シーン19 景品なんかじゃありません
シーン19 景品なんかじゃありません
アタシの意志を無視して、そいつらは勝手に賭けを始めた。
選んだのは、ルーレットか。
彼らは、幾つかあるルーレットの台から、中央を選んで座った。
アタシはもはや抵抗も口出しも出来ぬまま、男二人に両脇を固められて、ルーレット台の奥に鎮座させられた。
とほほ。
これじゃ景品みたいじゃない。
それにしても、男二人の圧迫感と言ったら・・・アタシ、胃が痛くなりそう。
と思って、ちらりと横を見ると。
なんて幸運!!
隣の台にシャーリィがいた。
・・・シャーリィ、助けて!!
アタシは訴えるように見た。
もう、涙が出そうになった。
なのにね。
彼女は、・・・気づきもしなかった。
おーい。
なにが『選抜隊』ですかー。
ここにパルカがいるよー。
探してる相手は、すぐお隣ですよー。
アタシは必死にゼスチャーしようとしたが、へたくそな顔芸にしか見えなかった。
気付いたのは、デニスだった。
デニス、お願い、アタシの状況を察して!
アタシは一縷の望みを託した。
けど。
彼は無言のまま、首を左右に振った。
そしてシャーリィをちょっと指さし。
お手上げ、のポーズをした。
いや、違うのよ。
お手上げ、とかじゃなくてね。
助けて欲しいんです。
あー、顔芸だけじゃ伝わらないー。
それにしてもシャーリィめ。
ただ、遊んでるだけじゃないか。
どんだけ、賭け事に夢中になってるんだ。
目が、正気じゃなくなってる。
勝ってるのかな、と思ってると、みるみる掛け金が減っていくのが見えた、
あ、ありゃ駄目だ。
きっと、一番悪い例だ。
ソニーが必死になって、彼女を止めようとしているけど、・・・結局、またつぎ込んでる。
この分だと、彼女破産するよ・・・。
アタシはがっくりと項垂れた。
すると。
「パルカ、手前、イカサマしやがったな!!」
ジャンゴの吠える声が聞こえた。
しまった、シャーリィに気を取られて、こっちの勝負を見ていなかった。
「人聞きが悪いな。証拠がどこにある」
パルカが勝ち誇って言った。
「くう・・・」
「とにかく、俺の勝ちだ。女は貰うぞ」
パルカはアタシに腕を伸ばして、左右を固める男二人にどけるように指示した。
男たちが仕方なく離れ、アタシはようやくワケの分からない圧迫感から解放された。
ジャンゴは歯ぎしりをした。
「くそ、覚えてやがえれ。このお返しは、いつか必ずするからな」
彼は聞き覚えのある捨て台詞を吐いて席を立った。
その昔、アタシにコテンパンにやられた時も、あの男はいつも同じ捨て台詞を吐いていたっけ。成長のない奴だ。
でも、危うく本当にお返しされるところだった。
一応はアタシにだってプライドってもんはある。
幾らなんでもあんな奴に・・・と思ったら、ぶるっと背筋が寒くなった。
でもこれは、助かったのだろうか。
ジャンゴよりはマシ、かもしれないけど、パルカってのもかなりの曲者っぽいぞ。
ジャンゴは、意外にあっさりと引いた。
最後にもう一度、あたしの顔を睨んで、覚えたぞ、って表情をしてから背中を向ける。
ぐいと、手を引かれた。
パルカが、口元に冷ややかな笑みをためて立っていた。
「アタシをどうするんですか。ぶつかったのは謝りましたよね」
思わず、威勢を張ったような口調になった。
パルカは面白いものを見るように目を細めた。
「お前が謝ろうが、そんなものどうでもいい。俺はそもそも怒ってはいない」
「じゃ、許してくれるんですね。さっき失礼しちゃったこと」
「そういう話じゃない。お前は、そうだな、言ってみれば今日のデザートだ」
「へ?」
アタシは腕を取られた。
ぐいと引き寄せられ、あごを、彼の腕でくいっと持ち上げられた。
親指に、オニキスを嵌めた指輪をしていた。
「ジャンゴにくれてやるには、勿体ないと思っただけだ」
「ど・・・どういう事ですか?」
「察しが悪いね」
パルカは唇をゆがめた。
「美味しくいただくんだよ。この俺が」
「!?」
なんだよ。
結局この男もアタシの体目当てなの?
