナーは止まった。
アタシは銃を構えた。
無慈悲な機械人形は追ってきた。
そして、アタシ達が停止した事に気付くと、数十メートル先で変形を解き、再び人間の形になって、氷のような視線を向けてきた。
カツーン、カツーンと奴の足音が迫ってきた。
良し。
見える。
こいつを倒すなら、あの喉元が狙い目か。
だが、突然奴は体を前傾させた。
急所である喉は視界から消え、代わりに、背中の部分から二つの凶悪な銃口が飛び出した。
そして、更に間合いを詰めてきた。
これは、まずい。
取りあえず、機先を制さないと。
アタシは銃を撃った。
銃口の一つに、アタシの放った熱線が吸い込まれ、炎の玉を作った。
やった・・・が、残ったもう一方の銃があたし達に向けて凶弾を発射した。
「逃げろっ!!」
言われるまでもない、アタシ達はランナーを飛び降りた。
間一髪、アタシ達の乗っていたマシンは、轟音をあげて爆発した。
空中に飛び上ったソニーは爆風で天井にたたきつけられ、アタシとシャーリィは地べたを転がった。
何とか身を起こそうとしたその先で、機械人形は姿勢を戻し、腕の銃をアタシに向けた。
くそ、変に体を打ったな。手が重い・・・。
アタシは銃を構えようとして、遅れた。
やられる。
「ふんっ!」
気合を入れる音がした。
バカ。
デニスったら、生身で立ち向かってどうするの!
アタシは息を飲んだ。
デニスは機械人形に突撃した。
ボディに全身でタックルをくらわせ、相手がリアクションを計算できないでいる間隙を突いて、渾身のアッパーを放った。
機械人形の体がのけぞり、喉元が露わになった。
アタシはチャンスを逃さなかった。
ケッペラー78が生む反動を全身で吸収し、アタシは微かに目を細めた。
エネルギーの銃弾が、機械人形の喉を貫き、挙動中枢を分断した。
不快な音を立てながら、敵は数歩後ずさりして、そのまま倒れた。
「やったな・・ラライ」
シャーリィが安堵した声を洩らした。
「倒したん・・・ですね」
ソニーが、苦しげに言った。
どうやら、さっきの爆風で、彼女もダメージを負ったようだった。
アタシは頷こうとして、デニスがうずくまって動かない事に気付いた。
・・・まさか。
アタシは嫌な予感に襲われた。
さっきの一瞬で、もしかして・・・
「デニスさん!」
アタシは駆け寄った。
そして、彼の顔を覗き込んだ。
彼は・・・。
なんと泣いていた。
サングラスの下からつーっと涙が流れていて、先ほどアッパーを打った右手を抑えていた。
あ、これ・・・指折れてる。
「もしかして、痛いの?」
アタシの問いに、彼は、こくりと頷いた。
そこから走り回る自警組織のパトカーを避けて、アタシ達は船を目指した。
シャーリィに上着を借りて、アタシは一安心した。
幾らなんでも、切り裂かれたバニー服のままでは、違う意味で捕まってしまう。
徒歩での移動は、時間も神経も費やした。
危険なエリアを離れ、宇宙船ポートへの案内板が見える頃には、アタシ達はすっかり疲労困憊になっていた。
それでも、見慣れたエリアに入って一息つけるようになると、ようやく彼女達は事情を説明してくれた。
「ただ、遊んでたわけじゃないんだ。あれは怪しまれないようにだなー」
誤魔化すようにシャーリィは言った。
ジトッと、あたしは彼女を睨んだ。
「目を離し・・・ていたのは認めるけど、状況は掴んでた。本当だ」
「なんだか嘘ついてません?」
「本当だって、そのスーツに盗聴器と発信器をしこんであるんだ、だから、アンタが一緒に居る男がパルカだってことも分かった」
「盗聴器・・・どこに?」
「お尻。ほら、バニーのしっぽの中」
「お、お尻って・・・!」
いや、シャーリィ。
お尻に盗聴器は駄目でしょうよ。
ほら、色々問題があるじゃないの!!
「でもそのおかげで、ラライさんのピンチにも駆けつけられましたし。結果的には良かったですよね」
ソニーがフォローした。
そりゃそうだけど・・・。
アタシは半分納得できないまま、どっちにしても、さっさとこんなバニー服は脱ぎ捨ててしまいたいと、思った。
結局、船に戻った頃には深夜になっていた。
デニスはすぐにメディカルボックスに入った。
指の骨折くらいなら、まあ、数日で何とかなるだろうか。
それにしても、素手で戦闘用の機械人形を殴り飛ばした男なんて、アタシは初めて見た。
なんて、すごい奴なんだ。
アタシ達の帰着を知って、バロンが飛び出してきた。
「ラライさん、大丈夫でやんすかっつ!!!!」
ボロボロになったアタシ達を見て、叫んだ。
「まあ、生きてるよ・・・何とかだけど」
「怪我してるでやんすか、誰の仕業でやんす?」
「分からない、アタシ達も、ちょっと混乱してる」
襲撃者の正体は、全く予想も出来ていない。
ただ、狙いは明らかにパルカだった。
それだけは、間違いない。
「ラライさんを、こんな目に合わせるなんて、許せないでやんす、あっしが着いて行けばよかったでやんすよ」
憤慨して騒ぐバロンを見て、シャーリィが冷ややかな目になった。
「ったく、ラライ、ラライって・・・けが人は他にもいるんだぞ」
「シャーリィさん、何だか妬いてるみたいに見えますよ」
「バッカ」
クスクスと、ソニーが笑うのが見えた。
「ソニーさん、それにシャーリィの姐さん、無事か?」
ナイスなタイミングで、トゥーレが顔を出した。
「おー、よしよし、あんたはあたしを心配してくれるか。嬉しいねえ」
シャーリィの機嫌が微かに回復した。
彼は「?」って顔になった。
「そんな事より、戻ったばかりで悪いが、今からコクピットに来れるか?」
トゥーレはシャーリィの言葉を軽く流した。
まだ何か事件は続いているのだろうか。
アタシ達は急いでコクピットに戻った。
モニターが外部カメラと接続されて、宇宙港の外の映像が映し出されていた。
そこに、見覚えのある巡洋艦・・・パルカの旗艦が映しだされていた。
「ついさっき、慌てて出航した。どうする、追うのか?」
アタシはシャーリィを見た。
ソニーも、不安げな顔になって、姐さんを見つめた。
「そうさね、今度はこっちの番だ。追撃っと、いきたいところだがね」
シャーリィは思案顔のまま黙った。
アタシは彼女の決定を待った。




