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シーン20 死へのダイブはゴメンです

 シーン20 死へのダイブはゴメンです


 切られる。

 アタシの顔が・・・。


 迫りくる銀色の刃に、アタシは絶望した。

 手足に、僅かな力が戻った事にさえ、気付かないくらいに。

 痛みを覚悟して、目を閉じた。


 ピピピピピと、妙な電子音が流れた。

 気配が、静かに離れた。


「誰だ、こんな時に・・・」

 パルカが腹立たし気に呟く声が聞こえた。

 アタシはおそるおそる目を開けた。


 ベッドの向こうで、大型モニターが起動し、通信が接続されるのが見えた。

 画面に現れたのは、巨大な虫の頭だった。


 昆虫によく似た外見を持つ人類種、ガメル人だ。

 独自の進化を遂げた人類種だが、意外に居住星域は広く、特別珍しい人類ではない。

 発声器官が特殊なため、喉に共通言語用の装置をつけている。

 セミのような外見の者が多いが、このガメル人は額が扁平に広く、また、綺麗な緑色をしていたため、まるで巨大なカメムシに見えた。


「お楽しみの最中だったようだな、邪魔をしたかね」

 向こうからもアタシが見えているらしい。

 カメムシ男はそう言って、どうやら笑ったようだった。


 アタシは、胸元がはだけられて、すっかりと無様な格好を晒していた事を思い出した。

 くそ、アタシの人生で一番の屈辱だ。これは、一生記憶に残っちゃうかもしれない。

 慌てて胸元を隠した。

 そこではじめて、両腕が動くことに気づいた。


「最悪のタイミングだな、こんな時間に何の用だ」

「そう怒るな、大分待たせたかと思ってね。こちらも気を使ったんだ」

 発声器から流れる声は、渋い男の声に設定されていた。


「ああ、ずいぶん待ったさ・・・。カジノってのは良くないな、大損したよ」

「儲けた、の間違いだろう」

「どっちにしても待ちくたびれた、とっとと取引を済ませようじゃないか、俺も、俺の手下どもも、一つ所に長居するのは苦手でね」

「こちらにしても、・・・準備が必要だった。色々とな」


 またしても、カメムシは笑った。


 取引か・・・。

 ってコトは、もしかしてこいつが〈白骨〉のクライアントか。

 だとすると・・・犯罪結社の人間、それも、それなりに地位の高い男に違いない。


「確認だ。例の物は、間違いなく手に入れたんだろうね」

 カメムシが聞いてきた。


「俺を誰だと思ってる。仕事に抜かりはない・・・」

「そうかね」

「何が言いたい?」

「デュラハンを、仕留めそこなったそうじゃないか」

「・・・!」


 パルカは、軽く拳を握った。


「息の根は止め損ねたが、あんな小物を、そこまでして潰す必要があるのか」

「奴らを舐めるな。こちらの組織が、奴等によって、既に甚大な被害を受けている。それに、妙な噂も出てきて・・・」

「妙な噂?」


 カメムシは少し言葉が過ぎたようだった。

 微かに、話すのをためらったようにも見えた。


「どうした、その噂ってのは何だ?」

 苛立った声で、パルカが問い詰めた。


「あくまで、未確認の情報だがな」

 前置きをしてから、カメムシは続けた。

「デュラハンが、あの〈蒼翼〉の傘下に入ったと、まあ、そう簡単に信じられるような話でもないがね」


「まさか!」

 パルカの声が一段と大きくなった。


 まさか!

 だよ、ホント。


 ええーっ!

 それってどっから出た噂なワケ?

 当の本人、つまりアタシもデュラハンもそんな話になってるなんて聞いたことない。


 ってーか。

 アタシの事が薄々バレ始めてるって・・・そういう感じなの?