これだから男なんて。
アタシは彼の腕を払って、逃げようかと思った。
ほんの少し走れば、すぐそこにシャーリィ達がいる。
今なら逃げ切れる。
と、思ったアタシの鼻先で、小さくプシュッと音がした。
オニキスの指輪から、何かが噴霧され、アタシの鼻腔に入り込む。
なんだ、これ。
甘ったるい匂い。
くらりと、眩暈に襲われた。
手足の力がすっと抜け、立っていられなくなってくる。
倒れそうになるアタシの体を、パルカは支えた。
「にゃ・・・にゃにを・・・ちたの?」
ろれつまで、回らなくなってきた。
パルカが笑うのが見えた。
意識がもうろうとして、体が熱くなってくる。
これって、ドラックか。
くそ、きっとそうだ。
「さて、行こうか。青い髪のバニー」
彼はまるでアタシを介抱しているかのように肩に担いで、カジノを出た。
隣接するホテルに、彼は行った。
機械人形に支配された無人のロビーを抜け、エレベーターに乗る。
部屋は、かなり高い階にあった。
これは、スイートルームってところかな。
今のアタシには縁遠い部屋だ。
頭はまだ何とか自分を保っていたが、体はすっかり麻痺したようになっていた。
部屋に着くなり、パルカはアタシをベッドに横たえた。
いけない、このままじゃ・・・。
こんな奴に・・・。
アタシは薄れゆく意識を保とうと、必死に抵抗した。
あざ笑うかのように、パルカは上着を脱ぎ捨て、シャツの首元をゆるめ始めた。
アタシの隣に腰を降ろし、銀色の筒状の物を取り出す。
あれは、薬の吸入器だ。
軽く振ってから、ちらりとアタシを見た。
自分で吸うのかな、と思っていると、アタシの鼻先に近づけてくる。
ただでさえ、もうフラフラなのに、さらにドラッグを使う気か。
アタシは堪えようとしたが、もはや抵抗する力など無い。
プシュッと音がして、またしても、まともに吸い込んでしまった。
これは、やばい。
ドラッグの多用は、神経を蝕むんだ。
アタシを廃人にしちゃう気か。
「もう、止めてよ・・・」
アタシは涙目になって言った。
あれ、何かがおかしい。
アタシ・・・唇の痺れが取れてる?
「早速、口が利けるようになったな。安心しろ、今のは中和剤だ」
「中和剤? どういうつもりなの」
「話も出来ないのでは、面白くないだろう」
そう言って、彼はアタシの体に触れた。
「いや!・・・やめてよ、気持ち悪い!」
アタシは叫んだが、そんなアタシの悔しげな表情も、パルカにとってはただのスパイスでしかないようだ。
払いのけようにも、体が言う事を聞かない。
さっきよりは多少軽くなってきているが、立ち上がったりできる程ではなかった。
「俺好みの良い体だ・・・。後でたっぷりと可愛がってやる。だがな、その前に、肝心な事を聞いておかないと」
パルカは自分が手に入れた獲物に満足した様子だった。
くそ。
アンタの好みでなんて聞いてないし、知りたくもない。
それに、生憎だけど、アンタはアタシの好みじゃないのよ。
だけど。
肝心な事って何だろう?