 アタシはさっきまでと全く違う意味で、汗がぼたぼたと流れ始めた。


 それに。

 デュラハンを傘下に入れたって・・・。

 むしろ傘の下に居るのはアタシの方であって・・・って、そんな事はどうでも良いけど。


「ともかくだ、デュラハンには、あのラガーがいる。奴と〈蒼翼〉を組ませては、かなり厄介な事になる。仕留めるなら、早い方が良い」


 パルカは面白くないといった様子で、はっきりと聞こえる舌打ちをした。


「まあいい。それより、取引の場所と日時だ」

 パルカの言葉を聞いて、アタシは耳をそばだてた。

 これは、最高の情報じゃないか。


 でも、アタシが居るって分かってるのに、こうして話してるってコトは。

 もしかして、アタシを生きて帰す気はないって、事かもしれない。


「我々は、もう到着している。君が指定してくれていい」

 カメムシが言った。

「なら、ポートエリア208のプレーン倉庫を抑えてある。明日・・・そうだな、昼頃でどうだ」

「こちらは、もう少し早くても、良いぞ」

「生憎、俺は朝寝坊する予定でね」

 パルカが一瞬、アタシに注意を向けた。


「なるほど、では、楽しんでくれ」

 それだけ言い残して、ぷつっと、通信が切れた。


 妙な沈黙が流れた。


「さて」

 と、彼は言った。


「余計な邪魔が入ったな。じゃあ、続きといこうか」

「寄らないで!」


 アタシは毛布を蹴り上げて、咄嗟に窓際のベッドの隙間に体を滑り込ませた。

 長々と話をしてくれたおかげで、アタシの肉体に、力が戻ってきていた。

 かといって、体術で勝てる見込みは全くないが、せめて抵抗ぐらいはしてみせる。


「無駄な真似はするな。それとも、痛い目に遭いたいのかな」


 パルカは舌なめずりをして、ナイフを持ちなおした。

 じり、と、彼は間合いを詰めてきた。


 あと一歩、もうたったそれだけで、アタシに彼の手が届く。

 パルカの眼が、さっと、部屋の入り口を向いた。


 そこからが一瞬だった。


 彼はナイフを放り投げ、いきなりアタシに飛びかかってきた。

 アタシを押し倒したかと思うと、ベッドのへりに手をかけ、モノ凄い力で縦に起こした。

 そして、再びアタシに覆い被さった。


 何が起きたのか、アタシには到底理解できなかった。

 気付いた時にはものすごく大きな音がして。

 煙と熱と、砕け散ったベッド、それに割れた窓ガラスの破片とで、部屋は瞬く間に単なる事故現場へと変わっていた。


 舞い上がった粉塵がパラパラと降ってきて、アタシを庇う形になったパルカの背に積もった。


「くそ、誰だ、無茶苦茶しやがって・・・」

 パルカが呻いた。


 彼は無事だった。

 いや、頭を切ったらしく、額には血が滲んでいた。


 彼は胸元から銃を抜いて、そして入り口の方向へと向けて撃った。

 なかなかの早撃ちだ。

 どうやら銃の腕前もかなりのものに見える。


 ご存じの通り、アタシも銃の腕では負けていないし、むしろ、彼よりも上手いという自信はある。

 だけど、早撃ちは別だ。

 アタシは銃を持ってしまえば宇宙一を自負できるけど、銃を抜くのが下手だ。

 何故かはわからないが、いっつも、もたもたしてしまう。

 だから、アタシは銃の腕では宇宙でも5本の指に入る・・・って思ってるけど、一番とまでは堂々と言えないのだ。


 それはともかく。

 アタシは扉の向こうに居るのが、もしかしたらシャーリィ達ではないかと思って、焦った。


 だが、それは杞憂だった。

 姿を見せたのは数体の機械人形。

 つまり、暗殺型のロボットって奴だ。


 あいつは、かなり厄介だ。

 案の定、パルカの銃弾は、機械人形の外装すら破壊できなかった。

 代わりに、奴らは撃ってきた。

 パルカは足手まといのアタシの体を押し飛ばした。

 アタシは窓辺の奥に押し込まれる形になったが、おかげで、機械人形の次の一斉射撃を免れることが出来た。

 でも、パルカは?


 と、思っていると、彼の体がぐらりと揺れて、最初の爆発で吹き飛んだ窓から、外に向かって倒れていくのが見えた。


「パルカーっ!」


 アタシは叫んだ。

 さっきまで自分を追い詰めていた奴だという事も、一瞬忘れた。

 どんな悪党だろうが、アタシは、誰かが目の前で殺されるのを、黙って見ていられるような人間じゃないんだ。


 これは、駄目か。

 そう、思った。


 だが、彼はアタシが思う以上にしぶとかった。

 窓から外へ落ちていくと見せて、彼の手頸から一本のワイヤ―が放たれた。

 それはホテルの外装に突き刺さると、彼の体をしっかりと支える。


 パルカが、不敵な笑みを一瞬浮かべたのが見えた。

 反動を利用しながら、数階下の部屋へと窓を割って飛び込んでいく。


 何て奴だ。


 アタシはホッとしながらも、感心をせずにはいられなかった。

 が、それどころじゃないのはアタシの方だった。


 機械人形は、何も彼だけを殺そうとしていたわけじゃなかったのだ。

 アタシは、彼の仲間と判断された。


 どこまでも無表情なまま、殺人兵器はアタシに銃口を向けた。


 ちょっと待って。

 アタシは特別な装備も何にも持ってないし、これ、逃げ場がないぞ!

 だけど。

 逃げないと死ぬ。


「ラライさん、飛んでーっ!!」


 声がした。


 アタシは思考しなかった。

 無我夢中、ただそれだけだ。

 声のした方に向かって、ジャンプした。


 それは、窓の外だった。


 あ、やば。

 間違った。

 これ、死ぬ?


 アタシは頭から落下していた。

 みるみる地面が迫って、アタシの最後が近づいた。


「ぐっがっ!」

 変な声がした。


 アタシの足を勢いよく掴んだ奴がいて、アタシは片足が抜けたかと思う程の激痛を覚えた。だけど、あと10メートル、くらいのところで、アタシの体は宙に浮いていた。


 これは、何が起きたの。

 空中に揺られながら、アタシはホテルのガラスに映った自分の姿を見た。

 そこには、翼を生やした一人の天使が、必死の形相でアタシの足を掴んで、落下を食い止めている姿が映しだされていた。


「ソニー、あなたなの!?」

 アタシの叫びに、彼女は応える余裕がなかった。

 ただ。


「お・・・重いです、ラライさん、もう、無理!」

 つるんと、足が抜け、アタシは再び落ちた。


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