なんだか、嫌な予感がした。
「バニー。お前、名前は」
「あ、アタシ?」
「他に誰が居る?」
馬鹿にされた様に言われた。
ごもっとも。
じゃなくてね。
「アタシは、ララ・・・」
咄嗟に言葉を止めた。
ここは、本名を名乗るのはまずい。
「ララ?」
彼は繰り返した。
「ララよ。ララ、それがアタシの名前」
「なるほど、ララか」
言いながら、彼はアタシの名乗ったその名前を、偽名だとすぐに看破した様子だった。
「次の質問だ、お前の正体は?」
「なによ正体って?」
「とぼけるな」
アタシの体を弄んでいた彼の手が、突然、喉に食い込んできた。
アタシは一瞬息を止められて、呻いた。
「お前、俺が〈白骨〉のパルカだと知っていたな。・・・何者だ?」
げ・・・。
こいつ、あの一瞬で、アタシが彼の名前を呟きかけたのに気付いたのか。
そうか。
それでアタシの事を怪しんで、こうして身柄を確保したってわけね。
「アタシは、タダの・・・バイトですけど」
「嘘は下手だな。そんなに痛い目にあいたいか?」
彼の手が離れて、アタシはむせた。
もう、こんな目にあうなんて、やっぱり留守番してればよかった。
後悔先に立たずとはこのことだ。
「女を切り刻むのは趣味じゃないんだが。やむを得ないな」
パルカは、わざとアタシに聞こえるように、そう呟いた。
彼の手の中で、銀色のナイフが光った。
刃渡りは、ゆうに15センチはあるだろう。
見るからに実用的な形をしていて、それにやけに禍々しかった。
きっと、何人もの命を吸った刃物ではないか、そんな気がした。
彼は、アタシの胸元にナイフをあて、バニー服の胸元をひっかけた。
やだ、なにする気・・・
「素直に正体と目的を吐け。そうすれば、体には傷をつけないでやる」
そんな事言われても・・・。
アタシは唇を噛んだ。
じわっと、涙がにじんだ。
どうしよう。
このままじゃ、殺される?
愛想笑いも、口から出まかせも、通用する相手じゃない。
悔しいけど、生身のアタシじゃ何一つ勝てないや。
だけど、脅しに屈して。
仲間を売るなんて、そんな事だけは絶対にしたくない。
アタシのこれまでの人生で、プライドを捨てた瞬間はいっぱいあったけど、仲間だけは捨てたことがない。
アタシの。
ちっぽけだけど、唯一の誇りなんだ。
正体なんて、絶対に言うもんか!
恐怖に全身を打ちのめされながらも、ただそれだけは思った。
バロンや、シャーリィの事だって。絶対に話さない。
だって、色々ひどい目にもあって来たけど、彼らはアタシの友だ。
彼らを危険な目に晒すなんて。
出来るわけない。
「強情だな」
彼はナイフを持つ手に、微かに力を入れた。
ぷつッと、胸元が裂け、アタシの胸のふくらみが、少し顔をのぞかせた。
けど。
恥ずかしいとかではなかった。
怖い。
そっちの方がずっと強かった。
怖いよ。
誰か助けてよ。
こんなの、もう無理だよ。
逃げられないし、自分の力じゃ状況を打破できない。
情けなく心はパニックを起こし、この場を切り抜ける様な気力も、知恵も、勇気すらも起こらなかった。
「いつまでもダンマリを決めこむ気か。なあララ、誰を庇ってる? 話せば、お前だけは助けてやる。どこかの組織の者か? 裏切れば殺されるのか?」
パルカの声には感情というものが欠落しているかのようだった。
まるで爬虫類みたいに、その掌が冷たくアタシの肌をなぞった。
彼はぬっと顔を近づけてきた。
吐息が顔にかかって、アタシは恐怖にひきつった。
それでも必死に耐えた。
口を真一文字に結んで、目だけは、キッと相手を睨みつけた。
アタシの強情さに、パルカは呆れたような舌打ちをした。
「思ったよりもつまらない女だな」
吐き捨てるような言い方だった。
手が離れて、ほっとしたのもつかの間。
彼は一気にアタシのへそのあたりまで、バニースーツを引き裂いた。
「!!」
アタシはもはや悲鳴すら出せずに、慄いて、目を瞑った。
むき出しになった肌が、寒さを感じたが、それどころではなかった。
「仕方ない、少しだけ、痛い目を見ていただくか」
彼はアタシの髪を乱暴に掴んで、顔の前にナイフを突きつけてきた。




